2ー14 予想外の来客
アリスの純粋な眼差しから「もうすぐ一時間目が始まります」と言って逃げ出した結はアリスをどうするか悩んでいた。
なぜなら一時間目、二時間目、三時間目と今までならばいちいち嫌味を言っていた場面で「本気を出してくださいお姉様っ!!」「はっなるほど能ある鷹は爪を隠すっですわねっ!!」「流石ですわお姉様ーっ!!」「お美しいですわー」などとまるでアイドルの追っかけのように変貌していた。
言われている内容は一応は褒め言葉なのだが実際は能ある鷹は爪を隠すとかではなく純粋に実力がないだけなのだがジャンクションのことを説明していないためそれも仕方が無いと心の中で溜め息をついていた。
そして四時間目にそれは起こった。
今日の四時間目は体育、つまり模擬戦であり一同は前にも使った第二訓練室に集まっていると皆の目の前でアリスは結に向かって叫んだ。
「お姉様っ!!どうか私に稽古を付けて下さいっ!!」
「はぁー、わかり……」
結としてはジャンクションの反動による痛みもすでに完全に治っていたため相手をして上げても良かったのだか明日は双花の守護者達との模擬戦が待っているため断ろうとするがアリスの両目がよくアニメやマンガでみるハートマークになっていたため溜め息をつきつつ渋々承諾しようとするとその時入り口から声が聞こえた。
「その話、待ったっ!!」
「っ!?」
大声と同時に声のした入り口に視線を移す一同の目に写ったのはなんと。
「か、火燐様っ!?」
珍しく慌てているアリスの視線の先にいるのはR•G守護者の内一人、真紅の美しい髪を持つ美少女、佐藤火燐だった。
「アリス、悪いなそのおと……じゃないその女は私が貰う」
「へっ?」
火燐の貰う宣言に思わず変な声を出してしまった結は仕方が無いと思うし他の皆もまたポカーンとした表情で固まっていた。
「か、火燐様?ま、まさか女性がお好みなのでしょうか?」
「なっ!?」
アリスが動揺を隠せぬまま火燐に尋ねるとクラスメイト達から「そんな、火燐様はみんなのお姉様だと思っていらしたのに……」「火燐様と音無さん……悪くないかもしれませんわ」「音無様……お姉様……」という声が聞こえていた。
(いやいやいやいや、みんな俺が女だと思っているんだろ?一人目はまだしも二人目はおかしいっ!!それと誰だ三人目っ!!お姉様と呼ぶなっ!!)
内心慌てまくりでいる結に対してその相手として扱われている火燐は何処か姫を守る騎士の様な凛とした姿から一変して顔を赤くしながら口をパクパクと閉じたり開いたりしており動揺しているのが丸わかりだった。
「そ、そういう意味ではないっ!!対戦相手として貰いたいという意味だっ!!」
火燐は顔を真っ赤にしながらもそう叫ぶとクラスメイト達は「あれはきっと照れ隠しですねっ!!」「ツンデレ!?ツンデレなのですかっ!?」「ツンデレの火燐様……良い」と言っており興奮した女の子では誤解を解くことも難しいだろう。
(というより火燐ってば完全に守護者の貫禄ないな)
皆にからかわれている火燐の姿を見てそう思う結だったがふと視線を横にずらすと下を向いて両手を強く握り締めてプルプルとしているアリスの姿が映った。
「……め……ですわ」
「ん?どうしたのだアリス?」
そんなアリスに気が付いた火燐が声をかけるとアリスはばっと頭を上げると頬を赤く染めながら叫んだ。
「だめですわっ!!音無様とやるのは私ですわっ!!」
「……ほう」
アリスの叫びを聞いてクラスメイト達が「まさか、アリス様まで」「修羅場ですねっ!!」「や、やるだなんて……はしたない」「女の子同士だなんて……ぽっ……」とこそこそと話していた。
(やっぱりこのクラスおかしい。一人目と二人目は問題ない、問題なのは三人目と四人目っ!!まず三人目はなにを勘違いしているっ!!四人目に至ってはおまえの頭は腐っているのか!?あれかっ姫女子って奴かっ!!)
「そうか、アリスもまた結……花とそんなにやりたかったのか。しかしだな私は今朝直接約束をしたのだ、つまり私が優先するべきではないのか?」
「なっ!?」
火燐が誤解を招く言い方をした瞬間、訓練室全体から「きゃーーーーーー!!」っと言う叫び声がこだましていた。
「くっ!!で、ですが今は我々生徒の授業ですわっつまり優先権は生徒である私にあると思いますわっ!!」
(な、なんなんだこのよくわからない応酬はっ!!)
二人の言葉の応酬に内心混乱している結を置いて二人の言葉の戦いは続く。
「そうきたか……ならばいっそここでばらしてしまうか」
「ちょっとっ待ってくださいっ!?」
(ばらすってこの場合俺が男だってことだよなっ!?それだけは止めなければっ!!)
