7ー41 ……幼女、だと?
「お前様や。今の状況は大方理解したであろう?」
「……ああ」
ここは結の精神世界。
心は自由だとしても現実での身体は今失われた光達によって拘束されていることを知り、ずっと外へ出ることだけを考えていた結の頭に、冷静さを取り戻させていた。
「……それで? なんのようなんだ?」
「むむ? それはどういう意味じゃ?」
「今更惚けるなよ。俺は自分の意思でここに来ることは出来ない。つまり、お前がわざわざ俺の意思をここに呼んだってことだろ? それなら当然何か要件があったはずだ。外に出ても意味ないことがわかったしな。とりあえず聞こうと思ってな」
結が自分の考えを話すと零は嬉しそうに頬を緩めた。
「ほほー。鈍感と名高いお前様でもそういったことはちゃんと読めるのじゃな」
「……鈍感?」
「ニハッ。気にするでない。ワシにとっては遠い昔のことじゃ」
「?」
正直言って零の言っていることは訳がわからない結だったが、なにやら零が楽しそうにしているのを見て安心していた。
零は結よりも強い。
どれぐらい強いかというと、ただの人間と巨人。それ以上の力の差。
単細胞生物と賢者以上の知能の差。
子供と大人以上の経験の差。
戦いの要因として挙がるものの全てが結よりも勝っている。
今の零は機嫌が良いのか全く敵意を感じない。
しかし、今はよくともその内牙を剥くと公言している以上安心は出来ない。
零が楽しそうにしている。つまり機嫌を良くしている間は少なくとも牙を剥くことはないだろうと思っていた。
(……それに、こいつはどこか似ているんだよな……。なんていうのかな、雰囲気が……)
「さて。そろそろ場も温まってきた頃だしのぉ。本題に入るとするかの」
「やっとか……」
「ククク。まるで待ちきれない子供のようじゃな」
「……うるさい。それで? 本題とやらはなんだ?」
「ニハハ。立ったままでもあれであろう?」
零がパシンと指を鳴らすと、地面を覆っている雪の一部が盛り上がっていき、それはやがてイスとテーブルとなった。
零に視線で座るように促され、確かにずっと立ったままというのも足腰に負担が掛かってしまうため、素直に礼を言った後に座った。
「……冷たくないんだな……」
「ニハハ。当然じゃ。ここは精神世界なのじゃ。この世界においてお前様は神と同義。この世界の創造主。……いや、改変主と言うべきであろうな」
零の言っていることは相変わらず良くわからないが、とりあえずわかることがあるとすればなんでも思いのままというのとだろうか。
「それは違うぞお前様や?」
……さっきからストレートに人の心を読んでくるな、お前。
「まあまあ。良いではないか良いではないか」
お止めになって下さいお代官様ーっとでも言って欲しいのか?
「そういうわけじゃたりゃせんよ。それと、確かにワシはお前様の思考を読むことが出来るのじゃが、少々面倒なのでな、言葉に出してはくれんかの?」
……楽なんだけど。
「まあまあ。そう言わず声に発して欲しいものじゃな。でなければせっかくのお前様の美声がもったいないからの」
思ってもいないことが良くそんならスラスラ出てくるな。
「ククク。可愛らしい小娘を誑かすために必要な技術なのじゃよ」
……これ以上は触れないでおこう。
「ククク。賢明な判断じゃお前様よ」
……おい。結局さっきから本題に入ってない気がするんだが?
「それはお前様のせいであろう? ワシに非はないの」
そう言って零は拗ねるように口を膨らませた。
俺はロリコンではないのだが零のような可愛らしい幼女が頬を膨らませて拗ねている姿は正直言ってこう、胸にグッときた。
……ん? 幼女?
