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8ー37 砂の宮地


 風祭は重力を無視しているかのように数メートル真横に吹っ飛び、ホテルの壁にぶつかり止まった。

 壁には今の衝撃でいくつも亀裂が走っており、どれだけの威力が込められていたのかが推察出来る。


「ふー。真冬ちゃんナイス!」

「ま、真冬、信じてましたです! アイリスちゃんがやられてないって!」

「あはっ。とうのぜんだね。さてと、けりつけよっか」

「はいです!」


 アイリスと真冬が真剣な眼差しで見つめた先にいるのは誇りで煌きを失った宝石たちを纏う風祭。

 風祭の瞳は憤怒の色に燃えており、表情もまた般若の如くだ。


「許さないざます。許さないざます。許さないざますーー」


 俯き、表情が見えないまま狂ったかのように何度も同じ言葉をつぶやく風祭。その身体からはまるで湯気のように緑色のオーラが揺らめき始めていた。


「ちょっ。あれってまさか」

「ーー許さないざますっ!!」


 緑色のオーラを見た瞬間にアイリスは焦りを見せた。それとほぼ同時、顔をあげ、つぶやきから叫びへと変わった瞬間に緑色のオーラは爆発したかのように拡散した。

 風祭を中心に起こる暴風。

 アイリスと真冬は痛いくらいの勢いで吹く風に思わず腕で顔を守った。


「ちっ。やっぱしか」


 両腕の隙間から見えたそれにアイリスは舌打ちをする。

 顔からはさっきまでの焦りだけでなく、どこか迷いが見えた。

 風が勢いを増していき、まるで風祭の身体にまとわりつくかのように風が流れていた。

 暴風によって風祭の姿が見えなくなると同時に二人に当たる風が消えた。


「『心装ーー』」

「真冬ちゃんっ下がって!」


 暴風の中からそう聞こえると同時にアイリスは真冬を下がらせた。

 心装が今は出来ない真冬では心装相手ではなにも出来ない。

 一般的な兵士のレベルでそれぞれ一人には剣をもう一人には銃を持たせた戦った場合、どちらの方が高い確率で勝つだろうか?

 それはほぼ一○○パーセントに近い確率で銃を持った兵士だ。

 装備の差とは戦いに置いてそれだけ重要なのだ。

 法具と心装にはそれだけの性能差がある。いや、それ以上かもしれない。

 一瞬迷ったものの真冬の今後を考えればここは下がらせるのが懸命だ。

 大抵の幻操術は心操術を含めて言葉による式、唱式を併用している。

 そのため心装を発動する際にも術者は心装っと言葉にする。

 真冬の耳にもそれが届いたのだろう。

 心装が使えない今の自分では足手まといになる。

 そう考えた真冬は素直に下がった。

 もちろんただ下がるだけじゃない。真冬はホテルの地下にいる人たちにこの状況を伝えるべく走った。

 とはいえ、今はホテルと真冬たちの間に風祭がいる状況だ。


(仕方がないですぅ)


 さすがにこのまままっすぐホテルに向かうのは不可能だ。真冬は遠回りしてでも風祭を避けることにしていた。


(よし。これで真冬ちゃんは安全だね。……さて、困ったなー)


 アイリスは内心焦っていた。

 真冬が簡単に引いたのは自分が心装使いではないため。

 心装相手に心装無しでまともに戦えるのは心装以外に何か特別がある者たちだけだ。

 そうでないものは皆平等に無力となる。


 アイリスは心装が使えなかった。


 心装とは基本的にはSランクになることでやっと知ることが出来る自己強化の裏技や奥義に値する技だ。

 アイリスがSランクになってからすでに半年以上が経っている。つまり、十中八九心装について知らされているはずなのだ。

 事実。アイリスは心装を知っている。しかし、それを体得することが叶わなかった。

 

(さーてと。心装無しのあたしがどうにかなる相手……じゃないよねー)


 本音を言えば勝てる気なんてまったくしない。

 この絶望的な状況にアイリスは苦笑するしかなかった。


「『ーー守式。宝獄天女(ほうごくてんにょ)


