7ー23 動く始める闇
第二ゲームが終わり、一旦『天使化』を解除した美雪は、悲痛の表情を浮かべながら、雪乃たち三人の待つ控え室前へと戻った。
「美雪、大丈夫?」
「流石に、今の私では『天使化』を発動するのも一苦労ですね」
「っ! それって……」
美雪の言葉で三人に緊張が走った。
美雪が合掌してみせたのは合掌による強化術だと観客たちに誤認させるためのある意味パフォーマンスのようなものだと思っていた。
しかし、それは大きな間違いだったのかもしれない。
『天使化』を起動するには元より大量の幻力を必要としている。
その術の元となったものを扱える結だけは大量の幻力を必要としないものの、この『天使化』の習得ランクがAランク以上にされている理由は、制御の難しさもさることながら、何よりと発動までに至るための幻力をそう簡単には用意出来ないからだ。
今の美雪は明らかに無理の色が濃く見えた。
「美雪、お前の出番はこれからもあるのだよ。無理はやめるのだよ」
「……そうですね。これからの事を考えるのであれば、これ以上の無理は禁物です。……ですか、私は……」
「美雪、良いよ。全力でやりなよ」
「…………雪乃……」
「雪乃っ!何を言っているのだよ!」
「だって! 美雪には、もう……」
「し、しかしっ、公私混同は良くないのだよ!」
「雪羽、やめるみゃぁ」
「……小雪?」
ずっと黙っていた小雪の言葉に雪羽はハッとした。
小雪の目はいつもの明るく、何事も楽しそうにしてい子供のような、純粋な光を宿していたが、そこにあるのは底見えぬ闇、そのものだった。
それだけじゃない、いつもは猫耳とように見える癖っ毛は垂れているのだが、今はピンっと立っており、どこか鋭さを感じる。
「美雪。お前はそんなに主様と全力で戦いたいのかみゃ?」
「……はい。私はご主人様と本気で戦いたいです、砂雪」
「そうかみゃ。ならやればいいと思うにゃ」
「砂雪!? な、なにを言っているのだよ! 美雪がいなければ足りないのだよ!」
「代わりにみゃみゃ(私)が出るみゃぁ」
「できるのか!?」
驚く雪羽に砂雪は頷いて返事をした。
小雪と砂雪は元々は別人だ。
二人は一卵性双生児として生まれた双子だった。
しかし、二人が賢一に拾われる前、【幻理世界】を彷徨っていた頃に、砂雪は死んでしまった。
しかし、【幻理世界】とは言わば精神の世界だ。
【物理世界】でも幽霊だとか、精神程なものだけが残ったもののことを呼ぶのだが、【物理世界】では幽霊とは見える者と見えない者がいるが、【幻理世界】は幽霊という名称ではないが、それに準ずる存在がある。
小雪を一人残したくなかった砂雪は思念となった残った。
しかし、幻子で出来た肉体がなければ【物理世界】の幽霊のように存在を保つことが難しい。
だから、小雪は砂雪と同化した。
一卵性双生児であり、幻子の構成が一緒だったため、デメリットもなく砂雪は小雪の体に馴染んだ。
しかし、二つの意識を同時に目覚めさせていると脳に過大な負荷を掛けてしまうことになる。そのため、二人は交代で日々を過ごすことになった。
だが、それは最初だけであり、元々体は小雪のものだ。元々二人は瓜二つとはいえ、それは変わらない。だから砂雪はいつしか表に意識を出すことがなくなった。
ずっと、ずっと眠っていた。
だけど、小雪は寂しかった。
賢一に拾われ、【T•G】へと入学した後、今の六花衆と出会い、友情を築いていくものの、砂雪は小雪にとってこの世界でただ一人の肉親。
だから、寂しかったのだ。
ずっと考えていた。
そして、至った。
「みゃみゃ(私)とにゃにゃ(小雪)が一緒に心装すれば美雪の『操作氷人形』のような、みゃみゃ(私)の入れ物を作ることが出来るみゃ」
砂雪が小雪の中にいるのは、入る入れ物がないからだ。
ならば、それを作れば良い。
それはある意味人間の体だけを複製するようなことになるのだが、二人の心装を合わせれば精密な氷人形を作ることが出来る。
それならば、十分入れ物には事足りる。
「……あなたたちは凄いですね」
「小雪は砂雪に知性を奪われているもうな気がするのだよ」
「知性担当の砂雪に、小雪は……盛り上げ担当?」
「それは雪乃だけで十分なのだよ」
「なんだとー! ……って、怒るようなこと言ってないか……」
雪羽は馬鹿にしていたのだが、それに気付かない雪乃に、雪羽は内心笑っていた。
「とにかくなのみゃ。美雪は美雪がしたいようにするやみゃっ」
「……ありがとうございます。砂雪」
「うんなのみゃ。……にゃにゃ(私)も同意見だにゃっ!」
「……それでは、行ってきますね?」
「「「いってらっしゃい」」」
「……はいっ!」
その時見せた美雪の笑顔は、今までの笑顔の中で、一番明るく、光のように輝いていた。
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第三ゲームが始まろうとしている中、楓は結サイドベンチから一人離れていた。観覧席にいたはずの六花もまた、姿が消えているようだった。
「六花、気付いたか?」
「はい。楓もですか?」
「そっ。結が試合で動けないしな。しゃーなしだ」
「しゃーなしって、確かどこかの方言ですよね?」
「さあ?」
「さあって、まあそんなことは良いです。それよりも、先ほど感じた気配を追いますよ」
結が美雪と一対一の戦いをしている時、会場のどこかからか、暗いオーラをまとった視線が注がれていた。
含まれる感情は敵意や悪意、憎悪や執念など、さまざまだ。
気配が上手く隠されており、ずっと居場所を掴めないでいたのだが、美雪が翼を出した時に、一瞬だがそれが揺らいだ。
おそらく、驚いて気配を殺すのをミスしてしまったのだろう。
想定外のことが起きた時、誰でも大なり小なり失敗をしてしまうことだ。
気配が漏れていたことを自分自身気付いていたらしい視線の持ち主は、急速にその場を離れようとしているようだった。
楓と六花の二人は合流すると、立ち去ろうとしている気配に向かった。




