7ー49 萎縮する心
7ー49
明かりもろくに付けていないような暗い部屋。そこには五人の人物が輪となって座っていた。
「まずはご苦労と言っておこう」
「はっ! まったくだっ! ターゲットがあんな屑みてえに奴だなんて聞いてねえぞっ!」
五人の中で最も大きく、屈強な男のが低く、重々しく言葉を発すると、その男、林原に言葉を掛けられた二人の内一人が威圧的に答えた。
「ホホホ。相変わらずうるさい男ざます」
「クソババアは黙っていやがれっ! おいっ林原っ。テメェは何故あいつをターゲットとしやがったっ!」
「計画の障害となりうると判断したからだ」
「ハッ! あんな屑の一人や二人、俺の敵じゃねえなっ!」
「甘く見ない方がいいよーぉ? っと、私は真面目な顔を浮かべたのである」
八重歯を覗かせ、長い赤髪をゆらゆらと揺らしている不知火に向かってアヤメが声を掛けた。
アヤメに声を掛けられたことで不知火は不機嫌そうに表情を歪めた。
「テメェの意見はアテにしてねえんだよっ! 何度も何度も負けやがって」
「あれーぇ? 不知火は能無しーぃ? あれは負けじゃなくて相手の力をはかっただけーぇ。っと、私は落胆するようにため息をついたのである」
「同じだって言ってんだよっ! あんなカスどもいちいち力量をはかる必要すらねえっ! 一度で皆殺しにすればいいのによっ! わざわざ何度もやられやがって。情けねえな『朽木』はよぉっ!!」
「好きに言えばいいよーぉ。アリの言葉は私に響かないからねーぇ。っと、私は涼しい顔を浮かべたのである」
「誰がアリだこの小娘がっ!!」
「そこまでだ不知火。朽木も不用意に刺激するな」
「……ちっ」
「謝罪するーぅ。っと、私は反省の色を覗かせたのである」
不知火は林原に言われ渋々といったふうに、舌打ちを残して黙った。
アヤメは相変わらずの無表情を貫いたまま小さく頭を下げた。
「アヤメ。貴様の行動は正しい。我々に失敗は許されぬのだ。慎重すぎるほどが丁度良い」
「はーぃ。っと、私は満面の笑みを浮かべたのである」
「ホホホ。一つ聞いていいざますか?」
「なんだ。風祭」
「地下牢に捕らえているターゲットについてざます」
「許可する」
「ホホッ。どうやら気絶させた後からずっと目を覚ましていないようざます」
「あぁん? もう五時間は経ってるだろ? まだねんねしてんのか? ハッ! やっぱりただのガキじゃねえかよっ!」
「ほう。それは好都合だ」
「……なにかあるざますか?」
「あの者は得体が知れん」
「おいおいっ。林原とあろうものがガキ一人を怖がってんのかよ」
「奴の存在は恐怖ではない。あまりにも不可解なのだ」
「……確かに、あの者の実力は安定していないざます。常に変動しているのは心持つものであれば誰でもそうざます。でも……」
「奴のそれはあまりにも変動の差が大き過ぎる」
「ああん? どういうことだ」
林原と風祭の言葉に不知火は怪訝な顔をした。
「奴の力は常に流動的。底辺はまさに不知火、貴様の言う通り屑のようなものだが、最高地点がまだわからぬ」
「ハッ! それがなんだっつうんだよっ! ゴミは所詮ゴミだろうがよ!」
「これだからお子ちゃまは嫌ざます」
「んだとクソババアっ!」
軽蔑の眼差しを向ける風祭に不知火は過剰に噛み付いた。その表情は明らかに憤怒にまみれていた。
「あの者。たしか結といったざますか? 今わかっているだけでもその力の最高地点は約……」
風祭は言い渋るがゆっくりと言葉にする。
「……私たちの合計戦力の一○○倍ざます」
「……は?」
風祭の言葉に不知火は停止した。
風祭の言葉が理解できなかった。
不知火は己の力を過信し過ぎているとはいえ、それでもその実力は高い。
そんな不知火が協力することを許可している他のメンバーだって相当の実力者揃いだ。
直属の部下たちも皆本物の戦争を経験している猛者ばかり。
それらを全て含めた戦力の一○○倍? それもそれがたったの一人から発せられている力だと言うのだ。
