表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/358

1ー3 生十会

  登校二日目。

  寝起きでまだ眠たいのか、目尻に涙を溜め両手を伸び伸びとあげつつ背伸びをしている結は、自分の配属された二年C組に向かっている最中だった。


「おはよっ」


  後ろから声を掛けられ、眠たいからスルーしようかと一瞬迷ったが、聞こえてきた声に聞き覚えがあったため、降り向くとそこには小走りで近付いた元気な少女こと桜がいた。


「おはよう、というよりかはこんばんはじゃないか?」


  物理世界では今の時間は深夜だからなこんばんはが正しいはずなのだが、ここでは夜に来て朝に帰るためこの時間でも挨拶はおはようが一般的らしい。


「あはっ。それもそうだね」

「だろ?」

「まーまー。それは置いといて、いきなりで悪いけどついてきてくれるかな?」

「え? ちょっおいっ!」


  桜はそう言うと、首を傾げている結の疑問に答えをくれるだなんてことはせずに、さっさと結の腕を掴むとそのまま強引に走り出していた。

  歩くこと、というか強制的に結構なスピードで走らされ、数分後にたどり着いたのは。


「生十会室?」


  正式名称は生十風紀会室なのだが、この部屋の持ち主である生十風紀会が基本的に略称で呼ばれるためここも一緒に略称である生十会室と呼ばれることが多い。


「ほらほらっそんなところで立ってないで入りなって」


  なんでこんな一般生徒からすれば雲の上の存在とも言える生十会室の前に来たんだと唖然している中、桜に無理やり背中を押されて生十会室に入ると、そこには昨日知り合った、真冬、春樹、陽菜の他に、当然と言うべきか会長である神崎美花。そして他にも四人の男女が座っていた。


「桜、その子が例の子なの?」


 会長が桜に問いかけると、桜は言葉ではなく軽く頷くだけで返事をすると、部屋から一番近い席に結を座らせた。

 桜が結にウインクを一つ残した後、一つ空いていた席に座ると結を置いて話が進んでいった。


(なんだこれは? なんで俺は呼ばれたんだ? それよりも四人ともやけにレベルが高いと思っていたがまさか生十会のメンバーだったとはな)


  生十会は元々生徒の代表である生徒会と校内の治安を守るための風紀委員会の二つが融合したものであり合計十人いるため生十風紀会と呼ばれている。

 メンバーはガーデンから指名された成績上位者がやることになっており拒否権は有るものの生十会メンバーというだけで特典が割と多くあるため拒否する人間は少ないらしい。

 十人という二つの組織が合わさったものにしては少ない人数の理由としては、生十会が一学年に一つ設立されているためであり、その学年のトップ達であり後に行われる校内幻心大会こうないげんしんたいかいの参加メンバーでもあるからだ。


「それで桜、なぜ彼を生十会のメンバーに推薦するの?」

「……はっ?」


 会長の言葉で結はつい言葉を滑らせてしまっていた。

 一人別のことを考えていた結にとってあまりにも唐突な内容だったからだ。


(メンバーに推薦? 昨日の話を聞いていなかったのか?)


「あら? その様子じゃ彼も推薦について聞いていなかったようじゃない、説明してくれる?」


  一同の視線が桜に集まる中、溜め息をすると話し始めた。


「昨日、彼と話をしていて疑問に思うことがありました、彼の情報はすでに皆さんも知っていると思いますが彼はFランクです」


  生十会メンバーである以上生徒の情報は知っているのだろう、だから個人情報をあれこれ言う気は無いのだが、知っているということは結がFランク、劣等生であることを確かに認識しているということだ、そんな彼を推薦する桜に一同困惑を隠せていなかった。

