8ー14 人間兵器
通気口から脱出し、屋敷内部へと進入した会長と六花の二人。
通気口ではほぼ直進していたし、体感だが移動した距離からかの怪しげなガレージは完全にスルーしてしまったようだ。
(あのガレージ。明らかに怪しい雰囲気だったのですが……)
進入することができなかったガレージ内部のことを気にしながらも、六花は前を走る会長を追った。
「会長」
「なに六花?」
「会長はあのガレージ、どう思いますか?」
「そうね。確かにあのガレージが気になる六花の気持ちもわからないでもないけど、それよりも今は優先するべきことがあるでしょ?」
「……そう、ですね」
今はガレージの内部よりも、とらわれている結を救出することの方が重要だ。
会長にそんな当たり前のことを気付かされ、六花は若干凹んでいた。
「……六花? 今、失礼なこと考えなかった?」
「……さ、さあ? なんのことだが」
女の勘、恐るべし。
あの、ガレージはやはり場違いだったが、屋敷の内部は外装と同じく和風だった。
洋式が混ざっていたのはどうやらあの通気口までだったらしく、その後の道のりはずっと和装だ。
縁側を走っている二人だが、足音はほとんど聞こえない。
これは暗足という技術だ。主に暗殺者、昔の日本でいうのであれば、忍びと呼ばれる者たちが得意としていた技術なのだが、イーターの中には様々な動物を元にしているため、視覚ではなく、聴覚だけで全てを把握するタイプもいる。
そういうタイプのイーターは非常に厄介だ。感知タイプではない者の場合だと、感知範囲があまりにも違い過ぎてしまうため、下手をすれば一方的にやられてしまうことだってよくある。
実際に幻操の消滅原因の三割ほどは、実力の差ではなく、むしろ単純な戦闘能力はこちらが上だった場合でも、感知力の差によって一方的にやられてしまったためという理由だ。
そのため、この暗足は多くの幻操師が習得しているのだが、ここまで足音が聞こえないのはさすがはこの二人と言えるだろう。
「会長、止まってください」
会長の後ろで目を瞑りながら会長の幻力頼りに追っていた六花は、小声でそういうと会長の裾を掴んだ。
「そこを曲がった場所に二人います」
「強いの?」
「いえ。戦闘能力は然程ないと思います。幻力量も少ないですし、少なくとも結を倒した者とは別人でしょう」
「つまり雑兵ってことね。倒す?」
「……はい。音もなく、刈りましょうか」
「わかったわ」
二人は頷き合うと同時に角を曲がった。
「……!」
槍を持った二人の雑兵が会長たちに気付いた瞬間。二人の物語はそこで終幕となった。
会長の炎剣、六花の氷剣によってそれぞれ斬られた二人から血が溢れることはない。
片や傷口は炎によって焼き塞がれもう一人は傷口が凍結する。
熱と冷気。全く逆の力だがもたらした効果は同じだった。
「お見事です」
「……複雑な気分ね」
「……そう、ですね」
衝撃を六花の氷で覆うことによって音もなく倒れた二人に視線を向け、静かにつぶやいた。
「敵だとわかってても、人を斬っていることに変わりはないわ」
「人を斬るのは初めてですか?」
「そんなの当たり前じゃない。
あたしたち幻操師はイーターを倒すためにいるのよ、それなのに……」
「……そうですね。ですが、それは間違いですよ?」
「え?」
六花からかけられた予想外の言葉に会長は思わず顔を上げた。
「私たち幻操師のメインの仕事。それはイーターを倒すことではありません」
「で、でも」
動揺する会長に、六花は冷たく続ける。
「確かに、幻操師が開発されて約一世紀。今ではイーターを狩る者。それが幻操師という認識になりつつあります。ですが、忘れてはいけません」
「……なにを?」
「私たちは、一人の人間であると同時に、その国の持つ兵器そのものなのです」
「!」
知っている。
幻操師はそもそも戦争のための戦力として、敵対する国の兵士どもをなぎ払うために育てられたのだ。
それは、知識として知っている。しかし、今の時代、大国同士の戦争なんて滅多にないのだ。兵器として、存在する意味はあっても事実はないのだ。
だから、会長は動揺する。まぎれもない真実を突きつけられ、その心は大きく揺れていた。
「会長。確かに今は大戦はなく、幻操師は裏で裏の敵、イーターを討滅するのが主な役割となっていることは揺るがぬ事実です。ですが、もしも、もしも大戦が起きてしまった場合、私たちは兵器として戦場に立つことになるでしょう。過去、大いなる戦果をあげた、あの少女隊のように……」
「……それは、そうよ。わかってるわ。けど、私たちは……」
道具なんかじゃない。
そう言おうとして、やめた。いや、言えなかった。
だって、会長は知っているから。
幻操師の存在を知るのは幻操師だけじゃない。【物理世界】の重役の一部だって知っているのだ。
奴らが幻操師のことを裏でなんと呼んでいるのか。会長はそれを知ってしまっている。
幻操師は、国が所有する兵器。
道具として、扱われているのが実態なのだ。
「くっ」
「会長。わかって下さい」
「六花……。六花は、納得してるの?」
「……はい。納得しています。私は兵器。道具そのものです」
「そんなのって……」
「ですが、道具にだって意思はあります。心があります。たとえ操られるだけの人形だとしても、私は私です。この力で、守れる命があります。大切な人を守る力のための対価が道具となることなのであれば私は迷わずに道具となります」
「……六花…………」
いつもどこか冷めた目をしている六花だったが、その時の目には、強い意志が、覚悟が見えた。
「大切な人のために、この手を汚せずにどうします?」
大切な人を守るためなら。罪を犯そう。
人を殺すという、重みだって背負う。それが、六花の覚悟だ。
「私は、大切な人のためなら、人の一○人や二○人。一○○人だろうが一○○○人だろうが刈ります」
六花の覚悟を聞いて。会長は目がさめる思いだった。
六花の覚悟と比べれば、あの日誓った覚悟なんて、覚悟だなんて言うのも恥ずかしいほどだ。
「六花。わかったわ。この戦い。あたしは覚悟を決める」
「……そう、ですか……」
その時浮かべた六花の表情は、嬉しそうな、だけど悲しそうな。そんな、複雑な想いだった。




