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8ー26 年相応


「ちょっ! 嘘でしょ!?」


 少し前にも聞いたサイレンに似た音がガーデン中に鳴り響いていた。

 その音にさっきまで笑顔を浮かべていた三人の表情が一転する。


「桜っ! 今のって!」

「うん……どうやらまたイーターのお出ましみたい……」

「……くっ」

「アリスは起き上がっちゃ駄目!」


 警報を聞き、慌てて起き上がろうとするアリスだが、走る痛みに出来ずにいた。

 それでも尚起き上がろうとするアリスの肩をアイリスは慌てて押さえていた。


「こんな時こそ(わたくし)たちSランクが率先して動くべきなのですわ!」

「そうかもしれないけどアリスは怪我人だよ!」

「関係ないですわ! もう傷口は塞がっていますわ!」

「ダメだよアリス。確かに医療術で傷口は塞がってるかもしれない。けど、それはあくまで表面上はだよ。そんな状態で激しく動けば確実に傷口が開くよ」

「桜……」


 真顔でそう注意する桜にアリスは一瞬止まるものの、すぐに首を横に振った。


「ですが桜っ! こんな時こそ力ある者の責任を果たす時ですわ!」

「怪我人に責任も何もないっ!!」


 桜の大声にアリスは思わず目をつぶった。恐る恐る目を開けたアリスの視界に映るのは怒りを露わにしている桜の顔だった。

 ベットから立ち上がり、未だに起き上がることが出来ないでいるアリスの隣にいくと、その顔のまま話し出した。


「今、責任がどうこうって言ってたよね?」

「そ、そうですわ。力ある者こそ非常時には力無き者たちを助けなくてはいけないのですわっ」

「ふーん。今のアリスは力ある者なの?」

「えっ?」


 ポカンとした顔を浮かべ、一瞬動きが完全に無くなった瞬間。桜はアリスの上に馬乗りになっていた。

 怪我人の上に馬乗りになる。普通ならありえないことをしているのだが、その光景を見てもアイリスは何も言わない。

 静かに黙って、見守っていた。


「さ、桜?」


 突然上に乗っかってきた桜に、アリスは困惑の表情を隠せずにいた。

 そんなアリスなど気にも止めず、桜はそのまま怒りを含んだ顔で話す。


「ねえアリス? 今のアリスは戦う力があるの?」

「何を……くっ」


 困惑の表情を未だに隠せないでいるアリスのちょうど脇腹を挟むようにして膝たちをしている桜は、わざと足の間隔を狭めた。

 さすれば当然傷口が圧迫され、アリスは思わず痛みで小さく、短い呻き声をあげた。


「桜……なんのつもりですの……」

「ねえアリス? なんか勘違いしてない?」


 痛みによって掠れた声しかでないアリスに、桜は冷たい視線を落とした。

 そんな桜の目に、アリスは背筋が冷えるのを感じた。


(この目は、あの時の……)


 その時の桜の目は、昔見た母様(かあさま)の目とそっくりだった。

 この時代。【物理世界】の家族で二代に渡り幻操師をやっている者は少ない。

 アリスは既に両親を失っている。

 父は産まれた時には既にいなかった。母様からは事故で死んでしまったと聞いていたが、それが嘘だと気付いていた。

 本当は、自分たちを捨てていなくなってしまったんだ。

 当時は母様が幻操師だったなんて知らなかった。知る由もなかった。

 母様は強かった。それは幻操師としてもそうだし、何より一人の女性として強かった。

 誇りだった。

 母様はアリスにとっての誇りだった。全てだった。光だったのだ。

 しかし、ある日。

 学校から家までいつも使っている帰り道。その日は偶然一人だった。

 そして、気が付けばアリスは取り込まれていた。

 あの時のことを一言で言うには運がなかった。それに尽きる。

 偶然にも、アリスは【物理世界】で活動しているイーターが作り出す一種の結界のようなものの中に迷い込んでしまったのだ。

 そこでアリスは見た。幻操師として、戦う母様の姿。

 思わず大声を出してしまい、母様と戦っていたイーターが狙いを自分に変えたこと。

 そして、一瞬だ。本当に一瞬。

 気が付けば、アリスは抱きしめられていた。

 母様は、そこで消えてしまった。

 その時の記憶はもう、薄れてしまっている。あんなに尊敬していた、大好きだった母様の顔。

 今ではそれも思い出せなくなってしまっていた。

 今の桜の目はあの時の、イーターと戦っていた母様の目と同じだった。

 使命に燃えているような、強い覚悟があるような、そして、とても怒っていたような。

 そう、怒りだ。

 激しく燃える怒りを通り越して、冷たく鋭く研ぎ澄まされた怒り。

 その目に恐怖を覚えると同時に、今更、今更になって母様のことを思い出した。

 そして、悲しくなった。


「ねえアリス? 自分を犠牲にする力で他者を本当の意味で守ることなんて出来ないんだよ?」

「…………かあ、さま?」

「……えっ?」


 アリスの瞳から、一筋の光がこぼれ落ちた。

 想像にしていなかったアリスのつぶやきに、桜は目を見開いた。


(ねえアリス? 覚えておきなさい。自己犠牲に意味はない。自分を犠牲にして救える命なんて、ないのよ)


 桜の言葉は、似ていた。

 今のアリスがはっきり思い出せる母様の言葉。


「……かあ……さまぁ……」


 嗚咽交じりのつぶやき。

 突然弱々しくなってしまったアリスに桜は戸惑うものの、アリスはそのまま眠ってしまっていた。


「……ねえアイリス。今のってさ……」

「……うん。そうなんだろうね。桜の言葉がアリスの呪いを解いたのかもね」


 アイリスはわざとらしくウインクをした。

 桜はアリスの上から退きながら苦笑した。


「……よくわかんないけど、良かったんだよね?」

「たぶんね。他者の何気ない言葉が救いになる。そういうこと、たまにはあるからね」

「……そっか」


 アリスを簡単に表すのであれば高飛車な美少女が適当だろう。

 しかし、今のアリスの寝顔は、まるで子供のようだった。

 まだまだ中学生の子供なのだが、その寝顔はとても年相応で、可愛らしかった。


 

 



 

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