7ー12 疑いの白兎
「確かに、それは不可解ですね」
六花の瞳には何か一筋の光が見えているような気がするのだが、気のせいだろうか?
答え……とまではいかなくとも、ヒントや疑いになりうる何か、不可解なアヤメという少女の闇に閉ざされたその正体、その光明にたどり着いているのであれば、是非教えてもらいたいのだが、六花はそれを否定するように首を横に振ると、改めて二人に視線を向けた。
「ひとまずそのアヤメという少女については置いておきましょう」
「何故だ?」
「今重要なのは、改竄されてしまっている記憶だからです」
六花の言葉に楓は表情を歪めた。
「改竄されている記憶の内容はアヤメについてだろ?それならアヤメが何者についてかを先にやった方がいいんじゃないか?」
「私は今回の事件、つまり記憶の改竄とアヤメの襲撃、この二つは別の目的によって行われたものだと思っています」
突然の六花の言葉に、結と楓の二人は大量の疑問符をオーダーしていた。
「何故そうだと思う?」
さっきは楓が聞いたため、今度は自分の役目だと思い、結が聞くと六花は、はい、っと頷いた後に説明を始めた。
「最初に言っておきますが、これはあくまでも仮定になるのですが、第一に、アヤメたちの目的です」
「アヤメたちの目的?」
「はい。一度目の襲撃があってから既に数日経っていますが、それ以降、襲撃の知らせは聞いていません」
まぁ、あなたたち二人の話は今聞いたわけですが、っと六花はいつものポーカーフェイスを少々不満気な色に染めると、話を進めた。
「鏡、剛木の一件、そして結、楓の一件、どちらもダーゲットは【F•G】の生徒です。
このことからアヤメたちの目的は【F•G】にあると考えられます。
もちろん、これはブラフで、本当は他の目的がある可能性もあるのですが、今は置いておきましょう」
これはあくまで仮定です、っと強調した六花は続ける。
六花の仮説を結と楓はちょくちょく相槌を打ちながら、うんうんっと首を縦に振って聞いていた。
「次に記憶の改竄についてですが、改竄された箇所がアヤメについてなので、一件アヤメたちの味方のように見えますが、そう考えると一つ不可解なことがあります」
「……なんであたしたちの記憶があるのかってことか」
ハッとした表情で答える楓に、六花は、そうです、っと頷いた。
「アヤメたちが【F•G】を襲っているということを隠すためにやったのであれば、私たちの記憶を残す必要はありません。
もう一度いいますが、これは仮定です。人為的に記憶を残したのではなく、偶然による産物の可能性だって十分にあります。
ですが私はこの説の可能性は低いと思っています」
「その心は?」
「残っているメンバーがあまりにも都合が良いからです」
「メンバー?」
結の問いに答えた六花に、楓が疑問顔を浮かべていた。
「自分で言うのは少々恥ずかしいのですが、生十会メンバーの中でも屈指の実力を持っている私。
そして私と同等……というには私の驕りが過ぎるのですが、実力は折り紙つきの楓。
そしてFランクでありながらSランク上位の実力を持っている結。
あまりにも出来過ぎていませんか?」
「……確かにな」
偶然記憶が残っているのが実力者たち。
むしろ実力者だからこそ記憶があるように思えるかもしれないが、その場合だと結に記憶があることがおかしい。
確かに、結の実力は六花の言う通り、Sランクの上位だろう。
しかし、それはあくまでもジャンクションを発動している状態だ。
いつもの結は起きている時に、目の前から攻撃されるのであれば昔ほどではないにしろ、自分人形の恩恵によって自動防御が出来るだろうが、この記憶操作は少なくとも広域幻操だ。
ジャンクションしていれば話は別だとしても、通常時の結では、それに抗う術なんてない。
つまり、結に記憶があることから、少なくとも結は人為的に記憶を残されたことになる。
「これではまるで、無駄な混乱を抑えてやるから、お前たちで秘密裏に解決してみせろ。そう言われているような」
実際に生徒たちの記憶が改竄されたことで、前にあったような生徒たちの混乱の可能性は無くなるだろう。
自分たちにとって強者であるはずの生十会メンバーがやられてしまい、不安で仕方がないはずの生徒たち。結と楓、桜や真冬の激励のおかげでどうにかなったものの、それがもう一度起きないという確証はない。
それでは六芒戦どころではなくなる。
「確かにそんな気がしてくるな」
「だが、仮にそうだとして、それをやったのは誰だ?」
「……問題はそれなんですよね」
何気ない楓の質問に、六花は深刻そうに表情を暗くした。
「少し調べれば出場選手の名前なんて簡単に手に入ります。名前さえわかれば少し大変ですが、それでも不可能ではない難易度でランクを知ることも出来ます。だから私と楓が選ばれた理由はわかるのですが、問題は……」
「……俺か」
六花はそういうと気まずそうに結に視線を向けた。
