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7ー27 策ではないのだ


 身も服も、一切傷無く現れたアヤメは疲労なんて米粒も見せないような、笑みを浮かべていた。


「へぇー。ちゃんと笑えるんだな」

「これは私がどれだけ元気か見せるためーぇ。っと、私はポーカーフェイスを貫いた」


 アヤメは楓に言われ、すぐに笑みを引っ込めていた。


「また分身ですか……」

「そうみたいだな」

「本物と目視で見分けることは不可能のようですね」

「ああ。さっきのが本物なのか、これが本物なのか、もしくは両方偽物か」

「厄介を極めていますね」

「ああ。だがーー」


 楓が一旦言葉を切り、目を閉じると、目を開いたと同時に、背中から翼を生やした。


「分身ごと根絶やしにしてやる」


(凄まじい殺気……。これが、あの楓なんですか? ……信じられません)


 生十会の時はいつも眠たそうにしており、会議になってまともに参加したことない。

 欠伸ばっかして、机の上でスライムのようにドロっとしている、それがいつもの楓だ。

 バスの事件で見たときにも思ったが、楓はここぞというときにはとても信頼が出来る。

 しかし、人の心を見ることが出来るとまで言われ、高い洞察力を与える幻眼を再び開眼させた六花の目に、楓という少女はとても不安定な存在に見えた。


(…………楓……)


「六花」

「は、はいっ」


 楓の横顔を見つめていると、突然楓が振り向き、声を掛けてきたことで、六花は動揺してしまい、変な返事を返していた。

 そんな六花に楓は一瞬首を傾げるが、直ぐに視線を前に、アヤメへと戻した。


「これ以上の厄介事は嫌だ。だからもう、加減しない」

「……わかりました」


 今まで楓は加減をしていたんですか?

 そんな疑問は口にしない。

 したところで意味なんてないから。

 三番幻操や四番幻操。

 プロが数人集まってやっと発動出来るような大技。

 それを息するように使っていた楓でさえ、楓本人からすれば加減してのことだったのだ。

 逃走者のスピードが速く、思っていたよりも会場から離れたところまで来てしまったため、ここでなら派手なことをしても問題ないだろうというのが楓の考えであり。

 六花もそう思っている。しかし、六花としてはアヤメを消滅させたくないのだ。


(トドメまでは刺すことのできない、甘い少女だと思っていたのですが……)


 バスの時だって六花は気付いていた。

 楓があの時の襲撃者たちを消していないことを。

 それどころか、夜な夜な結と二人で密会し、あの時の襲撃者からいろいろと情報を引き出していたこと。

 そして、危険を考えてそれを自分たちに話さないということ。


「六花。あたしは結と仲が良い」

「楓? 突然なんですか?」


 なんのきっかけもなく、突然そんなことを言い始めた楓に、六花は首をかしげた。


「結と会った時、なんとなく昔から結のことを知ってる気がしたからな。だけど、もう一つ大きな理由があったんだ」

「……理由?」

「あたしは最近結、『フルジャンクション』ってのを見た」


 性格だけでなく、姿までも変え、元となった人物の力をほぼ一○○%再現するモード。それがフルジャンクションだ。


「それで、一つ日本のことわざを思い出した」

「ことわざ?」

「そっ。類は友を呼ぶってね」

「……?」

「六花は下がってて、コンビネーションなんて無理だと思うから」

「……あまり私を舐めないでくれますか?」

「舐めてないよ。でも、初めての奴とコンビネーションなんて無理だろ?」

「それは、どういう?」

「まっ、こういうこと」


 六花の質問を無理やり止め、楓が言葉を切ると、次の瞬間、世界が変わる。


(なんですかっ……これはっ……!!)


 感じるのは冷気。

 しかし、六花がやったような、氷による冷気ではない。

 それは背筋が凍るような冷気。

 あまりにも濃密で、鋭く、まるで命そのものを相手に握られているような。

 殺気による冷気。


「アヤメと言ったか。()が出てきた以上。貴様に未来はないと思え」


(口調が変わっている!? これは、まるで結のジャンクションじゃないですか!)


 変わったのは口調だけではない、眠たそうに、若干垂れていた目から一転して、気の強さが伝わってくるようなつり上がった目。

 自信に満ちたかのような表情。

 そしてなによりも、さっきまでとは違う、好戦的な笑み。

 楓は氷で大剣を作り出すと、それを片手に握り、軽く振るう。


(凄い……。なんとなく振っただけなのに、あの剣、空気を断ち切っている)


「ふむ。やはり大剣が一番馴染むな」


 身の丈ほどもある大剣を掲げ、ニヤリとする楓に、六花は心がざわついた。


「行くぞっ」


 大剣へと向けていた視線をちらりとアヤメへと向けると、楓は好戦的な笑みを浮かべ、一直線に走った。


「楓! まっすぐ行ってはダメです!」

「問題ないっ!」


 楓は六花の言葉に聞く耳を持たずに、進んだ。

 アヤメは忍だ。

 忍といえば代表的な道具がある。


 ニヤリ。


 六花はアヤメがかすかに、しかし確かに笑うのを見た。

 楓の直線ルートに視線を向ければそこにはやはりそれがあった。


(あれは、まきびし!?)


