7ー42 その名はーー
互いに黙り込み、どこか気まずい雰囲気が流れる中、先に口を開いたのは結だった。
「だいぶまた本題から話が逸れたっぽいけど、戻していいか?」
「にゅは? む……そ、そうじゃな。そろそろ本題に戻るとするかの」
突然声を掛けられたせいなのか零は思わず漏れてしまった自分の妙な声に頬を紅色に染めていた。
そんないつもと違い、普通の少女のような零を見て結は頬を緩ませていた。
「むぅ……。なんじゃお前様や。お前様はなかなか意地の悪いところがあるのぉ」
若干涙目で睨む姿はその幼女という外見もあり恐怖よりも愛くるしさに満ちている。
「まあまあ。零も普通の可愛い女の子だってわかって嬉しくなっただけだよ」
「か!? ……う、うぅ。と、当然じゃな。ふむ。さて、本題に戻るぞ」
話を変えたいって気がバレバレなのだが、あえて指摘する必要もないだろう。
確かに身体が拘束されているのであれば意識を外に出したところで意味はない。
それは正論なのだが、ずっと拘束されたままというのもアレである。
何かこっちから行動を起こさない限り後手に回り続けることになる。
そうなれば相手の思惑通りになってしまう。
ガーデンには楓と六花がいるはずだ。仮に奴らが計画通りに事を運んだとしてもそう簡単にはいかないはずだ。
それならば俺は少しでも多く聞き出すべきなんだ。
零は俺よりもはるかに俺を知っている。
ならわかるはずなんだ。
俺自身も知らない俺の能力の全てを。
「あれは二年前じゃったかの」
「俺が初めてここに来た時のことか?」
「そうじゃ。お前様の心が暴走し、隙間が出来たせいでこちらとむこう、本来であれば能力無しでは繋がらぬ世界が繋がってしまい、その中心におったお前様はこちらに来てしまった時のことじゃ」
「……そうだな」
はい。ぶっちゃけ何言ってるか半分くらいわかりません。
「……お前様や。理解しておるであろう? お前様の心の声はワシにだだ漏れじゃよ」
そう言って少し楽しげにしながらもジト目を向ける零に結は視線を逸らしつつ頬をかいた。
「……まあ良い。……ふむ、やっと本題じゃな」
「……前振りが長過ぎじゃないか?」
「……仕方あるまい。大人の事情というやつじゃ」
「……いや、誰のだよ」
「そんなことはどうでもよかろう?」
「……まぁ、そうだが……」
適当にあしらわれたような気もするが、今はさほど問題じゃないからまあ良し。
「それで? 本題は?」
「おお。そうじゃったな。どうもお前様との会話は弾むのじゃよ」
「俺以外に会話の相手いるのか?」
「む……。なんじゃ。それではまるでワシがぼっちのようではありゃせんか。まったく失礼じゃな」
「えっ……違うのか?」
驚愕の真実ってやつだな。
「くっ……ま、まあ良い。どこかの誰か様のせいでまた話が逸れてしまったではないか……」
「……はいはい。わかったよ。俺は静かにしてるよ」
幼女バージョンの零に涙目で睨まれてもまったくと言っていいほどに怖くないのだが、そもそも可愛らしい幼女をわざとではないにしろ泣かせるのは俺の真意ではない。
そう思った結は手を上げてやれやれと首を振った後、口の前にバッテンにした指を重ねた。
「……まあ良しとしようかの」
零は相変わらずのジト目を向けた後はぁーっと深い深いどこまでも深い、そう、例えるのであればポピュラーだが海よりもという表現を使おうか、まさに海よりも深いため息をついていた。
「大袈裟じゃなぁ」
そう言って零は再びため息をついた。あぁ、今回は普通のため息だ。
今度は零がさっき結がしたように手を上げてやれやれと首を横に振っていた。
「でじゃ」
無理まり話を続けたな……おっと、わかった。そう睨むな。俺は黙るよ。
