7ー34 扉の消失
「それ、どういうこと?」
第三競技【リターンフェアリー】の第一試合が始まろうとしている中、会議室には生十会メンバーが集まっていた。
議長席で眉をひそめる会長の正面には、何やら焦った表情を浮かべる六花の姿があった。
突然副会長権限により会議室に強制招集させられ、困惑していた九名は六花の言葉を聞いて会長と六花を含め、その全員が不安気な感情を滲み出させていた。
「はい。生十会役員。音無結が姿を消しました」
結の消失。
それがこの強制招集の理由だった。
「どうして結がいなくなったと言い切れるのかしら?」
「そ、そうですぅー。珍しいことですが、結さんも人間ですぅー、遅刻の一つや二つしちゃうかもしれないですぅー」
「同感だな。俺もただの遅刻だと思うぞ? まぁ、確かに結のやつにしては珍しいが」
「いいえ。これは紛れもない事実です。娯楽室、休憩室、待機室、訓練室、寝室、全てを確認しましたが、結の姿は発見できませんでした」
「入れ違いになったという可能性はないんですか?」
「私もそう思い、念のため警備科に行ったところ、数時間前に結がこの【F•G・南方幻城院】から出て行く姿が目撃されていました」
結の消失したということが事実だという確固たる理由を提示されたことにより、どんよりとした雰囲気が流れていた。
「……認めない」
「……楓?」
「あたしは認めないぞ」
「……楓……」
俯いていて、ずっと静かにしていた楓が顔をあげると、その表情には怒りが溢れていた。
いつも眠たそうにしていて、面倒事は避ける。いつでものんびりとしている楓がこれだけの怒りを表していることに、会長たちは息を飲んでいた。
「……楓。信じたくないのはわかるのわ。でも、目撃情報があったのであればそれは事実よ」
「その目撃情報が本当ならな」
楓はギロリと六花を睨みつける。
同時に会長も楓へ向ける視線を鋭くした。
「それは、六花の言葉を疑っているってことかしら?」
「……違う。その警備員とやらの方だ。こっちには監視カメラなんてないだろ? 結の姿を知らないのにそうだと言い切れる確証がないはずだ」
「……いえ、残念ながらその警備員の言葉には確証があります」
「なんだと?」
「これを見てください」
六花は法具を起動すると、手を床へと翳した。床には幻操師にとっては見慣れている幾何学的な模様をした円がみるみるうちに描かれていた。
『氷結=構築』
描かれた円、幻操陣に規定量の幻力を注ぎ込み、陣の力を解放すると同時に氷で作られた何かが下部からみるみるうちに出来上がっていた。
「これって……びっくりね」
「す、すごいですぅー」
「はぁー。結もそうだが、六花もハンパないよな」
「うわー。すごいクオリティーだね。色はないけど、一分の一スケールのゆっちフィギュアだね」
皆が目を大きく見開き、一番表情の変化が少ない陽菜でさえありありと驚いている中、会議室の中央には六花が幻操術によって作り出した結の姿をした氷像がどうどうと立っていた。
「ご覧の通りです。これを警備員に見せた上での目撃情報なので、信憑性は高いと思いますよ?」
全て氷で出来ているため色はないのだな、それでも一見で結だとわかるほどに氷結のクオリティーは高かった。驚くことに髪の毛一本一本まで丁寧に作られているようで、この上に絵の具か何かで色塗りでもすれば結の身代わりとして使えるレベルだ。まあ、もちろん、ペイント技術が乏しければ無意味だが。
「……だが……」
「楓、現実を見なさい。結はいなくなったの」
許可のないガーデンからの外出は重罪だ。現地点においては、この【F•G・南方幻城院】が行動範囲であり、そこからの許可無し外出は禁止されている。だからこそこれだけの騒ぎになっているのだ。
「許可のない外出は重罪です。仮に戻ってきたとしても結は牢獄行きになりますね」
「そんな……」
外出をすれば牢獄行き。厳しいかもしれないがこの世界で秩序を守るにはそれだけしなければならないのだ。【幻理領域】がマスターによって意地されているとはいえ、マスターがその全てを把握しているわけではない。
【幻理領域】はガーデン外にも広がっており、【F•G】のあるこの【幻理領域】だって中央にメインとなる【F•G】があり、そこから四方に遠く離れた場所にここのような場所があるのだ。
