7ー20 α? いいえ、アルファーです
「どうして……」
美雪には理解出来なかった。
第一ゲームが終わったことを示すホイッスルの音を聞きながら、そんな声が出た。
「美雪、お前は慎重だ。だから、ああ言えば絶対に威力をあげるために、間を作ってくれると思った」
「ま、まさか。……いえ、ですが、出来た間なんて一瞬のはずですっ。現在ある情報の中にあれを防ぐ術なんてないはずです!」
「言っただろ?私は常に進化を求めていると」
小さな違和感。
何がとまではわからなかったが、美雪は違和感を感じていた。
(気のせいでしょうか?)
後ろを向き、一旦ステージを降りる結を見て、美雪は疑問を一旦棚上げすると、自分のベンチに向かった。
「結」
「楓?なんでここにいるんだ?」
「選手にはサポートする人間が必要だろ?」
「なんだそれ」
楓はそう言って、笑いながらタオルを渡した。結は苦笑しつつ受けると、精密射撃の際に過剰な集中力を使うため、大量にかいた汗を拭いた。
「美雪、強いか?」
「あぁ、流石はリーダーだった幻操師だな。実力は既にSを超えてるな」
「だな。前にいた四人組の中で明らかに一人だけ実力が高い気がしたが、リーダーだったんだな、でもーー」
楓はためるように言葉を切ると、やや躊躇いを含ませた表情になった。
「だいぶ弱くなってないか?」
「……あぁ」
初めて会ったのは美雪が終末シリーズを放とうとしていた時だ。
その時と比べると、今の美雪は明らかに力が落ちている。
それだけじゃない、ここからは遠くで目視が難しいが、美雪の表情はかすかにだが苦しげに歪まれていた。
「美雪は『名持ち』だからな」
「……やっぱりか」
『名持ち』。
名前そのものに力が宿られており、名前から力を得ることが出来る者たちだ。
前にあった【H•G】のマスターこと、麒麟もそれであり。彼女には黄龍という真名が存在している。
彼女は『龍』の『名持ち』だったが、美雪は、いや、美雪たち六花衆は『雪』の『名持ち』だ。
「美雪たちは自分の名前を封じていない」
「じゃあ」
「美雪は美雪だ」
「……それって、不味くないか?」
本来であれば、『名持ち』は名に刻まれている力を封じるために、仮の名前を付けて、真名を封印する。
封印する理由は純粋に『名持ち』としての力が強大で、コントロール出来ないからだったり、『名持ち』の力に頼らないようにしたりと色々あるが、何よりもの理由はまた別ものだ。
『名持ち』たちがその名から受け取るものは、力だけではない、その意味と覚悟、言い合えれば、力というメリットと、リスクというデメリットを受け取る。
『龍』のデメリットは『凶暴化』。
好戦的になり、『龍』という圧倒的な力を使って敵だけでなく、他者全てを押しつぶそうとしてしまうようになる。
だから麒麟はその名前を封じており、麒麟のままでは勝てないと判断した強敵にだけ真名解放をする。
「雪のリスクは、『短命』だ」
「……短命?」
疑問からではない、驚きからの声だった。
「本物の雪が美しくあるように、美雪たちは美しい、だけど、雪の命は短く儚い。環境次第では一日もしない内に消えてなくなってしまう」
「……だからか。だが、それならなんで名前を封じないんだ?」
「『雪』の力を得るためには、美しさが必要だ。あいつらはそれに合格した。だけど『雪』の名前を封じてしまうと、あいつらの考える美しさが失われる」
「それって、真名封印をすると、姿が変わるってことか?」
「正確には一部だけだがな、あいつらの肌、白過ぎると思わないか?」
「……確かに、日焼け止めをしてるとしても、引きこもってない限りあの色は無理だと思うが……まさか」
「ああ。あの肌の色は『雪』の力だ。あいつらの考える美しさは、美白。雪のように白く、どこまでも白銀に染まっている。だけど、その真名封印をすればそれは同時に自分の白を封じることにもなる。あいつらはそれを嫌がった。たとえ短命という宿命を背負うとしても、美しくありたいと」
「……大変だな」
「ああ、あいつらは苦しそうに悩んでたよ」
「……いや、それだけじゃなくて、色々とさ。……まぁ、綺麗な自分を見て欲しいよな……」
後半は聞こえなかったが、昔もまだ中学生にもならない内から幹部として君臨していたからな。苦労はするだろうな。
「……なぁ。あいつらの美しさを保ったままで短命をどうにかすることは出来ないのか?」
「……このままの状況が続けば、あいつらの寿命は後十年もない」
結の言葉に楓を目を見開いた。
まだ中学生だというのに、残りの人生があと十年もない?
