8ー42 晴れ時々ーー
「記憶を操作するですぅ?」
「そんなの可能なの?」
「……わかんない。けど、そうとしか思えないことが多いんだ」
いつもテンションが高い桜とは思えない程に冷静に語るその様に真冬とアイリスは真剣に耳を傾けていた。
「例えば?」
「真冬ちゃんもアイリスもさっきまで揃って忘れてたんでしょ? 不自然だよ」
「……確かにそうかもだけだ、まだ弱いよ?」
「会長や六花、それに楓や結だってそう。様子がおかしかった。それに結がいなくなるよりも前に結に聞かれたんだ」
「何をですかぁー?」
「……剛木の腕について」
「……剛木さんの腕は確かに一年前の戦いでですよねぇ?」
「……うん。あたしもそう答えた。したらね、すっごく妙な顔してたんだ」
「妙、ですかぁ?」
「そう。聞きたかった答えとは違っているような。……そう、自分の記憶と違うような感じだった」
「で、でもそれだけじゃ……」
「アイリスは無い?」
「……何が?」
「不自然な記憶」
「…………」
心当たりは……あった。
何かがおかしい。それはアイリスも気付いていたことだ。
だけどこう、言葉にしてこれがおかしいと言い切れるようなものではなかった。ただ、漠然と何かが違うと感じていた。
記憶の操作。
桜がそう言った瞬間、アイリスが感じたのは真冬のような疑問ではなく、納得だった。
その仮説が正しいならこの違和感の正体もはっきりする。
何が違うのかわからないはずだ。
だって、この世界がおかしいのだから。
「……桜の考えはわかった」
「アイリス……」
「あたしもそれに同感だよ。記憶の違和感、無いわけじゃないからね」
「っアイリス!」
信じて貰えないのかと暗くなっていた桜の顔がパッと明るくなっていた。
「さてと、あたしたちの記憶がおかしなことになってることは今は放置しなけゃ」
「えっ?」
「それよりも今は守備に徹するべきでしょ?」
「……う、うん……」
「とりあえずは中に戻るよっ」
「うんっ!」「はいですぅ!」
「愚か者共め」
ガーデンの様子を上空から見ていた男性は静かにつぶやく。
「……行け。アヤメ」
「りょーかーい。っと私はキメ顔を浮かべたのである」
後ろで従者のように佇んでいた少女に視線だけ向け短く言うと、少女は重い口調の男性とは違い軽い口調で返事をした後、文字通りその場から消えた。
「鍵山」
「…………」
アヤメが控えていた場所よりもさらに後ろ、柱により掛かっていた男は返事もなく、音もなく前に出ると次の言葉を待った。
「貴様も行け」
「…………御意」
感情を感じさせない言葉。
必要最低限の返事だけをして鍵山はスタスタと端まで音も無く歩いていくとそこから飛び降りた。
「……愚かな十二の光共よ。滅びるがいい」
男性は下を見つめながらつぶやくと奥へと去っていった。
「あれー? 鍵山も行くんですかーぃ? っと私は首を傾げたのである」
「……ああ」
空中で合流した鍵山にアヤメが相変わらずの無表情で声を掛けるとアヤメ以上に感情を感じさせない言葉が返ってくる。
「私は要らないんじゃなーぃ? っと私は頬を膨らませるのである」
「…………」
アヤメの言葉に全く反応を見せないまま落下を続ける鍵山はポケットに手を入れてゴソゴソと何かを探していた。
そんな鍵山にアヤメは目を細める。
「…………」
目的のものを見つけたのか鍵山はポケットから手を出す。その手に握られているのはごく普通の鍵だった。
「……へぇー」
鍵山の取り出した鍵を見つめ、アヤメは珍しく興味深そうに顔を変えてつぶやく。
そんなアヤメに気付きながらこれと言った反応を見せずに鍵山はその鍵で目の前の空間を斬る。
「……開け。『死心界への扉』」
「……これが……」
鍵山が小さな鍵を振るった線から二つに分かれる扉が具現化されていた。その扉を見てアヤメは目を大きく見開いていた。
扉は少しずつ開いていき扉の内部が少し見えるようになったところで鍵山の意思とは関係なく扉は閉まり始めていた。
そして完全に扉が閉まろうとした瞬間、内部から突然骨の腕が飛び出した。
一本、二本、三本と次々と骨の腕が飛び出しそれらは扉を開けようと開き掛かった扉に絡み付く。
骨の腕に開けられないように扉自体が抵抗しているようにも見えるその光景。その戦いに勝ったのは骨の腕たちだった。
均衡が破れたことで扉は一気に全開され、中から現れたのはおびただしい量の人型イーターだった。
「わーぉ。前回と前々回は見られなかったけど、やっぱり鍵山の能力だったんだねーぇ。っと私は納得した顔を浮かべるのである」
「…………散れ」
アヤメに目を向けることもなく、一切の反応も無く、鍵山はぼそりとつぶやく。
まるでコップからスライムが垂れているかのようだった人型イーターたちはその言葉を合図にしたかの扉から解き放たれる。
「わーぉ。これりゃまるで、晴れ時々人型ってことかなーぁ? っと私はケラケラと笑うのである」




