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8ー35 決意

 真冬はホテルに向かって走っていた。その顔は大粒の涙に覆われており、ひどく悔しさが表に出ていた。


(桜ちゃん……)


 あの時出てきた赤髪の男。

 あれは明らかに同種だった。

 真冬は一年前に起きた戦争に参加していた。

 あの時の戦いは少しでも戦力が必要になったため例えまだ少女だとしてもCランク以上の幻操師はそのほとんどが参戦していた。

 真冬が参加していたのは前線ではなく後衛の補給班だったのだが、それは起きた。起きてしまった。

 襲撃があった。

 そして補給班は致命的なダメージを負ってしまい、更に真冬は捕虜として敵兵に攫われてしまったのだ。

 その後の真冬に待っていたのは地獄だった。

 真冬は敵の行っていた人体実験のモルモットにされてしまったのだ。

 その後。真冬は兄である春樹の班の活躍によって救助されたのだがそれから約半年間、真冬の心は閉ざしてしまったのだ。

 他者への恐怖から少しでも相手を怒らせないようにと言葉遣いも変化し、気の弱い少女となってしまった。

 さらには人体実験の副作用なのか力も前のランクからBランクにまで落ちてしまっていた。


 あの赤髪の男を見た瞬間、真冬の全身は硬直した。真冬の目に男の顔は見えていなかった。見えたのはその髪。

 燃えるような赤髪。

 真冬に人体実験を行った人物。彼女も赤髪をしていた。


 中央ホテルに到着した真冬はこれで桜に救援を送れると思い安堵の息を漏らした。

 しかし、顔を上げて真冬は息を呑んだ。

 ホテルの至る所から真っ黒の煙がモクモクと溢れていた。


(な、何があったですぅ!?)


 我に返った真冬は慌ててホテル内部に走る。

 入り口からすぐ前にあるロビーには救援班とマスターが待機しているはずだ、しかしその姿は見えなかった。


(まさか。既にどちらも出切ってしまったってことですぅ?)


 救援班と六人のマスター。その全員が既に他の地点の救援に行ってしまっているとすれば、桜の生存は絶望的になる。

 桜は強い。【F•G(ファースト・ガーデン)】での襲撃と違い、今回は愛刀である千針桜(せんしんざくら)を持っているため、その戦闘能力はSランク相当だろう。

 しかし、一言でSランクとは言っても元々Sランクとは一流とされるAランクという枠には当てはめられないほどの実力を持ったものたちの総称だ。

 その上にはRランクが存在するものの、これはロイヤル。王族ランク。ただの人間ではなく人間という種族の王という意味のRなのだが、超人とされるSランクよりもはるかに上の力が無ければ慣れない特別なランクだ。

 残り二つは今の所過去に数人しかそのレベルに至ったことがないとされ、Gランクは神の領域ということでゴッドのG。Xランクは未知、測定不可能ということでXランクになっている。

 ちなみにここまで至った数人というのは全員Gランクに至ったという意味で、未だにXランクは存在した前例がない。

 例え同じランクだとしてもレベルの差はそれなりにあるものの、Sランクの場合はその特徴が特に強い。

 同じSランクといえどSランク同士の一対多で一人の方が勝つことさえありえるような差がある。

 千針桜(せんしんざくら)を装備した桜の力は確かにSランク相当だろうが、それはSランクの中でも下位程度だろう。

 あの赤髪は明らかに中位以上。勝ち目が見えなかった。

 それが分かった上で、知った上で、真冬はあの場を立ち去った。

 桜に行けと言われたから?

 否。

 桜のために早く助けを呼びたかったから?

 否。

 答えはどちらでもない。ただ、ただ純粋に逃げ出したかったのだ。

 あの赤い髪をもうみたくなかったのだ。

 じゃないとーー。


「あれ? 真冬ちゃん?」


 うつむいて体をプルプルと震わせていた真冬に話に掛けたのはみんなのアイドル、アイリスちゃんこと宮地愛理だった。


「あ、アイリス?」

「? どうしたの真冬ちゃん? たしか真冬ちゃんは桜ちゃんと同じ班だったよね」


 明らかに様子がおかしい真冬にアイリスは嫌な予感がした。


「え、えと。桜が……赤い……髪の……たた、かて……」

「……桜ちゃんが誰かと戦ってるの?」


 途切れ途切れの言葉をどうにか繋ぎ合わせて内容を読み取ったアイリスの言葉に、真冬はこくこくと頷いて返事をした。


「赤髪ってことは、もしかして人間かい?」


 真冬は頷いて返事をする。


「……ん? あーここ? ちょこっと前に襲撃があったんだけど、マスター様方のおかげでここはヘーキッ。念のために防衛班はみんな地下に行ってるんだよ。んで、交代で上の様子を見に来たら真冬ちゃんをポコペンしたわけですよ!」


 ポコペンとはどれくらい知名度があるのかは知らないが、地域によっては良く知られている遊戯の一つだ。

 細かいルールの説明は省くとして、鬼は見つけた人の名前を言った後にポコペンというのだが、つまり真冬を見つけたという意味なのだろう。

 変な勘違いをする前にホテルがボロボロになっている理由をちゃんと話した方がいいと思ったのだが、真冬に反応は見えなかった。


(こりゃ、本格的に精神がおかしいことになってるっぽいねー)


「よしっ! 真冬ちゃんは地下に行って、あたしはベストマイフレンドを助けに行くよ!」

「! ……だ、ため」

「真冬、ちゃん?」


 さっきからほとんど反応を見せなかった真冬は突然目を大きく見開くと震えながらアイリスの手を取った。

 震える声で何度もだめとつぶやきながら首を何度も横に振っている真冬にアイリスは驚いた。


「……真冬ちゃん? あたし、行かなきゃ」

「だ、だめ」

「ううん。だめじゃない。真冬ちゃんはあたしの心配をしてくれてるんだよね? その赤髪ってすごく強いんでしょ? その気持ちは嬉しいよ。けど、それを聞いたからには絶対に行かなくちゃ」

「どう、して?」


 首を振るのを止め、両目を大きく見開いている真冬にアイリスは優しく語り掛ける。


「桜を見殺しになんて出来ないもん」

「!」


 そうだ。それは確かにアイリスの身を心配してのことなのだろう。しかし、桜はどうなる?

 今も真冬が仲間を連れてくるのを待っているかもしれない。

 もしかするともう絶体絶命の淵にいるかもしれない。

 ここでアイリスを引き止めるということは桜への残酷な言葉だった。


「まー。桜ちゃん的にもたとえ仲間が来ても絶対に勝てないって思ったら仲間に来てほしくないって思うような優しい子だけど、けどあたしは行きたいんだ。あたしのわがまま、だめかな?」

「…………」

「…………」


 真冬は考えこんでいるようで何も答えない。

 アイリスは待つ。真冬が自分の気持ちが整理出来るまで。真冬の答えが出るまで。


「……く」

「……ん?」

「……真冬も、行く」


 真冬の目はさっきまで怯え、揺らいでいた瞳から真っ直ぐな覚悟を決めた目になっていた。


「んじゃ。行こっか」


 ……気がつけば、主人公がもう一ヶ月も登場してない……。

 次の更新は2月6日です。

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