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8ー6 氷を纏う天使


「…………えっ?」


 予測はしていた。だからこそ、その言葉を聞く前から涙が流れ始めていたのだ。

 ……だけど、違うって、心のどこかで思っていた。

 あの結がそう簡単にーーするわけがないって。

 幻操師は幻力を使い過ぎるとひどい疲労と、筋肉痛に似た激痛が全身に走る。

 それは何故か。単純に力の使い過ぎというのもある、体力を使い過ぎると疲れるのと同じだ。

 ……そう、幻力とは、ある意味体力と同じなのだ。

 肉体を支えるエネルギーが体力。体の力とするのであれば、精神、魂、心などの、非物質的な要素を支えるエネルギー、それが幻力だ。


 人間。体力を失い過ぎればどうなるだろうか?

 答えは単純。

 『死』だ。

 幻力を使い切った幻操師にはこの世界の死である、消滅が訪れる。

 感知タイプは人の幻力を感知できる。

 感知していた幻力が無くなるということは、


「……結が、消滅?」


 それが、現実だった。

 その現実に、会長は涙を流すと同時に、目の焦点を失い、俯いた。


「……許さない」


 会長の顔を上げさせたのは、六花の小さなつぶやきだった。


(こんな六花。見たことない)


 声にはとても感情が乗る。

 六花のつぶやいた一言から、会長は六花の中で燃え盛っている憤怒を感じ取っていた。

 いつもの六花はまるで冷たく、鋭利な先端を持った氷のようだ。

 しかし、今の六花は感情が今にも爆発しそうだった。


「り、六花?」


 声から感じ取れたのは炎のような激情。しかし、顔を上げた会長の目に入ったのは、どこまでも、本当にどこまでも、先が見えない、一片の光さえない、見ているだけで吸い込まれそうになるほどの、闇を宿した瞳だった。


「……よくも……よくも結を……。結様をっ!!」


 瞬間。

 森が凍り付いた。

 瞳に漆黒の光(・・・・)を宿し、背中から氷で出来たまるで天使のそれを思わせる翼。

 それだけじゃない。ただ氷の翼が生えただけでなく、六花の全身に、まるで氷で出来ているかのような、透明で美しい、純白の和装を纏っていた。


『心装、守式、氷を纏う天使アイス・プト・エンジェル


 心装の発動と同時に周囲へと解き放たれた冷気は、会長の巻き起こした炎たちをいとも簡単に鎮火させていた。

 それだけでなく、炎の先にいたはずの、おびただしい量のイーターたちもまた、物言わぬただの氷像へと変わり果てていた。


「…………りりっ、かか?」


 声が震える。体が震える。

 吐く息が、白く凍り付く。

 全身から、熱という熱が無くなっていくのを感じた。


(……あれ? 何故かしら? こんなにも寒いのに、眠たく……)


 どさり。


「!」


 何かが倒れるような音が耳に入り、六花の目を覆っていた漆黒の光はパンっと拡散した。


「会長っ!!」


 ハッとしたように六花はいつもの六花に戻ると、すぐに倒れている会長を発見した。


「会長! 会長! ダメです! 寝てはいけませんっ!!」


 会長の元に駆け寄った六花は倒れている会長を起こし、上半身をぐらんぐらんと振りながら呼びかけた。


「……り……っ……か……?」


 暴走してしまった。

 今までに努力していたことが無に返ってしまい。いや、なによりも、失ってしまったという事実に、心が爆発してしまった。


(会長の目の前で、月眼(げつがん)まで発動してしまうなんて!)


 怒りの余り、いつも押さえ付けていた本来の力(・・・・)まで溢れ出してしまった。


「会長! 申し訳ありませんっ私がーー」

「……六花。大丈夫?」

「!」


 六花は眠たそうにしている会長を抱き抱えながら謝った。

 もしも、もしもここにいるのが、会長じゃなくて他の人ならどうだっただろうか?

 幻操には、性質がある。そして、その性質によって得意とする属性も決まる。

 会長の性質は日曜の光。俗に天才の性質と呼ばれるものだ。

 そして、その天才の性質だけに許された特別な属性。

 それが、炎属性。

 火曜の性質の持ち主が得意とする火属性とは違い、絶大なエネルギーを持っている太陽を思わせる力だ。

 会長の全身にはこの力が巡っている。

 そのため、六花の心装発動時に拡散された冷気に対して、ある程度の抵抗が出来ていたのだ。

 圧倒的熱力を誇る炎属性を宿した体でなければ、今頃、見事な美少女の氷像が建ってしまっていただろう。

 どんな罵声でも受け入れる覚悟だった。自分は、それだけのことをしてしまったのだ。

 しかし、会長から返ってきたのは、六花の身を心配する言葉だった。


「六花? どうして泣いてるの?」


 そんなの決まっている。

 初めて、対等と思える友が出来たのだ。そんな友を危うく殺してしまうところだったのだ。

 静かに涙を流す六花の頬に、会長は手を当てると、優しく微笑んだ。


「六花? 安心しなさい。このあたしがいるわ」

「! ……会長。ありがとうございます」


 会長の言葉に六花は驚いたように目を見開くと、次に、どこか寂しそうな表情を浮かべた。


「会長? 体は大丈夫ですか?」

「んー、この感覚からして六花の冷気にやられちゃったのかしら?」


 指をピクピクと動かしてみて、悴んでいる感覚があるため、六花の冷気にやられてしまったのだろうと当たりをつけた会長だったが、六花の申し訳なさそうに落ち込んだ姿を見て焦っていた。


「ち、違うわよ? 六花は悪くないわ! あたしが未熟だから」


 確かに、会長が六花の冷気に簡単にやられてしまった要因の一つに、会長の力が六花の力を受け止めるほどなかったからというのは確かにある。

 しかし、心装相手に心装無しの状態で正面から受け止めるというのは無理と言って良い。

 その身に宿る性質のおかげとはいえ、一命を取り留めているだけでも凄いのだ。


「それで? よく覚えてないけど、結の幻力が消えたってどういうこと?」


 気絶したせいなのか、記憶が曖昧になっている様子の会長に、六花は感知したことを話し始めた。


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