8ー24 蕾の刃
「なーに謝ってるの? ビューティフルガール?」
もうほとんど見えていない視界を遮る後ろ姿。
彼女が纏うのは【F•G】の制服。
【F•G】は男女共に二種類ずつ制服が用意されており、改造も基本的に自由になっている。
彼女が着ているのは特に改造されていないブレザータイプ。
ただ一つ、特徴があるとすれば短すぎるスカートと、思いっきり見えているその中の短パンだ。
髪は短髪の黒でいつも明るい彼女の名前は、
「ふふん。みんなのアイドル宮地愛理ちゃん。通称アイリスここに見参っ!!」
回し蹴りで人型を後退させた後、流れるように見ていて恥ずかしくなるような決めポーズぽいものを満面の笑みで取ったアイリスを見て、アリスは微かに笑っていた。
「いやー。いんやんな気がしたから先に来たけど、予感的中だったねっ」
アイリスは腕を組んでうんうんと一人で頷いていた。
「さてと、人型さん? こっからは一時アイリスとあーそびましょっ!」
アイリスは飛び上がると足を振るう。狙うは人型の首。
間に手を出し、アイリスの足を掴もうとするが、素早く反対の足でその手を蹴ることでそれを阻止すると、蹴った反動を使って逆回転を始める。その回転を殺さぬように体を回し、強烈なかかと落としを奴の肩に向かって披露した。
「グガガッ」
人型の悲痛の叫びが聞こえた。
アイリスのかかと落としは人型の肩を完全に落としていた。
組み合い繋がっているはずの肩は外れ、本来それを形作る上で、基礎となる部分が崩れ、その腕は筋肉と皮だけでどうにか繋がっているだけだった。
「せいやっ!」
着地したアイリスは素早く屈んだ。そして地面スレスレを狙って足を振るう。
足払いをし、人型を転ばせたアイリスはそばで既に意識を失っているアリスを抱き抱えた。
生徒の避難は既に終わっている。
ここに残る理由なんてない。
わざわざ危険をおかしてまですぐにこいつを倒す必要性は皆無だ。
この場から一秒でも早く立ち去ろうと、アリスを抱っこした瞬間、背後で音がした。
「グガガッ!!」
「しまっ」
いつもならば見ずに足を振り上げてどうにかすることだって出来た。
しかし、アリスを背負っているせいでそれが出来ない。
人を抱えたまま強烈で速い体術を披露することは出来ない。
不幸中の幸い。人型は刃物による攻撃手段を持っていないようだ。
打撃ならば腕を一本一時的に犠牲にするだけでどうにかなる。
アイリスはそう思うのも束の間、鋭い風切り音と共に人型の拳の先から何かが飛び出た。それは針のようなもの。メリケンサックのようなものだった。
既に片手を犠牲にする防御へと行動していたアイリスは小さく舌打ちをする。
あれだけ巨大な針が無数に並んだ拳を素手で防御すればその犠牲は一時的なものなどでは無くなる。
アイリスはこれから襲ってくるであろう痛みによって動きが鈍らないように覚悟を決めた。
そして人型の拳がアイリスの腕に当たる瞬間、拳が飛んだ。
「……ふぅー。ナイスタイミングだよ」
一瞬驚いた表情を見せるものの、すぐに安堵の表情になったアイリスは、アリスを抱っこするために中途半端だった格好からちゃんと立ち上がった。
「アリス……」
「大丈夫だって。アリスちゃんだっけ? 怪我は結構酷いけど、死にやしないからね」
「……そっか」
アイリスの隣に並んだ彼女は背負われているアリスを見て悲痛の表情を見せた。
責任を感じている様子の彼女を慰めるとアイリスは数歩下がった。
「あとは任せても大丈夫?」
「うん。問題ないよ」
「そっか。じゃーごほん。バッター変わりまして……」
彼女は手に持った長い袋の中に手を入れた。中から取り出したのは一振りの大太刀。
「……雨宮桜っ!!」
アイリスが名前を叫ぶと同時に桜は大太刀を入れていた少し汚れのある袋を捨て、そして走った。
鞘に入ったまま左手で鞘を握り、それを腰付近で構える。
左手だけだがまるで抜刀術を思わせる構えのまま走る
本来鞘とは、刀身を保護するために柔らかい素材で出来ている。
桜の持つ鞘は確かに内部は柔らかい素材で出来ている。しかし、それは内部だけの話であり、外部はそうではない。
鞘とは大抵縦切りすればなめらかな曲線を描いていることが多いが、彼女の持つそれは円ではない。もちろん、楕円というわけでもない。
その切り口の形は六角形。
どうしてそんな形状をしているのかなんて今はどうでもいい。
足の裏で小さな『火速』を連続的に使用し、一瞬で間合いを詰めた桜は納刀したまま剣を振るう。
アイリスに迫っていた拳が不自然に飛んだ理由は単純だ。
桜がこの大太刀で拳を叩き上げたから。言葉にすれば簡単だ。
しかし、その時桜は大太刀を袋から出さずに袋の中にしまったまま行っていた。
それは何故か?