 なんせ結さえ困惑していたのだった。


「疑問? 桜、疑問とはなにかしら?」

「……ただのFがここにいるのはおかしい……」


 会長の当然とも言える質問に対して答えたのは桜ではなく、いつも巻いているマフラーがチャームポイントのクールビューティー、陽菜だった。


「確かにF•G(ここ)は言ってみればエリート校です、ただのFランクが入れるのはおかしいとは思いますけど……」


  春樹はそれでも推薦理由がわからないといった風に頭を抱えていた。


「Fランク風情が二年代表である我らが生十会の一員に推薦されるだと? グハハ、ふざけるのもいい加減にするべきだぞ雨宮」


  大声を出したのはまだ知らない三人の内の一人だった。


「おいっそこのF、俺様の名前は木村剛木きむらごうきAランクだ。おまえのような軟弱な者など認めぬからな」


  木村剛木は背が高く二メートルに近い巨体を持つ男だった。

 C組担任の森下先生同様着ているブレザーの上からでもわかるほど筋肉に覆われてまるで巨人だ。


「盛り上がっているところ悪いがそれは桜が勝手に言ってることで俺に入る気はこれっぽっちもないぞ」


  結が入る気がない事を伝えると剛木はこちらをバカにするような目をしていた。


「ふんっF風情が生意気だな。まったくこんな輩を連れてくるとはAランクの名が泣くな桜」


  今度は結を連れてきた桜をバカにすると桜を見下ろすかのように桜の前まで移動していた。


「俺のことをとやかく言われるのは事実だしまあいいんだが、桜まで侮辱されるとなると話は別だな」


  桜と剛木の間に割って入った結は先程とは一転、冷たく、鋭い目をして剛木を見上げていた。

 その目を見て、剛木は面白いものを見るように、そして嘲笑(ちょうしょう)を交えた視線を向けていた。


「グハハ、F風情が粋がるなよ?」


  すぐにでも一悶着ありそうな空気の中、初めに声を発したのは話の中心、言い換えれば元凶の男、結だった。


「剛木だったか? そこまでいうのならあんたにはAランクとしてふさわしい力があるんだろ?」


「ふん! 当然だ。そこの見る目のない雨宮とは違う」


「へぇー。随分と自信があるんだな」


 そう言うと結はニヤリとした笑みを浮かべた後、剛木に挑発的な笑みを向けた。


「調子にのってるのがどっちか教えてやろうか?」


「貴様っ!!」


 結の挑発に剛木は全身から幻力を迸らせると、まるでハンマーのような拳を結の頭上から振り下ろした。


「剛木。ここは生十会室よ。場をわきまえなさい」


 暴走した剛木の拳は剣一本の腹によって完全に受け止められていた。

 そして、その一撃を防いだ張本人である会長は剛木に厳しい視線を向けた。


「……はぁー。あんたもよ」

「悪いとは思ってないぞ?」

「……あんたねぇ」


 呆れた顔を浮かべる会長に結に悪びれることなくそう言った。

 事実悪くないだろ。と結は思っていた。

 剛木が拳を引いたことで、会長も剣を引き、鞘に戻していた。


「……さすがは生十会のトップって言うべきか?」

「ん? 別に今のは剛木が本気じゃなかったからよ? 剛木が本気になったらさすがのあたしも剣の腹じゃなくて、刃で迎えないと折られるわね」

「違う。もしさっきみたいな挑発で本気になるならそれで剛木のたかが知れる」

「……あんた今、ナチュラルに挑発したって認めたわよね?」

「俺が言ったのはその剣だ」

「……ほぼ初対面でこんな扱いされるのは初めてね……」


 ため息をつきながら項垂れる会長を放置し、結の視線は彼女の腰に差してある剣に注がれていた。


「も、もしかして音無君も法具に詳しいんですか!?」

「は、春樹!?」


 興奮した様子で立ち上がり、グイッと顔を近付けてくる春樹。


「ほわー。お兄ちゃんの前で法具の話は禁句ですぅー」


 春樹の妹である真冬の反応を見る限り、どうやら春樹は法具大好きっ子っぽいな。

 まあ、年齢的には男子中学生なんだし、法具みたいな不思議道具、世が世なら魔法の杖みたいな道具を大好きになるのはある意味当然かもしれない。


「あら。意外ね。音無君もこの剣を知ってるの?」

「ああ。確か、炎熱系の名剣だろ?」

「そうよ。あたしの力をより強く引き出してくれるわ」

「そういう法具は相性があるらしいけど、どうやら会長とその剣は相性がいいらしいな」

「まあそうね。あたしにとっては長年の相棒だもの」


 そう言い、大事そうに剣の柄を撫でる会長。

 こんなにも愛おしそうな目で剣を撫でている今会長の姿は、なんというか勘違いを生みやすそうだな。