冗談としか思えないものだった。
「ハ、ハッ! 計測ミスじゃねえのか? あぁんっ?」
嫌な汗を流しながらそう言って見る不知火だが、自分で言っていてバカバカしくなってきた。
発せられる幻力量を測っているのだ。それが違えることなどありえない。それほどにここが所有する計測器の性能は高かった。
そして、林原たちの表情から冗談の類いでないこともわかる。
「……マジかよ」
「それだけではない。奴の過去を洗ってみたのだが、情報が現在の【F•G】に入る前の経歴全てが存在しない」
「んだとっ!?」
経歴が存在しないなんてことはありえない。情報がない、出てこないということはつまり、情報がそれだけ固く規制されているということ。
「不知火。貴様も向こうの世界に行った身だ。数年前、向こうで有名な事件を知っているか?」
「あぁん? それがこれとなんの関係がありやがる」
「答えろ」
「……ちっ。数年前だったな。そうだな。数年前といやーー」
「各地でB•Gが次々と殲滅された事件があったざますね」
「ごらっ! このクソババアっそれは今俺が言おうとしてたじゃねえかっ!」
「あら。遅い不知火が悪いざます。行動が遅い人に限ってあっちは速いざますよ」
「んだとテメェっ!!」
「貴様ら。くだらん問答はよせ。風祭。貴様は不用意に不知火を刺激するでない」
「ホホホ。申し訳ありませんでしたざます」
手を口にあてて、一切反省の色を見せずに言葉だけで謝る風祭に不知火は苛立ちを増させていた。
「林原? それでその事件と今回の件。なんの関係がありやがる」
「そう慌てるでない。当時、俺はB•Gを襲撃している者に興味があって部下に探らせたことがある」
「ほう。で? 結果は?」
「俺の部下は全滅した」
「ハッ! 情けねえなっ!」
「林原の部下なら相当の手練のはずざます。何人程度動かしていたざます?」
「約一○○名だ」
「……その全員がやられたざます? それなら相手は相応統率された組織ざますね」
「ああ? あの襲撃はやっぱり組織単位だったのか?」
「これだから早いガキは嫌いざます。B•Gは人体実験をするほどの力を持っていた闇ガーデンざます。そのB•Gを殲滅するのに個人では常識的に無理ざます」
風祭の言葉に林原は静かに目を伏せた。
そんな林原に気付きながらも風祭は特に指摘はしなかった。
「おいっ! このクソババアっ! テメェ今さりげなくまた早いとかぬかしやがったな!」
「ホホホ。耳だけはいいざますね」
「このババアっ!!」
「二人ともやめろと言ったはずだ」
再び口喧嘩を始めた二人に林原は目を伏せたまま殺気を向ける。
「「!」」
その濃密で、死を錯覚させてしまうほどの殺気に二人の動きが静止した。
「……さ、流石は林原ざます。レベルが、違うざます……」
冷や汗を大量に流しながらも風祭に林原にゆっくりと視線を向けた。
不知火も風祭同様に冷や汗を大量に流しながら、全身をプルプルと震わせていた。
その心は酷く荒れていた。
(な、なんだこれ……。これが、これが林原の本気だってのか? こ、こんなの……あ、ありえねぇ)
今まで感じたこともないレベルの殺気に不知火は萎縮してしまっていた。
一年前。あの戦争でもこんな濃密な殺気に当てられたことはなかった。始めての経験に不知火の心はその形を失いつつあった。
「不知火」
「は、はい……」
林原の声に不知火は敬語になっていた。
いつも口の悪い不知火が敬語を使ったことで風祭は目を大きく見開き驚いていた。
「話の続きだ。良いな?」
「はい……」
「風祭。貴様もだ」
「……わかったざます」
「…………」
林原は言葉にせずに目線だけで鍵山にも言うと鍵山は小さく頷き、返事をした。
「朽木アヤメ。貴様もだ」
「あたしは一言も喋ってないよーぉ。っと、私は不服と申し立てるのである」
「わかったのであれば良い」
林原は一度皆へグルリと視線を向けると静かに話し出した。




