7ー22 擬似奥義
結が先取点を取ったことで、会場全体がきれいに静まり返っていた。
そして、数秒遅れた後、思い出したかのようにポツポツと歓声が聞こえ始め、それはすぐに会場全体の大歓声へも育った。
「……なによ、今の」
「あの雨を全部、ゆっちは把握してたってこと?」
「そうなるな」
計算と自分の動きが一瞬でもズレればそれだけで結の全身は己の銃弾によって風穴フェスティバルになっていただろう。
危険な賭けのようにも見えるその行為に、会長たち三人は呆れ顔を浮かべていた。
「……まさか。あの中で動くとは想定外でした」
美雪は雨が止んだ後、ゴールへと突き刺さっているボールを拾いながら、小さく呟いた。
「流石はご主人様ですね。ですが、まだまだ、遠いですね」
まだまだ遠い。
あの人と肩を並べるにはまだまだ弱過ぎる。
「仕方がありませんね」
つぶやくと同時に美雪はため息をつくと、ボールを手にとって立ち上がった。
「禁止はされていませんが、使うのはこれを扱う幻操師として、常識を疑われてしまいますね。……ですが、要はこれを知らない人たちにこれが誰でも習得出来る技術だとバレなければ良いだけの話ですね」
美雪は一瞬悪どい表情を見せるが、すぐに平常運転のポーカーフェイスへと戻った。
(……あいつ、何か企んでるな?)
陽菜や六花のような、他のクールキャラたちと比べると、美雪のポーカーフェイスは甘い。
元々感情が荒ぶると止められないタイプなのだ。そのため、美雪をよく知る人物であれば、表情からある程度感情を読み取ることが出来る。
過去に美雪があんな悪どい表情を見せることは何回かあったのだが、そのどれもが良いことはなかった。
「はぁー」
後から来るであろう厄介事のことを考え、結は憂鬱そうにため息をついた。
結がゴールさせたため、次はゴール脇から美雪ボールで試合が再開される。
美雪と結がそれぞれ配置につき、試合再開を許可するホイッスルが響くと同時に、美雪はボール上に投げた。
「はぁ!?」
美雪の取った予想外の動きに、結は思わず叫んでいた。
それは単にボールを上に投げたからなどではない。
ただ、美雪が両手を合わせていたからだ。
(おいおいっまさか、美雪もジャンクション出来るのか!?)
自身の専売特許であるジャンクションの発動体制を取っている美雪に結は焦るが、すぐに頭に冷静さが舞い戻る。
(……違うな。あれはただのフェイクか? ……そもそも合掌はジャンクションを発動させるために通常よりも強い幻力が必要になるから、それを補うための増幅装置のようなもの。……ん? 美雪なら見ただけで合掌のメカニズムがわかるんじゃないか? …………まさかっ!?)
合掌はただの増幅装置だ。
それは幻力や感情、そういった精神的エネルギーを増大させる機能だ。
結はそうやって増大させた感情と幻力を使ってジャンクションを発動しているのだが、それは結の戦闘方法がジャンクションだけだからであり、別に合掌はジャンクション専用技術ではない。
一見、お祈りをしているかのような美雪の姿に、観客たちは言葉にできない感動を覚えていた。
しかし、観客たちはすぐに我に帰る。
なぜなら、突如として美雪を中心に激しい嵐が巻き起こったからだ。
吹雪のような嵐が美雪を包み込み、姿を覆い隠した後、吹雪は晴れた。
(あいつ、やりやがった!!)
それはその技術を知る者なら一目でなんだがわかる技術。
しかし、前の試合で結が合掌の後に突如として戦闘スタイルや、その能力が変わっているのを知っている観客たちは、それが本来なんであるかわからない。
観客たちにとって、それはただの合掌によって強化されただけに映っている。
「……はぁー」
「なぁ、会長?」
「……なによ」
「あれって禁止じゃないのか?」
「……いいえ。ルールには禁止なんて書いてないわ。そもそもあれはその技術名すら秘匿されてるのよ?」
「あはは、禁止なんて書くことできないんだよねー」
「まったく、美雪ったら。バレたらやばいってわかってるのかしら?」
「……ありゃ、わかっててやってるな」
「……でしょうね」
結と同様にして、憂鬱そうにため息をつく会長たちの視線の先にいるのは、【F•G】の制服ではなく、身に覚えのある水色の和装。
それだけならまだ良い。
ボックスリングを必須とするが、わざわざ脱いだりせずに一瞬で服を着替える術はあるのだ。
服装を変化させるだけなら良かったのだが、その和装の後ろ、背中の部分からは明らかに場違いなものがあった。
(あれ、氷の翼よね? 美雪たちってもしかして天使だってこと隠す気無いのかしら?)
