8ー2 彼はどこ?
「……えっ……二人?」
目の前に広がる光景に、楓は目を見開いた。
まったく同じ人間が二人いるなんて、到底、信じられるものではない。
【物理世界】にはドッペルゲンガーというものがあるが、あれは肉体と精神の内、精神だけが負荷によって一部が剥がれ落ち、それが本体の記憶を一部継承した状態で、一つの意識として【幻理世界】に幻の逸材として落ち、それが何かしらの方法を用いて【物理世界】に帰った際に起きる現象であり、あれは片方、肉体を持っていない。精神的要素だけで構成されている、ある意味幽霊にも近い存在だ。
ここが【幻理領域】の中であり、この中であれば例え霊だとしても肉体があるのと同じになる。
しかし、これはそれとは思えない。
例え同じ姿の人間がドッペルゲンガーとして存在していたとしても、それが互いを認識し合うことはない。
何故ならば、ドッペルゲンガーとして出会うと、同時に幻の逸材だったそれはオリジナルと融合する。
この時、幻の逸材としての記憶は無くなることがほとんどだ。
偶に幻の逸材側の意識が強く。記憶が残ることもあるが、それらはほとんどの場合で夢を見たという一言で片付けられることが多い。
……もし、自分がまるで異世界のような場所に居た記憶があるとすれば、あなたも過去。幻の逸材だったのかもしれない。
「「……驚いた?」」
「お、おお。驚いたな。……なんだそれは?」
どこか得意げになっている陽菜に、楓は少々思うことがあったが、確かにこれはそうなるに足る衝撃だった。
一体それがなんなのか、手っ取り早く本人に聞こうとする楓だが、そんな楓に陽菜はやはり得意げになった。
「……本当にわからない?」
「ああ。なんだそれは?」
「……最近。見たことあるでしょ?」
「!」
陽菜の言葉に楓は動揺した。
陽菜の言う通り。楓はごく最近。これに近いものを目撃している。
しかし、それが陽菜の口から出ることはありえない。
それが、楓を動揺させた。
「……アヤメの術。『分身』」
「!」
違うと。そんな訳ないと。自分自身に言い聞かせること虚しく。陽菜自身の口から確たる証拠となる名前が発せられた。
(陽菜はアヤメのことを覚えている!!)
アヤメの記憶は皆の中から無くなってしまった筈だ。
それを覚えているのは楓、会長、六花、結の、たった四人の筈だった。
楓は陽菜が二人同時に現れるを見た時、アヤメの『分身』に似ていると思った。
あの時、アヤメは一人ずつしか姿を見せることはなかったが、一体いつからアヤメが『分身』になっていたのかがわからなかった。
つまり、『分身』とはまさしく分身。同じ存在を二つに分裂させる術だと予測出来る。
ならば、同時に現れることも可能だろう。そのため、これが『分身』に似ていると思ったのだ。
「……なんでアヤメのことを覚えてる?」
どうして陽菜がアヤメのことを覚えているのか。
楓がそれを言葉した瞬間。陽菜はいつもの無表情から、ニヤリと、確かに笑った。
「…………」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一方。
会長と六花の二人は、正式な手続きを終え、【F•G・南方幻城院】をあとにしていた。
「まったく。結には困ったものね。それで? 結のことはどうやって探すつもりかしら?」
「そうですね。とりあえずは足跡でしょうか?」
「足跡って……本気?」
「それしかないと思うのですが?」
「まあ。それもそうね」
二人は【F•G・南方幻城院】の門から出た後、じっと地面を観察しながら歩き出した。
「ねえ。六花?」
「はい。なんですか会長?」
「……これ。二人で平気かしら?」
「さぁ? 正直、下手をしたら戦力うんぬんではなく、結を発見することさえ出来ないかもしれませんね」
「……そうよね」
足跡を探す作業。
まるで、探偵になった気分だ。
「はぁー」
探すこと数十分。ずっと頭を下に向けての作業だ。首が疲れた会長は一旦頭を上げて、首をグルグルと回してみたり、肩を回してみたりして、疲れた箇所をほぐしていた。
「そっちはどう?」
「だめですね。足跡があり過ぎて一体どれが結の足跡なのか判別がつきません」
「そう。でもよかったわ。そっちは足跡があったようね」
「そっちはと言うと、会長は足跡を発見出来なかったんですか?」
「なによ。悪いかしら?」
「……いえ」
会長はそういうとわざとらしく口を鋭くして、頬を膨らませて、いかにも不機嫌ですと自己主張していた。
「……まあいいわ。とりあえず見つけた足跡のところに案内してくれるかしら?」
「わかりました」
機嫌を直したらしい……いや、元から機嫌が悪くなった振りだけのよえで、機嫌を直したというよりも機嫌を悪くした演技をすることに飽きたらしく、会長はそういうと、後ろに振り返り歩き出した六花の背中を追った。
「ここです」
「……ここ?」
「そうですが、どうかしましたか?」
「……足跡なんてどこにあるのよ?」
六花に案内されたのは会長がさっきまでいたところから一○○メートルも離れていないくらいの場所だった。
六花はここに足跡がたくさんあると言うのだが、会長の目には足跡らしきものは一つも映っていなかった。そのため、疑問顔を浮かべていると、六花はそんな会長にあれっ? っと首を傾げた後、納得するように手を叩いた。
「……会長? 目に幻力を集中させてみて下さい」
「へ? ……あっ……」
呆れるように言う六花の言葉を、最初は意味がわからなそうにきく会長だったが、何かを思い出したかのように声を漏らし、そして気まずそうにほほをポリポリと掻いた。
「……そういえばそうだったわね」
「会長? もしかしてとは思いましたが、本当に忘れていたんですか? 体から僅かに漏れ出す幻力をコントロールして、体の一部に集中させることによってその部分が元々持っている性質を強化することを」
「う、うるさいわね」
幻力はその濃度や量が一定を超えると、その部分に強化という恩恵を与える。
体を巡る幻力による人体の自動強化の度合いが、その身に秘めている幻力量によって変わるのと同じ原理だ。
会長は呆れ顔をする六花に若干の涙目でやや威圧的に答えると、目に体から漏れ出している幻力を集中させた。
「……本当ね」
その瞬間。視力が全て飛躍的に上昇し、今まで見えなかったものがくっきりとその目にうつった。
そこには、六花の言う通り、様々なサイズの足跡を発見することができた。
「さて、この中に結の足跡はあるのかしら?」
「もしなかったらタイムロスになってしまうのですが、どうしますか?」
「そうね。とりあえず一旦ガーデンに戻った方が良いかもしれないわね」
「そうですね。さすがにこの場で結の靴のサイズはわかりませんしね」
「と、いうことで、ガーデンに戻るわよ」




