6ー61 えっ、圧勝?
(消えた!?)
「結っ後ろだっ!」
目の前から突如としてアヤメが消失し、驚くのも束の間、結は楓の叫びによって反射的に正面に体を投げ出すと、紙一重の差で後ろから風切り音が聞こえた。
「おー。凄い凄い。あれを見切るなんてさすがは楓さんだーぁ。っと私は関心顔を浮かべたのである」
「お褒めに預かり光栄だな」
無表情で独特の口癖を言うアヤメの背後に、楓は適当に返事をしながらも移動すると、自分よりも小さい彼女の背中に足を振るった。
「おっ?」
「ちっ!」
前にいたはずの人物が突然後ろから回し蹴りをしているという状況に、アヤメは驚きながらもしゃがんで躱していた。
背後からの奇襲を避けられ、楓は舌打ちをしながらも空中で回転し体制を整えると、今度はその回転を利用した強烈なかかと落としを披露した。
「遅いよーぉ。っと私は涼しい顔を浮かべたのである」
アヤメはしゃがんだ体制から上半身を起こしつつ、サイドステップで楓のかかと落としを避けると、がら空きになっている楓に手刀を突き出した。
「遅いね!」
かかと落としをしたばかりで不安定な体制であったにもかかわらず、楓はアヤメの手刀を真剣白刃取りの要領で受け止めると、体を捻りかかと落としをした足とは逆の足を回転蹴りとして振るった。
楓の回転蹴りは見事アヤメの側頭部にあたり、アヤメは一○メートルほど吹き飛ばされるとゴロゴロと地を転がっていた。
「眠れ『六月法=弾月』」
火速によって吹き飛ばされたアヤメの元に先回りした結は、二丁拳銃を揃えてアヤメへと向け、六月法の一つ、弾月を放った。
結の銃から小さな月に見てる弾丸が放たれ、それは地に伏せるアヤメに直撃し、あたりに粉塵を撒き散らかしていた。
「手応えはあったか?」
結と楓は粉塵で見えなくなっているアヤメの様子を見るために、少し離れた場所に立っていた。
「ああ。弾月は確実に当たったと思うぞ」
「そうか。……にしても、凄まじい威力だな。それ」
「そうだな。少しずつ力が増してることには気付いてたけど、これはちょっと予想外だな」
二人の目の前には、直径一○メートルほどのクレーターが出来ており、そのクレーターの形は半球ではなく、楕円のようになっており、粉塵によって正確にはわからないが、一番底が深い中心部分は二、三○メートルはあるだろう。
結が過去のジャンクション、結花を取り戻してから結の中の力が増している気はしていた。
実際に今放った弾月の威力は、今までとは段違いだ。
(……これもあいつと会ったからか?)
結は気絶している間に会った一人の少女を思い出していた。
「いやーぁ。びっくりーぃ。ここまで威力があるなんて聞いてないよーぉ?っと私はプチ怒的な表情を浮かべたのである」
クレーターの内部から聞こえた声によって、結の意識は現実に戻されていた。
粉塵の中に人影が現れた、それが徐々に見えてくると、それは、
「アヤメ……」
無傷とまではいかないが、明らかに致命傷は受けていないであろうことが一見しただけでわかる姿の、アヤメが歩いていた。
衣服はところどころ焦げ落ちているのだが、破れた服の隙間から見えるアヤメの素肌は、汚れで少し黒くなっているものの、傷は一切見当たらない。
あれをほぼ無傷で突破したのか?
それは結にとって、大きな衝撃を与えた。
「結。あいつの使う術の正体が分かった」
「なんだと?」
「あいつの能力は『朽ち』。わかりやすく言えば、強化の逆、弱体化させる能力だな」
「弱体化……それでか」
結の放った弾月をその『朽ち』の力とやらで弱体化させ、身に纏う幻力だけで防げるレベルにまで落とされたのだろう。
しかし、予想よりも威力があって、服は犠牲になってしまった。
そんなところだろうか。
「いやーびっくりーぃ。ほんとにびっくりーぃ。っと私は関心したのである」
口癖が定まらない奴だ。っと俺は思ったのである。……何言ってんだ、俺?
