7ー50 再花という鍵
「俺は当時、部下に小隊を組ませ各地に送った。そして、その内の一組が犯人らしき人物を発見した」
林原の人物ということば風祭は眉を顰めた。
何故人物と言っているのだろう。そこが普通、犯人らしき組織というのが正解ではないだろう。
小さな違いだな、言葉とは一言で意味が変わる。
一つでも間違えた言葉を使うことで、それが重大なミスに繋がってしまうことだってあるのだ。
「発見の報告があった時。発見した小隊はたったの一人となっていた」
「……わざわざ、生かされたということざますね」
「だろうな。俺が部下を使って探っていたことに気付いたのだろうと、その時判断した。
そのため、少人数を送るだけでは意味がないと判断し、各地に向かわせていた一○○を一同に集結させ、同時にそこへと向かわせた」
「! まさか、各個撃破ではなく、一○○名の先鋭が皆一度にやられたざますか!?」
「……その通りだ。その後、部下からの連絡はなくなった。報復も考えたが、その危険性があまりに高いと判断し、私はその件から引いたのだ」
林原の齎した情報に風祭は驚愕し、固まっていた。しかし、それは次の言葉でさらなる驚愕によって上塗りされる。
「最初の報告があった時。対象者の人数を俺は聞いた」
「……返答は、なんだったざます?」
「…………」
林原は言いづらそうに手を組んだ。そして、いくらかのタメの後、口を開く。
「……人数は、一名とのことだった」
「一名!? た、たったの一人に全滅させられたざますか!?」
「……そうだ」
「俺はは当時その部下たちにたかが一人にやらせるなんぞ不甲斐ないなどとは思わなかった。いや、思えなかった。何故なら、部下とその者が接触したであろう時間、そして場所で、俺は強い何かを感じた」
「……強い何かざますか?」
「強い力の働きはその場所に強く意志を向ければ遠くからでも感じ取れる。林原はその力を感じたのだろう」
珍しく口を開いた鍵山に、風祭は目を見開いた。
無口な鍵山が話したことだ、林原も小さく眉を動かしていた。
「そうだ。あの時俺が感じたのは力そのものだった。その時、俺は初めて恐怖を感じた」
「林原が、恐怖ざますか?」
自分は強者だと思っている。事実、風祭の実力は強者と言うに十分なレベルだ。
しかし、林原の実力はそれを大きく上回る。それは先ほどの殺気で理解していた。
だからこそ、その林原が恐怖を覚えたという事実に、風祭は震えた。
得体の知れない何かがあの世界に居たという事実を知ってしまったから。
それ同時に風祭はとあることに気付く。
どうして今になってそれを話したのだろう。
この状況下で過去の話をする意味は本来ならないはずだ。
しかし、林原が無駄なことをするわけがない。それはまだそれほど長い付き合いではないにしろ、十分に理解していた。
(まさかっ!)
そして風祭はそれに気付く。いや、正確にはその可能性に気付いた。
林原の能力は『林動』。
『林』シリーズ全て、複数の能力併せ持った複合スキルと呼ばれるものだ。
そんな『林』シリーズの中に『林知』という能力がある。
これは極端に言ってしまえば本来であれば感じ取れないような距離からでも幻力を感じとり、そして感じ取った幻力から個を判別することが出来るという能力だ。
意識を向けていれば遠くからでも強い力を感じ取ることが出来るとは言え、それは本来仙人や超人などと呼ばれるレベルで強く意識をそこに集中させなくてはならない。
そのため、一般人とは言えないものの、並の、いや、一流と呼ばれる幻操師でさえ遠距離感知は難しいのだ。
林原はこの『林知』によって強い幻力を感じ取っていた。
それはつまり、もう一度その幻力に触れればそれが同一人物か判別出来るということだ。
一見、関係なさそうな二つの話。
無駄を嫌う林原の性格からしてこの二つは繋がりがある。
幻力から個を判別出来る能力。
それらは全て、とある可能性へと風祭を導いていた。
「もしかして、その昔感じた強い力。その発信源……」
風祭は一旦間を置いた。あまりにも考え難いその可能性に、風祭自身半信半疑なのだ。
今の風祭の心境は違っていたら恥ずかしい。これに近い。
しかし、状況的にそれしかありえない。
そして、風祭は確信した。
林原の様子が少し変わったからだ。どこか、動揺が見えた。
「……それは、あの少年ざますか?」
「…………」
林原は何も言わない。
静かに目を閉じて、静かに、ゆっくりとした動作で、首を、
縦に振った。
「……やはり、そうざますか」
それならば不可解ないろいろなことにも納得出来る。
あの男……いや、あの少年の言葉にも信憑性がわいた。
「おいおい。林原にクソババア。二人して何納得していやがる。俺にもわかるように説明しやがれ」
考え込む風祭は不知火の言葉によって現実へと引き戻された。
自分が理解出来ていないにもかかわらず、二人が納得顔していることに不満そうにしている不知火に風祭はその無能さを嘆き、怒りどころか憐れみにも近いそれを感じた。
