7ー36 トラップ
(最後にチラッと見られた気がするが、まあいいか)
複合加速術を用いて見張りのいる門の前を堂々と抜けた結は、加速が終わり、減速した瞬間にこれから交代なのかひょっこりと現れていた三人目の警備員に見られていることに気付いたが、その警備員から見れば結が突然そこに現れたようにも見えるため驚いた表情で固まっていた。
(さて、夢が本当か、確かめてみるか)
それは今朝のことだった。
結は夢を見ていた。
夢はいつも見ている。だけど、それは起きれば儚く散ってしまう。ずっとそうだった。
だけど少し前からその記憶は固くなっている。記憶の鎖は強く結に接続されており起きた後も覚えている。
(確か、この辺りだったな)
夢で見たのはとある景色。
その景色とは一見ごく普通の森の中だった。変わったことがあるとすればそこに一軒の小屋があるということだ。しかし、それだけで場所を特定することは不可能だ。
しかし、夢で見たのは断片的な景色だけではない。【F•G・南方幻城院】からそこまで至る道のり全ての景色を見ていた。
そのため、結は容易に夢で見た小屋の前にたどり着いていた。
(本当にあったな……。正夢か? ……いや、予知夢か)
心から溢れる力を式を通し具現化して戦う戦士。それが幻操師だ。
その特異な能力から幻操師の中には予知夢を見る者がいる。
結が知る中で特に強い予知夢を見ることが出来たのは何を隠そう奏だった。
第六感と無意識領域内の記憶を併用することによりまるで未来を見るかの如く高い推理力を得る技『考理予知』。
これは本来、奏が使っていた技の劣化版だ。
漫画や小説で出てくるような名探偵たちと同等、またはそれ以上の推理力を元々持っており、戦闘中常に相手の動きを先読みし続けることを可能にしていた奏だったが、その推理予知は推理の枠を軽く超えてしまう程のものだった。
具体的には奏にとっては一年後のことだろうと全て推理によって知っているのだ。
聞いた話では昔はその推理力のせいで未来を過去の如く知っており、遥か先までわかってしまうため世の中がつまらなくなり、その影響で口数が少なくなってしまったらしい。
推理の枠に当てはまらない奏の推理力だったが、これは本来の意味で推理の枠に当てはまらない。
確かに奏の推理力ならば一年後だろうと高い精度で推理することは出来る。
しかし、そこには限界がある。
知らないことは推理出来ない。これは当然のことだ。
まだあったことのない人が大勢いる中未来を推理によって知ることなんて不可能だ。
奏がそれを可能としていた理由。それこそが予知夢だった。
予知夢というよりも予知と言った方がいいかもしれない。夢、つまり寝ている時に限らず、奏は頻繁に未来を予知することが出来た。
予知能力のおかげで奏の未来を推理する能力はほぼ完璧のものだった。そう、ほぼ……。
(さて、小屋は見つけたが、この後どうするべきだ?)
予知夢とは大抵なにか重要なことを見せるのだ。太陽の角度からおおよその時間を知っており、そのため外出申請をすることもできなかったのだが、そんな重罪を犯そうがそれよりも重要な何かがここにあると確信していた。
(……とりあえず、中に入るか)
中から人の、生き物の気配はしない。『始まりのトンファー』を具現化した後、ドアを蹴り破り、中に入った結はすぐにでも弾月を撃てるように刑事が拳銃でやるかのようにトンファーを前方に突き出しながら中を捜索した。
(……やっぱり誰もいないな。……だが最近、使われた形跡があるな。アタリだな)
使っていなければ埃がたまりそうなテーブルを指をなぞってもチリ一つ付かない。
(昨日……いや、もしかすると数時間前まで誰かいたのかもしれないな。……ここで待ってみるか)
ここで何かをやっていた連中はまだ特に大きなことはしていない。それならばここはまだ使われるかもしれない。連中がここに戻ってくるかもしれないため結は気配を殺し、小屋の中に潜むことにしていた。
それと同時に何か計画か何か手掛かりがないのか中を調べ始めていた。
埃も無く生活感はあるのだが、しかしどこか物置きのような内部にため息を漏らしつつも、結は至ることろを手当たり次第調べていった。
(……やっぱり資料関係となると引き出しか?)
