8ー5 消幻
「っ!!」
六花は何かに気付いたかのように凄い勢いで振り向いた。
しかし、そこには何もない。
(気のせい、でしょうか?)
今の六花は足跡を探す時に、会長がやっていたように幻力を目に集中させることによって視力の底上げをしていた。
そのため、その視力でも何も目視することが出来なかったため、六花自身、先ほど感じた視線は勘違いだと片付けた。
「六花っ! 後ろっ! 振るえ!!」
「!」
六花は会長の悲鳴にも近い叫びをきき、反射的に氷の刀を背後に振るった。
目視しなくとも、手に伝わる感触から背後にいたイーターを斬ったことに気付く。
「助かりました。ありがとうございます会長」
「どうしたの六花? 集中が乱れてたわ、よっと!」
背後から迫るイーターに気付かないという、六花らしくないミスに会長は心配そうに声を掛けながら、今度は自分に飛びかかってきた、ザリガニ型のイーターを斬り捨てる。
「いえ、少し視線を感じたもので」
「視線? ……気になるわね」
「ですが、『集幻』した目でも何も捉えることが出来ませんでしたし、気のせいだと思います」
「……そう。でも、万が一相手が自分の姿を隠すことに長けた能力を持っていたとすれば例え『集幻』をした目だとしても目視は無理よ」
「それも、そうですが……」
四方から迫るイーターを斬り捨てながら、二人は平然と会話続けていた。
それだけ、二人には余裕があった。
余裕があったから、二人はそこに無駄を混入させた。
私語という無駄を混入させたことで、イーターの殲滅時間が伸びてしまった。
結果、
「っ!! これって!!」
「六花っ!」
再び動きが突然止まってしまった六花に叫ぶ会長だが、六花は一切の反応を示さずに、放心しているようだった。
「ちっ!」
会長は剣に炎を纏わせると、剣の中央からやや先端寄り場所の炎を集中させ、炎球となったそれをフルスイングと共に飛ばし、六花の正面にいたイーターの体をふっとばした。
「ちょっと六花! 危ないわよ!!」
正面から敵がくれば誰だって何かしらの行動を見せるはずだ。しかし、今の六花は全く反応していなかった。目の前が見えていなかったかのように、別の何かに、神経の全てを向けられていたかのように。
「六花っ!! ちっ!」
何度呼び掛けても一切応じない六花に会長は内心首を傾げつつも、そんな六花の周りにイーターが群がったことで会長は舌打ちをしながらも走り出した。
「じゃまっ!!『炎操、フレイムサークル』っ!!」
左手を剣から離し、未だに動きを見せない六花へと空いた左手を向けると、六花を覆うようにして炎の円が燃え盛っていた。
会長は左手をくいっと動かすことで炎の一部を更に操作し、小さな穴をつくるとそこから中に進入した。
すぐにもう一度炎を操作し、穴を消した会長はふうっと小さく安堵の息を漏らすと視線を六花へと向けた。
「まったく、突然どうしたの、よ……? 六花?」
六花は目を大きく見開いて固まっていた、口はあうあうと震えている。明らかに、精神状態がおかしくなっていた。
「六花! 正気に戻りなさいっ!!」
会長は六花の両肩を正面から掴むとぐらぐらと体を揺らした。
何度も揺らしても六花が何かしらの反応を示すことことはなかった。
「……そ…………な…………
「えっ?」
六花の口から、ぼそりと、悲鳴にも似た声が漏れ始めた。
会長は驚き、耳を澄ませた。
その小さなつぶやきを聞き取るために、会長は六花の口元に耳をやった。
「……そん、な……ありえ、ない……これ、じゃ……もう…………」
「……六花?」
六花の瞳から、涙が溢れていた。
「り、六花!? どうしたの!? 説明しなさい!!」
六花の涙なんて初めて見た。
もう、一年以上の付き合いになるが、今の今まで六花の涙なんて見たことがない。だからこそ、会長の動揺はより一層強くなった。
六花の動きが止まる瞬間、六花は何かに驚いている様子だった。
六花は感知タイプとしての素質もあることを会長は知っている。つまり、六花は何かを感知したのではないだろうか。会長はそう考えた。
そして、この六花の動揺っぷり。会長は一つの答えに行き着く。
「……結を見つけたの?」
「!」
会長の言葉に六花はやっと反応を示した。その目は、すでに滝のようになっている。
ずっと焦点の合わない目で、ゆらゆらと揺らいでいた瞳が、やっと目の前にいる会長へとあった。
「かい、ちょう……」
「六花。まずは落ち着きなさい。そして。ゆっくりでいいから、何を感知したのか教えなさい」
「は、はい……」
六花の動揺は未だに晴れていない。会長は六花を落ち着かせようと丁寧に言葉を選んだ。
(ちっ、外のイーターがうるさいわね)
二人の周囲には神々しい炎が燃え盛っているが、その周囲にはまだおびただしい量のイーター共がいるのだ。どうやらただ突撃するだけじゃないそれなりに知能のある奴らが炎に対して何かしらの攻撃を行っているようだが、当分炎を破られることはないだろうと、会長は視線を正面の六花へと戻す。
「結に何かあったの?」
「!」
六花は結という言葉に強い反応を示しているようだった。
つまり、図星なのだろう。
「ゆ、結の幻力を感知しました……」
「良かったじゃない! それなら、早く結のところに向かうわよ!」
ぼそりぼそりと、弱々しくまるで独り言のようにつぶやいた六花の言葉に、会長は表情を明るくした。
結を見つけたという朗報に、会長は喜んだ。しかし、六花の表情は明らかにそれだけではなく、なにか、不吉があることを十分に、におわせていた。
会長はそれに気付き、上がっていたテンションが元に戻っていた。
六花は、再び泣いていた。
「結の……」
結の? なんだろうか? 言葉を切った六花に、会長の心は揺さぶられる。泣き声で話す六花から感じる悲しみに、会長は気付き、言葉を聞く前から会長の瞳からも一筋の涙が溢れていた。
「結の幻力が消えました」




