7ー6
「まーまー。そんなに落ち込まないでよー」
選手控え室に大粒の涙を流す三人の男子生徒と、その三人を励ましている赤みがかった茶髪の少女がいた。
男子生徒三人は悲しそうに、そしてなによりも悔しそうな表情を浮かべてベンチに座っており、少女は座る三人の前に立ち、気まずそうに頬を掻いていた。
「すいません雨宮さん」
「あたしに謝る必要なんてないからっ。三人とも良く頑張ったじゃん!」
伏せていた顔を上げて、桜に頭を下げて謝る服部に、桜はそう言葉をかけるものの、三人の心が晴れる様子はなかった。
「えーとーー」
「やめとけ桜」
「……ゆっち」
掛ける言葉を探している桜の肩を後ろから掴んだ結は、振り向いた桜に向かってそう言い、首を横に振った。
「今はそっとしといてやれ」
「……うん。わかった」
桜はもう一度三人に視線を向けると、さっき頭を下げた服部の足元が僅かにだが濡れていることを見て、目を大きく見開くとそっと目を伏せ結と共に控え室を出た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
三人が負けた後、桜はまるでミサイルのようにその場から駆け出し、選手控え室へと向かった。
結は三人の今の気持ちを思い、そっとしてあげようと桜を連れ戻した後、みんなのいる観覧席にすぐには戻らずに、桜と二人歩いていた。
「辛そうだな、桜」
「……うん。あたしもほら、負けを経験してるしさ」
「……そうだったな」
桜が言っているのは六芒戦での出来事ではない、四月。結が【F•G】に入学した頃に突如として出現した人形イーター。
幻操師ランク、Sに相当する化け物に、桜はなす術も無く敗北をしている。
あの時、結がすぐに駆けつけなければ桜の今ここにいなかっただろう。
「ありがとね。ゆっち」
「……気にすんな」
あの時のことを思い出し、桜は少し照れたようにお礼を言った。
その時の桜の表情は印象的で、その魅力的な笑みを忘れることはないだろう。
「あっそうそう」
照れた表情から一変して、桜は思い出したかのように両手をポンっと叩くと、そんな風に話を切り出した。
「いきなりなんだよ」
「まだ先の話になるんだけどさ、【個人闘技】で当たるといいね」
「唐突じゃないか?」
「えへへ。あの時はゆっちに心配掛けちゃったからさ。もう大丈夫だってこと、試合で示したくてね」
「……そういうことか。そうだな、どうせならそういった場所で示してもらいたいものだな」
「わぁお。余裕ぶってると負けちゃうぞ?」
「すごい自信だな」
「まあね。あたしだって遊んでたわけじゃないもん」
そう言う桜の目付きは真剣そのものだった。
いつも明るく、ふざけているようにも見える桜のその珍しい眼差しに、ギャップ効果なのか結は思わずドキリとした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
残念ながらCチームは敗退してしまったが、まだBチームが残っている。
本戦はそれぞれのブロックで勝ち進んだ三チームによる総当たり戦と、総当たり戦の一位たち三人による総当たり戦が行われる。
つまり、勝ち進めば四試合することになる。
Bブロックでは桜たち【F•G】、一回戦で戦った【H•G】、そしてこれから戦うことに【R•G】の三校だ。
現在は【H•G】と【R•G】のBチームが試合をしているのだが、
「やっぱりすごいね」
「そうだな」
【R•G】の選手として出場している一人の女子生徒を見つめ、桜は思い知らされるような思いでいた。
桜と共にその彼女と実際に会い、話したこともあり、結としては戦ったこともあるその少女に、二人は同じ思いを抱いていた。
あの時よりも明らかに、明らかに強い。
その少女とは、【R•G】の秘蔵っ子こと、アリスだ。
結たちが会った頃のアリスは、自分の力を慢心し、言うならば井の中の蛙だったのだ。
しかし、結と戦い、敗北を喫したことで、井の中から脱し、才能だけの力ではなく、その心が強くなったのだろう。
交流会で会った時に思ったが、あの時のアリスは前と雰囲気が違かった。なんというか、とても柔らかくなっているように見えた。
もちろんそれはお肉がプニプニになっているとか、そんな理由ではなく、美しいものには棘があるの字の如く、近づくものには問答無用で棘を突き刺すような雰囲気があったのに、それがなくなっていた。
しかし、それは牙を失った獣のようという意味ではなく、むしろ能ある鷹は爪を隠すといった感じだった。
(そういや、宣戦布告されたけど、今やったら勝てるか正直怪しいかもな)
アリスの試合は見事の一言に尽きる。