天使の翼を思わせるその造形は、観客たちの視線を独占した。
「……凄い……綺麗」
それを見た観客たちはポツリポツリとつぶやき始めた。
しかし、それはその見た目の美しさに魅力される声ばかりで、美雪の正体が天使だということ。
そしてなにより、その技術がなんであるかという疑問を与えることはなかった。
前試合で楓もまた天使を思わせる翼を出している。
二人とも【F•G】に所属しているため、美雪もまた楓と同じように天使に憧れ、真似をしているだけと勘違いされているのだ。
「美雪、まさかそれまで出してくるなんてな」
「クスッ。ご主人様? 踊りましょう?」
「本当にその状態のお前は人の話聞かないなっ!」
その術の名前は『天使化』。
楓が使った偽物ではない。
正真正銘、本物の『天使化』。
幻操術にはその特性や、属性によって『氷操』などの言葉が前につく。『天使化』もまた例外ではなく。その正式名称は、
『擬似心装、天使化』
『天使化』はただの『強化』の発展系ではない。
ただの『強化』であれば、それほどの強化能力を得ることは出来ない。
その本来の力は擬似的な心装を作り出し、心力の使用を可能にすること。
幻力よりも何十倍の力を持っている心力を使えるようにする術、それが本来の『天使化』だ。
美雪は『天使化』を起動させると若干キャラが崩れる。
というよりも、他の六花衆曰く、昔の美雪に戻っているらしい。
奏と会う前の頃。
自分の力を過大評価し、傲慢し、驕っていた頃。
(あいつこれがゲームだってわかってんのか!?)
一抹の不安を抱きながら、試合が再開された。
「あーぁ。美雪ってば『天使化』使っちゃってるよ」
「それだけ美雪も本気ということなのだよ」
「にぇも、『天使化』発動するにゃら、にゃーして合掌したのにゃぁ?」
「……にゃーにゃー聞き取り辛いのだよ」
「そんなこと言われても困るにゃぁ」
「まーまー、小雪の場合昔からの癖なんだから仕方ないじゃん。んで、質問の答えだけど、単純に合掌することて発動する『強化』だと誤認させるためでしょ?」
「にゃんでそんな面倒なことするにゃぁ?」
「雪乃よりも小雪の方がアホの子なのかもしれないのだよ」
「あたしよりもってどういう意味!?」
「……ふっ。やはり二人とも同レベルなのだよ」
「いやにゃっ!雪乃と同じレベルなんて嫌にゃ!」
「小雪っ!?あ、あんたねぇっ!」
「ふふっ」
(まったく。あの子達は何を騒いでいるのでしょうか)
後ろから聞こえる騒がしい雪乃たちの声に、美雪は笑みをこぼすと、『天使化』状態であるにもかかわらず、昔の美雪ではなく、今の美雪に近い精神状態になっていた。
「ご主人様? ささっ、遊びましょう?」
美雪は双翼をはためかせると、その場から消える。
否、観客たちの目には映らないスピードで飛んでいた。
跳んだではなく、飛んだ。
美雪は両の翼を自在にコントロールして、空中を自由に進んでいた。
ただ直進するだけでなく、本来ならば身動きが取れないはずの空中で何度も直角に近いカーブをする美雪に、結は視界からその姿を見失った。
(いや、だがボールのある場所に現れるはずだ!)
先ほど美雪がそうであったように、美雪の『天使化』を見たことでこれを本物の戦いと錯覚してしまった結だったが、ゲームという言葉は忘れておらず、そのため先ほどの美雪よりも早く動いていた。
相手がシュートするよりも早く視界にボールを捉えた結だったが、そこに映るのは美雪ではなく、人の形をした氷の人形だった。
(心力なら操作弾を分身のように使うこともできるのかよ!)
それも、ただの氷人形ではない。
結の推測通り、それは操作弾によって出来た人形だ。
それはまるで本物の分身かのように、自在に動く。
『操作氷人形』
(くそっ!美雪自身はどこに……)
消えた美雪を探そうとする結だが、『操作氷人形』を放っておくことも出来ない。
結はジレンマに苦しむ中、苦渋の決断で消えた美雪よりも、今すぐにでもボールをどうにかしそうな『操作氷人形』を取った。
結は両方のトンファーを回撃で地面を叩くと同時に火速を発動させることで静止状態から急速に加速すると、宙を舞う『操作氷人形』へと接近すると、人形が動くよりも早くトンファーを振るい、人形がボールをキャッチしようとするのを阻止した。
すぐに火速を再発動して弾き飛ばしたボールを追いかけるが、そこには突如として消えた美雪が現れた。
(この距離じゃ間に合わないっ!)
今の結は合掌をしていない状態、つまり『ジャンクション=四人の女神』は発動していないのだ。
今から合掌しても到底間に合わない。美雪が氷壁を作っているように、通常幻操を扱うことが出来るのは四人の女神の中でも、『ルウ』ただ一人だ。
美雪が翼を操作して、翼でボールをゴールへと飛ばそうとしているのを見ながら、結は『始まりのトンファー』のギミックを一つ起動する。
(間に合えっ『変幻、鎖』っ!)
トンファーの先端部分が分離すると、離れた先端と結の持つ本体の間には鎖が引かれ、結はそれを鞭のように使って伸ばした。
回撃の勢いに合わせて放たれた鎖は美雪の翼打ちよりも早くゴールへと届き、先端が地面にあたることで跳躍し、ゴールポールに当たるたびに跳躍を続けわゴールの前に網のような防御壁を作っていた。
その網は美雪のシュートを防弾チョッキが弾を貫通させないようにただ硬く作られているのではなく、弾丸の回転によってたくさんの繊維を絡ませ、その弾の勢いを落として止めるかのように、ボールへと絡みつくと、ネットに触れる前にそれを止めた。
この【シュート&リベンジ】ではゴールの概念として、ゴールのネットにボールが当たった地点でゴールとなる。
そのため、このようにゴール内に完全に入っていたとしても、奥のネット部分までは届いていないためセーフだ。
結がボールを釣りの要領で手元へ戻すと、ほぼ同時に第二ゲーム終了のホイッスルが鳴った。