「今思い出した。『朽木』って確か、あっちの暗殺一家だな」
「あっち?」
「結なら問題無いか。【幻理世界】のこと」
「なるほどな。暗殺一家……ポーカーフェイスを常時装備してるのはそのためか」
「それだけじゃないぞ?『朽木』はただの暗殺一家じゃない。【記号持ち】だ」
「……そりゃ、強いわな」
世界に自分たちの力を認めさせた一族。それが【記号持ち】だ。
本来遺伝しないとされている幻操師の才能を遺伝させる方法。それが【記号持ち】だ。
こいつが【記号持ち】ってことは、つまり世界にその能力を認められたということだ。
【記号持ち】は大抵、独自の幻操術を持っているが、『朽木』の場合、それが『朽ち』ということだろう。
「朽木が『朽ち』の力ねえ。ギャグか?」
「まあ。それはツッコンでやるな楓」
戦闘中だというのに、緊張感が低い楓に、結が呆れながらも注意するが、そんな結もまた緊張感が低かった。
「ねえ君達?緊張感低過ぎないーぃ?っと私は呆れ顏になったのである」
敵である筈のアヤメにまで呆れられる結と楓の両名だった。
「知らないのか?戦闘は適度にリラックスしてた方がいいんだぞ?」
「……なんか、後付け設定にしか聞こえないけどな」
「うるさい結」
二人は言い合った後、スッキリしたかのように表情をキリッとさせていた。
二人まるで鏡のように左右対称の動きでアヤメへと視線を向けると、アヤメは既にクレーターの中から出ており、結と楓のいる地点からクレーターを挟んだ反対側に立っていた。
「やっと話終わったーぁ?っと私は疲れたような表情になったのである」
「待たせて悪かったな」
「待たせたつもりないけどね」
「今度は私から行くよーぉ?っと、以下省略」
「「それアリなのか!?」」
アヤメがセリフを省略したことに結と楓が驚いている中、アヤメは軽く屈み力を入れると、両足で同時に地を蹴った。
まるでミサイルの如く飛び出したアヤメは、宙を舞っている間に、着ているやけに袖の長い、黒一色という、ちょっと不気味な服の袖の中に手を引っ込めると、再び手を出した時、その手には左右の手に一本ずつ、合計二本の短剣が逆手に握られていた。
アヤメは両手を交差させると、それをハサミのように振るった。
「俺かっ!?」
斬る対象とされた結は、即座に双剣を呼び出し、アヤメの斬撃を受け止めようとするが、突撃によって威力が上がっており、交差させることで、左右から同時に挟み込む形になり、そのため威力が逃げなくなったその斬撃は結の防御を容易に超え、結を体ごも大きく吹き飛ばしていた。
「結っ!」
楓が吹き飛ばされた結のことを心配するのも束の間に、両手を広げる格好になっていたアヤメは、足を軸にしてその場でクルリと九○度回転すると、回転による遠心力を込めた斬撃を楓に振るった。
「ちっ!」
楓はさっきアヤメを追い詰めたと思った時に作っていた短刀でそれを防ぐと、前に結が人型イーター相手にやった時のように、己を軸にアヤメの斬撃を受け止めた腕に走る衝撃により、回転ドアのように回り、反対の手でその威力を込めたストレートを放った。
「自滅だねーぇ」
アヤメは反対の手を楓の拳の軌道上に添えると、手に持つ短剣で楓の拳を貫こうとしていた。
「甘いな。暗殺者」
楓は自分の拳がアヤメの握る短剣の刃に当たる瞬間に、拳の表面を薄い氷の膜でコーティングすると、拳と短剣による、鍔迫り合いが起きていた。
拳と短剣の鍔迫り合いという、想定外のことに、アヤメは目を見開く中、驚きで動きが鈍くなっているアヤメの横っ腹に、楓は蹴りをお見舞いしていた。
「うぐっ」
「ナイスだ楓っ!」
楓の蹴りによって飛ばされているアヤメだが、先ほどアヤメによって飛ばされた結を追うように飛ばされていたため、その進路には結が待っていた。
結は双剣から槍に持ち替えると、槍を正面で回転させた後に、刃が付いている方とは逆側、石突きで地面を突いていた。