火燐の言葉に割と本気の危機を感じる結は火燐の暴露を止めるために二人の間に割って入っていった。
ちなみに割って入った瞬間「音無さんが直接選びに行ったっ!!」「お姉様ー!!」「むしろここは二人とも抱きしめて三人で……ぽっ……」という声が聞こえてきたが結はもうツッコミしきれないとスルーすることにしていたのは余談である。
「アリス……」
「お姉様……」
「むっ……」
結がアリスに声をかけた瞬間にアリスはどこか幸せそうな顔になりそれに対して火燐は不服そうな表情になっていた。
外野からは「アリス様が負けた……」「音無様と火燐様……ぽっ……」「お姉様ぁー」と言う声が聞こえていた。
「アリス、あなたとは昨日戦いました。私はもっと強くなりたい。そのためには出来るだけ多くの強者と戦わなければならないのです。……わかってくれますか?」
「お姉様……」
結はそう言ってアリスを説得すると戦うために火燐に前に出るように言った。もちろんのこと外野からは「上げて落とす……なんて残酷なことを……」「鬼畜なお姉様も……良い……」「お姉様お姉様お姉様」という声が聞こえていた。
(……もうコメントなんて絶対しないからな特に三人目が怖いだなんて絶対に言わないからなっ!!)
自分が選ばれて嬉しそうにしている火燐と距離にして十メートル離れて向かい合った結は溜め息をつくと両手をただ合わせるのではなく人型戦でやったように左拳の甲に右手の掌を乗せて親指をつなげると最も得意とする術を発動した。
(多分ノーマルのサキじゃ勝てない、他のを使うと怪しまれるかもだしフルでやるしかないか)
『フルジャンクション=サキ』
「ほう、空気が変わったな」
火燐はジャンクションして威圧感の増した結の警戒レベルを引き上げると腰に刺した邪魔にならない程度に綺麗な装飾の施された実用的な剣を右手一本で抜刀するとその刀身を左手でサッと撫でるとそこから火燐の髪と同じ色の真紅の火が溢れ出していた。
『火斬剣』
「すげえな、ここまで熱気を感じる」
「っ!?……なるほど口調まで変わるか……まるで昔双花に聞いた共に戦った友人のようだな」
丁寧な口調から一変して荒々しい口調になった結に対して火燐は驚いた風に目を見開くとすぐに笑顔になり結に対して告げた。
「へぇ、まあいい。詳細は知らねえんだろ?」
「そうだな、他者の術を勝手に調べるのは好きでは無くてな」
「そうかい、なら安心したぜ」
互いに話終えると前同様結は自然体のまま脱力を始めていた。
それに対して火燐は燃え盛る剣を両手で握り締めると剣道でよく見られる中段の構えをとっていた。
「いくぜっ!!」
結は糸を纏ったことによって強化された膂力を使い一瞬で距離を詰めるとその勢いを殺さぬように体制を回転させるとそのまま全力で右足で蹴り込んだ。
「なかなかいい蹴りだ。だがこの程度ではまだまだ足りぬっ!!」
火燐は剣で蹴りを防ぐが糸を纏っていたため鋼と同等の硬度を持っている足は切り裂かれることも燃えてしまうこともなく剣と足による鍔迫り合いを始めていた。
「おらっ!!」
結は右足で蹴り込んだまま剣の上で転がるように右足を軸に回転すると両手を地面につけて左足を火燐の顔面に向かって振るった。
「なかなか柔軟な戦い方をするのだな」
火燐は左手を剣から離し左手で結の蹴りを防ぐと同時に時計回りに回転して結を逸らすように両腕を振るうと両足を持って行かれ隙を作ってしまった結に向かって回転によって発生した遠心力を利用し回転のうちに両手で握り直した剣を振るった。
「ちっ!!」
結は糸を編み簡易的な盾にすることによってダメージを最小限に抑えると切られた衝撃を使って距離を取ると盾を糸に戻し纏うと両目を瞑り左手で顔を覆った。
「ほう、それが全力を出すための儀式という訳か」
「いくぜっ!!」
叫び声と同時に顔を覆う手をどかし閉じていた目を開くとその瞳は翠色に変わっており同時に髪も緑がかった黒髪へと変化していた。
ルナの時のように髪が伸びるような劇的な変化があったわけではなかったがそれはあまりにも違う変化だった。
結はさらに強化された膂力を使い一瞬で火燐の背後に移動すると右手で抜き手をつくり背後よりその心臓を貫かんとするが火燐は背中に剣を回し受け止めると体を回しながら結の腕を払い左手による裏拳をするがその拳に威力が乗り切る前に結は空いている左手でその腕を掴み受け止めるとその衝撃を利用してそのまま火燐を投げ飛ばした。
「くっ!!」
投げ飛ばされて体制を崩されている火燐に向かって全力で飛び拳に幻力を集めると全身のバネを使って渾身の右ストレートを繰り出した。
『衝月』
「ちっ!!」
火燐は空中でどうにか己と拳の間に剣を滑り込ませて致命傷を避けると空中で綺麗な宙返りを見せ体制を整えながら地面に着地するとその瞬間に剣を地面に突き立てた状態で火を吹き出すことにより高速移動術『火速』を発動すると剣を切っ先を結に向けたまま突撃した。
結の心臓に突き立てようとしている火燐の剣を甲に糸を使った装甲を作った左手でサイドから叩き渾身の突きを逸らしながら体を回し右足を振りかぶると火燐は左手でそれを防ぎ再び剣を拳による鍔迫り合いになっていた。
「す、凄い」
守護者である火燐と同等に戦っている結を見て思わず声を漏らしてしまう桜だったがその目には強い憧れが写っていた。
「お姉様、私の時は全力ではなかったのですわね」
自分と戦っていた時よりも数段と高い実力を見せている結を見て悔しそうにしているアリスに偶然そばに立っていた桜はトコトコと近寄っていった。
「あなたも全力ではなかったのでしょ?」
「ゆっちはそれがわかっていたからあなた同様に力を抑えてたのよ」
「……雨宮さん……」
桜はそうやってアリスを励ますと優しげにアリスの頭を撫で始めていた。
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