「それにしても音無君。さっき、剛木の拳どうするつもりだったの?」


 一変して真剣な視線を結に向ける会長。

 あの時。なんで会長は剛木の拳を止めたのか、周りから見れば反応出来ていない結のことを会長が守ってあげただけのようにも見えた。

 だがしかし、会長は気付いていた。

 あの時、結が何かをしようとしていることに。


「……さあ? 別に何もしようとなんてしてなかったぞ?」

「……そう。まあそれでいいわ」


 結に答える気がないことを見抜いた会長はそれ以上追求することなく、剛木へと視線をやった。


「ねえ剛木」

「……なんだ会長」


 会長に攻撃を止められた時に、目で怒りを抑えろと指示されていた剛木は、不機嫌そうな表情で腕を組んでいた。


「音無君への怒りはまだ残ってる?」

「……それは」

「今は本当のことを言いなさい」

「……残っているに決まっているだろう!」

「そう。ならいい方法があるわね」


 我慢していたものを解放し、憤怒の表情を浮かべる剛木に会長は満足気に頷くと、視線を結に移した。


「音無君。あんた、剛木と戦いなさい」

「……戦う?」

「そうよ」

「断る」

「あら。どうして?」

「戦う理由がない」

「……そう。けど、剛木にはあるみたいよ?」

「だから何? そいつが勝手にキレていようが俺には関係ないだろ?」

「……なるほどね」


 手を顎に当てて何やら思案を始めた会長。三秒ほどそうやった後、小さく息を吐き何かをつぶやいた。


「なら。こういうのはどうかしら?」


 そう切り出した会長は視線を一旦結から桜に向けた。


「今、あたしたち生十会メンバーはそこにいる桜によって呼び出されているわ。音無君も知ってると思うけど、あたしたち生十会って色々忙しいのよね」


 それはそうだろう。

 この学園での生十会ではある意味一教師以上の発言権と責任がある。

 特に、今後行われる大会の準備などは今から始まっているため、多忙なのだろう。


「本来ならこうやって集まる時間もなかったのよ」

「へぇ。それはご苦労だったな」

「……桜の強い希望によってあたしたちはここに今こうして集まってるの。そして、その希望っていうのはあんたを生十会へ推薦するってこと」

「…………」


 結は何も答えない。

 とある可能性。それに気付いてしまったせいだ。

 さすがにそんなことはしないだろうと思うが、ありえない話じゃない。

 生十会とはつまり仲間のはずだ。

 会長ともあろうものがその家族を使うわけがない。

 そう思おうとする結だったが、会長の言葉を聞いた瞬間。結の目が細まった。


「あたしの力を証明出来ないってことはあんたを生十会に入れることは出来ないわ。だけど、あたしたちがわざわざこうして集まったのも事実。……桜にはペナルティーを与える必要があるわね」


 その瞬間。会長は思わず剣を抜きそうになっていた。そんな状態になっているのは会長だけだった。

 理由は単純だ。

 会長の全身に凄まじい圧力のようなものが掛かっていた。


(これって殺気!?)


 この殺気の発信源が誰だなんて探す必要もない。

 会長は生十会メンバーそれぞれの実力を知っている。

 約一名ほどわかりかねているが、それでもこの殺気がそのコの仕業ではないことはわかる。

 他の者ではこんな濃密な殺気を出すことは出来ない。

 このレベルの殺気を出しているだけでもこの男が普通じゃないことはわかる。

 しかも、周りを見る限りこの殺気は自分だけにぶつけられているようだった。


(……こいつ……本当に何者?)


 この殺気の中、これ以上続けるのは正直嫌だったが、彼の正体を明かすためにも必要だと判断し、会長は耐えた。


「……も、もしもあんたが剛木に勝って力を証明出来れば桜へのペナルティーは無くなるわね」

「……おい」


 結の言葉が耳に届くと同時に、会長には結の背後に恐ろしい幻覚が見えていた。

 これは幻操術じゃない。

 本当に、ただの幻覚だ。錯覚だ。

 声を聞いた瞬間に、今まで自分の身に降り注いでいた殺気に明確な殺意が混ざったのを感じ取っていた。

 たった今、会長が抱いている感情。それは紛れもない、恐怖だった。

 いつも感じるような恐怖ではない。

 本能に直接訴えかけてくるかのような殺気としても異質な何か。

 だが会長はそれを表情に出さない。

 会長と一番付き合いの長い副会長だけが会長の変化に気が付いていた。

 いつもより表情が固く、そして暑くもないのに掻いている汗。


「……いいよ。乗ってやるよ」

 








