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8ー25 しっかりしないとね!

 少し長めです。


 外に出てみればそれはそれで大変なことになっていた。

 時刻か時刻なので大抵の生徒はホテルに戻っていたのだが、全員とはいかなかったようだ。

 ホテルにいた生徒たちは真冬たちの案内の元、ホテルの地下に避難しているはずだ。

 しかし、ホテル外の生徒たちは避難もなにもしていない。ただイーターの出現を表す警報にあたふたとしているのが大半だった。


「あんたたちっ! Bランク以下はホテルの地下に避難して! Aランク以上は三人以上のパーティを組んだ上でイーターの討滅に向かうこと! けど、無理はしないで心を大切にね! 討滅が不可だと判断したら無理せずに時間稼ぎと情報収集に努めること! 討滅自体は情報からふさわしいと思った幻操師に任せなさい! 今言ったことを他のみんなにも伝えなさい!」


 混乱している生徒を見つけるたびにそう声を掛けて行く中、桜は焦りを感じていた。


(ここにいるのはまだ中学生。Aランクはさほど多くない。Sランクなんて六校合わせてももっと少ない。Sランクのアリスを不意打ちとはいえ倒すような奴が他にもいるかもしれない。そうすると、戦力が足りないかもしれない)


 中学生の平均ランクはDだ。

 人型がいたということは前と同様に中型以上もいると考えた方が良い。

 中型以上となるとそこらへんの幻操師じゃまるで相手にならないだろう。

 だからこそBランク以下は避難するように言っているのだが、六校合わせてもAランク以上は多くないはずだ。

 一番の戦力になるであろう生十会メンバーは会長に副会長という貴重なSランクが不在であり、楓も理由は不明だが力の減少が著しい。

 FランクでありながらSランクと同等、またはそれ以上の戦闘能力を持っている結も不在。

 桜と同じくAランクの剛木は腕を負傷しており昔程の力はないだろう。


(あれ? じゃあなんで剛木は今生十会にいるの?)


 走り続けていた桜の足が止まった。

 生十会とはその学年の力の象徴だ。

 Aランクとはいえそれは腕を怪我する前の話だ。

 そして、剛木が腕を失ったのはもう一年も前の話。つまり、今年も生十会にいる理由がわからないのだ。


(何かがおかしい。間違ってる。何かが歪んでる。もしかして!)


 桜は気付く。

 本戦初日。

 【キックファントム】の本戦があったあの日。その夜の会議での話だ。

 会議の後、結と話をした。

 その内容は六花と楓の様子がどこかおかしいということ。そして、剛木の腕についてだ。

 あの時。桜は結に言った。剛木の腕は一年前にあの戦いで無くなってしまったのだと。

 あの時、結が驚いていたのはただそれを知らなかったから。中学生でありながらあの戦いに参加していたという事実に驚いたからだと、そう、勝手に思っていた。

 そう。あの日からおかしかったのだ。

 結、六花、楓。

 この三人は明らかに様子が違かった。そして、その内二人がガーデンから消えた。

 何か関係があるのではないだろうか。

 そう、桜が感じたのは自然だった。

 そして、桜は一つの仮説に辿り着いた。


(剛木の腕は、一年前じゃない?)


 そう考えればいくつか納得いく。

 腕の怪我が一年前ではなく、もしもごく最近のことだとすれば、今剛木が生十会にいる説明がつく。

 そして、一年前だと話した時の結の驚きよう。それにも納得が行く。


(でも、あたしは……そうなわけ……ありえるの!?)


 桜は頭を抱えて崩れ落ちた。両膝を地面につけながら、その目は焦点を失い、ユラユラと揺れている。


(記憶の操作なんてっ!!)


 桜ははっと顔をあげた。


(今のって、悲鳴!?)


 どこかからか聞こえた悲鳴が桜の意思を正常化させていた。


「あーもうっ! うだうだ悩むのは後! 今は生徒の安全!」


 崩れ落ちた時に足元に落としてしまっていた千針桜(せんしんざくら)を拾うと、桜は微かに聞こえた悲鳴を頼りに走り出した。

 鞘そのものに切断力があるとは言っても、それは刃物として切れ味が高いわけではなく、ただ尖っていることと重みがあるからであり、振るうことがない限り切断力は無いに等しい。そのため、桜は千針桜(せんしんざくら)を肩に乗せながら走っていた。


(見っけ!)