結はふとさっき触ったテーブル、というか机にあった引き出しを見た。普通引き出しなんてものは最初に調べそうなものなのだが、厄介なことに鍵が付いてあったのだ。
ピッキングの技術なんてないため先送りにしていたのだが、やっぱり一番怪しい。
(鍵してるぐらいだし、何か重要なものがあるだろうな。……でも鍵……あっ……)
結はいじけるようにため息をつくと、一旦『始まりのトンファー』を消した。
そしてすぐに合掌した。
(鍵があるなら斬っちまえばいいじゃないか)
至極単純な解答。
しかし、それにはあからさまな破壊の意思があることに、結は気付いていなかった。それが何を示すかも知らずに。
重々しい音を立てて鍵は落ちた。
南京錠というシンプルな鍵だったため出来る芸当だったが、もしこれが他の鍵だったらこうも簡単には開かなかったぢろう。
この引き出しを守る錠前という名の守護者もいなくなったことだし、結は引き出しを引いた。
そこに入っていたのは何かの資料のようだった。
(……これは! やっぱり犯人は新真理。そして失われた光だったか)
そこに書いてあったのは今回仕組まれた計画に参加している者たちの名前、そして、その全貌だった。
(今なら間に合う! 早くみんなに知らせないと!)
その計画内容とは一部を見ただけでやばいものだと即座に理解出来るようなものだった。
急いで資料の束を取り出し、みんなのいる会場まで戻ろうとしていると焦りのせいか資料の一部を落としてしまった。
些細なミスだが明らかなタイムロスに結は不機嫌そうに表情を歪めた。
腰を落とし、床にばら撒いた資料を回収していく中、ふと一つの資料が目に入った。
(……嘘、だろ? お前が……うらーーー)
そこに書かれていたのはとある人物の名前だった。
それは結の知る人物だった。知人がこの計画に参加していることを知って思わず唖然としていると、それはすぐに真剣な表情へと変わった。
(……ちっ。トラップか)
この小屋を中心にして半径三○メートル程の円と半径一○メートル程の円の円周の間。四方八方全方位。忽然と気配が現れた。
(トリガーは……あれか)
結は視線を横にズラし、開けたままになっている引き出しを見つめた。しゃがんでおり、目線が引き出しよりも下になったため結はそれを目撃した。
引き出しの裏にとある幻操陣が描かれていた。
(あの形……撒き餌の陣か。……それなら突然現れたのはイーター共か)
撒き餌の陣とはその名前通り、発動すると同時にイーター共を呼び寄せる術だ。
呼ばれるイーターは基本的には下位か小型、強くて中型が関の山なのだがいかんせんその数があまりにも多い。
(……だが、あの陣の大きさならもっと集まってもいいと思うんだが……まぁ、運が良かったと思うか)
結はため息をつくと資料を手首につけている法具にピトッとくっつけた。すると資料は純白の光となって拡散した。
(資料は記憶したし、後はここからの脱出だな)
大群との戦いにはあまり良い思い出がないのだが、戦わなければ逃げ出すどころか生き残ることすら出来ない。
憂鬱そうに深々とため息を漏らすと結は再び合掌をした。
『フルジャンクション=ルナ』
黒髪からロングの水色へと変わり、瞳の色も黒から水色に変わると純白の双剣を具現化しルナとなった結は窓を切り裂くとそこから小屋の外に出ると、流れるような動きで屋根へと登った。
「わーお。いっぱいいるねー!」
屋根から周りを見回すとそれはある意味絶景だった。
三六○度どちらを向いても蠢くイーターの群れ。数えるのが嫌になるくらいの数、大雑把に数えれば約一○○○程度だろうか。
前に大群と出会った時の数と比べれば一○分の一以下なのだが、あの時と違い今の結は事実上一人だ。
普通ならその数の暴力に恐れ、竦んでしまうだろう。
しかし、
「あー。楽しみ。さっ。殺ろ?」
まるで語尾に音符が付きそうなぐらい結は、いや、ルナは楽しそうにしていた。




