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7ー2 女心はわからない


「えーと、桜?」


 突然頭を深々と下げられた鏡は、何よりも混乱しているようだった。


(まあ。突然頭下げられたらそうなるよな)


 今の鏡の心情は読み取れて、結は苦笑していた。


「おい桜?それはなんの謝罪なんだ?いつもの特に意味もない暴力についてか?」

「うん。……そう」

「え、マジ?」


 鏡はこの空気をどうにかするべく、無理やり笑みを浮かべながら適当に言うと、これまた予想外なことに、その適当が当たってしまったようだった。


「その、いつも本当にごめん。なんていうの?鏡って頑丈だからついついやり過ぎちゃうっていうか、その……とりあえず、本当にごめん」

「な、なんだこれ。……あっ!わかったこれあれだなっドッキリってやつだなっ!」


 鏡は納得したかのように手を叩き、さっきの緊張はどこに行ったのか、大声で笑い始めていた。

 一方、桜はというと、未だに頭を下げたまま、プルプルと震えたいた。


(ん?震えてる?)


 なんとなくだが、嫌な予感をした結は、その場から一方下がっていた。

 どうやらその嫌な予感を感じ取ったのは結だけじゃなかったらしく、大声で笑っている鏡を除いた近くにいる全員が、その場から離れていた。


「……の、……」

「いやー。桜にしては面白かったぜ」

「この、バカヤロウっ!!」


 怒りで顔を真っ赤にした桜は、相手が怪我人、それも結構重傷だということも忘れ、見事な回し蹴りを鏡の腹部にクリティカルヒットさせていた。


「ぐふぅっ」


 案の定、蹴りが来るなんて予想だにしていなかった鏡は、桜の回し蹴りによって、遥か後方に飛ばされていた。


「あっ、やば」

「おい桜!?鏡って、結構重傷人だぞ!?」

「だ、だって鏡がっ!」


 蹴り飛ばした直後に、鏡の現在の状態を思い出したのか、青ざめていた。

 それを間近で見ていた結は、桜にそう叫ぶが、桜は言い訳をいいつつもそわそわと慌てふためいていた。


「鏡を病棟まで運ぶわよっ手伝いなさいっ!」


 桜の当然の奇行に、まわりがざわざわしているところ、会長は颯爽と現れ、周りの生徒に指示を出し、会長に言われた二人の男子生徒が、気絶しているようの鏡を抱え、病棟へと運びに行っていた。


「桜。お前……」

「だ、だってっ。人が真剣に謝ってるのに鏡の奴っ!」

「まあ。その気持ちわからんでもないが、手加減ぐらいしてやれよ」

「あはは。蹴ることについてはなにも言わないんだ」


 蹴ったかどうかではなく、その蹴りの威力について注意する結に、その会話を聞いていた楓は思わず苦笑していた。


「楓おはよー」

「おはよう桜。さっきはなんで急に謝ってたんだ?」

「えっ?えーと、それは……」


 桜は気まずいそうに両手の指を胸の前でツンツンとさせながら、チラチラと結の顔色を伺っていた。


「結にも関係あるみたいだな」

「そうなのか?」

「う、うん」


 桜は覚悟を決めるようにツンツンさせていた手をギュッと握り、うつむき気味だった顔を上げて、真っ直ぐに結を見ていた。


「ご、こめんなさいっ!」

「……は?」


 顔上げたのは一瞬のことで、桜はすぐさま深々と頭を下げていた。

 結だけでなく、隣に来ていた楓もまた、意外そうにしていた。


「えーと、なんについてだ?俺は別に桜に何かされた覚えはないんだが?」

「いや、私が鏡を怪我させちゃったから結は【キックファントム】で一人で出場ことになっちゃったし……」


 そういえば、前にプールで桜が鏡を気絶させていたな。

 桜はそのことについているようだが、あの後、鏡は割とすぐに起きたし、【キックファントム】に出られなかった理由にはならないのだが、まあ、桜が謝ってスッキリ出来るなら問題ないか。


「そんなに気にしなくていいよ。むしろこれで出場競技が少なくなったからな、負担が減ってありがたい」

「そっか……ありがと、ゆっちは優しいね」

「さあ?なんのことだ?」


 結が惚けていると、桜はつきものが落ちたようにいつもの元気が溢れる笑みになると、バイバイっと一言を残し、会議室から立ち去った。


「意外だな」

「なにがだ楓?」

「思ってたよりも桜は繊細なみたいだな」

「そうだな」


 鏡が【キックファントム】に出場できなかった直接的な原因はあのアヤメとかいう女のせいなのだが、その前に桜が鏡を気絶させており、そのせいでアヤメに負けたのかもしれないと思っているのだろう。

