7ー5 古式幻操
桜たちBチームが勝ち進んだ後も試合は続き、今度はCチームの出番となった。
「うぅー。き、緊張しますね」
「あははっ。頑張りなよ?」
緊張しているのが一目でわかるくらいに、ブルブルとしているCチームの三人、風魔、服部、藤林の三人に、桜は苦笑いを浮かべながらも肩を叩いていた。
「そんなに笑わないで下さい、雨宮さん」
「だって仕方ないじゃーん。予選は普通だった癖にさあー」
「予選と本戦とじゃ違いますってっ!本戦は予選と違って観客がたくさんいるんですよ!?」
予選の時は一般生徒がいなかったり、唯一いる他の選抜メンバーたちも、自分たちの練習に忙しく、他のメンバーの予選の応援に行く余裕がないことが多く、観客は基本的に一桁だった。
しかし、本戦となると人数は数倍では足らず、四桁に及ぶ生徒たちが見に来ているのだ。
彼らも【F•G】の代表として出ているため、プレッシャーはすごいことになっているだろう。
「そんなもんかなー?」
「そうですよ!」
緊張に固まる三人とは違って、緊張感ゼロのハイテンションで本戦へと出場していた桜は、三人の気持ちが理解出来ずに、首を傾げていた。
「まあーでも、やれるだけことをやれば結果がどうあれ、みんな労いの言葉はあっても、貶すようなことはしないと思うよ?」
「雨宮さん……」
「まっ、負けたらあたしは怒るからね?」
「雨宮さんっ!?」
三人が緊張している理由の大半を占めるのは、もしも負けた時に自分たちへ送られるであろう文句などだ。
だから桜はそんなことをないよということで三人の不安を取り去ると、この三人の場合、元々は喧嘩で法具を取り出してしまうほどの問題児だったのだ、多少の緊張感を持たせるために桜は冗談交じりにあははっと笑いながら言うと、三人のうち、前に桜に怒られた二人、風魔と服部が顔を青くして叫んでいた。
桜はもう一度がんばってねっと声を掛けると、選手控え室から出た。
(まったく、世話のかかる子達だねぇー)
前に説教したことがあるからなのか、まるで母親、というより先生のような気持ちになっている桜だった。
「おっ桜。あいつらどうだった?」
「どうだったじゃないよゆっち。もうガチガチになってたよ」
「おいおい、それじゃ勝てる試合も勝てないだろ?」
「うん。だから緊張ほぐしてきた」
「やり過ぎてないだろうな?過度な緊張感はアウトだが、適度な緊張感ならむしろメリットになるんだが?」
「わかってるよー。だから最後にちょっと脅してきちゃった」
「脅してきたってお前……」
観覧席に向かう途中、結と合流した桜は、選手控え室から出てきたところを見られたため、結に三人の様子を聞かれていた。
様子を聞きた後、脅してきただなんて、あははと笑いながら物騒なことを言う桜に、結は苦笑いを浮かべるのであった。
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Cチームの対戦相手は【F•G】のチームだった。
近距離戦闘に特化している【F•G】の生徒たちは、肉体活性系統の術を得意にしており、その身体能力は並みでない。
桜たちBチームとは違い、この試合では互いに身体能力任せのサッカーになっていた。
ゴール前に手を使うことは許されていないが、互いにキーパー役を一人置いて、残りの二人でパスをしながら攻める戦法を互い取っており、観客としては熱い試合になっていた。
(まあ、でも、幻操師ぽくはないけどな)
幻操師とは言ってみれば現代版の魔法使いに等しい、そのため幻操師といえばファンタジーな世界である、炎や氷などの、見るからに魔法のような超異常現象を引き起こすこたが、この試合は互いに『身体強化』をしているだけ。
その威力は選抜メンバーだけあっめこちらの三人も高いのだが、相手の選手はそれ以上の『身体強化』使いらしい。
どこぞの超人サッカーの如く、【物理世界】では見ること叶わないボールのやりとりがされている中、一点、また一点と互いに得点を獲得していた。
しかし地力が違うのか、【F•G】は劣勢になっていた。
「くっ。二人ともやるぞ!」
