7ー26 お久しぶりですーぅ
「裏切っているなんて……それはいささか考え過ぎではないですか?」
六花の言葉には明らかに動揺が見られた。
六花自身、自分の言っているを否定していた。
一校丸々裏切っているではないにしろ、どこかに裏切り者が潜んでいることは必至だ。
「考えないよりかはいいだろ? 消去法でいくと、怪しいのは……」
「…………やはり、【H•G】でしょうか?」
六花は恐る恐るといった風に言った。
「その心は?」
「【H•G】はこの前私たち【F•G】と、【R•G】に戦争を仕掛けています」
「……あー、そういえば親睦会の時にそんなこと言ってたな」
初日の親睦会であった結たちの騒動を思い出し、楓はため息をついた。
「なら【H•G】は白だな」
「……どうしてですか?」
「結が一回解決した相手だろ? それなら二度目はない」
「どうして言い切れるんですか?」
自信にあふれているような言い様の楓に、六花はその根拠を求めた。
「だって、結だろ?」
何を当たり前のことを言ってるんだ? みたいな表情で言う楓に、六花は妙な説得力を感じた。
「……そう、ですね」
六花にもよくわからない。
だけど、確かに楓の言葉には説得力が感じられた。結が後始末をしたのだ、ならば再犯なんてあり得るわけがない。そう、確信めいた何かをつかんだ。
理由は結だからと言った楓自身、心の中で微かに疑問を感じていた。
どうして結が関係するからもう大丈夫だと確信出来たのだろう。
結とはまだ知り合って間もないといのに……。
結の名前で自分と同じように納得しているようの六花を見て、楓は胸の中でチクリと何かが刺さったような、妙な痛みを感じた。
それが何を表しているのか理解出来ずに。
「あっ、そういえば大切なことを聞き忘れていました」
「……え? なんだって?」
「……だから、一つ聞き忘れていたことがありまして」
ボーとしている様子の楓に六花は小さく首を傾げるものの、そのまま続けた。
「その組織とやらの名称はなんですか?」
「あ、あぁ。そういえば言ってないな。その組織の名前はーーー」
「新真理。っと、私は澄まし顔を浮かべたのである」
「っ!? 誰ですかっ!!」
楓の言葉にかぶせるようにして、何処かから声がした。
声の発信源は周囲には見当たらない。しかし、その特徴的な言い回し、忘れるわけがない。違えるわけがない。楓は過去の屈辱を思い出し、強く歯を食いしばっていた。
「こそこそしてないで出てこいっ! アヤメっ!」
楓がその相手の名前を叫んだことで六花は目を大きく見開くと、次の瞬間、その表情は真剣そのもの、眼は鋭くぎらりとした冷気を感じてしまう程に殺気のこもった光が灯っている。
「……六花。それ……」
「今はこのことについてどうこう言っている場合ではありませんよ。楓」
楓はまだ見えぬアヤメを探すために、神経を周囲に張り巡らせる中、偶然的に六花の眼を見た。
その眼を見て、今度は楓が大きく目を見開いていた。
「……へぇー。その歳でそれを開眼してるなんてねーぇ。っと、私は驚愕を浮かべたのである」
どうせ表情はいつものように無表情だとは思うが、今のアヤメの声からは明らかな動揺が伝わってきた。
既にアヤメが忍関係の者であることはわかっている。
忍と言えば、己の気配を消し、感情さえも消す。
己の感情のコントロール、つまり自幻術を得意としているはすだ。
アヤメの実力は全力ではなかったにせよ、楓を出し抜くレベル。それほどの実力者が心を乱したのだ。
それだけのことが六花の身に起きていた。
「幻眼。心装に至り者の中でも、ごく僅かの心操師が開眼させるという、幻の瞳」
「使用者の幻力純度の大幅な上昇。及び、全視力の大幅な上昇。そして何よりも有する能力は」
「固有心操だねーぇ。っと、私はドヤ顔を浮かべたのである」
「……その通りです」
心操とは本来個人固有の能力だ。そのため、心操そのものが固有なのだが、これにはあえて固有という名称が付いている。
幻操術とは、心操術を元に複製したものだ。つまり、心操術であろうと、その能力は明らかな劣化から逃れる術は無いにしろ、コピーが出来る。
つまり、本物の固有ではない。
固有とは他の誰もが真似できないものだ。
どうしても幻操術として複製することのできない本物の固有能力。
それがこの、幻眼の最大の力だ。
「楓、少々寒くなりますが、我慢して下さいね」
「……わかった」
何をするつもりなのかはわからないが、実力を隠している様子だった六花が幻眼まで見せたのだ。
十中八九、その固有能力を使うつもりなのだろう。
比喩表情でよく瞳に光が灯ると言うが、実際に僅かだが光を灯している六花と瞳が大きく見開かれると、次の瞬間、森が森でなくなった。
「……おい六花。これは少々寒くなるとか、そんなレベルじゃないぞ?」
「楓も氷を使うのですから大丈夫でしょう?」
「そういう問題じゃないだろ……」
現状を一言で説明するのであれば、それは氷結地獄。
氷操四番の氷結地獄ではない。
森だったその地一帯は見事に凍り付き。木々だったそれは、氷の粒子となって煌めいていた。
「……ふぅ。やはり眼を使うのは疲れますね。ですが、これで周囲の木々は全て無くしました。隠れる場所はありません」
「……アヤメは? やったのか?」
「……楓? それば俗にフラグというやつでは?」
