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7ー46 ……嘘つき


 零の言葉から推測されること。

 ノースタルは結の知る人物。それも、結がそのショックに耐えられないかもしれないほどに近い、身近な人物。


「……だ、誰なんだ……ノースタルは……」

「…………」

「黙ってちゃわからないだろっ!」


 結は両手を強くテーブルに叩きつけ、勢いよく立ち上がった。その体から黒い靄のようなものが立ち上っていた。

 零は激怒を露わにする結に一瞬驚きの表情を見せるがすぐに冷めた表情へと戻った。


「今のお前様に教えるつもりはない。……じゃが」


 零はどこか言い辛そうにしていたが、しかしやがて腹を決めたかのように表情を引き締めると、続けた。


「真実を知る日はそう遠くないじゃろう」

「……真実?」

「そう。真実じゃ。

 あの日。どうして奏がお前様の前でノースタルとやらに刺されたのか。お前様のずっと過去から現在まで続く因果の真実じゃよ」

「……零、それって……」

「すまないのお前様や。言葉で語るのはここまでじゃ。ワシはお前様に教えなければならんと言ったじゃろう? 腹も膨れた。気力も、幻力も戻ったじゃろう?」

「……あ、ああ。それはそうだが……」

「ならばついてくるのじゃ。ここはお前様を万全にするためだけに案内したのじゃ。本来案内したかったのは次じゃ」

「……わかった」


 疑問を漏らすことは許されない。それは、許可されない。結は無意識にそれを悟った。むやみに踏み込んでは行けない領域だと。

 不満を幾分か残し、結は零の華奢な背中を追った。


「さて、ここじゃ」


 零に案内されたのはこの屋敷に幾つかある内の一つの中庭だった。


「ふむ。ここなら広さも問題あるまい」

「零、なにをするんだ?」


 中庭の中央に立ち、楽しそうに頬を緩める零に、これは聞いても大丈夫と判断し、素直に聞いた。


「簡単かことじゃよ。……ここで、ワシと死合うのじゃ」


 直後。目の前から零の姿が消え失せた。


(後ろから殺気!?)


 心臓に刃を突き立てられたかのような錯覚を受けるほどの強く、濃密な殺気が背後から飛んできたことで、結は一瞬硬直するよりも動かなければ本当に死んでしまうという想いが勝り、結は転ぶようにして横に転がった。

 頬に冷たいなにかが掠った。そう脳が認識した直後、感じたのは冷たさではなく、むしろ真逆、焼け焦げてしまうほどの熱さだった。


「熱っ」


 そう熱さに思わず手で頬を抑えると、その手にはべっとりとした、生暖かい液体に覆われていた。

 そう、真っ赤な液体に。


(血っ!?)


 頬から出血していることに今になって気付き、動揺する結に次なる動揺が訪れる。


(人の気配!? それも、多いぞ!?)


 中庭は四方が縁側に覆われている。ある意味当然といえば当然なのだが、その縁側、一辺につき三人の人影が現れた。

 真っ黒のロングコート。その者らは深くフードを被っているせいでその表情を覗くことも叶わない。

 この世界に紛れもなく結と零以外の人物が現れたことで結の心は激しく動揺した。

 他に人がいることは予めわかっていた。しかし、それが出てくるとは予想だにしていなかったのだ。

 結が動揺によってその動きを止めてる間に、一二人の黒いコートの者は合掌し、その後両手を地面ーーこの場合は縁側だがーーにつけた。


天輪月界(てんりんげっかい)


 一二人は同時に術を起動した。

 それを一言で説明するなら結界術。

 中庭を中心に半球体の結界が張られていた。黒いコートの者たちは結界の外にいるため中にいる結がどうこうすることは出来ない。そして見る限り、一二人の力を合わせた二重の幻(ユニゾンファントム)だ。結一人では突破することすら出来ないだろう。

 それに、結は黒いコートの者たちの術の詠唱の際に聞こえた声、あれは、


(若い、娘の声?)


 注意を払って観察してみれば黒いコートの者たちの体格や、一部が膨膨らみのある独特な曲線から、それが女性、それもおそらくは結と同年代ぐらいであろう少女のものだとわかる。


(零といい。ここは俺の精神世界じゃなかったのか? なんでこうも少女ばっかり……いや、ここは俺の精神世界じゃなかったんだっけな……)


 自分の精神世界が若い少女でいっぱいというのは流石にやばいのではないかと結は一瞬落ち込むが、すぐにここが既に自分の精神世界ではないことを思い出し、正気に戻っていた。


(にしても、閉じ込められたわけだが、いったいなんのつもりだ?)


