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6ー60 目覚る二人


 六芒戦五日目も無事に終わり、残すは本戦だけとなった。


 予選が終わり勝ち進んだもの、敗退してしまった者、はたまた【個人闘技(ファイトソロバトル)】にしか出場しないため、ずっと暇していた生徒などと、様々だ。


 四日目の朝に行われた第一競技、【キックファントム】。


 その時に起きた襲撃事件、今になった一つの朗報が舞い込んできた。


 その朗報とは、あれから眠っていて起きなかった二人がとうとう目を覚ましたのであった。


 病室に大勢で詰め寄るのも常識的に良くないため、今回のお見舞いは生十会代表として神崎美花会長、それから柊六花副会長、チームメイトだったため音無結、そして望月楓の四人で訪れていた。


「どう?鏡に剛木?」


「ああ。会長か。悪りぃ、俺はどれだけ寝てた?」


「倒れているお二人を発見したのは昨日のお昼。今は夜ですので、一日と少しですね」


 まだ起きたばかりで頭が晴れないのか、手で頭を抑えつつ質問する鏡に、六花は淡々とした口調で話した。


「そんな経っちまったのか……」


 六花の答えに、一旦目を見開き、驚く鏡だが、すぐに悲しそうな表情になると、気まずそうに結に視線を向けた。


「悪りぃ結。試合行けなくてよ」


「俺こそ悪い。二人を置いて試合に行ったのに、結局負けちまった」


「……そうか。いや、むしろ安心したぜ?これで試合に勝ったなんて言われたら、俺たちの立場がねえからな」


 そう言うと鏡は自嘲の笑みを浮かべていた。


 つられるようにして結は苦笑いを浮かべると、すぐに真剣な表情へと変わった。


「早速で悪いが話せるか?」


「あ、ああ」


「単刀直入に言うが、 誰にやられた?」


 回りくどい言い方なんてせずに、まっすぐに用件を伝えると、鏡は悔しそうに強く拳を握り締めていた。


「それがよくわからねえんだ」


「わからない?戦ったんじゃないのか?」


 あの場には大きな穴が空いていた。あの大きさからして鏡の十八番(おはこ)である『地大針撃(ちだいしんげき)』の発動時に出来るものだと思ったのだが。


「いや、そう意味じゃねえ。戦ったには戦ったんだが……悪りぃ記憶があやふやなんだ」


「一日以上も気絶してたんだ。無理もないだろ?」


「あたしからも質問だ。いいか?」


「ああ」


 結の後ろで静かに控えていた楓は、そう言いながら前に出ると、剛木と話している会長と六花に視線をやった。


 正確には二人と一緒にいる、起きたばかりの剛木を見た後、すぐに視線を鏡へ向けた。


「剛木の腕は襲撃した奴がやったのか?」


「……あぁ」


 剛木の腕が飛ばされた時のことを思い出し、鏡は強く歯を噛み締めていた。


「敵は剛木の腕をどうしたんだ?」


「んあ?どうしたもなにも、肩の少し下くらいから斬り落とした後は放置してたぜ?」


「現場に腕はなかった」


「どういうことだ!?」


 切断されただけならば、腕さえあればこの世界でならば幻操術で繋げることは十分に可能だ。


 だから起きたばかりの鏡や、表情から見て剛木の二人は腕の話しをしても思ったよりも取り乱していない。


 しかし、あの現場に腕は落ちていなかった。戦闘の間は特になにもなかったと言っているため、戦闘が終わった後に、敵はわざわざ腕を始末した、または持ち去ったということになる。


