8ー11 やーいやーい、泣き虫ー
【幻理領域】というものは、マスターの精神世界の一部を他の人間にも開放することによって、半永久的に消えることのない、巨大な【幻域】のことだ。
しかし、これは正確には正しくない。
正しくは、マスターの精神世界の一部と、融合させることによって、安定させた異世界の断片だ。
「だから。【幻理領域】ってのは【幻理世界】の一部。正確に言うと【幻理世界】から切り離されちゃった世界もどきなんだ」
「……なる、ほど?」
楓の説明に陽菜は首を傾げていた。
なんで楓が陽菜にこんな説明をしているかというと、陽菜がこんなことを楓に質問したからだ。
「……なんで果実なんてあるの?」
ちなみにこのセリフ。すでに山のように積み重なっていた果実の全てをその小さな体の中におさめた後だ。
(よくわからないのに食べてたのか?)
と、陽菜の危機感の無さに内心ため息をついた楓だったのだが、陽菜はあの【宝院】の出身らしいことを聞いたし、【宝院】があちらの世界、【幻理世界】のものだということも知っているため、話しても問題ないだろうと説明を始めたのだ。
「まあ、つまり。【幻域】は本当に一時的に作られた擬似空間だけど、【幻理領域】は異世界って言ってもいいってことだ」
「……つまり?」
「だーかーらー。ここは異世界ってこと。異世界なら人間以外の生物だっているだろ? 植物があっても不思議じゃない。植物があるなら野生の果実があってもおかしくない。そもそも陽菜は【宝院】出身だろ? 向こうにも花とか小麦とか、米とか、いろいろ育ててただろ? それと同じだ」
「……異世界?」
「そっ!!」
いちいち首を左右にこくっこくっとしてくれるのは可愛らしいのだが、そろそろ理解してもらいたい。この説明ループはいつになったら終わるんだ。
楓の心は泣いていた。
「……わかった」
「今度は本当にわかったんだろうな?」
「……多分?」
「……はぁー」
首をこくりと傾げる陽菜に、楓は呆れるように深いため息をついた。
「ん? なんか来るな」
陽菜に説明するのに夢中になっていて、感知が疎かになっていた楓は、たった今、ため息をつく時にほぼ反射的に両目を瞑ったことで、なにやらすごいスピードでこちらに向かってくる気配を感知していた。
「……敵?」
つぶやくと同時に立ち上がり、確か敵の目的地があるという方向を見つめている楓に、陽菜は小さく問いかけた。
楓は頷くことで返事をすると、目を細め、森の先を見つめていた。
「来る」
楓がそう、短くつぶやくと同時に、目の前の森が弾けた。
「なっ!?」
「…………」
突然見据えていた場所が爆発するように弾けたことで、二人は反射的に左右飛ぶことによって爆発のせいで飛んでくる木々たちを避けると、楓は舌打ちと共に着地し、陽菜も見事なバランス感覚でこけることなく着地していた。
「これって……」
ギシギシと嫌な音を立てながら、そこに立っているそれは、ちょうど人の形をしており、両腕に値する場所には、腕ではなく、巨大な、だけど、その体に見合った大きさのチェーンソーが装備されており、肩の部分にはそれぞれ大きな銃口のようなものが背中から回されている。
「……男子なら喜びそう」
それを見た陽菜はぼそりと感想を漏らすと、その目に警戒を強めた。
警戒する陽菜と違い、楓はそれを見た瞬間から、目をより細め、明らかに殺気立っていた。
「……もう。それは見たくなかったぞ」
ウィーンという音と共に、二つのチェーンソーが動き始めた。
そこにあったのは、
「この、クソロボット」
人の形をした。
戦闘ロボットだった。
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森の中に建っている、明らかに場違いな和風の屋敷。
その中に結が捕まっている以上、無駄な騒ぎを避けるべく、会長と六花の二人は屋敷の周囲を調べ、どこかひっそりと中に進入するための進路は無いかと探していた。
「あれは……」
和風の屋敷にはこれこそ場違いだろうというものが屋敷の後ろに建っていた。
それを一言で説明するのならば、ガレージという言葉が適当だ。
(和風の屋敷にガレージって……センスが無いにも程があるわよ)
明らかにそのガーデンは他の和風からは浮いており、会長はこれを建てた者のセンスを心底疑い、深いため息をついた。
(まあいいわ。それに、いいものも見つけたしね)
会長はひっそりと微笑むと、六花と合流するべく先を急いだ。
「あれは……」
「びっくりするでしょ? あまりにも場違いで」
六花と合流した後、会長は六花を連れて再びあの場違いなガーデンのところまで戻ってきていた。
建物は周囲三六○度全てが森で囲まれているため、姿をそこに隠しながら観察するのは、実に容易だった。
「確かにこれを建てた者のセンスを疑ってしまいますが、それを言うためだけにここに連れて来たんですか?」
会長に顔を向け、困ったようにする六花に、会長は静かに首を横に振った。
「そんなわけないでしょ? ほら、あそこ」
バカにしないでよ、と静かに非難の色を見せる会長がそう言って指を差すため、そちらに視線を向けると、その先にあったのは、
「換気口ですか?」
「そっ。あたしたちならあそこから入れるんじゃない?」
「……そうでね。あの大きさなら大丈夫そうですね。ですが、中で回っているプロペラはどうしますか? 壊すとそれなりに音がなってしまいますが」
換気口の中には空気の流れを良くするために、大きなプロペラが付けられていた。
それをどうするのか六花が会長に顔を向けると、会長はニヤリと笑った。
「どうもしないわ」
「……と、いいますと?」
「あの隙間を通るわ」
「……え」
確かに、あの通気口は中々に大きく、プロペラの羽根と羽根の間にも、結構な隙間がある。
長身なら無理かもしれないが、どちらかといえば小柄な二人なら通れないこともないだろうが、
「……あの会長?」
「なによ?」
「……ミスったら真っ二つになりますけど?」
「……そ、そうね」
回転スピードがおかしい。
どうおかしいのかというと、速い、早過ぎるのだ。
しかも、ここから何者かが進入することを警戒しているのか、プロペラは鋭利な刃物のようになっているらしく、風切り音がここまで聞こえるのだ。
「あれ、無傷で通れますか?」
「で、できるわよ。……きっと」
「……会長? どうぞどうぞ、お先に」
六花はジト目で会長に手でささっと行くことを促すのだが、会長は次第に涙目になり始めていた。
「……会長って、結構泣き虫ですよね?」
「う、うるちゃい……」
袖で目元を拭いながら言っても可愛いだけだ。……噛んでるし、なおさらだ。
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