 ワシが牙を剥くのはまだ当分先じゃ。

 二年に零が言っていた言葉が脳裏をよぎった。


 もしかして、今がその時じゃないのか? 零はここに来て姿が戻っていた。力が戻ったとも言っていた。

 前にいた雪原のような場所はこの世界と結の精神世界が融合した一部分。結の精神世界が融合しているためあの場所では零は力を発揮することが出来ず、そればかりは容姿さえ縮んでしまっていた。

 力は勝っていても、権利で負けている。それはあそこが結の精神世界の一部だったからではないのか?

 ならば、ここはどうだ?

 ここは、完全に結の精神世界ではないのではないだろうか。さすれば、権利とやら同等。いや、ここは零の家だと言っていた。もしかするとここでは零の方が権利とやらが上かもしれない。


 やばい。結は本能的に悟った。

 この状態は、限りなく不味いと。


「お前様の思考。実に明快に読み取れるの」

「!」


 声が聞こえたのは上空。振り抜いた先には背中から翼を生やし、空中に留まる零の姿があった。


「……え?」


 結の心は再び動揺に塗れた。

 零の背中から生えるそれは、その形は、天使の翼。【A•G(エンジェル・ガーデン)】で使っていた自己強化術『天使化(エンジェルモード)』と瓜二つだった。

 零は結さえも覚えていないような過去の記憶をも知っている。

 奏のことだって知っていた。

 ならば、結の記憶から模範することはできるのだろう。


「動揺しとるのぉ。お前様や」

「……零、お前様は……」

「ニハッ。仲間だと思った者に裏切られる。凄まじい動揺ではありゃせんか?」

「……くっ……」


 そうか。お前は。本当は……。


「……わかったよ。零。零がそのつもりなら……」


 結は静かに手を合わせた。

 零は戦うことを望んでいる。ならば、それに応えよう。

 たとえ勝てぬ戦いだとわかっていても、戦わなくてはならない時がある。


 だから……。


「……『ジャンクションーー』!?」


 静かに目を瞑り、ジャンクションを起動した結は驚くように目を見開いた。

 そんな結を見て、零は楽しそうに笑った。


「……な、んで? ジャンクションが、起動しない!?」

「無駄じゃよお前様や」

「…………」


 動揺する結に零は天空から言葉を掛ける。零の言葉に結はハッとするように天を見上げた。

 大空で輝く純白の太陽を背にすることで、その背中から生える天使の思わせる一対の翼もあり、その姿は神秘的で、美しくまるで天使のお告げのようだった。


「ここでは天使の力は使えんのじゃ。残念じゃったのぉ」

「……なんで……」

「説明が必要かの? 残念なことにそれは叶えられぬの」

「……なんでだよ……」

「それは、今のワシがお前様の敵じゃからよ」


 敵。

 その言葉が結の心を強く刺激した。


 ドクン


「どうしてワシがまるでお前様の味方のように振る舞ったかお前様に理解できるかのお? お前様をワシの支配するこちらの世界に誘き出すためじゃよ」


 ドクン


「お前様が自分の意思で動こうとせぬ限りあの雪景色の世界から離れることは出来ぬ。そして、あの世界ではお前様はまさに神の如き存在じゃからのぉ」


 ドクン


「ニハッ。それにしても、良かったのぉ。お前様がお人好しの、

 バカで」


 ドクンドクン。


「さて、あれから二年。お前様はよくぞここまでジャンクションを扱えるようになってくれたのぉ。今のお前様ならばワシのジャンクションを強くするための接着剤ぐらいにはなるかのぉ」


 ドクンドクン


 体内を流れる何かが加速する。

 早く早く。とめどなく溢れる何かがその速度を増して、結の全身に行き渡る。


「さて、お前様を喰らうとするかの。我が愛すべき半身よ」


 ドクンドクン…………ガチャ。


 自分の中で何かが壊れた気がする。何かが開いた気がする。

 ……だけど、そんなこと、もう、どうでもいい。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」

「!」


 突然の発狂。

 結が発狂をしたと同時に、空が暗くなる。漆黒の雲が、この小さな世界を覆った。

 本来ならばありえない状況に零は元々大きな目をさらに大きく見開いた。


「おおっ! これが、これが!!」


 零はその漆黒の雲を見て興奮しているようだった。

 今の結の目にはそんなものは映らない。その目は、漆黒の光を灯していた。


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