8ー19 中身
陽菜を中心に爆発が起こり、爆風が森の中を駆けた。
楓の叫びがこだまし、この爆発を起こした張本人である幻攻機兵は無機質な顔を楓へと向けた。
「こいつっ!!」
楓は憎しみをその顔に浮かべ、走る。
そんな楓に向かって幻攻機兵は肩の銃口を合わせた。
音を立てて二つの銃口から圧縮幻力砲が放たれる。
「なめるなっ!!」
まるでダンスをしているかのようなステップで二つの圧縮幻力砲を華麗に躱した楓に次の弾丸が向けられる。
左右で一発ずつの、計二発を同時に避けられたことで、幻攻機兵の中にあるプログラムが危機を察知したのか、両腕のチェーンソーを斬り落とした時のように、戦闘スタイルを変えた。
ジェットとバーニアを使って高速移動をしながら圧縮幻力砲を放っていたさっきまでとは変わり、幻攻機兵は両足を木の枝につけると、重心を落とした。
(……固定した?)
移動型ではなく、固定型の大砲のようになった幻攻機兵は、足の裏からスパイクを飛び出させ、木の己を固定すると背中に背負っている機械から轟音を鳴らした。
一瞬。音が消えた。
轟音が突如として消えたことで、まるで時間が止まってしまったかのような錯覚に陥る。
それは、楓に隙を作ることとなった。
それは本来、隙というには短過ぎる。
常人にとって、その空白は隙と呼ぶには刹那の時間。
しかし、運動神経、反応速度、動体視力、思考速度、体感時間。それら全てが常人のそれとは比較にならないほどに高性能な楓にとって、それは隙となった。
常人は無理でも、楓なら間に合っていたはずだった。
(あっ、これはやば)
体は既に間に合わない。
しかし、目では、頭では、それを見つけ、悟る。
ズレることなく銃口をこちらに向け、その内部を今までとは比較できない量の幻力が巡っているのを、
そして、二つの銃口からより一層巨大なものが、発射、
「……させない」
その瞬間。二つの銃口が切断された。
輪が出来るように斬られたのではなく、二つの半円が出来るように斬られたことで、幻力の圧縮が足りなくなった。
結果、背負った圧縮幻力砲本体内部でエラーが起こり、撃たれるはずだった幻力は空気中に拡散した。
「ナイスっ!」
攻撃が中断されることによって出来た空白の時間。
それを見逃す楓ではない。
両腕のチェーンソーは既にない。肩の大砲も使えない。
楓は正面から幻攻機兵との距離を詰める。
そして、『氷結=刀』を解除し、代わりに『氷結=手甲』を起動し、両手に氷で作ったグローブを生成した。
「……逃がさない」
攻撃手段を失い、その場から逃げ出そうとする幻攻機兵の両足が何者かによって断絶される。
(サンキュー陽菜っ)
幻攻機兵の後ろから現れたのは、陽菜の姿だった。
その手には、激しく迸る電気によって刃を延長させたかのような苦無。陽菜の『心装、攻式』、『雷忍苦無刀』が握られていた。
(なるほど。あれで爆発を斬ってたのか)
陽菜を中心に爆発したように見えたが、実際には『心装』した陽菜の手によって、陽菜よりも前で爆発を起こしていた。
もちろん、そんな近距離で爆発が起こればタダじゃ済まない。
陽菜は雷忍苦無刀の電気を拡散させ、盾のようにすることでそれを防いでいた。
陽菜のおかげで幻攻機兵は動くことさえできなくなっていた。
背中のジェットや、足のバーニアも全て陽菜によって壊されており、真正面に降り立った楓を邪魔する手段はなかった。
「見様見真似。見取り体術。『内咲き』」
楓は足を曲げ腰を落とすと、足を伸ばす反動と共に、ややアッパー気味、ボクシングで言うところの、スマッシュにも似た軌道で、掌を幻攻機兵の胴体に叩きつける。
『内咲き』。
俗に鎧通しと呼ばれる技の一つだ。