  AランクvsFランク。

  会長の策によって実現した、この一見あまりにも無謀過ぎる模擬戦、いや桜の身をかけた決闘は会長の名のもとに中等部二年生十会用訓練室で行われることになった。


「グハハ、一瞬で終わらせてやるぞ」

「あんまり騒ぐないよ。大したことない奴に見えるぞ?」

「舐めるな!」


  二人は距離にして約十メートル離れた位置で向かい合っていた。

 結は至って冷静に、剛木は興奮によって拳を固く握り締めていた。


「二人とも準備はいい? いざ、尋常に始めっ」


  桜は二人がそれぞれ頷くのを確認すると、手を上げ開始の合図と同時に手を振り下ろした。


「いくぞっ!『身体強化』」


  開始と同時に剛木は結に向かって一直線に向かっていった。

 体格差もあるのだが、その凄まじい音を立てながら走る剛木の歩法は威圧感を生み、結の目からはまるで巨人が走ってくるようにも見えた。


「相変わらず凄い『身体強化』です」


 真冬が思わずつぶやいてしまった身体強化とは、現在剛木が使っている幻操術だ。

  幻操術には様々なものがあるが個々で個人差もあるが性別によって得意とする術が分かれている。

 男が得意とするのは元々女よりも優れている肉体をさらに強化して戦う肉弾戦だ。つまり、超近接特化だ。

 対して女は幻力を外部に放出するのが男よりも上手く、なおかつ幻力コントロール力が高いことが多い。

 つまりは、遠距離タイプだ。

 無論。これはあくまでそういう傾向があるというだけで個人差は激しい。

 男でありながら遠距離タイプの奴もいるし、逆に女でありながら近接タイプの奴だっている。

 前者は今の所良い例がいないが、後者はおそらく会長だろう。

 剣を得物にしているところからわかるが、おそらくは剣士だ。

  剛木は完全に男に多い近接タイプであり、全身を強化することにより元々ある膂力もあり圧倒的肉体性能を誇っている。


「……」


 まるで人の形をした戦車のようだと例えられることもある剛木の突進に対して、結はその場から動かずにただ両手を合わせて祈るような仕草をしていた。


「ちょっ! 結君!?」

「桜。落ち着きなさい」

「けど、会長!」

「きっと彼なら大丈夫よ。彼のを推薦したのは他でもないあんたよ? 信じてあげなさい」

「……けど」


 桜が心配するのも無理はない。

 さっきの態度はあんな感じだったが、その実力は本物なのだ。

 Aランクという実力は超一流クラス。

 桜自身もそうなのだが、中学生ながらプロを超える実力を持っているのだ。

 ただの幻操師でしかない結に勝ち目はない。そう思うのは至極当然。真っ当なことだった。


(大丈夫よ。彼の力は……そこが見えない)