 いつも鏡と喧嘩している桜だが、桜は誰よりも鏡の力を認めているのかもしれない。

 だから、自分がなにもしなければ鏡は奇襲程度で負けなかった。

 だから鏡が【キックファントム】に出られなかったのは自分のせいだと、もしかしたずっと悩んでいたのかもしれない。


「あっ……」

「ん?どうした結?」

「会長に昨夜のこと報告するの忘れた」

「……あっ。そういえばそうだな。まあ、夜の会議でいいんじゃないか?」


 しまった顏をしている結に、楓は冷静にそう言っていた。

 昨日の奇襲は夜の会議の後だ、昼間は各自周囲に警戒をするように言っているため、奇襲をするのであれば昨日と同様に会議後になるだろう。

 それならば、夜の会議に報告しても遅くないと考えた楓だった。


「まぁ。そうだな」


 楓と同じことを思った結は、六花と共になにかの作業をしていて忙しそうにしている会長をちらりと見ると、すぐに視線を戻した。


「あれ?なんか六花いつもと違うな」

「そうか?」

「なんか、動揺してるような感じ?」


 楓に言われ、今度は会長メインではなく、六花メインで視線を向けると、確かにいつものポーカーフェイスが崩れているように見える。


「六花は会長と一緒にこの六芒戦で勝つために全力だからな。疲れが溜まってても不思議じゃないだろ?」

「……まあ。そうだな」


 結と楓は視線を戻すと、共に会議室を出た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 会議はそんな長く無く、【キックファントム】に参加しない結からすれば、今日は残りフリーだ。

 それは楓も同じであり、まだ昼には早いが結と楓の二人は前に来たカフェテリアにいた。


「それにしても、前見た時も思ったが器用だな」

「ん?そうか?」


 このカフェテリアには給仕がいない。そのためメニューを選んだ後は、料理が出来上がった後に自分で取りに行くのだが、楓はそれを思念で動く氷の人形に全てやらせている。

 結局は楓が思念で動かしており、自動なんかではないのだが、楓は氷の人形を動かしている間、食事の手を止めたりはせずに、食事と思念による氷人形の操作を同時に行っている。


「にしても、楓がそういう料理食べてる姿は、なんか様になるな」


 この店は給仕がいないだけで、出て来る料理は超が付くほどの一級品だ。

 それは味だけでなく、上等なレストランで出てくるような見た目も素晴らしいものばかりだ。

 元々容姿が整っており、もう一つの世界で大貴族ともいえる始神家(ししんけ)に名を連ねているだけあって、食事の仕方一つをとっても、気品が溢れている。

 そんな上等な人物が、これまた上等な料理を食べる様は、見ている者に感動を与えてしまうようだ。

 それが知人であればなおさらだ。


「なんか。別世界の人間みたいだなー」

「それ、冗談になってないぞ?」

「……そうだな」


 始神家(ししんけ)とは【幻理世界】で産まれた家系だ。

 つまり、その始神家(ししんけ)の一員である楓は、【物理世界】の住人ではない。

 まさに別世界の人間なのだ。


「ん?ってことは会長もそうなるのか」

「そうなるな」


 会長も始神家(ししんけ)の一家、【神崎】の人間だ。ならば会長も楓同様、結にとっては異世界人のようなものだ。


「まあ。【物理世界】と【幻理世界】の関係は、【物理世界】がそのものが作り出した、超大型の【幻理領域】って説もあるけどな」

「それだと【幻理世界】で産まれ、育ったお前たちの存在が矛盾するだろ?」

「まあ。そうだな」


 【幻理領域】はマスターによって空間として安定させられた世界であり、そこに元々の住人はいないはずだ。

 【幻理世界】が大型の【幻理領域】だとすれば、【幻理世界】で産まれている人たちの存在がよくわからないことになる。


「てか、あれ?前に食事中は黙るものだって楓言ってなかったか?」

「確かに食事中は静かにするのが普通だが、せっかくのデートなのに会話が無いのはよりダメだろ?」

「デートってお前……」


 確かに男女が二人で食事する。デートのようにも思えるが、


「なんだ?あたしが相手じゃ不満か?」


 そう言う楓は食事の手を一旦止め、肘をつきながら、ニヤニヤとした悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


(こいつ、俺をからかって遊んでいやがる。それなら……)


 結は心の中でニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「不満?そんなことあるわけないだろ?」

「ほほおー?

「お前みたいな美少女とデート出来るなんて幸せだな」

「……えっ?」


 予想外だったのか、ドストレートに褒められた楓は、驚いた表情で顔を赤くしていた。


「十人中十人が迷うことなく美少女と言うであろう楓とデートが出来るなんて、不満があるどころか、身に余る光栄だな」


 結は大袈裟に手で何かを表現しながらそう言うと、柄じゃないくせにギザっぽい笑みを浮かべた。

 そんな結の笑みに、楓はとうとう言葉を失い、顔を真っ赤に染め上げていた。


「……からかわれてるだけだってわかってるんだけどなぁー」


 楓がぼそりと漏らした言葉は結の耳には届いていなかった。


 楓はそれ以降俯き、一言も話さなくなっていた。ちらりと髪の間から覗く耳は、真っ赤になっていた。


「えーと、楓?」


 てっきり、からかうなっとか言われると思っていたのだが、黙ってしまった楓に、恐る恐る声をかけるのだが、


(だめだ、反応がない)


 楓が突然固まってしまったため、結は疑問符を浮かべながらも、とりあえず食事を再開していた。


(うぅー)


 一方、俯いている楓の顔は、羞恥に染まっていた。

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