それに対してアリスの試合はキーパーをおかずに、三人一緒に攻め、三人一緒に守る。
見ていてメリハリのある、攻防をしていた。
桜たちは奇襲によって突破したのだが、試合開始直後に、【H•G】は桜たちとの試合した時にもしたように、土の壁を作ってゴールを守っていた。
しかし、あろうことかアリスはそれを真正面から叩き潰していた。
力押しと言われればおしまいなのだが、あの強力な防御を突破しないことには得点はありえない。
策もへったくれもない、正真正銘の力押し、しかし、それは高い実力を持っているからこその戦法。
それがアリスたちの試合だった。
試合の結果はアリスたち【R•G】の勝利となった。
これで【H•G】が決勝に上がることはなくなひ、Bブロックから決勝に上がる一校は
【F•G】と【R•G】、そのどちらか一方となった。
そして、Bブロック。
【F•G】と【R•G】の試合が始まろうとしていた。
「……桜。相手知り合いでしょ?作戦考えて」
「ひ、ひなっち今回はいきなり良く喋るね」
試合開始一○分前、二つある選手控え室の片側に【F•G】陣が揃っていた。
この試合は決勝へ行くために勝たなくてはならない試合になるのだが、それと同時に相手のチーム、アリス率いる三人はおそらく今回の【キックファントム】で最も強敵だろう。
会長と六花、二人が他校の戦力を測った時に出た答えがそれだった。
Sランクのアリスに、Aランク二人で構成されているそのチームは、全ブロックの中で最も実力が高いだろう。
そのため、この試合はある意味、決勝でもあるのだ。
「陽菜って結構負けず嫌いだからねー」
雪乃は手を口元に当ててニシシっと笑っていた。
陽菜に表情の変化はない。
すると、雪乃は突然真剣な表情になっていた。
「つまり、作戦ないと勝てないくらい相手が強いってことだね」
「でも、雪乃さんがいれば勝てるんじゃない?」
真剣な表情でいう雪乃に、桜は雪乃たちの力を見ているため、それを前に見たアリスと比べた結果、正直負ける気がしなかった。
確かに、自分や陽菜だけじゃ辛いかもしれないが、雪乃の力が加われば相手に得点されることを想像できないのだ。
それだけ雪乃の氷は早く、硬い。
だから真剣になっている二人と違い、桜は余裕顔を浮かべていた。
「あーあれ?言っておくけど、前に見せた実力今ないよ?」
「……へ?」
「だーかーらー、初めて会った時に見せたような力、今のあたし、あたしたちにはないよ」
「……気付いてなかったの?」
「え?え?」
雪乃の言葉に驚きもせずに、納得顔ーーぱっと見では無表情にしか見えないがーーを浮かべている陽菜を見て、桜は二つの意味で驚いていた。
疑問符をこれでもかっというくらいに浮かべている桜に、雪羽は苦笑いを浮かべながら話し出した。
「あたしたちの強さは姫の加護があってのものだったからね。今のあたしたちにはSランクの上位程度の力しかないかな」
「……十分強い」
恥ずかしそうに言う雪乃だが、Sランクの上位と言えば、マスターランクの一歩手前だ。
十分過ぎるほどに強いのだが、確かに前見た時の力と比べると、見劣りしてしまうかもしれない。
(って!どれだけ前すごかったの!?)
雪乃曰く、加護は次第に小さくなっており、あの時は少し加護が残っていたのだが、今ではほぼ残っていないらしい。
「それに、あたしが見る限りだけど、相手チームの女の子ってさ、Sランクだよね?」
「……うん。【R•G】の秘蔵っ子、アリス。ランクはSだったよ。っあそういえば、試合の前にゆっちが言ってた」
「バカ主が?」
「ばかって……あはは、まあいいや。それで、今のアリスを前のアリスと同じレベルだとは思うなよ、だって」
桜の話を聞き、雪乃は考え込むように手を顎に当てた後、すぐに納得顔で頷いた。
「ふーん。わかった。じゃあ、作戦なんて無駄だね」
「へ?なんで?」
「付け焼き刃の作戦じゃ一瞬で突破されるから」
真の強者と戦う場合は、小細工なんてしている暇なんてない。
その場で考えた作戦なんて、どこかに一瞬でも現れる歪みをついて壊されてしまう、それでどころか致命傷を受けかねない。
雪乃は結の言った意味を、ほぼ的確に理解していた。
今のアリスは今のお前と同じレベルだ
正確にはアリスの実力は前のようなただのSランクではなく、それ以上の力、つまりSの中でも上位に値する力を得たということになる。
これを噛み砕くとさっきの意味になる。
「さっき見てたけど、アリスの主属性って火だよね?」
「うん。そうだよ」
「それならあたしも攻撃に回るね」
「あっ、そっか。氷の壁と火じゃ相性悪いもんね」
「そういうこと、それじゃ、行こっか」
雪乃が二人にそう言うと、桜と陽菜は力強く頷いた。




