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7ー45 記憶と記憶


「気になるかの?」


 結が考え事をしていると零はさっきまでのニコニコから、真剣な表情へと変わっていた。


 そうか。考えは筒抜けだったな。


 原理はわからないが、零には結の考えていることがわかるらしい。

 ならば今の零の言葉も当然結の思考へ向けてだ。


「……ああ。隠しても仕方ないしな」


 隠し事は意味をなさない。ならば正直に話すべきだ。本音と本音。

 本来人間はそうであるべきなのだろう。しかし、それでは人間社会というものは上手く回らない。

 嘘や建前。ダメだとわかっていても、罪悪感に苛まれるとしても、他者と関わるためにはそれが必要になってしまう。

 年を重ねるにつれてそれは大きくなっていく。

 同時に日常的につくことになってしまう嘘や建前も大きくなっていく。それは罪悪感の増幅へと繋がってしまう。

 罪悪感は精神を擦り減らす。そして人は少しずつ廃人へと向かっていくのだろう。

 だけど、傷がやがて癒えるように、磨り減った精神だった癒やすことは出来るのだ。

 信頼できる仲間、心から愛する恋人でも良い。

 他者につけられた傷を治すのは、他者なのだ。


 心を常に見透かされている感覚。

 普通なら嫌悪感があるはずだ。だけど、何故だ? 嫌悪感なんて全く感じない。

 ……不思議な気分だ。


「仕方あるまい。一つ正直に言えば確かにここにはワシとお前様以外の自分がおるの」

「……いいのか?」


 それを今話していいのか?


「どっちにせよこれから話す気じゃったからの」

「……そっか」


 零は茶を一口啜った後、落ち着くかのようにため息をつくと、ゆっくりと話し出した。


「疑問は多くあるじゃろうが、残念ながらそれら全てに答えるわけにはいかぬ。それは良いな?」

「……ああ。それは任せる。今俺が知ってもいいこと、知るべきことを教えてくれ」

「そうじゃの。まずはワシの姿が変化した理由からかの」


 零の姿が幼女から今の少女の姿になったのも、この巨大な屋敷が突然現れたのも、全ては零に手を引かれ、一歩踏み出した後だ。

 零はあの時一瞬だが地面を見ていた。

 つまり、彼処はなにかの境目だったのだろう。


「ワシの姿について話すにはその前にこの世界について話さなければならの。まず第一に、ここは正確にはお前様の精神世界ではないのじゃ」

「……ん?」

「そう慌てるでない。それについてはちゃんと話すつもりじゃ」

「……わかった。頼む」


 零があまりにも根本的な部分を否定してきたせいで結は動揺していた。

 たとえ表面上はポーカーフェイスを通していたとしても、心を読む零には簡単に見抜かれていた。


「先ほどまでいた真っ白の空間。そして今この屋敷が建っているこの空間もまたとある境を跨いだ別の世界と言っても良い」

「えーと?」

「ニハッ。そう心配そうな顔をせんでもわかりやすく順序良く話してやるから待っておれ。

 まず最初にお前様が目覚めた真っ白の空間。あそこはお前様の精神世界の一部であって、また別の世界でもあるのじゃ」

「……良し。わからん」

「つまりじゃ。あの白い空間はお前様の精神世界の一部と、今ワシらがいるこの空間の中間。二つの世界が混ざり合った世界なのじゃ」

「……納得したかは別にして、意味は理解した」


 難しい表情をする結に零はクスリと笑みをこぼすと、説明を再開した。


「ワシがお前様の手を引いた後と前では景色が一瞬にして変わったじゃろ? あの線を境に融合世界からこちら側の世界に変わったのじゃ。

 ワシの姿が成長した。つまり元に戻った理由はお前様の精神世界と融合した世界からワシらの世界に返ってきたからじゃ。

 言い換えればワシはお前様ではないからの、お前様の精神世界と融合している領域では本領が出せんのじゃよ」

「……それなら今はその本領とやらが出せるのか?」

「その答えは否じゃ。この世界であろうとワシは全力を出すことは叶わぬ。というよりは、ワシがこの世界で全力を出してしまうと世界そのものがワシの全力に耐えられないのじゃよ」

「……マジか?」

「信じられぬか? まあ、そうじゃろうな。想像すら難しいかの? そうじゃのぉ。お前様の知る人物に奏とやらがおるじゃろう? ワシの全力はあの時の奏よりもひと回りかふた回り上じゃよ」

「……それが本当なら世界が耐えられないってのもあながち嘘じゃなさそうだな」


 結が知る中で奏の実力は群を抜いて高かった。二番目の実力者は【F•G(ファースト・ガーデン)】のマスター、夜月賢一なのだが、奏と賢一の間には決して交わることのない次元の差があった。

 幻操師として最強クラスのはずである賢一よりも遥かに上だった存在。それが奏だ。

 結でさえもまだ奏の全力を見たことがない。もし零が結の知らないレベルの奏の力を知っており、その上でそれよりも自分は上だというのであれば、それは言葉通り、世界をも破壊する程の力だろう。