 見つけたイーターは中型。

 RPGに例えれば中ボス級の相手なのだが、メインウエポンである千針桜(せんしんざくら)を持った桜の相手ではない。

 桜はAランクだ。しかし、既に2nd(セカンド)クラスを持っている程の実力者。

 まだそれ相応の実績がないからという理由だけで、本来その実力は限りなくSランクに近いのだ。

 いつもはサブウエポンしか持ち歩いていないためその実力はAランクが適当なのだが、メインウエポンである千針桜(せんしんざくら)を装備した今の桜の戦闘能力はSランクと言って不足はない。

 つまり、


「あんたなんて敵じゃないっ!」


 サーチ&デストロイ。

 狼に似た姿をした中型イーターを見つけると同時に斬りかかった桜は、初撃を刃鞘の刃ではなく、横腹を向けて振るい、斧の如く重量を持った太刀の横腹をうちわのようにして風を飛ばし、風によって一瞬動きが止まったイーターを返しの刃で真っ二つにした。


「た、助かりました」

「腰抜かしてないでホテルに戻んな! みんな地下に避難してるから!」

「は、はい!」


 さっきの悲鳴はどうやらこの男子生徒のもののようだ。

 悲鳴が聞こえてからそれなりに時間が経っている。正直桜自身間に合わないと思っていたのだが、肩で息をしている男子生徒を見て、どうにか逃げ回っていたのだろうと推測した。

 走り回って疲れもあるのだろうが、その場にへたり込んでしまった桜に少々キツめに言った桜は男子生徒が立ち上がるのを確認すると次のイーターの元に向かった。


(にしても、狼っぽい中型から数分とは言っても逃げ切るなんて結構すごいんじゃない? あの制服、確か【S•G(セカンド・ガーデン)】だと思うけど、あっちの生徒も結構バカにできないかもね)


 エリート校である【F•G(ファースト・ガーデン)】のレベルについてこられないもののために作られた【S•G(セカンド・ガーデン)】。

 悪口を言ったことは特にないのだが、正直な話【S•G(セカンド・ガーデン)】のことを下に見ていたのは事実だ。

 とはいえ、それは桜の性格か悪いとかそういう話ではなく、【S•G(セカンド・ガーデン)】は【F•G(ファースト・ガーデン)】の下という、ある意味決まりのような事実があるため、そう思うのは仕方がない。

 しかし、【F•G(ファースト・ガーデン)】の生徒だとしても狼のような速力を持つであろう中型イーターから数分も逃げ切ることが出来るものは少ないかもしれない。


(そういえば、ゆっちだってFランクだけど実力は半端ないもんなー)


 ランクでその者の本当の戦闘能力は計れない。

 身近に結という実例がいるにも関わらず、それを忘れていた自分に桜は苦笑した。


 その後はイーターを発見次第即始末を繰り返していた。

 とはいえ、そこまで大量のイーターが発生したわけではないようで、生徒たちの避難を終えたらしい教師たちも途中からイーター殲滅に参加していたため、ガーデン内に発生した全てのイーターを討滅するのに然程時間はかからなかった。

 なにより、途中でマスターたちが参戦したのが一番の大きいだろう。


「あぁー。疲れたー」


 アリスたちと共に戦った人型を入れると四体との連戦をしてきた桜は、保健室のお世話になっていた。

 とはいえ、大きな怪我をしたからという理由ではなく、単純に過労だ。


「お疲れだったねぇー。桜」

「いや本当だよー。さすがに連戦は辛い」

「しかも、ずっと走りっぱなしでしょ? あたし無理だなー」

「はぁー」


 桜が座っているベットの隣でリンゴらしき果実を剥いているアイリスと話していると隣のベットから大きなため息が聞こえた。


「アリスー? どしたの?」

「桜は四体もののイーターを討滅したというのに、(わたくし)は……(わたくし)は……」


 隣で寝ているアリスはそう呟くとうぅっと小さな声で泣き出してしまっていた。

 エリートとしてのプライドを結にズタボロにされたアリスだが、それでもエリートとしてのプライドは柔らかくなっても一応あったため、一体も討滅することが出来ずにやられてしまった自分が悔しかったのだろう。