その間は空白地帯となっており、残念なことにイーターと住処にもなってしまっている。
幻力が満ちている【幻理領域】はイーターにとって天国だ。こうやってイーターが住み着いてしまうような空白地帯があるのは危ないようにも思えるが、こうやってイーターが来やすい場所を作ることによってイーターが【物理世界】ではなく【幻理領域】に留まるように誘導しているのだ。
外出を禁止する主な理由は二つ。一つはガーデン外にいるイーターたちをトレインしてしまい、ガーデンに無駄なダメージを与えないようにするため。
もう一つがマスターの目が届かない範囲で好き勝手になにかを作られないようにするためだ。
外出の際には出発時間から帰還時間まで細かく報告義務があり、さらにはその時間何をしていたのかの詳細、その裏付けとなる証拠の提示と、いろいろな面倒事がある。
ガーデン外であることには変わらないが、【F•G】から【F•G・南方幻城院】に来るような場合に限り、専用のバスが存在するためここまで細かい申請をする必要はないが、それでも一応の申請が必要となる。
つまり、ガーデン外とは中央部以外という意味ではなく、マスター管理外地域という意味だ。
「……どうしてゆっちは外に出たんだろ」
「あいつのことだ、どうせ何か理由があったんだろ?」
「でも、申請ぐらいしとけばいいのに……」
「……つまり、それだけ急いでいたということですね」
六花のさりげない言葉に一同はハッとした。そしてすぐに悔しそうに表情を歪めた。
「あいつ、一人でなんかしようとしてるのか……」
「でも、一体何をしようとしているのでしょうか?」
「……六花」
「……ええ。おそらくはアヤメ関係についてだと思います」
「なぜあたしたちに声を掛けなかったんだ?」
「……結のことです、六芒戦があるからでしょう。私たちが三人とも抜けてしまえば、いろいろと困るでしょう?」
「……それは、そうだか……」
こそこそと小さな声で話す二人だが、楓は納得したようなでもやっぱりしていないような、そんな複雑な表情を浮かべていた。
コンコン。
短いノックの後、開いた扉の先にいたのは、
「美雪? 何かようかしら?」
「いいえ、私はただの付き添いです。お話があるのは雪乃です」
「雪乃?」
美雪が後ろに隠れるようにして立っていた雪乃を前に出すと、雪乃はモジモジとしながらも懐から一枚の紙を出した。
「えーと、その……バカ主についてなんだけど……」
「……っ! ……そう。それは結からのメッセージということかしら」
会長は雪乃の持つ紙を見ながら言った。会長の問いに雪乃は言葉ではなく、小さく頷くことに答えていた。
「……そう。それで? 何が書いていたのかしら」
「えーと、それは自分の目で確かめてほしいな」
「あら? どういう意味かしら?」
「まぁ、とりあえずはい」
雪乃から紙を受け取った会長は疑問顔になりながもとりあえず紙に視線を向けた。
直後、会長は焦ったような声をあげた。
「これって! あのバカ! 本当にバカじゃないのかしら!」
「見せて」
焦りと怒りが五分五分でブレンドされているかのように叫ぶ会長の手から楓は紙を奪い取ると、会長と同様、焦りの表情を浮かべた。
「ちょっとー! 二人とも説明してよー!」
読んでいない桜が文句を言い始めた頃、二人はある程度冷静さを取り戻していた。
「え、ええ。内容は結からの伝言よ」
「具体的には?」
「それは……」
桜の質問に会長はなにやら言いづらそうにしていた。
そんな会長の様子に桜は不吉を感じ、眉を顰めていた。
「会長、あたしから説明するよ」
「……楓……ありがとう」
「内容は大きく分けて二つ、一つは急ぎの用で六芒戦が途中なのにいなくなったことについてあたしたちへ向けての謝罪」
「……ゆっちはどこに何しにいくの?」
会長と楓、二人の様子から会議室一帯に緊張が走っていた。その雰囲気にやられてか、桜の言葉もまたぎこちないものになっている。
ためるように言葉を切った後、ため息を一つ落とし楓は続きを話した。
「……どこに行くかは書いてない。ただ、他に書いてあったのはこの一文ーー」
三日の間に戻らなかった場合、俺は消滅したと思ってくれ。




