8ー34 消息
桜の左肩から右脇腹にかけて大きく斬り裂かれた。
鮮血が噴水の如く吹き出す。
「……っ!!」
桜の声にならない苦痛と痛み、恐れ、そして懐かしさの混じった悲鳴が漏れた。
桜は自分の足で体を支えることが出来なくなり地面に崩れ落ちる。
赤髪は吹き上がった鮮血を避けるように後ろに二歩三歩。体を巡る血液の絶対値が明らかに少なくなったことで蒼ざめ、地面に這いつくばっている桜に勝ち誇った笑みを見せた。
「ハッ! テメェも幻操師の端くれなら知ってんだろうがよ! 男は身体を、女は精神を優先して生まれてくる。男に必要なのは自分の種を残すために純粋な力として身体能力をメインに作られ、女はより良い種を注がれ子を授かるために冷静に慎重に知的に見る精神をメインに作られる。
俺たち幻操師は精神を物理的な力として具現化し、それを自在に行使する存在。本来であれば男はこの世界じゃ女にゃ勝てねえ。
テメェのミスはそこだぁ!
女ならば剣ではなく幻に生きるべきなのによぉっテメェは剣術をメインにしていやがる。
たくっ、身の程に合ったスタイルならちったあマシになったかもしれないのによっ!」
赤髪は顔に怒りを含めながら真っ赤な水溜りの中を歩く。
そして、手に握る狂刃を振り上げるとそれを桜の白く細い首に向って振り下ろした。
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草原を駆け抜ける影が二つ。
一つは【F•G】の中等部二年生十会の一人、宝院陽菜。
もう一つは同じく生十会に所属する少女。望月楓。
二人は二人の額には前髪が汗でくっついており、ダラダラとまではいかないが、それでもいつもは常に涼しい顔して汗一つ流さない二人としては珍しいほどに慌て、汗りの表情を浮かべて走っていた。
予選で結と激闘を繰り広げた少女、渡辺綾。
幻操師を動力源にする非人道兵器、幻攻機兵の内部から綾が発見されたことで、あの時結と戦った少女が本物か怪しくなり、急いでガーデンに戻っている最中のことだった。
静かに焦りを含んだ声で陽菜が言った。
「……分身が殺された」
「……っ! 綾は大丈夫なのか?」
移動速度が違うため綾を抱えた陽菜の分身は遥か後方だ。
そのため、綾を抱えた分身がやられたと知り身を案じた。
確かまだ綾の目が醒めるまで時間が必要なはずだ。分身がやられれば無防備な綾に生はないかもしれない。
「……違う」
「違う? 何がだ?」
「やられたのはガーデンにいる私と楓の身代わり分身」
「! なんで!? ……いや、そうか。もう動いてるってことか」
「……そう。分身が消えればそれまで分身が見たもの聞いたもの、知覚情報は記憶となって本体に流れる」
「そうか。なんとなくでいい。今の状況は?」
「……イーターの連続出現。それお、各地に大きな火柱が現れた。数人いたはずのSランクの所在不明」
「……そうか。! あれか……六花衆だったか? あいつらは?」
「……わからない。同じく所在不明」
「そうか……」
楓は内心舌打ちしたいのを抑える。六花衆と呼ばれた少女たちの実力はSランク相当。いや、それ以上かもしれない。彼女たちがいればガーデンが劣勢だとしてもひっくり返してくれると期待したのだが、残念なことに行方不明。
ここからでも目視できるほど巨大な火柱に不吉を感じた。
(あの四人がやられた? ……いや、四人は四人で独自に動いてるってことか?)