「零。一ついいか?」
「おお? やっと声に出したかと思おたら、しょっぱなから質問かの? まるでお前様は何も知らぬ子供のようじゃなぁー」
「零。あからさまに話を逸らそうとするのはやめろ。お前は俺の心が読めるんだろ? それなら質問内容も既にわかっているはずだ。なんせ俺はさっき心の中で疑問を言葉にしたからな」
「む……。今日のお前様はやけにグイグイくるのぉー。前はもっとおとなしかったのじゃが……」
「二年前の話か? 当然だ。あの時の俺は零に恐怖しか感じていなかったからな。そうだな。あれこそ蛇に睨まれた蛙だな」
「……むう。ワシのような幼女に恐怖を覚えていたなんて、お前様は弱虫じゃったかの?」
「そうだ。まさに今疑問に思っていることはそこだ。
前と今回で違うところが三つある。
一つ目は今回が二回目だということ。
二つ目は前回のおかげで零が俺に少なくとも今は敵意がないということ。
そしてなによりもこの三つ目が重要だ」
緊張感が多分に含まれている俺の言葉にあのいつもーーとは言ってもまだ二度目なのだがーー冷静沈着で何か悟ったような雰囲気のある零の表情に緊張の色を与えていた。
緊張のあまり、俺と零の二人は同時に生つばを飲んだ。
「どうして今の零は幼女の姿なんだ?」
「…………」
そうだ。
二年前と今回の最も大きな違い。それは単純に今目の前にいる零からは恐怖の欠片も感じない。
おそらくだが戦うとなれば俺に勝ち目は万が一、億が一、いやむしろ兆が一にもないだろう。
しかし、それは何故か。
今の零が幼女の姿だからだ。
小学生に入ったばかりかそこらぐらいの容姿になっている零だが、前に会った時は確かに同年代の少女の姿をしていたはずだ。
あの時は同年代に奏という超を何個付けても足りないくらいの規格外がいたため少女の姿でも力を感じ取った瞬間に弱者が強者に感じる本能的な恐怖があった。
しかし、流石に今の幼女の姿では力は感じても恐怖を感じない。
見た目だけでこうも違うのかと俺の心に激震が走った。
「ふむ。ワシは想定していたよりも幾分記憶力が良いらしいの」
「零。それは俺をバカにしているのか? バカにしているんだな? そうだな?」
「お前様や。先ほど俺はロリコンではないとかなんとか言っていたようだが、それは却下させてもらうからの」
「なぜだ!」
「……お前様や。その手の動きは最早犯罪じゃと思うぞ?」
「……ハッ!」
い、いつの間に!?
気がつけば俺の手は五本の指がそれぞれなよなよと動いており、その状態のまま幼女の姿をしている零に迫る姿は第三者が見れば確実に刑務所送りになってしまうだろう。
「……って違うだろ! 話の軸をさりげなくズラすな!」
「……ちっ」
「今舌打ちしただろ!?」
「……なんのことじゃ? ワシにはよくわからんのぉ」
「誤魔化せると思ってるのか!? はっきり舌打ちが聞こえてるからな!?」
「…………ちっ。細かいのぉ」
「……零。基本的におとなしい俺でも怒るぞ?」
……どうしてだろうか。
何故だかわからないが今の零相手ならどこまでも強気でいられる気がする。
まぁ、はたから見れば幼女を恐怖で支配しようとしている犯罪者のようなのだが、ここは俺の精神世界。他には誰もいないはずだ。
「……そうだ。忘れてた」
「…………むぅ」
「零。どうして君は俺の精神世界にいるんだ?」
「…………」
俺の質問に零は沈黙を貫いた。
何十分経っただろうか。
いや、実際にはまだカップラーメン一杯出来るか出来ないかそれぐらいの時間だろう。だけど、俺にはこの沈黙がすこく長く感じられた。
零が口を開く様子はない。
さっきからずっと俯いたままだんまりを決め込んでいる。
仕方ないか……。
「……わかった。もういーー」
「今は言えぬ。じゃが、時が来れば必ず話す。信じてくれ」
「……零」
もういいよっと。
そんなに言いづらいことならもう聞かない。そう言おうとした瞬間、きっと零はそんな俺の心を読んだのだろう。
だから俺の言葉にかぶせるようにして自分の覚悟を話した。
俺は零と違って零の心を読むことは出来ない。
だから、零が言いたくないことを俺が聞くことは出来ない。
……零は優しいな。
「……ワシは優しくなんかない。ワシは卑怯なだけじゃ」
「……零がそう決めたならもう聞かない。だが、それはきっと俺にとっても大事なことなんだよな?」
「…………」
零は無言のまま頷いた。
「……なら待つよ。零は俺よりも俺のことに詳しい。零が話したい時、いや、俺がそれを知っても問題ないと零が判断した時に話してくれ」
「! ……お前様」
そんな気がした。でも、それは零の反応を見れば明らかだった。
零は感動したかのように、ほっと安心したかのように、瞳から涙を滲ませていた。
「……ありがとう。お前様」