石突きで突いたと同時に、結の正面の地面には、円状の幾何学的な模様が浮かび上がっていた。
結は四人の女神の一人、ルウの力によってつくった幻操陣の延長線上にアヤメが到達した瞬間、それを起動した。
結がこの時描いていたのは『火柱』の幻操陣だった。
アヤメは突然真下から凄まじい業火が吹き上がることで、身を焦がしながら、そのまま上空へと飛ばされていた。
「ハロー。暗殺者さん?」
アヤメを蹴り飛ばすと同時に空に飛んでいた楓は、下から向かってくるアヤメにニコリと微笑みかけると、その女神のような優しい微笑みとは裏腹に、優しさなんて微塵も感じさせない無慈悲のかかと落としを披露した。
「あの鏡と剛木をやったんだ。この程度じゃやられないよな?」
結は槍から今度は素手になると、楓のかかと落としによって凄まじいスピードで落ちてくるアヤメを再び上空へ殴り飛ばした。
「結、合わせろっ!」
「わかってるっ!」
結と楓はそのまま上空でアヤメに連撃を加えた後、最後にトドメとして結は弾月を、楓は高密度に圧縮した氷の弾丸を同時に放ち、アヤメを地面へと叩きつけた。
「あれ?なんか一方的?」
「そうだな。まあ、楓が規格外だからな」
「あたしにちゃんと合わせてきた結は何なんだ?」
「さあな?人に合わせるのが得意な、普通の少年?」
「よく言うよ」
結て楓は、楓の操作弾でつくった氷の板の上に乗り、ゆっくりと地面向かって降りて行った。
「うわー。深いな」
「俺の弾月と楓の……えと、あれなんて術だ?」
「ただの氷弾だぞ?まぁ、使ってる幻力の密度が普通のとは段違いだが」
幻操術を正しく起動するには、予め決められた量の幻操を注ぐことがベストだ。
多少であれば注ぐ量が増減したとしても問題はないが、一○の量のところを倍のニ○を注いだりしたら、威力が上がるどころか、幻操陣そのものがおかしくなって、威力が上がるどころか、上手く作動しないことだってある。
運が悪ければ爆発なんてこともあり得る。
感覚的には電化製品に電力を供給する時に、決められた電力を超えると、壊れることがある。それと同じだ。
ならば、同じ幻操術であれば、その威力は誰が使っても同じかと聞かれれば、それは否だ。
人によって威力の差があるのだが、その理由が幻力の密度というものだ。
電化製品ならば規定の電流と電圧じゃないといけないかもしれないが、幻操術の場合はこの限りではない。
密度が幾ら高くとも、幻力量さえ規定を守っていれば暴発することはない。
密度とはつまり、その幻力の価値のようなものだ。
金貨一○枚までと決められている場合、同じ一○枚でも、一円玉一○枚よりも、一○○円玉一○枚の方が、買えるものは良くなるだろう?
それと同じだ。
この幻力の密度という考え方は正直定着しておらず、知っている人物はごく僅かだったりする。
「段違いって、別の術にしか見えなくなるレベルって相当だぞ?」
楓の放った弾はただの『氷弾』には到底見えなかった。
幻力の密度が上がっても、弾シリーズの術だった場合、その変化は少し弾の直径が大きくなったり、弾速が速くなる程度なのだが、『氷弾』は元々銃弾ぐらいの弾を氷で作り出してそれを放つ術だ。
しかし、先ほどの楓の『氷弾』は軽く大砲くらいはあった。
スピードはそこまで大きな違いはなかったのだが、それでも弾の大きが異常だ。
「まあまあ。そんなこといいだろ?それよりアヤメだったか?あいつを回収しに行くぞ」
「そうだな」
どうやら楓の『氷弾』のスピードがあまり変わっていなかったのは、銃で撃つというよりも、ハンマーで殴りつけたような衝撃を与えるためだったらしく。
結と楓が、クレーターの中で気絶しているであろうアヤメの回収をしに、クレーターを降りようとしていると、
「その必要はないよーぉ。っと私はドヤ顔を浮かべたのである」