楓は結と六花衆の関係性をおおよそ把握していた。
もちろん、結たちが元【A•G】のメンバーだということは知らないが、それでも昔何かあって六花衆が結に過大な恩を感じており、それを返すために忠誠のようなものを誓っていることは感じられた。
(でも、なんでだ? あの感じ、ただの忠誠じゃなくて他の感情もあるような……)
恩という理由だけで彼女たちが結の側にいると考えるにはどうも違和感を感じた。何かしらの思惑、感情があるのだろうが、楓にはそれがなんなのかわからなかった。
(考えても今は仕方ないか)
楓は一旦疑問を棚上げすると目前となったガーデンの門に向かう。
「……おかしい」
門へと到着した楓の一言目はそれだった。
「……警備がいない」
マスターの心を柱として作り出される空間である【幻理領域】は、その全てがマスターの支配下というわけではない。
街外には多くのイーターが巣食っており、そのため門にはそれなりの戦力を集中させているはずなのだ。
しかし、この門には出るときにはいた警備が一人もいなくなっている。
「これはマズイな」
「……ここから敵兵入り放題?」
「……だな」
楓たちは既にこれがただのイーターによる進行だとは思っていなかった。
何よりの根拠はあの火柱だ。
あれは誰がどう見たって幻操術以外の何物でもない。
あれだけ巨大な、それも複数の火柱をあげられると言えば、
「既に中はイーターだけじゃなくて新真理か失われた光の奴らもいそうだな」
「……ん」
「それも、下手したら幹部とかそういう連中か?」
「……ありえる」
陽菜は少し考える素振りを見せると圧倒的な熱を発する火柱に視線を一瞬向け、頷いた。
「陽菜。ここに一人……いや、予備で二人の分身置ける?」
「……ん。了解」
楓の依頼に陽菜は即答すると手掌で式を作る。
(にしても、珍しいよなー)
これは幻操術を扱う上で必須となる式を作るために必要な六式の一つだ。手の動きや形で式と為す手式と呼ばれる方法で、昔の日本では忍びと呼ばれるものたちが実際に使っていたらしい。
……まあ、幻操術の研究が進んでいない過去の話だし、本当かはわからないが。
陽菜がいくつかの形を流れるように両手でつくると煙がブワンと起きた。
「……分身は戦闘能力が高くない。問題ない?」
「んー。そういう疑問は普通実行前に聞くもんだが、わかってる。大丈夫だ問題ないよ」
「……そう」
煙の中から出てきた二人の分身と共に穢れのない真っ直ぐな瞳で見つめてくる陽菜に楓は苦笑しながら答えると、陽菜の本体と共に中に入った。
今の状況は陽菜の分身のおかげでほとんどわかっている。
そのため楓たちは迷わずに中央ホテルに向かった。
「んー。おかしいな」
「……どうしたの?」
ホテルに向かう最中、ぼそりと楓がつぶやいた。
「いや……。なんかほとんど感知が出来ないんだよな」
「……ガーデン内部は妨害電波のようなものがあるって聞いた」
「てことは今に限ったことじゃないってことか……」
かすかに疑問が残るものの楓は二度の棚上げをした。
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「んー。困ったねー」
黄色のドレスを着た少女が一人で首を傾げていた。
彼女こそ数ヶ月前に【R•G】のマスター、夜月双花を攫った張本人であり、セブン&ナイツの一角である【H•G】のマスター。麒麟だった。
一人でいるという表現はあくまで人間が一人ということで、麒麟の周囲三六○度は全て囲まれていた。
「さすがにこれだけの量の人型は困るねー。ねー」
苦笑しながら嫌な汗を流す麒麟を囲っている者たちの正体はなんと人型イーターだった。
一体でもSランク以上の脅威だというのに、これだけの量が相手となるとさすがの麒麟でも絶対勝てると自信を持つことは出来なかった。
「んー。『心装、攻式』」
この状態で出し惜しみしてる余裕はない。麒麟は早速心装を発動し、手持ちの完成型レールガン。『電磁加速中黄砲』を具現化すると、前方にいる五体の人型に向けて引き金を引いた。
黄色に輝く光線にも見える弾道は狙い違わずに五体の人型の心臓部に拳程度の大きさの風穴を開けた。
(あれれ? 人型にしては弱過ぎないかな? かな? それに、人型がこんなにいるのも異常だし……まさか、ね)
麒麟の思考が一瞬、とある可能性によって固まった瞬間に人型たちは飛び上がった。
「あっ。……えいさっ!」
やや遅れて麒麟がレールガンの標準を次々と合わせて引き金を引き続ける。
宙に飛んだ人型が次々と穴を開けられて落ちていっていた。
しかし、人型の数はあまりにも多く、既に撃ち落とすのが間に合わなくなっていた。
「くっそっ!」
焦りによって体に無駄な力が入りそれは硬直となった。結果、元々なかった時間がさらに削られいき麒麟はさらに焦りを強める。そんな嫌なループが生まれていた。
「あぁーもうっ! 鬱陶しいっ!!」
額に大きな怒筋を浮かべた麒麟は憤怒の一撃として巨大な光を撃ち出す。
その光は宙にいた人型のほとんどを消し去っていた。
「よしだね! だっねっ!」
今の一撃でだいぶ余裕が出来た麒麟は鼻歌まじりに引き金を引く。
「……!?」
多くの人型が宙に飛んだことで麒麟の意識はほとんどが宙に注がれていた。そのため地上、特に地面スレスレの場所に対する意識がほとんどなくなっていた。
一体の人型が麒麟の足に絡み付いたことで体制が崩れ一撃を外す。
「じゃ、まっ!」
麒麟は片方のレールガンの銃口を足に絡み付いている人型へと向けた。
麒麟の意識が地面に向いた瞬間。レールガンによって撃ち抜かれ、地面に向かって落ちていく人型の後ろにから無傷の人型が姿を現した。
「!」
麒麟が気付いた時にはもう遅い。
人型の爪は既に目前に迫っていた。
……そして、鮮血が吹いた。
次の更新は……2月4日です。