 そう。ランクで言えば人間のトップとされるR(アール)の領域のさらに上。神の領域とされるレベル。G(ジー)の領域だ。


「失礼じゃな。ワシがお前様に嘘をつく理由なんてなかろう?」

「……それもそうか」


 さっきまでここは俺の精神世界だって嘘をついていたわけだが、言わぬが花だろう。


「……むう。あれは嘘じゃありゃせんよ。あれじゃ、言葉の綾というやつじゃよ」


 結の心の声を読んだらしく、零は拗ねるように視線を逸らし、頬を膨らませていた。


「わ、悪かったって。そういじけるなよ……」

「……本当に悪いと思おておるのか?」

「思ってるって……」


 幼女の姿のままだったら今以上に精神的ダメージを負いそうだが、少女の姿でそう落ち込まれると良心がやばい。


「むぅ、もう良い……。話を戻すが良いかの?」

「……あぁ」


 むしろ助かる。


「お前様は覚えておるのか? 昨晩、ノースタルとやらに言われた言葉を」

「!」


 昨日の夜。予想外なことに遭遇したノースタル。

 奴がどうしてここにいるのかはわからない。だけど、奴は何かをしようとしていた。


「お前様を通してワシも見ておったが、あれは探し物をしているようじゃったの」

「ああ。それには同感だ」

「何かを探していたのかは大方予想がつくのじゃが、先に言っておくが、お前様よ、今回あやつは敵ではありゃせんよ」

「……どういうことだ?」


 自分でも意外だった。

 何が意外だったのかというと、自分が今感じている感情だ。

 前の結ならノースタルの名前を聞いただけで激怒に近いそれを感じるだろう。

 しかし、今感じたのはやっぱりかという気持ちだった。

 全くと言っていいほどに怒りを覚えなかったのだ。

 ノースタルは奏を殺した張本人。仇が敵ではないだなんて、ふざけているとも取れることを言われたにもかかわらず、怒りを感じない自分に動揺した。


 そんな結に零は意味深な眼差しを向けていた。


「怒りを感じぬのも仕方あるまい」

「……どういうことだ?」

「今のお前様にはノースタルに対する怒りよりも、動揺がより強く残っておるからじゃ」

「……答えになっていないだろ。動揺しているから動揺していない理由だなんて、意味がわからない」

「……なるほどの。やはりそうじゃったか」


 結の反応を見て零はなにかに納得するように頷き、静かに目を閉じた。


「一人で納得してないで説明しろよ……」

「……そうじゃな。ならば、ノースタルの能力を一つだけ教えよう」


 ノースタルの能力。

 どうしてそれを零が知っているのかはわからない。だけど、零の反応からして零も今知ったかのような、そんな気がした。


「ノースタルの能力。それは、記憶の操作じゃな」

「記憶?」

「そうじゃ。お前様は昨晩の最後にあったことを覚えておらぬ。最初は過呼吸によって倒れたため、気絶のせいで記憶が混濁していると思っておったのじゃが、どうやらノースタルが能力によって都合の悪い部分だけを切り取ったようじゃな」

「……零は覚えているのか? その、俺が無くしたらしい記憶を」

「ニハッ。記憶とは本来無くなるものではありゃせんよ。記憶というものは小さな箱のようなものに一つ一つ入っておるのじゃ。本来であればそれを開けることでその記憶を見ることができるのじゃが、長い時間閲覧をしなかったりするとそこには自然と鍵が出来てしまうのじゃ。じゃから完全に覚えるために鍵が出来た後でも閲覧でにるようにそれにあった鍵を作る、つまり反復練習をするのじゃが。ノースタルの能力は正規のルートで作られるはずの鍵とは別の鍵によって箱を封じてしまうのじゃ。ノースタルが鍵をかけたのはお前様の箱であってワシの箱までは届きはせん。じゃが、答えはイエス。ワシはお前様が忘れたことを全て覚えておるよ」

「教えてくれないか? 昨晩俺は最後に何を見た」

「…………」


 結の質問に零は黙り込んだ。

 やや俯いてる零は考えていた。これを今結に話してもいいのかを、やがて答えが出たのか、零はゆっくりと顔を上げると、真剣な眼差しで結の目をまっすぐに見つめた。


「良かろう……。昨晩お前様が何を見たかだけは教えよう。しかし、その記憶から派生するものは教えん」

「…………わかった」


 きっと本来であれば話すべきことではないのだろう。つまり、これは零にとって妥協案なのだ。

 一瞬文句を言いそうになった結だが、零の真剣な目を見てそれをやめた。零の覚悟がその目に映っていたから。


「お前様が昨晩見たのは……、ノースタルの素顔じゃよ……」

「!」


 ノースタルを素顔。衝撃的な話に結は驚愕した。

 ノースタルの素顔を見たのであれば、確かにそれは記憶を消されるにあたいするのだろう。

 今思えば六花衆の四人もノースタルの素顔を不自然に忘れていた。

 一時捕まったといっていたし、おそらくノースタルの能力によって記憶を封じられたのだろう。

 しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。

 どうして零は派生することは教えないと言ったのだろうか。

 素顔を見たという記憶から派生するもの、つまり、


「……俺はノースタルを知っているのか……」

「…………」


 つまりそういうことだ。

 知り合いが奏を殺した張本人。それだけでもショックが強いのだが、おそらく、いや確実にそれだけじゃない。

 零ならば結の思考がここまで至ることに気付いていたはずだ。

 実際に結が呟いた時、零は辛そうに表情を歪めただけで驚いている様子はなかった。

 あの辛そうな表情からして零は真実を知った時に結が心に傷追うことを恐れているのだろう。

 つまり、優しさから教えないのだ。

 ノースタルの正体。それは……、

 もっと身近な人物。

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