 会長はこの戦いで少しでも結の力を確認するために真剣にそれを見詰めていた。


「『ジャンクション=カナ』」


  結が呟くと同時に剛木はすでに結の目前まで迫っていた。その直後、剛木は結の目の前で縦に回転し、その勢いのまま強烈なかかと落としを繰り出した。


「結君っ!!」

「待ちなさい!」

「けど会長!」


 剛木のかかとが床に突き刺さり、激しい音と共に粉塵が舞っていた。

 そのせいで二人が今どうなっているのかわからないが、最後に見えたタイミングからして回避は絶望的だ。

 桜の顔が真っ青になり、走り出そうとしたのを会長が肩に手を置いて止めた。


「大丈夫よ。彼は躱しているわ」

「そんなのありえないよ!」

「ええ。人力じゃ無理ね。桜には聞こえなかった? あの一瞬に聞こえた破裂音」

「破裂音? ……っ!」


 きょとんとした顔で斜め後ろにいる会長の顔を見る桜だったが、心当たりがあるのか慌てて視線を剛木に向けた。

 すでに粉塵は薄れており、桜は剛木の姿を発見していた。

 床には大きな亀裂が入っており、後ろから会長のため息が聞こえたが、どうせ支払いは剛木だろうと桜はそれを気に留めなかった。

 桜の注意はそれよりも、本来であればそこで倒れているはずの人物がいないという事実に行っていた。


「あれ? 結君は?」

「……こっち。巨人」


 声の感じがさっきまでと違う。

 だがこの声質は紛れもない彼のものだ。

 桜を含め、全員の視線がその発信源。剛木の背後三メートルほどの場所にその姿を見た。


「……拳銃?」

「あ、あれって」

「春樹? 知ってるの?」

「は、はい……。あれは、今では伝説とされているナイト&スカイが残した伝説の中の伝説。六六六の未知(イクスモデル)と呼ばれるシリーズの一つです! す、凄いです! まさかこの目で見ることが出来るなんて!」


 会長のつぶやきに答える春樹の目は興奮に満ちており、隣で実の妹である真冬は苦笑いを浮かべていた。


「へぇー。そう。本当に……」


 得体が知れないわね。という言葉は飲み込む会長。

 春樹が法具マニアだというのは生十会メンバーでは周知の事実だ。

 その春樹がここまで、文字通りよだれを垂らす勢いで興奮しているのだ。たった今彼が当然のように持っているアレがどれだけ貴重なのかが良くわかる。

 それに、気のせいだろうか。

 会長の目には彼の、音無結の放つ雰囲気が随分と変わっているように見えた。

 中学生だとしても幻操師。つまりは戦士だ。

 戦士というのは戦いの中になると人が変わったかのようになることが多いため、会長はこの違和感を直ぐに捨てた。

 それよりもただ、彼の戦いを見たかった。


「ほう。雨宮みたいなことをする奴だな」

「……知らない。早く終わらせよ」


 ニヤリと笑う剛木に向けて結は二丁の拳銃を向けた。

 そして、ためらう事なく引き金を引いた。


「ただの銃弾で俺を止められると思うなっ!」


 結が今使っている拳銃はオートマチックリボルバーと呼ばれている特殊な銃だ。

 その名の通り、オートマチックとリボルバー、二つの特徴を合わせ持っているのだが、他にもこの銃の特徴として、自動装填というものがある。

 どういうものかというと説明は単純だ。

 一発撃つたびに自動でマガジン内に弾が追加されるだけだ。

 それはつまり、連射弾数は無限。

 まるで真横から降る雨の如く鉄を纏った鉛玉が飛んでいるのだが、剛木がそんなことを気にすることは無く、平然とその中を走っていた。

 避けているわけじゃない。

 ただ、結の撃った弾丸全て、剛木の皮膚で弾かれていた。


「あ、相変わらず凄い硬さですね」


 春樹の苦笑混じりの声が聞こえ、結は内心眉を動かした。


(これは硬いってレベルじゃないだろ。一応これ強化弾だぞ?)


