7ー30 ノースタル再び
見間違えるはずもないその姿。
そこにいるのは正真正銘、あのノースタルだった。
(なんであいつがここにいるんだよ!)
結花をジャンクションしておいてよかったと結は心から思った。
結のままノースタルを見つけたら、自分なら確実にむやみに突撃しただろう。今、冷静な思考でいられるのは確実に結花のおかげだ。
心の底の思考は結のままなのでその心は大いに荒ぶっているが、それは体までは響かない。体がとっさに動いてしまうこともない。そのため結の心もまた、少しずつ冷静さを取り戻しつつあった。
(何かを探しているのか?)
絶えずキョロキョロとしているその姿は、明らかに探し物をしている者の挙動だ。
「…………」
(ん? なんて言ってんだ?)
ノースタルが何かをつぶやいていることに気付き、その内容を聞き取ろうと、音を立てないように近付いた。
「……早く見つけないと、後々厄介」
(厄介? なんの話だ?)
【H•G】でノースタルと再会した時、まるで何かの計画のもと動いているような言い草だったのを思い出した。
(あいつにとっても良くないことがここで起きてるってことか)
ここで起きている厄介事といえば、アヤメたちのことだろう。
見つけるとはアヤメたちのことなのだろうか。結は思考に注意が片寄ってしまい、足元へと注意が散漫していた。
結果、運悪く足元にあった枯れ木を踏んでしまう。
ピシッ
勢いよく踏んだわけではないのだが、脆くなっていたようで、そこまで大きな音にはならなかったが、それでも静かな茂みの中では十分に不自然で、良く響く音が鳴った。
「……誰ですかぁー?」
音を聞き、ノースタルは振り向いた。そこにはちょうどノースタルを監視するように茂みから頭を出していた結がおり、二人は目があった。
「……おやー。これはこれはー、ゆーぅさんでは、あーりませんかぁー」
なまりのようにも聞こえるが、明らかにわざとつけているであろう妙なイントネーション。
仮面の隙間から見える口元が仮面の穴と同様に、三日月型に変わるのが見えた。
結花としての思考が勝り、結は冷や汗を流していた。
(今の俺じゃ、まだこいつに勝てない……。殺されるっ)
結が己の死を想像してしまう中、ノースタルはケラケラとバカにするように笑った。
「ゆうさーん? 安心してくれていいですよーぉー?」
「……どういうこと?」
「私はゆうさぁーん、今どうこうするつもりはないないですからー」
ケラケラとやけに耳に残る笑い声を交えながら、ノースタルは言葉を続ける。
「それにしてもぉー。嬉しいですねぇー。その姿ぁ、そこまで取り戻したみたいでーすねっ」
何故こいつがこの姿を、結花の姿を知っているのか、そんなことは今更疑問とも思わない。
理由はわからないが、こいつは結のことをよく知っている。
あの時、あいつはここまでヒントを出してもわからないのかと言った。
その時ノースタルが持っていたのはトンファーだ。
つまり、こいつは結花だけじゃない、『始まりのトンファー』のことまで知っていることになる。
そもそも結は、あの時トンファーを見たことで『始まりのトンファー』のことを思い出したんだ。感謝するつもりはさらさらないがな。
「……うん。一つ聞く、どうしてここにいる?」
「おー? 意外と冷静でっすねぇー。あー、そかそかー。フルジャンクション中は口調、戦闘スタイル、能力だけでなく、性格までも色濃く接続してしまうんでしたねぇー」
……疑問には思わないからな。
「……どうして、そこまで知っている?」
……あっ。
「おやおやー。聞くのは一つではあーりませんでしたっけぇー?」
「……うるさい。いいから答えて」
「おやおやおやー? なかなかの強気でっすねぇー。ゆうさーん? 本当は怖がっているくっせにぃー」
ノースタルの言っていることは図星だ。
怖い。
ノースタルは今までの敵たちとは違う。自分よりも完全に格上だ。
ジャンクションをすれば大抵の相手には勝てる。
元々ジャンクションは段階的に己を強化していき、目指す最終地点は最強だ。
