8ー32 赤髪
嫌な感じがした。
桜が目の前にいる赤毛の男を敵だと判断した主な理由はそれだけだった。
桜は考えるよりも感じるタイプだからそう思うだけで、その男が纏っている衣がガーデンの制服ではないことから直ぐに敵だとわかるのだが、それは桜の意識には投影されていない。
今の思考内部は全て衣服ではなくその内。人の動きを司る筋肉に向かっていた。
「おらっ!」
(早いっ!)
瞬きによって生まれた一瞬の暗黒。隙になるなんて考えられないほどに短い、一瞬の盲目。
しかし、その一瞬。視界が戻った瞬間目の前に移動していた赤髪の男は垂直に上げた足をまっすぐ桜に振り下ろした。
桜は日頃の訓練の賜物によって無意識に体が回避行動を取っており直撃は避けていた。
赤髪の足が地面に触れると同時に地面が抉れ、多くの粉塵を巻き起こしながら爆発を起こした。
爆風に飛ばされた桜は左手が千針桜で塞がれているため、両足と右手の三本で衝撃を和らげるながら着地すると、目を細めた。
【物理世界】には【幻理】が存在しない。そのため、幻力による身体能力の強化や反射速度の向上なども当然出来ない。
しかし、それでも一般人から見ればあり得ないと言わざるおえない超人は存在している。
一番イメージしやすいのは真剣白刃取りだろうか。
振るわれる刀剣を両の手で挟むようにしてつかむ正に超人技だ。
【幻理】があるこの世界では練習次第で出来るようになるため、白刃取りを習得している幻操師は多くいる。
しかし、それは幻力による能力強化があるから出来ることであって【物理世界】では到底出来るような技術ではない。
実際、いくら幻力による能力強化によって難易度が下がっているとはいえ、白刃取りを習得出来ない者は多い。
しかし、世界とは広いものだ。
探してみると【物理世界】にも白刃取りを体得している者が存在する。
見てから実際に体が反応するのは○、一秒から○、ニ秒ほど掛かるとされている。
実際に剣が降ってくるのはそれよりも明らかに、絶対的に早い。
常識を考えれば不可能な技だがそれを体得している者がいる以上、それは可能なのだ。
それを可能にしている要素。それは予測であり洞察力。つまり見切りだ。
繰り返しの訓練によって意識行動を無意識行動まで昇華させ反応スピードを限界まで上げる。
しかし、それでも本来ならば間に合わない。そこで必要になるのが洞察力。予測の力。
相手が振る場所、向き、威力、スピード、タイミングを予測し、通常後手になってしまう防御を先手とする。
そうすることによって白刃取りは可能となるのだ。
重要なのは訓練という努力と予測する力だ。
しかし、いきなり相手の動きを予測しろと言ってもそう簡単に出来るようなことではない。
予測の力が有効なのは何も白刃取りだけではない。むしろ、それは全てに応用が出来る技だ。
どれだけ正確に尚且つ先まで予測するか、それは戦いの優劣を決める一つの要因になりうるのだ。
だからこそ、桜は観察する。
見続ける。
「ちっ。さっきからジロジロ見やがって、鬱陶しいクソガキだな」
「はんっ! なにさっ態度ばかっかり大きくて実力は大したことないんじゃないの?」
「あぁん? んだとゴラァ」
赤髪は額に大きな怒筋を浮かべ上がらせるとずっと自然体だった姿勢から両足を肩幅以上に広げ、腰を落とし脇を締めて両腕を腰にやった。
(ちぇー。なんかチンピラぽかったら挑発すれば考えなしで突っ込んでくれるかなーって思ったけど、結構冷静だねー。こりゃSランクを含めた前線が逃げた原因はこいつっぽいね)
桜はチラリと視線をズラし、真冬を見た。
桜に言われた通り止まっていなかった自分を呑み込んでいたであろう大きな火柱を前にして、彼女の目は大きく揺らいでいる。