 物理世界で使われる拳銃よりも幻操術によって威力が大幅に増大されているのだが、剛木にダメージがあるようには見えない。


「……ふーん」


 一見普通のオートマチックの拳銃にリボルバー特有の回転弾倉をくっつけた形をしている結の拳銃。

 手首でスナップを効かせるとクルリと回転弾倉が回る。

 弾倉が回転したのを尻目で見た結は二丁とも銃口を下に向けた。


「おらっ!」


 回転かかと落としは威力こそ凄まじいものの一回転という動作が入るため発動が遅い。

 さっき避けられたのはそのせいだと判断した剛木は走った勢いのまま腕を横に振るう。つまりはラリアットだ。


「……こっち。ノロマ」


 剛木の腕が結に当たる瞬間。会長はまた破裂音を聞いていた。

 そして、瞬きをした瞬間。結の姿が剛木の背後に逆さまであった。

 その手に持っている拳銃の銃口は剛木の背中。

 落下しつつも結は引き金を引いた。


「グァッ」


 剛木の背中に着弾したのは衝撃弾と呼ばれる特殊な弾丸だ。

 その特性は着弾時に生まれる衝撃の強さだ。

 さっきまで何発もくらっていたというのに呻くことはおろかダメージするなかった剛木だが、この弾の衝撃は外部ではなく、内部に直接響く。

 剛木に当たったのは数発だったとはいえ、内部に直接響くその衝撃に剛木の口から苦痛が漏れた。

 一回転して着地する瞬間。結はそのまま追撃をしようと銃口を向けるが、ハッとした表情で銃口を真下に向けた。


「おらっ!」


 結の着地の瞬間を狙って拳を裏拳気味に振るう剛木。

 普通なら避けることはまず出来ない。だが、そこに結の姿はなかった。


「銃撃を利用した『火速(かそく)』ね」


 結が使っている拳銃のもう一つの特性。それは六種の弾丸を使い分けることが出来るというものだった。

 火速弾と呼ばれる弾頭がなく、火薬だけが入っているカートリッジ。

 通常の銃撃とは互いさながら炎を撃ち出す如き。

 射撃時の反動も凄まじく、この時放たれる炎をまるでジェットのように利用して行う高速移動。それが火速だ。

 火速の範囲はこんな限定的なものではなく、火を利用した高速移動のことを総じて火速と呼んでいる。

 会長が何度か聞いていた破裂音の正体はこの火速弾の射撃音だ。

 剛木の真上に姿を現した結。その顔に感情らしきものは見えない。だが、目を見る限り感情がないわけではないことがわかる。ただのポーカーフェイスだ。

 先ほどの衝撃弾でのダメージがないわけないらしく、剛木の動きが止まっていた。

 それを好機と見た結。しかし、衝撃弾でも剛木を沈黙させることは出来ないだろう。

 それに。


(纏う幻力を増やしてる。衝撃弾対策か)


 衝撃弾には多くの連射が出来ないという弱点がある。

 凄まじい衝撃を生み出すこの弾だが、それは同時に射撃時の反動の凄まじさも言えることだ。

 連射をし過ぎれば結の腕が麻痺ってしまう。だからもうこの弾じゃ攻撃力が足りない。


(質がダメならやっぱり量だな)


 結は空中で横に銃口を向けると即座に引き金を引く。

 使った弾は火速弾。

 今の射撃の反動を利用して結は剛木の真上から落下しつつ高速回転を始めた。


「む?」


 今の射撃音で結の居場所が剛木にバレ、剛木は上を見上げると落ちてくる結に打撃を与えようと構えた。

 剛木の表情をみる限りこれで仕留める気はないのだろう。そもそも火速が行える奴が相手となる空中は回避不可能の無防備状態ではなくなる。

 つまり、これは剛木の意思表明だ。

 回転弾倉を回し、使用弾丸を変えた結は銃口を直接剛木に向けることなく、引き金を引いた。


「何を……」


 自身を狙ってこない超連続射撃になんの意味があるのかと眉を顰める剛木。

 だが、すでに剛木の中に結に対する油断はなかった。

 だからこそ、構えを解くことはない。その行動に意味がないとは考えてなかった。


「これって……」

「会長……これは……」


 つぶやく会長の隣で銀髪の少女が驚いたように見開いた。

 剛木を中心にその周囲で無数と火花が散っていた。


「なんだこれはっ!」


 思わず動揺を見せる剛木。


「火花の正体。止まることなく跳躍し続ける弾丸たちね。まるで牢獄ね」


 会長の推測通り。それはさきほど結が撃った弾丸たちだった。

 通常よりも跳躍しやすいという特性を持った特殊な弾丸。それがこれ跳躍弾だ。

 見学している生十会メンバーには当たらないように配慮しつつ、この訓練室の床、壁、天井全てを使い、さらには弾丸同士のぶつかり合いさえも利用して弾丸による牢屋を作り出していた。


「……『弾牢(だんろう)ーー』」

「いえ。これは違いますよ会長」

「え?」


 確かにそれは牢獄のようだ。

 しかし、銀髪の彼女はそうじゃない何かを感じていた。

 そしてそれはすぐにわかった。

 火速によって落下の軌道をズラし、弾牢の外に着地した結は今もなお剛木の周囲で無数に飛び回っている弾丸たちに向けて銃口を向けた。

 響き渡った破裂音は一つ。

 たった一発の銃弾が放たれた。

 放たれた一発が弾牢を成している内の一発に触れた瞬間。

 弾牢を成す全ての弾丸に変化が生まれた。


「『ーー集点(しゅうてん)』」


 剛木の周囲を飛び回っていた一○○届く量の弾丸が全て、全くの同時に牢獄の中心に、剛木に向かって放たれていた。


「なにっ!?」


 攻撃の体制を止め、両腕を顔の前でクロスさせて、防御の構えを取る剛木に無数の鉛玉がまるで雨のように、しかし、上空からだけではなく、嵐の如く全方向から叩きつけられていた。