「アリス。そんなに落ち込むことないよ?」

「そーそー。そんなこと言ったらあたしだってSランクだけど討滅数ゼロだしねー。アリスは一人で人型を瀕死にまでさせてたんだよ? 凄いよ!」

「そーだよ。あたしが人型にトドメ刺せたのだってアリスがあいつを弱らせてくれてたからだよ? もしあいつが弱ってなかったら勝てたか怪しいね」

「二人ともありがとうですわ」


 あははと微笑む二人にアリスはニッコリと笑いかけた。


「それにしても、アリス、怪我大丈夫?」

「ふふ。(わたくし)なら大丈夫ですわ」


 笑顔から一転して、人型を任せてしまったこともあり、責任を感じていた桜は心配そうな表情を浮かべた。

 そんな桜にアリスは笑顔を深めていた。


「でも、結構深いって……」

「そんなに心配しなくても大丈夫ですわ。ここの医療班は優秀ですわね。もう傷はほとんど塞がっていますわ」

「本当!? 話には聞いてたけど、医療術ってそんなに効果あるんだー」


 アリスは掛け布団を剥がすとワンピースタイプの制服を着たままでは脇腹の治療に支障があるからと着替えさせられていたピンク色のパジャマを捲った。

 そこには包帯が巻かれているのだがそれに血はまったく滲んでいない。

 あれだけの怪我だったのだ普通ならすぐに血で赤くなってしまうのだがそれがなっていないということはそれだけもう傷が塞がっているということだ。

 それを見て興奮しているアイリスにアリスは首を横に振った。


「いいえ。普通はここまでの治癒力はないはずですわ」

「え? てことは」

「ここの医療班が特別優秀なのでしょうね」

「へぇー。確か医療術って幻力の自己強化を利用したやつで、自己治癒能力を外部から強化させるんだよね?」

「そうですわね。ですのであくまで医療術とは他者の自己治癒力を強化する術になりますわね。ですが、それだけではなくてよ?」

「えっそうなの?」

「うん。滅多に見れるもんじゃないけど、直接患部を再生させるような医療術もあるらしいよ?」

「さすがは桜ですわね。良く知っていましたわね」

「まー。医療術は昔ちょこっとかじったからね」


 桜は照れたように頭を掻いていた。


「へぇー。やっぱし幻操術って複雑だよねー」

「そうですわね。ちなみに、今言った医療術はどちらも【幻理領域】でしか使えませんわよ」

「あーそっか。【物理世界】じゃそこまでの力ないもんね。幻操術」

「だね。幻操術って【物理世界】じゃもっぱら破壊だしね」

「まあ、幻操術は元々幻術。夢の世界のようなここならまだしも、現実世界ではそう上手くいきませんわよ」


 幻操術は万能な魔法ではない。

 あくまで幻術なのだ。

 心を惑わされれば怪我もするし命を落とすこともある。

 しかし、無くなったものを治すことは出来ない。

 痛みを和らげることも出来るが、それはあくまで痛覚を誤魔化しているだけであって患部を治しているわけではない。

 幻術で怪我を治すことは出来ない。

 当たり前のことだけど、それを正しく理解しない幻操師がいることも残念ながら事実なのだ。


「これも、幻操術のデメリットですわね」

「そうだね。現実なのか、幻覚なのか正しく判断出来ない人が幻操師になっちゃったら酷い事件が起きちゃうもんねね

「……うん。だからこそ、幻操師は秘密にされてるんだよね」


 どこか暗い雰囲気が流れ、俯いてしまったが、桜は首を振ると顔を上げた。


「だからこそあたしたちがしっかりしないとね!」

「ふふ。そうですわね」

「だねっ!」


 わざと明るくガッツポーズを取った桜の意図を感じとり、二人も暗い顔から一転して笑みを浮かべていた。

 そして、再び音が響いた。



 

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