「楓!」


 六花が叫ぶよりも速く、楓は足元のまきびしを踏んだ。確かに踏み付けた。

 瞬間、アヤメが完全に表情を崩した。


(私のまきびしには大量の毒が仕込まれてるよーぉ。ふふ、一人おしまーぃ。っと、私は心の中でほくそ笑むのである)


 相変わらずセリフ、まぁ、今回は心の声だが、それと噛み合わずに、思いっきり頬を緩めているアヤメだが、すぐに真剣な表情へと戻る。


(なぜ? あの毒は恐竜だって、一秒以内に動けなくなるような猛毒だよーぉ。っと、私は不思議顔を浮かべたのである)


 疑問に思っているのはアヤメだけではない。六花も同じ疑問を抱いていた。毒のことは知らないにしろ、相手が忍だ、毒が仕込まれてることぐらいは予測しているのだが、まきびしとは刃物だ。

 それが足の裏に突き刺さっているはずなのに、楓は表情を変えずに走っている。

 楓は表情は冷静そのものながらも、唖然としており、動けないでいるアヤメと正面にたどり着くと、大剣を両手で振り上げ、無慈悲に振り下ろした。


「『斬月(ざんげつ)=ーー』」


 振り下ろす瞬間、楓が発動した術により、大剣は純白の光を纏っていた。


「『爆』」


 大剣が地面に叩きつけられると同時に、大剣が纏っていた光は拡散し、爆発となってあたりの氷を粉々に打ち砕いた。

 たった一撃だ。

 一度大剣を振り下ろしただけで、そこには大きなクレーターが出来上がっていた。

 アヤメの作り出したクレーターよりも、何倍にも大きいそれを見て、楓の一撃を後ろに飛んで躱していたアヤメは、頬を引きつらせていた。


「ほう。私の初撃を躱すか。中々だな。しかし、甘い」


 楓が地面へと向けていた視線を上に上げるのとほぼ同時に、アヤメは視界の端に小さな光を捉えていた。


「『月烈光(げつれつしょう)』」


 楓が小さくその光の名をつぶやくと同時に、その光は再び爆発となって弾けた。


「ぐっ」


 回避直後で体制が整っていなかったこともあり、躱すことはできなかったが、どうに手で庇い致命所だけは避けることが出来ているようだった。

 地面をゴロゴロと転がり、止まるよりも早く飛び上がり、立ち上がったアヤメは、肩で息をしており、その表情は無表情からは遠く離れていた。


「『爆』は『法』によって具現化した光を爆発へと変える術。しかし、あえて一部を爆発させずに対象者へと付着、時間差で爆発を起こす。これが私の剣術と『月法(げっぽう)』を合わせた戦い方だ」


 その姿はまるで魔法剣士のようだった。

 幻操師は大抵、ゲームとかにある魔法使いのように、遠くから攻撃する、火力重視で紙防御のタイプと、術はあくまで自分の武器を活かすための起爆剤として使う、桜や剛木のようなタイプの二つに別れる。

 楓のそれはその中間。器用貧乏にも見えるが、楓の才能によってそれはどちらにも通用する類稀なる大きな力となっていた。


「私と認識が甘かったねーぇ。でもーぉ。次はないよーぉ。っと、私はドヤ顔を浮かべたのである」

「次がないだと? ならば、今貴様の肩についているそれはなんだ?」

「動揺を誘うつもりーぃ? 無駄だ…………よ、ーぉ?」


 自分の注意を一瞬肩へと向けさせ、その隙に何かをやろうとしているのだろうと推測したアヤメは、注意を楓から外さなかった。

 しかし、それは強制的に外されることになった。

 なぜなら、視界の端にまた小さな光が見えたから……。


「ひっ!」


 さっきの爆発は致命所は避けたとはいえ、それでもその威力は高かった。そのため、アヤメはその光に恐怖した。

 その硬直を見逃す楓ではない。


「済まない。私の策は常にーー」


 アヤメの正面で大剣を掲げる楓は、冷たい目をしていた。


「どちらでも良いのだ」


 作戦なんてもとから意味ない。

 それは、相手に選択肢を与えない、決まったことだから。


斬月(ざんげつ)=爆』


 


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