「……はて、お前様はこんなキャラだったかの?」
まあ気にするな。
「まあ良い。でじゃ、あの時に教えた真実については覚えているかの?」
「……ああ。
幻操師の罪について。そして、法具について……」
「そうじゃ。あの時、ワシはお前様にワシの知る全てを教えると言ったのぉ、すまぬあれは嘘じゃ。いや、正確には嘘というよりも誤りじゃな」
「……お前のことだ。どうせあの時知るべきでなかったことは言わなかったんだろ?」
「理解が早くて助かるの。お前様に納得してもらうのが一番厄介じゃとにらんでおったのじゃがな」
「……あれから二年前もあったんだ」
「……ほう。じゃが、お前様は忘れておったであろう?」
「……ああ」
そうだ。俺はずっと忘れていた。
あの日。【H•G】でノースタルと再会するまで、過去の記憶の大半を失っていた。
……いや、違う。
「そうじゃ。お前は記憶を操作されておったのじゃ。あの、ノースタルとかいう小娘にの」
「……小娘?」
「そうじゃ。あの小娘じゃ」
零はノースタルの正体を知っているのか?
いや、この口振り確実に知ってるのだろう。でも、零は話してはくれない。それはつまり今は知るべきではないということだ。
零は結の思考を読み、無言のまま頷いた。
「察しておる通り、ワシはノースタルと名乗る者の正体を知っておる。じゃが、その正体についてワシからはなにも言えぬ。すまぬの」
「……いや。零がそう判断するならきっとそれが正しい。いつもありがとな……」
「……気付いておったのか?」
「……ああ」
どうして今の零が怖くないのか。そしてどうして今の零を簡単に信用出来るのか。
そんなの一番大きな理由は別にあったんだ。
「この二年間。俺に力をわけてくれてたんだろ?」
「…………」
「無言は何よりの肯定だぞ?」
「…………」
それでも零は無言を突き通した。
どうして零の姿が前の少女から幼女となってしまったのか。
単純だ。それだけ力を使ってしまったのだ。六花衆の衰弱とはまた違うが、これは一種の衰弱なのだろう。
そもそも俺の精神世界らしいこの世界にいるのだ。体の作りが根本的に違くてもなんら不思議じゃない。
これはある意味、退化なのかもしれないな。
「はぁー。わかったよ。話の続きをお願いしていいか?」
「ふん……。何度も話の腰を折りおってからに。ワシはプンスカじゃ」
「ごめんごめん」
わざとらしく口を膨らませて、あからさまに今不機嫌ですと言っているような零に結に謝った。
「もう良い。今回はお前様に新たな真実を教えに来たのじゃ」
「新たな真実?」
「そうじゃ。まずはお前様も薄々気付いておるかもしれんが新たな『ジャンクション』についてじゃ」
……やっぱりか。
「お前様がここに来る前に発動した『ジャンクション』。あれは『フルジャンクション』ではないのじゃ」
「……新しいジャンクションか……」
「そういうことじゃな。解除後に倒れる程の幻力を消費したのもそのせいじゃな」
結の力が突然衰えたわけではない。使った力が前よりも巨大だったのだ。
結自身の幻力量はほぼ変わっていないと言っていい。にもかかわらず元々ギリギリだったにもかかわらず、それ以上の力を使ったのだ。体にリバウンドが来るのは至極当然のことだった。
結は自身の力が消えたわけではないことがわかり、うっすらと安堵の表情を浮かべていた。
「だが『フル』とは何が違うんだ?」
「ふむ。お前様は『フル』つまり、『フルジャンクション』をどういう術じゃと思っておるのじゃ? なんとなくてよいぞ」
零の質問に暫しややうつむき、手を顎に当てて考えた始めた結は考えをまとめた後小さく頷き顔を上げた。