 数秒が経ち、全ての弾がその役目を終えたとばかりに床に転がる。

 その数は結が撃った弾数と一致していた。


「……びっくり。まさか一発も貫通しないなんて


 剛木は無傷……ということにはなっていなかった。

 制服は至る所が破け、全身からは血を流れていた。

 赤い水溜りとまではいかないが、これの足元は少々赤い。

 傷は見る限りでも多くあるものの、弾が貫通したような傷口は見られない。つまり、重傷はなかった。


「ククク。クハッハッハッハッハッ」


 防御体制のまま、剛木の口から笑い声が溢れる。そして顔をあげると我慢出来ないといった風に大声をあげて笑っていた。


「面白い。面白いぞ音無!」


 笑うのを止め、まっすぐと結の目を見る剛木。その目に宿っているのは明らかな、明らかな熱意。闘争心だった。


「第二ラウンドだ! 行くぞっ!!」


 全身に力を入れ、中途半端に破れてしまっているワイシャツを筋肉の膨張によって破り捨てた剛木は、まるで野生動物を思わせる目で、自然界のハンターのような、戦闘狂にも見える表情で突撃した。

 突撃してくる剛木に結は向けていた銃口を下げると一言。


「……もう、ゴングは鳴ったよ」


 突撃しつつ、結の言葉に眉を顰める剛木。だがそんなことは気にしていられない。今の剛木はただただその身にたぎる本能に身を任せていた。


「おらっ!!」


 結に向かって拳を振り下ろす剛木。


「そこまでよ」


 そんな剛木の拳をいつも腰に差している愛剣で受け止める会長。


「さすがは会長ですね」


 感心の言葉を漏らす銀髪の少女。

 今の剛木の拳は本気と呼ぶに相応しい威力だった。

 その証拠に剛木の拳を受け止めた会長の足元は深く沈没し、大きなヒビが無数に走っている。


「何故邪魔をする会長」

「もういいわよ。ありがとね」

「……そうだったな」


 会長の言葉に渋々といった感じで拳を引く剛木。


「……ふぅー。疲れた」


 結が大きく息を吐いた瞬間。会長は何かが変わったことに首を傾げるものの、気のせいだと判断し結に視線を向けた。


「……あんたの策略か?」

「まあそうね。そんな不機嫌そうにしないでよ。怖いわ」

「冗談だろ? あんたならわかるはずだ。今の俺に力はない」

「……そう、かもね」


 会長の心は驚愕の念でいっぱいだった。

 先ほど、自分に恐怖を感じさせたほどの男である結。だが今はどうだ、これじゃまるで。


「抜け殻みたいか?」

「……ええ」

「まあ。詳しいことは企業秘密だ。それにより、あんた性格悪いな」

「あら。褒めてくれてありがとう」


 本当に性格の悪い女だな、と結は内心小言を漏らす。

 会長と剛木のやりとりからして、剛木のあれはきっとわざとだ。

 わざといちゃもんをつけさせ、そして結がその喧嘩を避けれない状態に会長が追い込む。

 その目的はわかりやすい。


「俺の力を測ったな」

「ええ」

「食えない女だな」

「そう言うけど、あんた最初から気付いていたわよね」

「まあな。ともかくこれで桜のお咎めは無しだろ?」

「ええ。そうね。悪かったわね桜」

「いや。……大丈夫だけど……」


 どうやら桜は状況が良くわかっていないらしい。キョロキョロとしながら、頭の上には疑問符がたくさん浮かんでいるように見えた。


「そうだ会長。一つ忠告」

「あら何かしら?」

「あんたに悪役は似合わないよ」

「ふふ。そうかしら? ってどこ行くのよ」

「教室」


 そう言い残して訓練室から立ち去ろうとする結に向けて会長が焦ったように問う。


「ちょっと! 生十会への入会はどうするのよ!」


 会長の言葉に結は立ち止まり、振り返り、そして。


「言ったろ? 入る気はないってさ」


 そしてそのまま訓練室を後にした。

 その場にはなんとも言えない表情を浮かべた生十会のメンバーたちが残っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