7ー8 二重VS二重
二重の幻。
それをわかりやすく言うのであれば合体技とでも言えばいいだろうか。
別々の術を融合させることによって、元となった二つの術の特性を引き継いだ上で、その威力を爆発的に高める技術のことだ。
その威力の上昇率は、一、五倍から五倍までと言われ、術を発動した二人の術師の相性次第でここまで威力が増減する。
桜の業火と陽菜の雷は、もともと火と雷が属性的に合わせるに相性が良いとされており、尚且つ二人の息は同じ生十会の仲間であるからなのか揃っており、その威力は通常の三倍まで高められていた。
二人の二重の幻は上空より斜め下に向かってゴールへと一直線に進んでいた。
地面との距離はまだまだあるにもかかわらず、ボールが通った場所はボールから発せられる火と雷の衝撃によって凄まじい粉塵を撒き散らしていた。
そして、ゴールに入る瞬間に、その粉塵はより一層激しさを増し、まるで爆発したかのように粉塵が飛び散った。
「私言いましたわよね?」
「……う、そ」
それを見た桜は、力が抜けてしまったかのようにその場に崩れ落ちた。
空中から無事に地面へと着地した陽菜もまた、その光景に唖然とし、瞳を揺らしていた。
そして雪乃はというと、一瞬驚いたように目を見開くものの、すぐに真剣な表情へと戻っていた。
三人の目に映る光景とは、ゴール前で腕を前に突き出し、激しい業火を纏った手によって、ボールを受け止めるアリスの姿だった。
「念のためにもう一度言わせて頂きますわ。
甘いですわよ」
アリスな不敵な笑みを浮かべていた。
「ええー!あれってハンドってやつじゃないんですかっ!」
「いや、手は触れてないからな。ハンドにはならないんだろうな」
手でボールを受け止めているアリスに、驚きの声をあげると、驚くと同時に混乱している様子の真冬に、楓は説明をした。
ハンドとはサッカーの中でも一般的によく知られているルールの一つで、単純にキーパー以外は手でボールに触れてはいけないというルールだ。
【キックファントム】のルールは基本的にはサッカーと同じだ。
そのため、手を使ってはいけないのだが、一見アリスは手を使っている。
しかし、直接ボールに触れているのはアリスの手が纏っている球状の火であって手ではない。
だからルール的にはセーフなのだ。
桜、陽菜、雪乃の三人が驚いた理由はアリスが手を使ったからなんてことでは断じてない。
術的には桜と陽菜と二重の幻なのだが、技的には雪乃の手伝いがあったから実現した今のシュート。
それは現在三人が持てる中で、最高の威力を誇るはずの一撃だったのだ。
しかしアリスは不敵な笑みを浮かべてそれを片手で取っている。
それが雪乃を除いた二人の心に深刻なダメージを与えていた。
「二人とも、そんなことしてる時間ないよ」
「雪乃……」
自分たちの最高の技をいとも簡単に受け止められて、意気消沈中の二人に雪乃はそう声を掛けると、ニカっと笑顔を見せた。
「現在三ゲーム目。得点は一対○で勝ってるんだよ?
このまま守りきればあたちたちの勝ちだよ」
残り時間を考えて、ここで得点を入れることが出来ればその時点で勝ちがほぼ確定するのだが、それでも勝っていることに違いはない。
このまま失点をしなければ勝ちはこちらなのだ。
「そうだったねっ!うんっ勝つよぉ!」
「……勝つ」
「そうこなくっちゃねっ!」
雪乃の言葉で元気を取り戻した桜は、立ち上がると同じように元気を取り戻した陽菜と、力強く頷き合った。
「あらあら元気ですこと」
元気そうに笑っている三人を見て、アリスは不敵な笑みを浮かべていた。その笑みにあるのは負けなどではなく、自分たちの勝ちを信じて疑っていない強い自信が感じられた。
「準備は終わりましたわね?
そろそろ行きますわよ」
「「はいっ!」」
アリスたちは別に相手が立ち直ることをただ待っていたわけではない、アリスはチームメイトの二人にとある指示を出して、その準備が完了するのを待っていたのだ。
アリスの問い掛けに元気よく返事をした二人に、アリスは満足気に頷くと、自分の火で作ったグローブ越しに掴むボールを空になげた。
既にポジションを正して、注意深くアリスたちの動きを伺っていた桜たちは、その突然の行動に目を丸くした。
アリスたちは自分のゴールの目の前、桜たちはゴールの中心よりもやや自分のコート側にいる。
桜たちが落ち込んでいる間にアリスの元へと戻っていた二人の選手を視界に入れながら、今から走ってもボールを奪うのは間に合わないと考え、それならばここで守りを固めると三人が考えを一致させていた。
相手の行動の意図が理解出来ずに、疑問符を浮かべていた三人だが、アリスたちはそんなこと御構い無しに行動を開始した。
まず、ボールを投げたアリスは球状の火をさらにグローブのように変化させて、まるで火で出来た右腕のようにそれは変化していた。
体制を低くしてどっしりと自分の体を支えながら、左足を前に、右足を後ろへ引き、半身になった状態で右腕を、顔の近くで引いていた。
左腕は前に突き出されており、その格好は明らかにこれから正面を殴りますと言っているようなものだった。
対して、残りの二人はというと、アリスよりも少し前に出て、左右からアリスの前方に位置する場所で互いに向かい合っていた。
その手は前に突き出されており、何かを耐えているかのように二人の顔色は優れなかった。
二人はアリスが桜たちの二重の幻を受け止め、アリスの元に駆け寄った後から、ずっとそうしている。
上から見ると一辺三メートル程の正三角形を作っている三人は、アリスが真上に投げたボールが落ちてくると同時に、動いた。
まず、向かい合っている二人の女子生徒が法具を起動させて術を発動していた。
どうやらさっきまで辛そうに表情を歪めていたのは、幻力を限界まで溜めて、それを一気に注ぐ作業に没頭していたからだったらしく、今はもう楽そうだ。
幻操術の威力はそれを発動する式によってあらかじめ威力が決まっているのとは知っているだろうか?