武道家が頑丈な鎧や盾を持っている者と戦う時に使われるような技術で、
外部の守られた硬い部分ではなく、衝撃をその内部へと放つ技。
盾に打てば盾本体ではなく、盾を持つ腕にダメージを与えてそれを手放させる。
鎧であれば鎧を無視して本体に直接衝撃を与える。
楓は過去にこの技を見たことがあった。
だから、使えた。
もちろん、見様見真似のため本家のそれと比べれば威力は劣るだろう。
しかし、今回それは問題ではなかった。
幻攻機兵の構造を知っている。
この兵器は戦場では捉えた敵兵を中に入れて戦わせるようなものだった。
これは内部の人間の命を吸って力とするのだが、内部にいる人間の感情が爆発することによって、さらに性能をあげることが出来る。
命だけでなく、幻力をも動力源としているのだ。
そのため、これの内部は残酷だ。
人が乗ることが前提のため、中には人の入るスペースがある。
胴体の正面部分が開くようになっており、そこから中に乗り込むのだが、この出入り口はいつもは鍵なんでついていないのだが、中に誰かが乗り込むと同時にロックが掛かる。
そして、このロックは内部からしか外すことができない。
そのため、例え本体の動きを止めたとしても、中に入れられてしまっている仲間を外から助け出すことはできない。
装甲を無理やりこじ開けようとすれば、幻攻機兵の情報を敵に渡さないように、爆破スイッチがオンになり、中の仲間ごと爆発を起こしてしまう。
だからと言って、内部にいる人間は身動きが取れないようにされているのが通常だ。
そして、ここが最もこの兵器がえげつない部分でもある。
中にいる人間は大抵、意識を残されている。
ただ、身体の自由を奪われているだけなのだ。
敵を原動力にする旧型は中に操縦するための機械はない。
あるのは、中にいる人間の生命エネルギーを吸い取るための機械だけでおり、全面がディスプレーとなっている。
幻攻機兵は強力な戦闘マシンだ。
並みの幻操師では勝つことは到底叶わず、逃げることさえもできないだろう。
中にいる人間はそれをそのディスプレーから見るのだ。
自分が乗っている兵器が目の前で仲間を殺す様を見せるのだ。
そうすることによって感情を爆発させる。結果、幻攻機兵はさらなる力を発揮するようになる。
人として当たり前にある情を利用して力をあげる兵器。
それが、幻攻機兵。
楓の打った『内咲き』は内部へと衝撃を与える。
楓は、内部構造を見たことがある。
だから、開閉ボタンがどこにあるのかも知っている。
この開閉ボタンは中の人間にわざと希望を見せることによって、さらに感情を荒ぶらせるためのものだ。
しかし、今回それは朗報だった。
楓の『内咲き』は内部へと伝わり、そして、ピンポイントで開閉ボタンに衝撃を与えた。
けたたましい機械音が鳴り響き、胴体部分が大きく開いた。
「よっと」
中から転がるようにして落ちてきたのは、一人の少女だった。
楓はその少女を受け止めると、驚くように目を見開いた。
「え?」
その少女はガーデンの制服を着ていた。
「……楓、どうした?」
「……陽菜。こいつの顔。見てみろよ」
「……何?」
陽菜は楓の様子がおかしいことに気付くと、楓の元へと歩いて行き、楓が抱いている少女の顔を見た。
すると、陽菜の表情にもうっすらと驚きが現れていた。
「……この制服。【F•G】の……」
「だな。それに……」
「……この子知ってる」
「ああ、結の対戦相手だった……」
その女生徒は、六芒戦の予選で結と死闘を繰り広げたSランクの少女。
渡辺綾だった。
次は年末記念ですねー。
正直、間に合うかすごく不安ですが、やれることはやります。
これからも天使達の策略交差点をよろしくお願いします。




