7ー33 合法だぜ!
六芒戦本戦三日目。
今日は第三競技【リターンフェアリー】がある。
ルールを簡単に説明すると時間で球が増えていくトリプルスによる試合だ。
【キックファントム】や【シュート&リベンジ】と同じで試合は二つのリーグに分かれており、まずは三つあるブロックの中、予選を勝ち進んだ三校によるリーグ戦。各ブロック優勝チームによる個人団体戦だ。
本戦リーグは予選と同じくトリプルスによる試合なのだが、決勝リーグでは変則的にシングルスの団体戦となる。つまり、三人一緒にコートに入るのではなく、各校一人ずつ、最大三試合行う。どちらかが先に二勝すればその試合は勝ちとなる。
リーグ戦でこういった形式を取ることは珍しいのだが、曰く、
「常に新しいことを試みなくては」
だそうだ。
早朝会議では特に目立ったことはなく、いつも通り会長が挑発に乗って暴れ出し、これまたいつものように六花がため息を交えつつ代行をしていた。
「……なあ。本気で六花が会長やるべきじゃないか?」
「突然なんですか? 結」
結は会議が終わった後、試合時間になるまでの時間をカフェで過ごそうとしていた六花を捕まえていた。
まざまざ立ち止まる必要もないため、どうせ話をするのだからと結は六花と共にカフェへと向かっていた。
「いやさ。事実上いつも六花が会長やってると思ってさ」
「……それは、正直あまりに否定出来ないのですが、私は今のままでいいと思っていますよ?」
「それまたなんで?」
「私はあたふたしている会長のてだすけをするのが楽しいんですよ」
「……六花って結構Sだよな……」
「なにをいまさら」
六花は手を口元に当てると、クスクスと小さく笑っていた。
カフェにつくと窓側、奥の一番人通りの少ない席を指定して座った。
「六花は何飲む? 持ってくるぞ?」
「それならコーヒーをお願いします」
「砂糖とミルクは?」
「ブラックでお願いします」
「……もしかして六花、眠いのか?」
いつもと同じ無表情に見えるが、いつもより目が閉じかけているような気がする。なんとなく眠たそうにしているように見えたのだが、どうやらビンゴだったようだ。
「はい。よくわかりましたね」
六花はいつも無表情だが、感情が全く表情に出ないわけではない。むしろ、表情の変化が一般よりも小さいだけで、実は表情豊かだ。
今だって一瞬だけ目が若干大きく開いたし、驚いているのだろう。
「まあ、会ってからはそれほど経ってないが、付き合いの密度が濃いからな」
「……そうですね」
生十会に入る前は会長に呼ぶ出され、逃げ出そうした瞬間に氷結をされたり、双花奪還のために共に【H•G】へと奇襲したり、こんな短い期間なのだなまるでずっと昔から知っているような、そんな錯覚を覚えさせる。六花は当時のことを思い出し、懐かしそうに微笑んだ。
【リターンフェアリー】の出場選手で結の知り合いといえば、Aチーム、桜、真冬、宮地と、Bチームの美雪、小雪、雪乃の計六人だ。
Cチームの三人はガーデンでの予選を勝ち進んだ一般生徒だ。ランクはB一人にCランク二人らしいが、平均を考えれば優秀なメンバーだ。
……ん?
宮地って誰かって?
宮地愛理、自称みんなのアイドル、アイリスちゃんのことだ。
……ん?
わからない?
それなら、六芒戦出場選手選抜試験の時に実況をしていたハイテンションの娘といえば良いだろうか。
今頃会場ではみんなの試合が行われているだろうが、残念なことにそれを見ることは出来ない。
何故なら現在結たち三人は、絶賛追いかけっこをしているからだ。
何故こんなことになっているのかというと、それは数時間前に遡る。
カフェで六花との話を終わらせた後、結は美雪の元を訪れていた。
「あら? ご主人様ではないですか。どうかしたのですか?」
「ああ。ちょっとな」
美雪たちいつもの四人組は、前に楓と昼食を共にしたカフェテリアに集まっていた。
「美雪、体は大丈夫か?」
「はい。私は大丈夫ですが、ご主人様は大丈夫なのですか?」
「主ってば倒れたんでしょ? ププー、貧弱貧弱ぅー」
「こら雪乃。主様は本当に貧弱で病弱なのだ。冗談にならないのだよ」
「そうだにゃ! 主様は本物の病弱野郎なのにゃ! そういうのは冗談でしか言っちゃいけないのにゃ!」
「……お前らな……」
小雪の方は天然だ。小雪としては励ましているつもりなのだが、全くの逆効果だったりすることが多い。雪羽の場合は完全にわざとだ。その証拠に結がため息をついていると、雪羽はニヤニヤとした笑みを浮かべ、小雪はオロオロとしていた。
「雪羽? あまりご主人様をからかってはいけませんよ?」
「さあ? なんのことだかわからないのだよ」
「雪羽?」
「……もうしないのだよ」
美雪に睨まれ、小さくなる雪羽だが、その言葉に信憑性は皆無だ。
「それで? 主様は何しに来たの?」
「あぁ、お前らに頼みがあってな」
「……頼み事ですか?」
「そうだ」
結が頼みがあると言った瞬間、四人は一瞬だけ頬が緩んでいた。
結が軽く頭を下げている時だけで、すぐに元に戻ったため、結は気付かなかった。
「わかりました、ご主人様の願い、どのようなことでも叶えましょう。私の体を欲するのであれば私はいつでも良いですよ?」
「えっ!? 頼み事って処理のこと!? し、仕方ないなぁー」
「にゃにゃ(私)も主様ならいいにゃ!」
「……ほう。いつの間にか肉食系になっているのだよ」
「待て待て待てーっ! 四人とも脱ぎ始めるな!」
頬を赤く染め上げ、手を服にかけ始めた四人を必死に止める結だった。
「む? 何故だ?」
「……あっ、気付けに申し訳ありませんでした。つまり俺が脱がす、そういうことですね?」
「ハッ! にゃにゃ(私)わかったにゃ! 主様は独占欲が強いのにゃ! きっと移動しようってことなのにゃ!」
「あー、そっか。たしかにここじゃ人目につくしねー。それならあたしたちの部屋行く?」
「ちーがーうーっ!! 何故そっちの話になるんだよ!」
「だって、頼み事でしょ?」
「男子が女子にそんな改まって頼むことなんてそれくらいなのだよ」
「そのセリフいろいろ失礼だからな? 世の男子に謝れっ!」
「はぁー。仕方がありませんね。ご主人様? 既成事実という言葉をご存知ですか?」
「指をうにゃうにゃ動かすな!」
なにやら暴走気味の四人に結は逃げ出したい思いだったが、頼みがある以上それも出来ず、そもそも今の四人をこのまま放置したらやばい気がする。
(一体こいつらに何があったんだ!? ……って、あれってまさか!)