使う幻操師によってその威力は多少増減するものの、同じ幻操師であればその威力が変わることはほぼない。
幻操師によって威力が増減する理由は幻力の密度、純度と呼ばれるもののためなのだが、これは一般的に知られていない。
必要以上の幻力を込めても無駄な行為だ。それどころが式が壊れて暴発する可能性がある。
ならばどうするか、それならば幻力の純度をあげればいい。
しかし、元々体内を巡っている幻力の純度をあげることは簡単に出来ることではない。
しかし、一瞬だけそれを可能にする技術がある。
それが『タメ』だ。
必要量以上の幻力を体外に放出。それが外の世界に溶けないように体外維持をした状態で、それを圧縮していく。圧縮することによって量、というより体積だろうか、体積を必要量ちょうどにした後、それを式に注ぐ。
こうすることによって式を壊さずに通常以上の幻力を込めることが出来る。
これは圧縮によって無理やり純度、密度を上げたわけだが、これをやる幻操師は滅多にいない。
【R•G】という、女性限定のエリート学校の中でも、選抜メンバー、それもこの学年で一番強いアリスと同じチームの二人の実力が低い訳がない。
二人ともAランクの実力者だ。
その二人が苦しみに顔を歪めてしまうほどの難易度を誇るのが、この幻力圧縮法なのだ。
並の幻操師は使わないのではなく、使えないのだ。
それは兎も角として、そんな大変なことまでして発動させた術とは風属性の術の一つ、『風操、突風』だ。
単純に突風を作り出す術なのだが、向かい合った二人が互いにそれを発動することで、二つの突風が激しくぶつかり合っていた。
しかし、ただぶつけ合っているだけではなく、互いに若干角度をつけていたようで、ぶつけ合っていた地点な少しずつ渦となっていき、その大きさを増していた。
渦の直径が一メートル程度になると、二人は角度を調節してそれ以上渦が大きくならないようにした。
しかし、それは術を止めたわけではなく、突風に晒され続けている渦はその回転スピードをみるみる上げていっていた。
ボールがちょうど、アリスの拳を突き出せば綺麗に当たるであろう地点に達した瞬間、アリスは拳を振った。
拳が触れた瞬間ボールは激しい業火をまとい、そのまま目の前にある突風の渦へと進入した。
弱い火に強い風を与えると火は消えてしまうが、強い火に風を、つまり空気を与えると火はより一層強くなる。
アリスの業火は小さな火などではなく、まるで地獄の業火だ。
渦をゲートのように通り、その先から出できたボールは、纏う業火をより一層に燃え上がらせていた。
「何あれっ!」
桜たちがその業火に驚く中、さらなる驚きが彼女たちを襲った。
なんと、ボールの後ろを追うようにして、本来あるはずの大きさよりも、はるかに大きい燃え滾る人の腕が伸びていた。
『火拳=伸』
『火拳』は燃え盛る腕を対象を殴る術だ。
この『火拳=伸』はただ殴るのではなく、拳を延長するかのように、腕の形をした火弾を放つ。
見るものからすればまるで腕が伸びたかのように感じられることからこの名が付いている。
それが二人の突風による渦『風操、突風門』によって威力を増し、巨大化したのだ。
この場合、例え『火拳』に当たったとしても、それはボールへ向けた術に当たってしまっただけと判定され、対戦相手に術を使ったことにはならない。
しかし、それが悪質なものであればその限りではないが、この場合はセーフだ。
しかし、目の前にある元の大きさよりもはるかに大きい業火のボールと、それに見合う大きさになっている業火の拳相手に、真正面から受け止めることなんて出来るはずもない。
受け止めようと手を伸ばした瞬間、ボールの纏う業火によって灰ににされてしまうだろう。
残される手段は、
「雪乃っ!」
「わかってるっ!」
桜の叫びに答えるようにして、雪乃は式を発動させると両手を地面についた。
こうすることで地面伝いにより幻力を送ることが出来、術の完成度が上がる。
『氷操、氷壁』
さっきのよりもより頑丈な壁を作り出した雪乃たちは、このままここにいるとあの業火に燃やされてしまうため、横に飛んだ。
そして、ギリギリ飛んだ三人の横を掠めるようにして、アリスたちの放った二重の幻が炸裂した。
ボールが壁にぶつかった途端、ボールが纏っていた業火が一瞬で消え失せるものの、氷壁には小さながら確かに穴ができていた。
そして穴が自動修復される前に、ボール越しに業火の拳が突き刺さった。
その業火は氷壁と数分間ぶつかり合った後、大量の水蒸気を発生させてその姿を隠した。
桜たち、アリスたちが互いに息を呑んでどうなったのか水蒸気の中に視線を注ぐ中、ただ一人雪乃だけが拳を強く握りしめていた。
水蒸気が晴れた先にあったのは、ゴールに深々と突き刺さっているボールだった。