単純に袋から出すほど時間に余裕がなかった。それは間違いではない。しかし、一番の理由はそれではない。
振り上げられた大太刀を人型は腕で防ごうとする。
鞘に覆われたまま振られた刀。
昆虫のような硬い甲殻に覆われている腕であれば、その衝撃にも耐えることは可能だろう。
「グガガガガガッ!!」
しかし、人型の悲鳴がこだました。
天に舞うのは一本の腕。
人型の二本ある腕の内、唯一正常だった腕は天に放り出されていた。
その断面から噴水のように鮮血が溢れる。
「刃鞘。鞘でありながら表面にあるのは刃。納刀状態のこれは斧のような断絶力を持ってるんだ」
もしもあの時。アイリスを助けた時に袋から出した状態で振るえば、それはきっと人型の拳を容易に切断したであろう。
そうすれば離れた拳は勢いを失わずにまるで弾丸のようにアイリスの身に迫っていたかもしれない。だから、切断するわけにはいかなかったのだ。
「これがあたしのメインウエポン。『桜花刀、千針桜』。君は話せないみたいだし、このままバイバイ」
片腕は無くなり、片腕は外れ、うまくバランスを取ることさえできなくなっている人型の目の前で桜は千針桜を掲げた。
そして、振り下ろした。
「……ふぅー。二人とも大丈夫?」
人型が真っ二つになり、徐々に消えていくのを確認した後、桜は下がっていた二人に振り返った。
「うん。あたしは大丈夫だけど……」
「アリス……」
「止血はしといたよ? けどまあ、あたしそういうの専門じゃないからあくまで応急手当てだね」
「わかった。ありがと、アイリス」
「えへっ。問題ないさっ!」
両手で敬礼をするという独自のスタイルを見せたアイリスに桜は思わず笑顔を見せると、すぐに真剣な表情を見せた。
「アイリスはアリスのことお願いしてい?」
「オケオケー。確か地下に保健室かっこ仮があるはずだからそっち連れてくね」
「うん。そうして」
「桜はどうするの?」
「あたしはイーター退治かな」
「……大丈夫?」
心配そうな表情を浮かべるアイリスに桜はふっと笑いかけた。
「大丈夫。今回はこれがあるしね」
桜は持った大太刀を少し掲げて見せた。
「アイリスは保健室で待機してくれる?」
「けど、あたしも行った方が……」
「アリスを放っておけないでしょ?」
「アリスを保健室に預けた後加勢にっ」
「だーめ。アイリスは保健室でけが人たちの護衛してよ」
「……けど、あたしSランクだよ? だからこそ前線に立たなきゃいけないのに」
「アイリス」
桜は微かに震えているアイリスの頭に手を置いた。そして、そのまま優しく撫で始めた。
「アイリスは目立ちたくないんでしょ? 血を流す戦士じゃなくてみんなの心のオアシスとして、アイドルとして知って欲しいんだよね? だから、アイリスは前線に出ちゃダメ。それに、守りにこそ強い人を置かなくちゃね。生徒たちに怪我させちゃだめだよ?」
桜はいたずらっ子っぽい笑みを見せると、アイリスの頭から手を退けた。
「じゃ。守備は任せるよ?」
「……うん」
アイリスの震えは消えていた。
小さい声だったけれど、確かな意思が感じられた返事に桜は満足気に笑みを見せると今度こそ外に向かって走り出した。
ーー自重ーー