結はテーブルの上に置かれていたとある飲み物を発見すると、驚愕すると同時に納得していた。
テーブルの上に置かれていた飲み物とは、
(……こいつら、甘酒で酔ったのか?)
ちなみに甘酒はアルコール含有が僅かで、定義としてはアルコール度数が一%未満のため、ソフトドリンクになっているため、法律には引っかからない。
「お前ら、何杯飲んだんだよ……」
ふとテーブルの端に置かれた伝票を見つけた結は、それを手にとって、四人で飲んだ量を確認すると、後悔すると同時に深い深いため息をついた。
(四人で二四杯って、飲み過ぎだろ)
一人あたり六杯といったところだが、それにしても甘酒で酔うものなのか? そもそも酔えるのか?
しかし、事実として四人は頬を赤くしていつもからは考えられないような発言を繰り返しているし、
(……そういや、【A•G】を再建するって頑張ってたんだっけ……。苦労、したんだろうな)
死の偽装までしていたのだ。
その苦労は普通の中学生では絶対に感じることないレベルだろう。
下手したら大人だって経験しないかもしれない。
(こんな状態じゃ頼めないな……仕方ない)
「ご主人様ぁー」
「美雪っ落ち着けっ!」
猫撫で声で迫る美雪にドキマギしながらも、結は必死にこの場から逃げる術を考えていた。
(四方を囲まれちまった……。しゃーない、後で殴られるかもしれないが、これしかないな)
結は四人の顔を見回した後、雪乃を視界の中心に入れた。
指をうにゃうにゃさせながら近付いてくる四人に、結は内心(誰かこいつら止めろよっ!)と思うものの、残念なことにこのカフェテリアにいるお客は結たち五人だけだった。給仕もいないため、ホールにいるのは本気で五人だけだ。
ガシャーンッ
キッチンの方からそんな落下音が聞こえた瞬間、五人は動いた。
結を包囲するように展開していた美雪たちは一瞬でその包囲網を小さくしようと走り出した。
術は使っていない、幻力による無意識強化があると言っても、純粋な身体能力で彼女たちの動きは並の術師では目視出来ないレベルになっていた。
(久々だがやっぱりこれも使えるようになってるなっ!)
今の結にとっては、例え見えないレベルの動きだろうと問題ない。
何故なら、どこからどのタイミングでどういった攻撃(攻撃ではないな)が来るのかは過去のことのように知っている。
無意識領域の記憶を使い、思考と第六感。二つを複合させることによって予知に近い推理。
『考理予知』によって四人の動きを完全に見切っている結は相手の動きに合わせ、その間をスルリと抜けることができる。
しかし、それはその包囲網に人の通ることのできる穴があった場合だ。彼女たちの包囲網に穴にんてものは存在しない。だから無理やり作る。
四人が動いた瞬間、結は雪乃の方へと走っていた。そのため四人の中で雪乃と最も早く遭遇することになる。
これなら一対一、考理予知のある結にとって、負けはない。
しかし、酔っ払いとはいえ雪乃を殴ったりするのは気が引ける、そのため結の取った行動は、シンプルだった。
雪乃の動きに合わせ、雪乃の軌道上にそっと手を置くだけでいい。
それだけで雪乃は自爆するはずだ。
「逃がさないよーだっ!」
両手をあげて結を抱き締めるかのように捕まえようとする雪乃に向かって結は手を伸ばす、指が伸びきっておらず、中途半端に開いた手を前に突き出し、そのまま静止する。
次の瞬間、伸ばした手の平にぷにゅりとしたまるでマシュマロのように柔らかさがありながら、弾力をしっかり持っている何かが触れた。
「……ふえ?」
雪乃自身、自分の一部が何かに触れていることに気づき、視線を下に向けた直後、まるで湯気ダコのように元々ほんのり赤くなっていた顔を真っ赤に染め上げた。
酔っていようが、羞恥心は残っていたらしく、雪乃は恥ずかしさのあまり硬直していた。
雪乃の動きが完全に静止したことで、四人の動きにズレが生じ、結果穴が出来た。
穴をつくった結は、その穴から逃げると同時に、固まって動けないでいる雪乃のポケットにそっとポケットから取り出したものを滑り込ませると、そのままその場エスケープした。