敵か自分よりも強かったとしても、それ以上の自分を接続する。そうすることで相手よりも常に格上になる。
しかし、それは相手の底を知らなければならない。
底というより、戦闘スタイルというべきだろう。
相手の戦闘スタイルさえわかれば、その戦闘スタイルと相性の良い自分になる。
全能力を一点に集中されることで四人の女神はそれぞれの分野であれば最強に限りなく近い。
結が未熟ゆえ力の全てを発揮することが出来ないでいるが、それさえ克服すればその分野であればあの奏とも互角に渡り合えるかもしれない。
相手が苦手とする戦闘スタイルを取ることで、常に有利な立場にいる。
そうすることで今まで実力的には格上の相手を撃破してきたのだ。
だけど、ノースタルの場合戦闘スタイルがわからない。
そして、仮にわかったとしても、今の結では戦闘スタイルの利点があったとしても、実力差がありすぎるのだ。
結花の敵戦力計測能力によってそれが明らかにされた。
しかし、強気でいられるのには理由があった。
双花たちと共闘したら時、ノースタルは及第点と言っていた。それに明らかに勝てる戦いであったにもかかわらず、あの場から立ち去った。
大なり小なり怪我はあったものの、それらは全て傷も残らないようなものだった。
つまり、手加減されていたのだ。それも、まるで結たちを鍛えるかのように。
しかし、これらはあくまで可能性の話。もっとも結が大丈夫だと思うの理由はまた別だ。今のノースタルからはこれっぽっちも殺気を感じない。
ノースタルの実力なら手を直接下すことなく、殺気だけで結の動きを止めることができるはずだ。
しかしそれをしない、する様子もない。戦闘の意思はない。
「ふーむふむ。なるほどなるほどぉー。ゆうさーんの思考は読めましたぁー。さっきもいいましたがー、今、ゆうさーんと戦うつもりはないないですねぇー」
人をバカにしている喋り方だが、嘘は言っていないはずだ。戦う気がないのであれば、本当に戦う気はないのだろう。
「まあまあー。今回は運命の再会とやらを記念してぇー。特別に両の方の質問にお答えしましょーう。
第一に、ここにいるのは目的のためでーす。
第二に、どうしてゆうさーんのことをここまで知っているのかというとぉー、それは単純に昔ゆうさーんと会ったことがあるからでぇーす」
「……会ったことがある? 当然、あなたは前に私たちのガーデンに奇襲を掛けている」
今言っているのは【H•G】でも、【F•G】の話でもない、当然、【A•G】の話だ。
こいつが奏を刺したあの日のことを思い出し、結の瞳が殺意の火が灯った。
「ちっがいますよぉー。それよりも前でーす。この仮面無しで会いましたよー」
ノースタルの言葉に動揺が走った。
俺はノースタルの正体を知っている?
大きなコートで体型を隠しているのも、仮面で素顔を隠しているのも、作り物のような声をしているのも、口調がおかしいことさえも、その全てが、正体を知られないようにするため。
何故そこまでしているのかわからなかった。しかし、昔会ったことがあるのであれば、納得出来る。
どれか一つでも欠けてしまうと、正体がバレてしまうから。
それはつまり、それだけ交流があった者ということになる。
(こいつは……誰なんだ……?……)
表情に出してはいけない。
ここまで正体を隠そうとしているのだ、知れば消される可能性がある。
ならどうしてこんな事を言ったのかわからなくなるが、まるでピエロのようにいいように操られている可能性だってある。
このことは今は考えるべきじゃない。
それなら、
「……目的って?」
「おおー。ぐいぐいきますねぇー。まぁ、ですが、ゆうさーんにも関係する話ですしー、教えて差し上げましょぉーう」
ケラケラと笑いながら言うノースタルに、結は顰めた。
ノースタルの目的が自分に関係する? だから自分は生かされている?
そんな疑問が渦となって結の中を暴れていた。
「わったくしの目的はぁー、昔、とある三人二人組が目指した者。最強の幻操師を作り出すための究極幻操『霧雲』でぇーす」