(真冬は戦えそうにもないかな。……まあ、死を身近に感じた時の恐怖はあたしも知ってる文句は言わないけどね)
「真冬ちゃん! 聞こえる? 聞こえたら今すぐ中央に連絡に行って!」
「さ、桜ちゃんはどうするですぅ?」
真冬に会話をするだけの余裕があったことに桜は頬をやや緩めるものの、彼女が動揺しているのは明らかだ。あれでは戦いは不可能というのは変わらないだろう。
しかし、中央への伝令なら出来るだろう。報告、連絡、相談。通称『ホウレンソウ』はこういう集団作戦の時には特に重要だ。
「あたしは大丈夫だから! わかるでしょ!」
「! わ、わかったですっ!」
力強く頷き立ち上がった後走り出した真冬を尻目に、桜は視線を再び赤髪へと向けた。
「あぁん? 一人で大丈夫だと? この俺を舐めてんのかクソガキ」
「舐めてる? あんたみたいなチンピラ舐めたくないわよ気持ち悪い」
「んだとゴラァッ!!」
舌をチラッと出してペッペッと口を鳴らす桜に赤髪は顔を真っ赤に染め上げた。
(ありゃ? 今度は挑発聞いたみたい? ラッキッ)
桜が瞬きをした瞬間、再び赤髪は桜の目の前に移動していた。
(来たっ!!)
迫り来るラリアットをしゃがんで避けた後、桜はしゃがみながらダンスをしてるかのごとく一八○度ターンをし、千針桜を両手で握り締めるとターンの勢いを殺さぬままラリアットの勢いで背後に移動していた赤髪の無防備な背中に刃を叩きつけた。
「グァッ!」
背中を強く強打され、肺の中の酸素を全て吐き出した赤髪は数メートル吹き飛ばされゴロゴロと地面を転がった。
「へへーン。バーカ」
挑発がうまく行き、怒っているのであれば再び目の前に現れるであろうことは簡単に予測出来た。
だけど、瞬きの一瞬の暗闇で移動されては反撃の余裕はない。
しかし、桜は一度目にその移動の瞬間を見た時に気付いていた。
移動する瞬間、全身の筋肉が緊張することに。
だからどのタイミングで奴が来るか予測出来た桜はある程度相手の攻撃を複数仮定し、それに合わせたカウンターを用意していた。
赤髪に向かってあっかんべーをする桜だが、内心怪訝な顔をしていた。
(おかしい……刃鞘の切れ味はこう見えてそこらへんの刀剣よりはるかに上。なのに、斬った感触が全くしなかった)
鞘でありながら刃を持つ桜の千針桜だが、その切れ味は人ぐらい容易に切断することが出来るはずなのだ。
しかし、赤髪の男は二つに分かれたりしていない。
(……ていうか、久し振りなのに結構躊躇いないなーあたし)
桜が密かにため息をつくとどこかからが笑い声が聞こえた。
「ハッハッハッハッハッ」
笑い声の発信源は未だ地に伏している赤髪だった。
斬った手応えはなかったものの、叩きつけた手応えは確かにあった。
手応えからしていくら身体強化で防御能力を上げていたとしても気絶するレベルだったはずだ。
にもかかわらず、気色悪い笑みを浮かべながら当然のように立ち上がった赤髪を見て桜は怪訝な顔をした。
「……へぇー。気絶すらしてないなんてちょっとビックリ」
「ハンッ! 舐めんなよクソガキ! その程度で俺様がやられるわけねえだろうがよっ!!」
「あっそ。なら倒れるまで何度でも斬ってあげるって」
「ククッ。アッハッハッハッハッ」
「……何がおかしいの」
腹を押さえて笑い出した赤髪に桜は目を細めた。
「テメェに俺様は斬れねえよ!」
作者の活動報告にて第1章の書き直しについての途中報告があります。
よろしければそちらをご覧ください。
次の更新予定日は1月28日です。
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