 風が去り中にいた風祭の姿が露わになった。

 その姿をなんと言えば良いのだろうか。

 もともと趣味の悪い宝石だらけの格好をしていた風祭だが、今はそれに加えて風で出来ている小さな球体をふんだんに纏っていた。

 天女と聞こえたかそれは明らかに天女ではない。

 風の球体たちもまた宝石のような輝きを放ち、一見宝石の量を増量させたその姿は見る者に美しさでは無く、不快感しか与えない。


「ホッホッホッ。(わたくし)を汚してくれた罪。償わせてあげるざます!」


 風祭は風で作った鏡で自身の姿を愛おしそうな目で見た後、チラリと目付きだけを鋭くしてアイリスに視線を向けると、その手を翳した。


「早っ!?」


 例え目で見えなくても強者特有の感知能力によって今までは不可視の風弾を躱してきたアイリスだが、今回とそれは今までの比ではなかった。


「痛っ」


 両腕を胸の前でクロスして防ぐものの、着弾点には浅い切り傷が出来ていた。

 そんなアイリスに風祭は目を細める。


「ホッホッホッ。なるほどざます。それがあなたの能力でざましたか」


 納得顔になった風祭はアイリスの血がまったく(・・・・・・)出ていない(・・・・・)切り傷(・・・)を見てニヤリとした笑みを浮かべた。


「一見。普通の制服を着ているだけに見えるざますが、その実、目には見えない鎧のようかものを着てるざますね。

 (わたくし)の『風斬弾(ふうざんだん)』を防ぐほどの強度。おそらくあなたの性質も関わっているであろう鎧ざます。

 持っている性質は硬度に特化している土曜の光。そして属性は土といったところざましょうか?」

「わーぉ。あはは、こりゃまた凄いねー。バレるとは思わなかったよ」

「ホッホッホッ。その血が出ていない切り傷を見れば誰でもわかるざます」

「あー……そだね」


 アイリスはチラリと切り傷を見るとはぁーっとため息をついた。


「でも、ちょっとだけ訂正ね。あたしの属性は土じゃないよ」

「ホッホッホッ。なら何だと言うざましょ」

「あたしは【宮地】の愛理だよ? 【宮地】の操るものは一つしかないよ?」


 アイリスの発した名前に風祭は目を大きく見開くとニヤリと笑みを深めた。


「ホッホッホッ。なるほどなるほど。十二の光(ブレイズ)の関係者でしたか。ならば手加減は無しざます」


 風祭はその瞳に濃い憎悪を浮かべると再び手をアイリスへと翳し、式を起動する。

 飛ばされた『風斬弾』の数は五発。アイリスは強者特有の感知能力……いや、己の属性を利用した感知を使ってその弾道を即座に知った。

 どこに弾が飛んでくるのかがわかっていれば避けることは容易い。

 さっきは当たったにも関わらず、弾速、弾量、共に上だというのに避けられたことで風祭の表情が醜く歪む。


(ふぅー。あっぶないねぇー)


 アイリスは心の中で安堵の息を漏らした。

 アイリスが今の攻撃を避けられた理由は最初のような言葉で説明出来ない感知能力のおかげだが、今回のは能力を使っていた。

 アイリスの血族。【宮地】。

 【宮地】は代々砂の属性を操る一族だ。

 アイリスの姉は大量の砂をまるで津波の如く操り、圧倒的な攻撃性能を持っているのに対して、アイリスの能力は攻撃ではなく、防御に特化されている。

 常に全身に纏っている砂の鎧による高い防御能力。そして、目に見えないほどの細い砂を広範囲に広げることで砂による物理的な感知を行う。

 アイリスはすでに自分を中心に風祭がいる地点を余裕でカバー出来る範囲に砂による物理的な感知領域を広げていた。

 物理的な感知とはいっても、それに攻撃能力は皆無であり、その砂を利用して攻撃に移ることも出来ない。

 純粋に砂によるレーダーでしかない。

 見えなくともそこにあることはかわらないため、砂による物理的な感知で風斬弾の弾道を全て知り、それに合わせて動いただけ。言葉にすると簡単にも思えるが、その実その行為は高い技量を必要としている。

 そして、高い技量が必要ということは同時に高い集中力を要するということだ。

 高い集中力はより多く精神力をすり減らして行く。そのためアイリスは焦っていた。


(……や、やばいかもなー。すでに気力が足りてない……動くのもしんどそうだし……あれ? ……もしかして、詰んだ?)


 心の中は思いっきり弱気になっているアイリスだがそれを外に出すもうな悪手はしない。

 しかし、この場合それは逆効果になっていた。


「許さないざます! 生意気ざます! ぶっ殺してあげるざます!!」


 やけに興奮した様子で風祭は両腕(・・)を翳した。


(……あっ。終わった)


 砂による感知は出来ている。

 だからこそ、アイリスは気付いた。

 たとえ全ての弾道がわかったとしても、それを避けるだけの身体能力、いやこの場合は体力が無ければどうにもならないのだ。


(……そっか。まあ、それでもいっかな)


 アイリスは足掻かない。

 動くことなく、静かに目を閉じた。

 風祭はそんなアイリスを待て口元を緩めるが、すぐにハッとする。


(……まっ。やれればの話だけどね)


 アイリスは笑っていた。




 

 次の更新は2月11日です。

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