「んー。そうだな。通常の『ジャンクション』が技術や才能だけを自分に接続するのに対して、『フル』はその姿までも接続する。つまり、身体的能力までも接続する。それと同時に通常よりも多くの力を己に接続出来る。……そんなところか?」
結の答えを腕を組みつつ目を瞑りながら聞いていた零は聞き終えると目を開け、嬉しそうに頷いた。
「……ふむ。説明書もなしによくそこまで理解したものじゃな」
「……まあ。いろいろあったからな」
ジャンクションは結自身が作り出したものだ。しかし、作りたいものがそのままつくれるほど幻操術とは甘くない。
本来ならば願ったものに近いだけで、別の力が生まれる。
どこまで近い能力が出来るかは願った者の力量次第だ。
能力が生まれることさえ稀なのだが、能力が生まれるとその瞬間、術師にはその情報が頭の中に流れる。
所謂これが術の説明書なのだ。
しかし結はこれを得ることが出来なかった。そのため半年を掛けてさまざま検証したのだ。
「お前様の答えはおおよそ正解じゃな。しかし、一つ決定的に違う部分があるの」
「どこだ?」
「それはのぉ……」
零は意地の悪そうな笑みを浮かばると、一旦言葉をためた。
「身体的能力を接続する。これは違うの」
「……ならなんだよ……」
「ニハハ。そう慌てるでない。正確に言うのであれば、己の肉体を一旦分解し、その後に新たな肉体として再構築するのじゃよ」
「……は?」
ぶ、分解? さ、再構築?
ずいぶんとやばそうな言葉が聞こえるような気がするんだが?
「まさにその通りじゃよ。お前様は『フルジャンクション』を発動する度にその肉体を粒子レベルまで分解しておるのじゃよ」
……え?
つまりあれか? 『フル』は変装とか、外骨格とか、特殊メイクとか、そんなものじゃなくて、俺の体そのものをあの姿に作り変えていたってことか?
「イエスじゃ」
唐突に零から知らされた事実に結は唖然とした。
それはそうだ。自分が何度もバラバラどころでは済まないことになっていると知って驚かない奴はいない。
「……それなら。もしかして、俺は……」
すでに何度もシ……。
「安心するのじゃお前様よ。お前様はお前様であって、お前様以外の何かではありゃせんよ。
発動の度に一旦死んでから記憶だけを受け継いだお前様が新たに生まれる。『フル』はそんな恐ろしい術ではありゃせん」
「……そうか。……よかった」
気付かない内に何度も死と生を繰り返していたなんて思いたくないからな。
「……それじゃあ。新しいのはどんななんだ?」
「ふむ。それに答えるにはその前に聞き返さなくてはならぬことがあるのぉ」
「……なんだ?」
なにやら真剣な雰囲気になった零に呑まれ。結も真剣モードになっていた。
「先ほどの『ジャンクション』発動中。どのような感覚だったかの?」
「感覚?」
「そうじゃ。こうは思わなかったかの。まるで、自分の体ではないかのような」
「!」
結にはそれに思い当たる節があった。自分で体を動かしているにもかかわらず、まるで、主観でゲームをやっていたかのようだった。
「確かにお前様が体を動かしていたのじゃろう。じゃが、それは体の動作一つ一つに至るまで全てかの?」
「……いや。違う。俺が意識したのは、攻撃、防御、回避。雑に分けてこの三つだけだ」
「あとは自動。そうじゃな?」
「……そうだ」
相手の攻撃に合わせ防御を意識すれば体が勝手に最適な防御を行う。
回避を意識すればこれも勝手に最適な回避行動に移る。
攻撃を意識すればこれもまた勝手に最適な攻撃を行う。
まるで主観のゲームをやっているかのような。本当にそんな感覚だった。
「やはりの。……さて、その『ジャンクション』の名を教えてやろうかの」
「…………」
「その『ジャンクション』は第五ジャンクション。
『サモンジャンクション』」




