8ー15 二つの覚悟
人を斬る覚悟。
それはまだ中学生の少女にとって重い、重過ぎる覚悟だった。
この世界での死は本当の意味での死ではない。
しかし、この世界から消えるという意味ではこの世界だけで繋がっている者たちにとっては死と然程変わらない。
(会長……)
その覚悟を会長に強いたのは六花だ。
相手がイーターではなく、幻操師なのだから必要な覚悟だった。
相手が遥かに格下ならば心を取らずにして勝つことも出来るだろう。
しかし、今回の戦いにそんな余裕はない。
会長が斬った雑兵。一見胴を深く斬られているように見えるのだが、傷口が焼かれ、塞がれているため出血量も大したことなく、結果、生きていた。
「六花。大丈夫よ。そんな心配そうな顔しないでちょうだい。今のあたしなら、ちゃんとやれるわ」
会長は顔を伏せたままその雑兵の前に立つと、逆手で持った剣を降りーー
ーー降ろせなかった。
「なんで、どうして邪魔をするの?」
会長を止めたのは、六花だった。
その表情は、六花にしては珍しく、明らかに変わっていた。
「そんな……泣きそうな会長にやらせるわけにはいきません」
会長の瞳からは大粒の涙が溢れていた。
いつものいかにも強気ですと言わんばかりのその表情は、涙に覆われていた。
「なんでよ、覚悟、必要なんでしょ?」
「ええ。人を斬る覚悟。幻操師を続ける以上、それはいつか決めなくてはいけない覚悟です。ですが、それが今である必要はありません」
「なによ、それ……。意味がわからないわ」
「動揺させるようなことを言って申し訳ありません。ですが、会長には今のままの会長でいて欲しいんです」
「なによそれ。さっきの会話はなんだったのよ」
「先にある程度の覚悟をしておいたほうが良いと思いまして。ですが、その覚悟を実行するのは今じゃなくていいんです。それに」
六花クスリと微笑んだ。そんな六花に会長は不満げな顔を見せるものの、六花はそんなの知らないとばかりに続ける。
「会長にシリアスは似合いませんよ?」
「なっ!?」
「ふふ。その顔です。会長はいつも笑顔でなければいけません」
「う、うぅー。なによそれ……」
顔を真っ赤にして怒る会長に、六花は微笑みかける。
「会長は太陽なんです。皆にその明るい笑顔で元気を与える太陽。だから、会長は笑顔でなくてはいけません」
「……ぷんだっ」
照れ隠しなのか、会長は腕を組んでそっぽを向いた。
「さて」
六花は短く言葉を漏らすと、冷たい目で倒れている二人を見た。
(あれ?)
その光景に会長は違和感を感じた。
(【幻理領域】って、そこで消滅すると文字通り、消えるんじゃないの?)
この【幻理領域】は心の世界だ。
肉体ではなく、心によって形を成している世界。幻子によって構成されている体は心を失うとただの幻子となって拡散する。
つまり、そこには何も残らないはずなのだ。
しかし、今、目の前には二人倒れている。
(六花……。まさか、あなたも……)
人を消したことがないの?