「おうっ!」
Cチームの三人にはある共通点がある。それは三人とも忍びに関係する家系だと言うことだ。
地力と『身体強化』の強化力で負けているのであれば、他の工夫をしなくてはならない。
キーパー役をしている風魔がそう叫ぶと、答えるように残りの二人も叫んだ。
相手に得点を挙げられてしまったばかりのため、ボールは現在服部が持っている。
蹴れば蹴るだけ幻力を吸収するというボールの特性上、ドリブルよりもパスを繋げる方が戦術的に良い。
風魔はキーパーをしているため、服部がパスを出来るのは藤林だけだ。
しかし、相手はパスなんてさせるかと言わんばかりに、一人の生徒が徹底的に藤林をマークしていた。
身体能力で劣っているのだ、藤林が前に出ることは出来ないだろう、目の前からは相手チーム最後の一人が、ボールを奪うべく一直線に走って来ている。
服部は覚悟を決めたかのように表情をキリッとさせると、まるで忍者の如く、胸の前で両手の伸ばした人差し指と中指を十字を作るように重ねた。
「ちょっと服部ってば何やってんの!?」
「相手選手が目の前にいるのに『身体強化』の出力を落としたですぅ!?」
服部の突然の行動に、桜と真冬の二人が焦る中、服部は重ねていた手を戻すと、なんと、パスをせずにドリブルを始めた。
「ちょっとなんでドリブル!?消費幻力並みじゃ済まないよ!?」
「いや、仕方ないだろ。風魔はキーパーで動けないし、藤林じゃあの相手選手からは逃げられない。つまりパスっていう選択肢はないんだ」
「でもゆっち、だからと言って、あのボールでドリブルなんて自殺行為だよ!?」
「いや、違うな」
焦る桜に言ったのは、楓だった。
楓の言葉に桜は疑問符を浮かべているようだった。
「違うって何が?」
「よく見てみろ。服部の顔に疲れが見えない」
「えっ?」
幻力を急激に失うと、それは疲労として現れる。前に結がそうだったように、ドリブルなんてすれば一気に幻力が減ってしまい、過度の疲労に襲われるのだが、ドリブルをしている服部の顔に疲労の色はまったく見えなかった。
目に幻力を集中させることによって、視力を高めることが出来るのだが、それによって涼しい表情をしている服部を見た桜は、疑問符をさらに増やしていた。
「ちょっ、なんで疲れてないの!?」
「桜。彼の足元を良く見てください」
桜に助言をしたのは六花だった。
言っている意味が良くわからなかった桜だが、とりあえず六花の言う通り、服部の足元に注意を集中させると、不自然なことを一つ発見した。
「あれ?さっきから足がボールに触れてない?」
ぱっと見ではドリブルしているように見えるのだが、良く見ると服部の足とボールはさっきから一度も触れ合っていなかった。
「幻操の使用が禁止されてるのは相手の選手にだけ。つまり、ボールや自分には使っていいんだ。多分両足の周囲に風を纏わせてるんだろうな」
楓の解説に、桜は納得したのか、うんうんと頷いていた。
「それに、あれは珍しいことに手式ですね」
「手式?」
六花の言った手式という聞きなれない単語に、桜は再び首を傾げることになっていた。
「手式とは幻操術を発動するための式の一種です。過去、幻操術の研究が本格的に始まる前、日本の忍びたちが使っていたものですね」
「あーそれあたし知ってる。あれだろ?六種類ある式のやり方、六式の一つで、手式は確か手の動きや組み方、体の動きを式として使ってるんだよな」
「そうですね。先ほどの両手の指を十字に重ねた仕草、おそらくあれが手式だったのでしょう」
「法具を必要としない古式の術だな。今では希少種とされているが、やっぱり忍びって本当にいたんだな」
忍びたちは手式だけで術の発動を可能にしていたということは、知識としては持っていたが、本当に手式だけで術を発動しているのを見るのは初めてだったらしく、興味深そうに楓はそれを見ていた。
足が触れる前に、足の周囲を覆う風によってボールを蹴ることで、ドリブルを可能とした服部は、その後点差をどんどん縮めていくのだが、既に時遅く、残り後一点で同点になるというところで、試合終了のホイッスルが鳴った。