「例え結の名前を調べても出てくるランクはFです。予選でのことがありますのでなんとも言えないのですが、普通なら実力未知数の結ではなく、Sランクである会長を選ぶはずです」
これもまた、記憶を改竄したのが味方だったらという、前提条件があるのだが、事件の解決を少数精鋭に任せる場合、どれだけ予選で活躍していたからと言っても、プロフィールではFランクの結よりも、生十会の会長であり、Sランクである会長を選ぶのが筋だ。
しかし、六花が確認したところ会長も記憶が改竄されているらしい。
「つまり、記憶操作の術者は、会長の能力が戦闘力だけであり、尚且つ結の本当の実力を知っている者ということになります」
「……六花。それって」
重々しい口調で言う六花に、結は唖然とした。
ほぼ反射的に出た結の言葉に、六花は残酷にも、はい、っと頷いた。
「術者は【F•G】の者です」
「……そうなるか」
仲間の誰がが仲間たちの記憶を改竄した。
例えそれが助けるためだとしても、複雑な心境だ。
「六花は誰がやったと思う?」
正直結には見当もつかない。
記憶操作は超を何個付けてもいいほどに高難易度の秘術なのだ。
それを扱えるとすればSランク以上の実力を持っていることになる。
生十会メンバーを含めて、そんな奴は一人もいないのだ。
「確証はありませんが、可能性として一番高いのは……」
「日向真冬だろうな」
「……はい」
言い辛そうにしている六花の代わりに、楓がその名前を言った。
代わりに言ってくれた楓に、六花は頷きながらも、目で感謝を送っていた。
楓は小さく頷くことで返事をすると、ニヤリと笑った。
「だがその可能性は高いと言っても、あくまで一番高いってだけで、可能性としては低いな」
冗談のように言う楓に、結もそうだろうなと思っていた。
真冬のランクはBランク。
年齢を考えれば……いや、考えなくても十分過ぎる実力者なのだが、記憶操作を使うとなれば明らかに実力不足だろう。
「真冬は氷属性を使うからな。氷属性なら精神の凍結、つまり記憶への干渉が出来るんだが、いかんせん、真冬じゃ実力不足だ」
これじゃまるで悪口だ。
自分で言っていて自覚があるのか、楓はどうも顔色が優れなかった。
そんな楓を見る結と六花も、どこか顔色が優れない。
「……でも」
「真冬の可能性が一番高いな」
ぼそりとつぶやく結の言葉を盗むようにして、楓が呟いた。
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記憶操作の犯人の第一容疑者となってしまった真冬は、その頃、部屋で桜と話をしていた。
二人がしているのは所謂ガールズトークであり、その内容は九割が恋バナだった。
「へぇーっ!そうだったんですかぁー!」
「びっくりしたでしょー?まさかあの二人が付き合ってるなんて意外だよねー」
いくら戦いのプロフェッショナルであり、国の戦力である彼女たちも、年齢的には中学二年生の今、付き合ってるだと付き合っていないだの、そういうカップルの話には事欠かない。
実際、【F•G】のこの学年にも、判明しているだけで五つのカップルがいる。
そして現在、第六のカップルを見つけたらしい桜が、真冬に話していたのだ。
真冬は桜の話をキラキラに輝いた瞳で聞いており、興味津々なようだ。
「ねえ。真冬ちゃんは好きな人いるの?」
「ええっ!いきなり真冬の話ですかぁっ!?」
最近判明した新カップルの話から、突然矛先を自分に向けられた真冬は、アワアワと慌てており、もともと小柄な体を、さらに小さくしていた。
「ほらほらー。ユー言っちゃいなよー」
「うぅー」
ニヤニヤとしながら肘で突く桜に対し、真冬は目をバッテンのようにして恥ずかしそうに鳴いていた。
「ぶっちゃけ好きな人いますか?」
「……い……」
「いぃー?」
「……いる、ですぅ……」
いつもは止めてくれるストッパーがいないため、止まることを知らずにグイグイとくる桜に、真冬は真っ白な素肌を赤く染め上げながら、両手で頬を挟み、弱々しく言った。
「誰?ねえねえ誰誰?」
「うぅー。それは言わないですぅー」
「気になるなー。あたし気になるなー」
ニコニコとしながらしつこく聞いてくる桜に、真冬は指でバツ印を作ると、それを口に当てて絶対に言わないぞっという気持ちを示していた。
「へぇー。そんないう態度とっちゃうんだー」
ニヤニヤからニコニコ、そして再びニヤニヤへと戻った桜に、真冬は嫌な予感がしてその場から逃げ出そうとするものの、後ろからがっちりと桜に捕まえられてしまっていた。
「あぅー。離して下さいですぅーっ!」
「やだよーだっ!言うまで離さないよー」
「ぜ、絶対に言わないですぅーっ!!」
「おほほー。それはそれは良い覚悟をお持ちのことで。それなら、言うまでこうだっ!!」
「ふぇ?あっ、……あんっ……あぁ…………あはははははっ!」
最初はなにやら色っぽい声を漏らしていた真冬だが、桜渾身のくすぐりに、真冬は大声で笑っていた。
その日、女子生徒が泊まっているとある一部屋から、絶えず可愛らしい笑い声が聞こえ続けたとか。