六花がそう思うのとほぼ同時だった。
六花は倒れている二人に手を翳した。その手には幻力が込められており、明らかに式を呼び出し、陣を構築する寸前だった。
「六花? 何をするつもり?」
六花に問い掛けるものの、会長は六花の目を見た。見てしまった。
(……空っぽ……)
会長はその目を見て思ったのがそれだった。
一筋の光も見えない闇。吸い込まれそうになるような闇。
「六花!」
ここが敵地だということも忘れ、会長は叫んだ。
会長が六花の肩を揺すると、六花は静かに会長へと視線を向けた。
「!」
やっばり。空っぽだった。
さっきはちらりとその目を見ただけで嫌な予感がした。放っていてはいけない。そう思った。だけど、正面からその目を見て、その目に見つめられ、会長は言葉に出来ない衝動を覚えた。
この衝動はなんだろうか。不思議と、時間がゆっくりになっているような。意識が圧縮されているような、そんな不思議な体験をした。
「……! 六花!」
時間が突然元に戻り、会長は頭を振って何かを振り払った後、もう一度、六花の名前を叫んだ。
六花の両肩を正面から掴み、願うように頭を下げている会長が恐る恐る顔を上げると、
「会長……」
光が。戻っていた。
「良かったっ!」
「か、会長?」
人に戻った六花に、会長は思わず抱き付いていた。会長の突然の行動に六花はあわあわとしているが、泣き出してしまっている会長を抱き締め返すと、会長の首元に顔を埋めた。
「相変わらず、泣き虫ですね。会長は……」
「う、うるさいわね。六花が悪いのよ」
「はて? 私、何かしましたか?」
「覚えてないの?」
「……はい。私、何かしましたか?」
「……そう。ならいいわ」
六花から離れ、六花に小言をいう会長だが、続いた六花の言葉に驚き、目を見開いた。
会長は思案顔で倒れている二人を見ると、六花へと振り返った。
「六花。この二人どうするの? 六花の方もまだ消滅してないみたいだけど……」
「あ、ばれてしまいましたか」
ほのかにニヤニヤと笑っている会長に、六花は気まずそうに頬を掻いた。
「人を消滅させる覚悟を決めろってあたしに言った割には、六花も覚悟出来てないじゃない」
「だから言ったではありませんか。その覚悟はしても、実行するのは今でなくて良いと」
「……それ、自分にも言ってたの?」
「はい。そうですが?」
六花はどうやら開き直っているようだ。
会長がジト目を向けるものの、どこ吹く風のように堂々としていた。
「……あんた、いい根性してるわね……」
「お褒めにあずかり光栄です」
淡々としたセリフの後に頭を下げた六花に、会長は頭が痛くなる思いだったが、ため息をつくとやれやれと首を振った。
「もういいわよ。……それで、この二人どうするの?」
「言い訳のように聞こえますがいいですか?」
「……何がかしら? とは、言わないわ。いいわよ。言ってみなさい」
「人を殺す覚悟。幻操師である以上、それはいずれ必要になってくると思います。私はその覚悟もしています。ですが、同時にできるだけ、それを実行したくないとも思っています。そして、それは間違っていないと信じています」
会長の目を真っ直ぐ見詰めながら六花は続ける。
会長は何も言わない。ただ、静かに六花の話を聞いていた。
「戦いにおいて、敵を殺す覚悟も出来ない戦士は未熟者です、子供です、半端者です。ですが、私はとある覚悟を決めています」
「……覚悟?」
六花の真剣な目に、会長は思わず言葉を漏らしていた。
「はい。覚悟です。人を殺さない覚悟」
「!」
六花の言葉に、会長は驚いた。
「人を殺さない覚悟。これも突き通すことが出来れば立派な覚悟になります。ですが、これは難しい。人を殺す覚悟を貫くよりも、奪い取るよりも、生かすことは、難しいです。
でも、私にはそれを可能にするだけの力があります。
事実、私は今まで誰かを殺した記憶はありません。まあ、そんなの事実か怪しいですが、これだけは言っておきます。
今までこの覚悟を貫けたのはこの覚悟のせいで死んでしまうのが私だけだったからです」
殺さない覚悟。それは立派かもしれない。しかし、その思いは、相手には届かないかもしれない。
殺さなかったから、後で逆に殺されてしまうかもしれない。
そんな、リスクが確かに存在した。
しかし、それでリスクを背負うのは、今まで六花本人、ただ一人だった。
「今回は違います。私の殺さずの覚悟が、会長を結を、生十会のみんなを危険に晒してしまうかもしれない。だからっ!」
次の瞬間、六花は一瞬で倒れている二人に手をかざすと、同時にさっきから静かに構築していた幻操陣を起動した。
二回目? のあとがきですね。
発作的にあとがきを書くことになったのですが……え、邪魔ですか?
邪魔でしたから速やかにあとがきを書くのはやめますね。
あとがきと言っても、書くネタなんてないんですよねー。
さすがに二日目でいきなりあとがき書かなくなるのもアレでしたし、書いているのですが、
そんなの書いてる暇があるなら本編書け。
いや、本当それですよねー。
でも、この前みたいにまるまる二日間ずっと書いていると鬱になりかけちゃうので気分転換としてあとがきはたまに書きます。書かせてください!
読者様との距離を縮めたいという本音もあったり? なかったり?
でも、本気と書いてマジでこのあとがきコーナーが邪魔なら消えます。
その時は気分転換として生十会シリーズのほう進めますので問題ないですし……ね。
それでは、これからも天使達の策略交差点をよろしくお願いします!




