8ー1 楓と陽菜
タイムリミット明後日の午後。
第五競技【ショットバット】が始まるまでだ。
そこでは今【F•G・南方幻城院】からいなくなっている三人が出番になっている。
「…………結……」
本来なら、自分が行く気だった。
しかし、彼女は出場出来なくなってしまった鏡と剛木の代わりに第四競技【トライチャージ】に出場しなくてはならない。
そのことで出場出来なくなった彼らを責める気は毛頭ない。あるとすれば、楽しそうだからと安請け合いした自分自身にだろうか。
「……楓、大丈夫?」
「ん? ……んー、どうだろ」
「……あまり無理はしないほうがいい。楓はいつも忙しそうにしてたから」
「……そうか?」
休憩室で一人、いつものようにスライム状になっていると、いつの間にか隣に座っていた陽菜がいつも無表情なその顔が、かすかに心配そうに歪められていた。
「いつも忙しそうだったって……そうかな? 忙しかったのはあたしじゃない気がするし、あたしはずっと寝てたぞ?」
「……それでも。楓はいつも頑張ってると思う」
「……そか。……あんがと」
スライム状から体を起こし、肩肘をつき、頬杖をついた楓は、そう、陽菜に優しく微笑み掛けた。
「……どうするの?」
「……どうするって?」
「……結のこと」
「あぁ、それ……それなら会長と六花が向かいに行ったよ」
「……場所。わかるの?」
「……さあ? あの二人ならどうにかして探し出すと思うけど……」
「……心配?」
「……そりゃな。結はあたしたちにとって、とても大切で、重要な仲間だからな」
「……そう」
楓の答えに、陽菜は楓に向けていた顔を正面に戻した。
少しの間、ただまっすぐに正面を見詰めた後、再び楓へと顔を向けた。
「……行かなくていいの?」
「……えっ?」
予想外の言葉に楓は驚いた。
「……楓は、行かなくていいの?」
「行くって、どこに?」
聞き返すまでもない。そんなこと、分かりきっている。
だけど、楓は考えないようにしていた。
「……結のところ」
「……あはは、会長と六花に楓は明日出番だから駄目って言われたからな」
「……理由はそれだけ?」
「えっ?」
やめてくれ。
あたしの心を揺さぶらないでくれ。
「……どうしてあなたが人の言うことを聞くの?」
「…………それはあたしじゃない」
「……うん。知ってる。でも、あなたは一番あなたに近いあなた。違う?」
「……まあな。あたしはあたしに最も近いあたしかもしれない。けど、力は……だから、一日じゃ無理だよ」
そう言って楓は落ち込むように顔を伏せた。
「……二日あれば足りる?」
「だから、明日は競技がーー」
「……私は二人分になれるって言ったら?」
「えっ?」
陽菜の言葉に、楓はもともと大きな瞳をいっそう大きく見開いた。
「……来て」
陽菜は立ち上がると一瞬楓に顔を向け、そうとだけ言い残すと、どこかに向かって歩き出した。
「ちょ、陽菜!?」
楓は陽菜の言葉の意味を知るべく、急いで立ち上がるとスタスタとゆっくりした動作に見えるが、意外と素早い、陽菜の背中を追った。
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【F•G・南方幻城院】。
【訓練室】
「陽菜。こんなところまで連れてきてなんだ? 確かにストレス発散には運動は最適かもしれないが……。正直今のあたしはそんな気分じゃないぞ? それは、陽菜もわかるだろ?」
手を引いたりして連れてきたというよりも、付いて来たの間違いかもしれないが、前を歩き、楓が道をそれようとするたびに足を止め、楓へて顔を向けていたため、精神的に無理やり連れてこられたようなものだ。
視線なんて無視すればいいだけなのだが、それが出来ないのが楓という少女だ。
(それに、陽菜の言葉も気になるしな)
「……それはわかる」
「なら、冗談はやめにして。戻るぞ?」
「……冗談を止めるのは楓のほう」
「うっ……。はぁー、わかったよ。それで? 陽菜が二人分になるってどういうことだ?」
陽菜に指摘され、それが図星だったために言葉に詰まる楓だったが、すぐに降参するようにため息をつくと、疑問顔を浮かべた。
「……言葉通り。ここにはそれを見せに来た」
「……ふーん。なるほどね」
たとえ六芒戦の選手だったとしても、【F•G・南方幻城院】内での術の使用は禁止されている。
まあ、【物理世界】でも、拳銃はちゃんと射撃場でしか基本使ってはいけないのと同じで、【幻理領域】では常識だ。
ここ、【訓練室】は射撃場と同じで、この部屋の中であれば部屋を壊さない程度なら術の使用が許可されている。
「……見せてあげる」
陽菜は小さく、聞き取れるか取れないか、ギリギリの声でつぶやくと、首に着けているチョーカー型らしき法具を起動した。
(すっごく今更だけど、そういえばいつもマフラーみたいなのしてたけど、あれを隠すためだったんだ)
みんな陽菜がマフラーを外している姿を見たことがなかった。
【F•G】の授業でもいつも着けていたし、体育の時にも体操着とマフラーという、こう言ってはなんだが、ちょっと変わった格好をしていた。
……まぁ、一部の男子生徒から元々陽菜の容姿が小柄で、可愛らしいこともあり、マフラーは正義とまでいう連中がいるらしいが、正直楓にとってそんなことばどうでもいい。
それよりも、楓は少し嬉しかった。マフラーを着けている理由が本当にチョーカー型の法具を隠すためだけなのかはわからないが、それでも、いつも隠しているものを見せてくれたことを、ただ、嬉しく思った。
「……行くよ」
陽菜の足元に幾何学的な模様を円陣がいくつも重なり合って描かれる。
光の線によって描かれたそれは、徐々に光を増していき、そして、とある地点を超えると同時に強く発光した。
その光は一瞬、楓の視界から陽菜の姿を完全に消した。
「あー。そういえば陽菜って雷属性だっけ? 雷の幻操陣って、開放の発光凄いよ……ね……?」
その光に思わず目を背けた楓が光が薄れていくにつれて、目を少しずつ開けていくと、そこには少々おかしな光景があった。
「「……どう? 私たちの言葉の意味、わかった?」」
「え、えーと。うん……」
目の前には、紛れもなく。
陽菜が二人いた。