「その通りだよーぉ。っと、私は疲れ顔を浮かべたのである」
背後から届いた声に二人が振り返ると、そこにいるのは前に楓たちの前に姿を現した時とは違う服をまとっているのだが、悲しいことに綺麗なままそれを披露することも出来ずに、至る所が凍り付き、崩れ掛かっている服を着た、アヤメの姿だった。
アヤメは息を荒くしており、その顔からは汗が吹き出しており、疲労の色が濃く見えた。
「あーぁ。結構なダメージ受けちゃったーぁ。っと、私はプンプン顔を浮かべたのであるっ」
表情はやはり変わらぬままだが、声色が明らかに最初よりも刺々しくなっている。
相変わらず感情を見せない人形のような無表情を貫くアヤメだが、特徴の一つである狐目が開き、黒い瞳が姿を覗かせていた。
「へぇー。普通にしてれば結構可愛いね」
「楓? それは少し失礼ではないですか?」
「えっ。どこがだ? 明らか褒めてるだろ?」
「普通にしてればって言ったじゃないですか。つまり狐目が似合っていないみたいな言い方じゃないですか」
「だって事実だし?」
楓がドストレートに言うと、六花は、はぁーっとため息を漏らすと同時に、やれやれと頭を抱えていた。
楓の言葉を聞いたアヤメは、やや目付きを鋭くしており、若干切れ気味のようだ。
「だ……黙って聞いていればーぁ。ムカついたーぁっ! ムカついたーぁっ! っと、私は右手を翳したのであるっ!」
ポーカーフェイスを完全に崩し、般若のような鬼の形相となったアヤメは、セリフ通り右手を二人へ向けた。
(何でしょうか? 遅いですね)
アヤメの手から発射されたのはピンポン玉ぐらいの小さな球体だった。
それはゆらゆらと揺れながら、のんびりとしたスピードで二人へ向かう。
アヤメが手を翳した瞬間、攻撃に備え『氷壁』の発動準備をしていた六花は、その玉の鈍さを見ると、幻眼と維持に凄まじい量の幻力を消費するため、少しでも幻力を節約しようと術を中断し、動くことによる幻力消費も惜しいため、最小限の動きでそれを躱した。
「六花逃げろ!」
「えっ?」
焦りを多分に含んだ楓の声に、反射的に身を投げ出すようにして横に飛ぶと、次の瞬間玉が拡張した。
ピンポン玉程度の大きさしか持たなかったその玉は、直径を一瞬で五メートル程に拡大させていた。
楓と六花の間、二人はギリギリにその範囲から逃れることが出来ていたが、次の瞬間、目を見開いた。
横が五メートル程になったということは、当然縦にも五メートル程になっている。
巨大化した玉の範囲には地面が含まれていたのだが、拡大した直後、塵となって球体が消えると、球体があった地点には何も残っていなかった。
(地面が消失してますね)
二人の間には大きなクレーターが出来上がっていた。
(楓の声がなければ今頃私も……いえ、今はそんなことを考えている場合ではありませんっ!)
間近に感じた死への恐怖による硬直をコンマ数秒のうちに解くと、六花はアヤメへと向かった。
(初撃のダメージは確かにあるはずですっ。それならダメージを回復される前にっ!)
『氷操、氷結=剣』
氷結によって氷の剣を作り出した六花は、剣を両手でしっかりと握ると、それをアヤメに向かって横に一閃。
「甘いよーぉ。っと、私はニヤニヤと笑うのである」
「お前もなっ!」
アヤメの足元を狙った一閃を、小さくジャンプすることで避けると、後ろから強く拳を握った楓が現れた。
「おりゃっ!」
「ぐっ……」
飛んでいたため何も出来なかったアヤメは、氷を纏った楓の右ストレートを背中にくらい、大きく飛ばされていた。
「追撃しますっ!」
「任せるっ!」
『氷操、氷結=槍』
何本ものの氷の槍を同時に作り、それらを弾丸のようにアヤメへと飛ばした六花は、すぐに槍を追うようにして走った。
「くっ……」
アヤメは飛ばされながらもどうにか手を槍の方に向けると、先ほどと同様の球体が放たれ、直後に拡大。
迫る槍全てを飲み込み、塵となって消滅した。
球体が消滅すると同時に、球体による死角に隠れていた六花が飛び出すと、体制を正せていないアヤメに向かって空中で一回転した後、その遠心力を存分に込めたかかと落としを披露した。
腕をクロスさせることで防御するアヤメだが、勢いを殺すことは出来ずに、大きな音を立てて地面へと叩きつけられた。
六花がすぐにその場を離れると今度は上空から楓が術を起動する。
『天使の閃光』
両手首を合わせ、両手の平をアヤメに向けると、直後そこに純白の球体が生まれ、そこからさらに光の柱が地面に這い蹲るアヤメに向かって一直線に伸びた。
光の柱は地面に当たると同時に爆発を連続的に起こし、辺り一帯を土煙りが覆い隠した。
「六花。気配は感じるか?」
「はい。……ですが」
六花の隣に降り立った楓は、空中に飛んだ際に出した翼を引っ込めると、六花の答えにやっぱりかっと短くため息をついた。
あの光の柱は月属性の三番幻操だ。
大型大砲を直撃させたにもかかわらず、アヤメの気配を感じる。つまり、トドメをさせていなかったからため息をつくのではない。
爆心地から離れたところから気配が感じられるため、ため息をついたのだ。
「ふーぅ。危なかった。っと、私はヒヤヒヤ顔を浮かべたのである」
「はぁー。面倒だなー、それ」
楓と六花、二人が振り返るとそこには無傷のアヤメが立っていた。