「はぁー。仕方がないざます。説明してあげるざます」
「ちっ。早くしやがれ」
憐れみから教えようと、どちらかといえば善意からくる行為なのだが、不知火はそれに舌打ちで返した。
そのせいで風祭が不知火に向ける感情は憐れみから最初の怒りへと戻っていた。
「……林原が感じ取った幻力から個を判別する能力を持っていることは?」
「知っている」
「過去。林原ほどの男を恐怖させた存在の幻力。それと今回捕らえたあの少年の幻力が一致した。それだけのことざます」
「……はぁ!?」
表情こそ笑顔だが、額に大きな怒筋を作りながら説明する風祭の言葉を聞いた後、不知火は爆発するかのように驚きの絶叫をあげた。
「なっ、はっ、はぁぁぁあっ!? 林原の話は数年なんだろ!? てことはあのガキが今よりもガキのころにB•G狩りをしたって言うつもりか? テメェら正気か!?」
風祭がこのことに自信がなかったのもまさにそれが理由だった。
今【F•G・南方幻城院】にいる幻操師はほぼ中等部二年。この少年は選手として出場しているのだから、確実に中二だ。
それよりも前となると、小学生の頃の話になってしまうのだ。
小学生がプロ相手に勝つなどと考え難い。それどころか、相手は力を得るために裏で人体実験や人体改造などなど、黒いことをたくさんしているB•Gが相手。プラスで相手の人数が多い。多過ぎる。
これほどまでの悪条件が揃っているというのに、これを信じるなんて難しい。
不知火の反応は当然のことだった。
「林原の能力は絶対ざます。欺く事なんて出来るはずもないざます」
「んー。そうだねーぇ。『林知』を誤魔化されたよりも、小学生がB•Gを殲滅したーぁ。こっちのほうが信じられるねーぇ。っと、私はすかさずファインプレーを披露するのである」
無表情ながらもかすかにドヤ顔をするアヤメに最後のそれを言葉にするなと思いつつも、確かにファインプレーだと内心グッと親指を立てる風祭と、表には一切出さずに内心褒める林原だった。
「だ、だかよっ!」
「世の中何があるかわからないざます。歳で実力がわかるのであれば、不知火は一生ザマスには勝てないざます」
「ぐっ……」
風祭は内心悔しそうに言う。
不知火と風祭では風祭の方が遥かに年上だ。しかし、実力では二人ともほぼ同じだ。それは年齢で実力は計れないというまぎれもない事実であると同時に、己が不知火と同じレベルだということを認めることなるのだ。
不知火だって風祭と同レベルだなんて認めたくない。しかし、それが事実である以上、小学生がB•Gを殲滅させたかもしれないという可能性を認めることができていた。
「……不知火。これはあくまで仮定の話だ」
「あぁ。わかっている」
林原がそう付け加えるものの皆の中にそれが仮定だという前提は無くなっていた。
牢獄に繋いでいる音無結は過去にたったの一人であのB•Gを殲滅した。
そうであると、そうなのだと。それが共通認識となっていた。
「……何故あのガキは今【F•G】にいやがる? おかしいだろ? それだけの力があるのにわざわざガーデンに行く必要はねえ。何より、それは向こうでの話だぞ? 何故こっちに来ていやがる」
ガーデンに行かなくとも力があれば直接2ndの試験を受けることは出来る。
ガーデンとはある意味学校であると同時に、資格を取るための塾なのだ。
一人で勉強が出来るのにわざわざ対価を払ってまで塾に行く必要はない。
「あの時。部下を向かわせた地点の近くに【F•G】のマスターが居たという目撃情報があった」
「! まさかっ!」
「詳細は不明だが夜月が保護したのだろう。何故今になってガーデンに入ったかは知らんが、過去の経歴は全て【夜月】が隠蔽したのだろう」
「何故そんなことをしたざます?」
「あの小僧から感じ取った幻力はあの時の幻力と同質のものだ。しかし、大きさが遥かに劣っている」
「……確かに、幻力はすごく不安定だったざます。……まさか!」
風祭は結の幻力を測った時のことを思い出していた。その時の異常なまでの不安定さ、そこから一つの可能性へと行き着く。
「おそらくそうだろう」
「説明しやがれ!」
「……簡単な話ざます。あの少年は、力を失っているざます」
「……はぁっ!?」
「力を失う代わりに一時的に強大な力を得る。確か『再花』という術があるざます」
「それじゃ辻褄が合わねえじゃねえか!」
「……そうだ。今の小僧は劣ったとはいえ、力を持っている。本来『再花』で失うはずの力を」
「なら、そもそも『再花』を使ったてこと自体が違うんじゃねえか?」
「こうも考えられるざます。『再花』によって力を完全には失わない体質。ある意味、何度でも咲き誇る性質」
「……おい。それってよ」
「……あくまで可能性の話だ。確定ではない。しかし、この仮定が事実であった場合には」
「……そうだな」
「……ざます」
三人は静かに目を閉じた。
その中、アヤメはかすかに表情を曇らせていた。まるで何かに焦っているかのように。
「小僧にはモルモットになってもらおう」
「俺たちの『再花』のためにな」




