8ー38 参る
(この余裕はなんざましょう)
絶体絶命。
アイリスの状況はその一言に尽きる。
しかし、安心したかのようにも見える笑みに、風祭の第六感が警報を鳴らしていた。
「くっ。き、気のせいざます! 私の勝ちじます! 死にやがれざます十二の光!!」
風祭は激しく首を横に降るとさらに弾数を増やした。
(わーぉ。追加オーダーとはえげつないねー。まっ関係ないけど)
「死ねっ!!」
風祭が最初に放った風斬弾がアイリスの額に当たろうとした瞬間。それは起きた。
「なるほど。この騒ぎはあなた方の仕業ということですね」
どこからか声が聞こえるのと同時に今までは姿が見えず、砂による感知でしか察知できなかった風斬弾が姿を現していた。
それは風、空気の姿なのか。
否。
風祭の放った風斬弾はすでにその意味を無くし、現在ではただの三日月型の氷となっていた。
「なっ」
その動きを止め、重力に従って地に落ちていく弾たちを見て風祭は口を大きく開けて目を見開いた。
風祭が驚きに声をあげると同時にアイリスを庇うようにして一人の少女が天から降り立った。
「たしか、愛理さんでしたか? 微力ながらお助けしましょう。ではーー」
水色の和装をした少女はそういうと小さく微笑んだ。
桜のか弱い首に迫る刃。……いや、それは既に迫るではない。すでに刃は桜の首に触れていた。
「なん……だと!?」
驚きの表情を浮かべるのは赤髪だけではない。桜もまた驚きの表情を見せていた。
赤髪の刃はあえて桜の首に添えられているのではない。
そこで止まったのだ。
桜の首を断ち切ることが叶わなかったのだ。
「テメェ、なにしやがった」
赤髪は表情を驚愕から怒りへと変化させると即座にその場からバックステップで下がる。
赤髪に睨まれる桜だが動揺しているのは同じだ。
そんな桜に赤髪は気付くと嫌そうに舌打ちをした。
「なるほどなー。テメェの意思じゃねえってことだな。それに、その首……氷か?」
「えっ?」
赤髪のつぶやきを聞いて桜は気付いた。赤髪の刃が触れていたであろう場所を中心に冷気が感じられた。
桜の首には薄い氷の膜が張られていた。
「これって……」
「ちっ。ガキが粋がりやがって」
「ちょっとそれは聞き捨てならないなー」
苛立ちを隠せない様子の赤髪の言葉に反応する声が一つ。
桜の横に空から一つの塊が落下した。
桜の身長よりもやや大きい程度のそれは氷の塊だった。
「弾けろっ!!」
それはさっきの声と同じ人物のものだった。
その言葉を合図に落下してきた氷の塊が爆散する。
不思議なことに氷の破片は全て声の発信源を探して目だけキョロキョロしている桜を避けているように見える。
氷が爆散したことで水蒸気が氷の中から溢れ出すかのように発生していた。
白く見えない水蒸気の内部に桜は人影を見た。
「さーてとーー」
中から歩き出てきたのは一人の少女。袖の短い黄色の和服に身を包んだ少女だった。
「あぁぁぁぁぁぁあっ!!」
鮮血が溢れ出す。視界に移るのは血塗れの腕。自身の血によって真っ赤に染まった麒麟自身の腕だった。
イーターの爪が目前に迫り、麒麟は無意識のうちに両腕で己を守っていた。しかし、その代償として両腕を深く斬られてしまっており、永遠ということはないだろうが少なくともこの戦闘中にその腕で戦闘を行うことは不可能だ。
麒麟の悲鳴がこだましている。
【H•G】マスター、麒麟には致命的な弱点があった。
それは、長らく強者として居続けたこと。
麒麟のトラウマである妹を失ったあの事件の時も麒麟は強かった。そのため大きな怪我を負うことはなかった。
そう。麒麟はあまりにも傷を受けたことが、さらに言えば痛みを感じたことがない。
つまり、痛みへの耐性が低い。低過ぎるのだ。
そして痛みを経験することが少な過ぎるために幻操師ならば基本的に誰でも出来る痛みの緩和術さえも覚えていない。
覚えられなかったわけではない。必要ないと判断して覚えなかったのだ。
二丁レールガンをメインウエポンにしているため傷を受けるなんて思っていないのだ。
だからこそ、悲鳴をあげる。
我慢が出来ない。
痛みによって動けなくなってしまう。
このままではマズイとわかっていても体は痛みに支配されたまま。
会話はない。
麒麟は悲鳴をあげ続けている。相手は未完成な人型モドキ。会話なんてあるわけがない。
「にゃはっ! やばそうだにゃ!」
つまり、この声はそのどちらでもない。その声は白い和装を纏った少女のものだった。
「にゃははーー」
「「「参る」」」
各地に到着した六花衆の戦いが始まった。




