8ー22 再現
「ああ、もうっ!! 生十会メンバーが消失したと思ったら今度はイーター!? あったまおかしいんじゃないのっ!!」
桜は苛立ちを隠す様子もなくホテルの廊下を早歩きで引き返していた。
「桜ちゃーん。置いていかないで下さいですぅー」
涙目になって桜を追いかける真冬の言葉に、桜は足を止めると振り返った。
「もうっ。遅いよー真冬ちゃん」
「桜ちゃんが早いですぅー」
「だよだよー。桜ちょっと落ち着いたら?」
「……そだね」
真冬と共に追い付いてきたアイリスになだめられ、桜は深く深呼吸をした。
「よしっ。落ち着いた」
「……ふぁー。なんかあったのかぁー?」
「……お待たせ」
「あっ。楓に陽菜」
楓を探しに陽菜の部屋に行く途中に警報が鳴ってしまったため、楓は陽菜に任せ、桜たち三人は先にイーターの討滅を手伝いに行こうとしていたのだが、少し立ち止まっていると眠たそうに大きな欠伸をしながらも走ってきた楓たちと合流した。
「それで? なんか用事があるって陽菜から聞いたけど?」
「あーうん。そうなんだけど今はいいや」
「そうなんですぅー。今は出現したイーターの方が最優先事項ですぅ」
「イーター? ここに出たのか?」
「うん。そっ。警報聞いてなかったの?」
「ああ。陽菜に起こされるまで寝てたからな」
「あー。納得」
桜は苦笑していた。
「楓にとっては今回が生十会に入ってから初のイーター退治だね」
「そうだな。けどまあ、あいつらの相手なら慣れてる、出現量は?」
「んー。ちょっとわかんないね。警告警報自体は一回だったけど、一度で複数入ってくることもあるし」
「まずは情報収集が大切だねっ」
「だね。アイリスの言う通りますば状態だね。てことで元々向かってたようにロビーに行くよ」
「ロビーから他の人もいると思いますし、賛成ですぅ」
桜の提案に皆頷いたり言葉にしたりと、それぞれ賛成を表した。
「レッツでゴーっ!!」
「「ゴーっ!!」」
アイリスが片手を高く上げて宣言すると、他のメンバーもそれに乗っかるように片手を上げて返事をした。
ロビーにつくとそこには六芒戦の出場選手たちの大半が集まっていた。
「雨宮さん。探しましたわよ」
「あれ? アリス?」
人混みの中からスルリと抜けてやってきたのは【R•G】の秘蔵っ子こと、アリスだった。
「たった今、イーターの出現が感知されたのは知っていますわね?」
「うん。少しでも情報が欲しくてここまでおりてきたんだけど、ちょうどいいや、アリスはどこまで把握してる?」
「私もそこまで詳しいわけではありませんが、出現したイーターの数は一体や二体のような少数ではないようですわね」
「てことは、二桁は想定した方がいいかな」
「そうですわね。それに、今問題なのはイーターだけではありませんわよ」
「?」
表情に暗い影を宿したアリスに桜は首を傾げた。
「なるほどな。こりゃ確かに面倒そうだな」
「楓? わかったの?」
さっきまでの眠たそうな表情から一転して真剣な表情になった楓のつぶやきに桜は振り返った。
「ああ。あたしはこの目で直接見たわけじゃないが、この状況、似てるんじゃないか?」
「この状況? ……あ」
本来ガーデンには生徒たちを守るために強力なイーターが入ってこられないように結界が張られている。
それはこの【F•G・南方幻城院】とて例外ではない。
しかし、実際にイーターがガーデン内部に進入しているという事実。
これではまるであの時の再現だ。
四月。
結が生十会に入るきっかけとなったあの事件。
人型イーターを含めた複数の中型以上のイーターの来襲。
「もしかしてこれって、あの時の犯人と同じ?」
「可能性はあるねー。あの時は役に立てなかったけど、今回は手伝うよ」
「アイリス……。うん。頼りにしてる」
「ふふ。女同士の友情程見ていて素晴らしいものはないですわね」
「おっ。アリスだっけ? わかってるねー」
「あなたはアイリスといいましたでしょうか? ふふ、あなたとは良きお友達になれそうですわね」
「ふふんっ。そうだねぇー」
「コラコラ、そこの二人。今は趣味全開しなくていいから」
こんな状況だというのに趣味全開になっている二人に桜はジト目を向けていた。
「ふふ。わかっていますわ。それから、もう一つ不味いことがありますわ」
「不味いこと?」
「今回の件、【H•G】が疑われていますわ」
「えっ!? なんで!?」
アリスの口から出た言葉に桜は両目をまん丸に見開いた。
「私たち【R•G】の皆はあの時の状況を正しく理解し、襲撃に対する怒りも綺麗にありませんわ。ですが、あの時のことはこの六芒戦の初日で公表していますし、結果、詳しいことを知らないでいる他のガーデンの生徒。主に【F•G】の生徒たちが【H•G】に疑念を持っていますわ」
「そんな……」
【H•G】に対する疑念はどんどんと広がっているようだった。
「このままじゃ、生徒同士で戦いが起こる可能性もあるね」
「そうですわね」
桜とアイスが顎に手を当てて考え込んでいると、正面玄関が弾け飛んだ。
「えっ!? 何っ!?」
「くっ。どうやらのんびり対策を練る時間はなさそうですわね」
正面玄関が爆発による煙で覆われていた。その煙の中、シルエットが浮かび上がる。
「……まさか……」
そのシルエットに、桜は口元を震わせていた。
その震えは次第に全身へと伝わった。
両腕で震える自らの体を抱きしめた。
膝が笑っている。立っていることさえも難しくなってきた。
桜の頭の中には過去の記憶が走馬灯のように走り抜けていた。
あの時の記憶。
Aランクとしてのプライドに傷がついたあの日の記憶。
あの時は助けられた。
でも、今、あの人はいない。
「今回は、あたしが守る番だよねーーー」
桜は静かに目を閉じた。
口元の震えはない。
体も膝も、震えは引けていた。
恐怖は無くなっていた。
そこにあるのは、ただただ、真っ直ぐで綺麗な、覚悟だけだった。
「ーー結」
目を開けた桜の瞳は、薄く輝いていた。
次回、バトルパート……かな?