それも、あと十年という寿命はうまくいけばの話であり、それほど生きられる保証なんて全くない。
しかも、見る限りその寿命とやらは、元気なところで突然倒れてしまうのではなく、本当に寿命がなくなってしまうかのように、少しずつ衰退していくのだろう。
「どうにか……出来ないのか?」
楓のそれは心からの言葉だった。
一人の女として、彼女たちの人生をどうにかしてあげたい。
好きな人の前で美しくありたいと願うのは誰だってそうだ。
それなのに、それなのに……。
「……美雪は多分、あと五年もない」
「……っ! なんでっ!?」
「美雪の力は、他の三人よりも大きすぎたんだ。『雪』の力が増せば、同時に『短命』のリスクも増す」
楓は美雪に顔を向けた。
ここから反対側にあるベンチに見えるとは、美雪だけでなく、楓がここにいるように、サポートとして、友としている、六花衆の面々が見えた。
六花衆に背中をさすってもらっている美雪はベンチに座り、息を荒くしていた。
「……方法は、なにか方法はないのか!?」
楓は美雪の姿を見てそれが事実だと確信した。
急いで結へと振り返ると、結へ言い寄っていた。
目からは涙が溢れていた。
「……ない。……いや、正確には無くなった。あったって言うべきだな」
「それって……どういう……」
「もう、試合が始まる。俺は行くよ」
「……結……」
結は立ち上がると、先にステージの上で楽しそうな表情で待っている美雪の元に向かった。
第二ゲームもまた、第一ゲームと同じように、ボールはコート中央に置いてからのスタートとなった。
開始のホイッスルの直後、今度は美雪が先に動いた。
両手を重ねるようにしてボールへと向け、挨拶代わりにぶちかます。
『氷操、嵐氷』
一言で説明するのであれば、それはまさに吹雪だ。
同じ程度の実力を持っている二人の幻操師がいるとして、片方は炎。もう片方は氷の属性を使うとする。
使用する術は同種のものとした場合、どちらが勝つだろうか。
その答えは炎が勝つ。
それは大体とか、そんな曖昧なものではなく、確実に炎が勝つ。
その理由は物理的な何かではなく、また別のところにある。
純粋な術とした場合、同じ二第上位属性だとしても、炎属性の方が遥かに優れているのだ。
ならば、どうして氷属性が二第上位属性とされているのか。
それは他の様々な属性と比べ、同じにするには高過ぎる力を秘めているからだろうか?
それならば、炎を上位、氷を中位にでもすればいいだけの話だ。
理由はこれまた別の場所。
それは、氷属性が独自にもっているとある特性だ。
数ある属性の中で、氷属性は珍しく、元々高い威力が備わっているにもかかわらず、属性同士の複合が出来る点だ。
つまり、氷属性の使い手は、もしも氷属性以外に使える属性がある場合、たったの一人で擬似的な二重の幻を使うことが出来るのだ。
氷属性+嵐属性。
それが『嵐氷』だ。
『嵐氷』によってボールは勢いを付けて結へと向かった。
(試合開始前からの術の使用は禁止されていますっこれならジャンクションする暇はありませんっ!)
第一ゲームのラスト。絶対の自信を持って放ったあのシュートを止めた直接的な要因はわからないものの、そこには確実に間接的にジャンクションが存在するはずだ。
それならばジャンクション無しの状態で出来るだけ速く重い一撃を放てば良い。
「甘いっ!」
結は難なくその一撃を止めた。いや、正確には弾き飛ばしていた。
ボールは上の方へと飛んで行き、アッパーをした後のような体制をしている結の両手には、何かが握られていた。
「……それも取り戻したんですね」
「……あぁ。お前らに会ってやっとはっきり思い出した。俺が最初に手にした戦術であり、最初の武器」
美雪は結が手にするそれを見て、懐かしそうに目を細めた。
「なんだあれ?」
「あら? 楓はあの武器知らないの?」
「あたしあれ知ってる。ゆっちってば、また新しい武器出してきたね」
さっきは結と楓の間に入れずに、完全に空気になっていた会長と桜だが、楓のつぶやきに素早く反応すると、ないもの、というか足りないものを張っていた。
「攻撃よりも防御に重点を置いてる道具だけど、技量さえあれば強い一撃を生み出すこともできる攻防一体の武器」
「へぇー、あんな小さいものがなー」
(でも、あの形状、普通じゃないわね)
結が手に持っている道具の特性を自信満々にいう会長だったが、密かに自信を無くしていた。
何故なら、それは会長が知るものよりも明らかに形状が異なっているからだ。
形状的には本来あるべきなT字に近い形状をしているものの、それは、機械的な構造を内蔵しているようにしか見えない。
「……見せてやるよ。俺自身が作った六月流の戦い方をな」
「……拝見させていただきます。結。姫直々に鍛えられた戦い方」
「言ったろ? 六月流だってよ。奏から教わったことだけじゃない、それに俺流を合わせた。正確には六月法だけどな」
そう言って構え直した結が持つものは、奏をモデルに作り上げた唯一無二の法具。
「俺を、そして、この『始まりのトンファー』をな」




