8ー3
一時、ガーデンに戻ろうとする会長と六花の二人だったが、去り際に六花はなにかに見つけたようだった。
「会長、待って下さい」
「おっと。どうしたの、六花?」
さあ、今から走りだそうとしていた瞬間に静止の言葉わ受け、危うく転けそうになった会長は、ほんのり頬を赤らめながら振り向いた。
「会長。この足跡たちをよく見て下さい」
「足跡を?」
六花に言われるがままに、会長は再び目に幻力を集中させた。
そうすることによって今までは見えなかった、薄く地面に残る足跡がくっきりと見えるようになる。
「……あら?」
六花に言われ、改めてその足跡を見ると、会長はとあることに気付いた。
「気付きましたか?」
「ええ。足跡の種類。大きく分けて二つあるわね」
「その通りです」
地面に無数にある足跡の数々、それらをよく見てみると、種類があることに気付く。
「種類というよりも、ルートでしょうか?」
「そうね。こっちの足跡はおそらく、今回の六芒戦を見るために【F•G】からきた観客たちの足跡ね」
たくさんある足跡はそのほぼ全てが同じ方角から同じ方角へと向かっている。その方角というのが【F•G】ある地点から【F•G・南方幻城院】がある地点だ。
視界を少しずらせば、足跡だけでなく線のようなものも見える。
「こっちの線はバスの車輪かしら?」
「そうでしょうね」
「……そして」
会長の考えに賛成する六花は視線をもう一種類の足跡へと向けた。
二人の目が、ぎらりと光った。
「こっちの足跡だけルートが外れてるわね。……不自然ね」
「そうですね。この世界の各町を繋げるのはそれぞれ二本の道だけ。他の道はイーターに襲われる危険性が高くなります」
「まあ、整備している道とはいえ、最初から最後までしっかり整備してるわけじゃないし、たまにイーターの襲撃はあるわ。それでも、それ以外の道を使うなんて普通なら考えられないわね」
「そうなります。つまり、この足跡の持ち主は各町間の移動を目的としているのではなく、他の目的があるということになりますね」
「……足跡。一人分じゃないわね」
通常ルートから外れる足跡はサイズからして一人のものではないだろう。
会長はしゃがみこんでそれを観察していた。その隣で、六花もしゃがみこんだ。
「はい。それに、足跡が出来た時間はほとんど同じ……いえ、一つだけ他のよりも明らかに新しいですね」
「ええ、これは……今日の足跡かしら?」
「……となると」
会長と六花は顔を合わせると、会長はこくりと頷いた。
「ええ。この足跡が結のものでしょうね」
「……行きますか?」
「当然よ。生十会の仲間に手を出したこと後悔させてやるんだから」
「クスクス。結が自分から飛び込んだのですが?」
「うっ……うるさいわねっ。ほらっ、早く行くわよっ」
「くすっ。了解です」
二人は見つけた痕跡を頼りに、先に向かっているはずの結を追った。
二人が見ていた足跡。
それは突如として音も無く、まるで元からなかったかのように消えていっていた。
「はふぅー。これで間に合ってくれればいいのですがぁ。多分、ダメなのですぅ」
誰もいないはずなのに、そんな声が流れていた。
それは、誰の耳に入ることもなく消えていく。
会長と六花の二人は広い森の中が走っていた。
視界の端を過ぎ去っていく景色のスピードが、二人の速力の高さを強く示していた。
彼女たちが通った場所はまるで風が通ったかのように草花がゆらりと踊る。
「会長。おかしいです」
「……ええ。わかってるわ」
六花は目を細めて前を走る会長に助言をする。
予めその変化に気付いていた会長もまた、六花と同様に目を細め、冷たい眼光を発していた。
「ここはもう安全地帯の外の筈です」
「それにしては、全くイーターの気配がないわね」
「……はい。無駄な戦闘を避けることが出来るのはこちらとしては好都合なのですが、ここまでイーターとの接触がないのはさすがに……」
「……不気味ね」
「……はい。……! 会長っ!!」
突如耳に響く六花の焦ったような叫びに、二人は急ブレーキを掛けた。
「どうしたのよ六花!」
「……囲まれています」
「! ……そのようね。あたしとしたことが失態だわ」
「くすっ。会長が失態を見せるのはいつものことですよ?」
「うっ、うるさいわね。集中しなさいっ」
その数は一体どれ程になるのだろうか、二人の探索能力では正確な数まではわからない。ただ一つわかるとすれば、大量の何かにぐるりと囲まれているという事実だけだ。
こんな簡単に包囲されてしまうという失態に会長が唇を強く噛んでいると、六花がそんな会長を落ち着かせるために茶化していた。
「……さて、どうしますか? ばらけますか? それとも」
「当然。一緒にやるわよ。 相手が大勢の時は不用意にばらけないで仲間同士で背中を守り合う。数の差はさすがはすごいけど、あたしの背中、六花になら任せられるわ」
「……そうですか。ならば、私も背中を会長にお任せします」
二人が互いの背中を合わせ、周りへと警戒を怠らないようにしながらそんなことを話していると、木々の隙間から一体、また一体っと、これまたたくさんのイーターが姿を現した。
「あらあら。小型ばっかりね」
「ですが、チラチラと中型の姿を見えます。油断は大敵ですよ?」
「ふふん。そんなこと、あたしには関係ないわねっ!」
会長は叫ぶと腰に差している鞘から愛剣を抜刀した。
会長は抜刀する勢いのまま斬撃を放つと同時に術を起動する。
『炎昇道壁』
斬撃に乗って炎が会長の左右に飛び散り、会長が剣の握りを逆さまにして地面に突き立てると同時にそれは横と縦、その両方に伸び、巨大な炎の壁となった。まるで炎によって出来た道のようなものが出来上がっていた。
「そっちからくる敵は任せるわ」
「了解しました。会長、気をつけてくださいね?」
「ふふん。わかってるわよ」
会長はドヤ顔を残すと六花に片側を任せ、もう片方へと走った。
両サイドに巨大な炎を壁をつくることでそこからの敵の進入を拒絶し、カバーしなくてはならない角度を一八○度から左右を無くし、正面だけにしたのだ。
(知能が低い奴なら自分から炎の中に突っ込んでくれるから手間が省けるし、ねっ!)
会長は次々と襲い掛かってくる虫の形をしたイーター共を真っ二つに切り捨て続けていた。
「まったく。確かに背中は任されていますが、これは少々変則的ではありませんか?」
六花はこのやり方が少々気に食わないらしく、頬を膨らませながら氷によって作り出した刀を振るい、次々とイーターを斬り裂いていく。
二人の剣術はまさに対極に位置すると言ってもいいだろう。
剣に持ち前の炎による大火力を付加させながら、ある意味力押しで敵を斬り伏せる会長。
逆に、持ち主の氷をより細く、薄く、鋭利に圧縮し、透けてしまうほどに薄くなっている刀身を追ってしまわないように、実に綺麗なまっすぐの剣筋を描き続ける六花。
持ち前の能力だって『炎』と『氷』。
剣術も、剛剣の会長と柔剣の六花。
炎の壁を背景に、二人は交わぬ剣を振るい続けていた。