 始末したのならば意図はわかるのだが、もしも、仮に持ち去っていた場合、その意図が全く読めない。


「腕が治せないように、後から始末したと考えた方が良さそうだな」


 どうやら楓と考えは前者らしい。


 常識的に考えてこの考えが普通であり、おそらく正解なのだが、結は後者であるという、確信めいた何かがあった。


 これがあの嫌な予感じゃなければいいけどな、と結は心の中でつぶやいた。


 結は自分の心がモヤモヤとするのを感じながらも、それは気にしないことにしていた。











 二人はまだ暫くは入院になるらしい。

 二人とも一日以上気絶していたんだ、その処置は適当だろう。


「剛木の方はどうだった?」


「どうやらまだ腕を無くした実感がないようね」


「……苦しむのはこれからってことか?」


「……そうなるわね」


 剛木の未来を考えると、思わず口数が少なくなっていた。


 【幻理領域】と【物理世界】の肉体は、連動しているわけではない。


 それぞれ幻理の粒子で出来た体と物理の粒子で出来た体という、別ものなのだ。


 そのため、幻理領域(こっち)でどれだけ怪我をしても、物理世界(あっち)に戻れば五体満足に戻る。


 とはいえ、精神の方は完全に共有しているため精神的ダメージ、つまり心の傷は残ってしまう。


 剛木はもう、幻操師でいられないかもな。


 幻操術とは魔法じゃない。


 どれだけ魔法のように見えても、この力の源は何かを信じる心なのだ。


 あれだけの傷を負ってしまったんだ、無意識的なレベルで自分の力に疑いを持つかもしれない。


 理性が大丈夫だと判断しても、あれだけの命の危機に晒されればおそらく本能がそれを拒否する。


 次に剛木が眠った後、もしかしたら剛木はこの世界から消えるかもしれないな。


 幻操師としての資格を失えばもう【幻理領域】には来られない。


 そうなれば【幻理領域】にある剛木の体は存在の根源を失い、剛木という情報を構成しているものを覆う、世界と区別するための結界が壊れ、剛木の体はこの世界の一部となって消えるだろう。


 そして、【幻理領域】に張られた特殊結界の効果で、剛木は今まで幻操師としてやってきた全ての記憶を失う。


 いや、正確には今までは【物理世界】で起きている間に覚えていた幻操師として最低限のこと、それを失うだけだ。


 仮にもう一度幻操師としての資格を取り戻し、その心が強く信じることがあれば、剛木の体は再びこの世界で形を作り、記憶もまた呼び覚まされるだろう。


「俺たちは寄るとこがあるからここで別れるな」


「あら?結と楓はどこに行くの?」


「小腹が空いたからカフェにでも行ってくる」


「同じくだ」


 結は楓は視線を合わせた後、そう言って頷いた。


「会長、私たちはどうしますか?」


「んー、そうね」


 考える素振りを見せる会長は、手を顎に当てると、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「二人のデートの邪魔をするのはよろしくないわね。よし、六花、あたしたちはホテルに戻るわよ」


 ニヤニヤとしながら結と楓を交互に見ると、楽しそうに言った。


「わかりました」


 そんな会長に六花はため息をつくと、未だにニヤニヤ顔を続けている会長と共に、二人ホテルへと戻って行った。


「会長って最近オヤジっぽいよな」


「……そうだな」


 二人の後ろ姿を見つめながら思わずそう漏らす結と楓だった。










 結と楓の二人は、会長に言った通り、前に行ったカフェテリア、ではなく、そこから少し離れた場所にある、喫茶店に寄っていた。


「楓はどう思う?」


「どうって何がだ?」


「二人の容体」


 楓はあぁそれかっと言わんばかりに、興味を失っていた。


「……楓?」


「はぁー。あの二人なら問題ないだろ。剛木も腕の一本で消えるような奴じゃないだろ?」


 仲間が消えるかもしれないのに全く興味を示さない楓に、結の声が少し低くなっていると、楓から返ってきたのは予想外の言葉だった。


「あいつらは消えない。あたしはそう信じてる」


「……意外だな」


「ん?何がだ?」


「あいつらのことを信頼してるのか?」


「……さあな。信用はしてるかもな」


 まだ会った短いというのに、楓の中で二人の存在はそれだけ大きくなっていたのか。


 楓の正確を考えれば、他人なんて他人以上でも、以下でもないはずなのだ。


 どうして楓が結と特に息が合うのか、それは単純な話、似ているからだ。


 何も感じていないにも関わらず、感じているフリをふる。


 そう、二人は共通して、偽物なのだ。


 偽物、いや欠陥品と呼んだ方がいいかもしれない。


 二つの欠陥品が出会ったことで、二人の中で何かが変わったのかもしれない。


 結は奏という欠陥品と出会い変わった。


 そして、楓もまた結という欠陥品と出会って変わりつつあるのかもしれない。


「結はどう思ってるんだ?」


「何がだ?」


「結は一体いつまで、隠しているつもりなんだ?」


「……なんのことだ?」


「……まあ。あたしは気長に待つけどな」


「……お互い様だろ?」


 似た者同士だから気付くこともある。互いに何かを隠していること。


 誰だって秘密の一つや二つあるものだ。


 楓にはまだ結が【A•G(エンジェル・ガーデン)】の者だってことを教えていない。


 そして、楓はどうして【A•G(エンジェル・ガーデン)】を追っているのか、その本当の理由を教えていない。


 今はこれでいい。……今は。


「なにこれなにこれ?ラブコメ?ミステリー?ファンタジー?学園物?どれなのかなーぁ。っと私はニマニマとした笑顔を浮かべたのである」


「誰だっ!」


 気付かなかった。


 声が聞こえるまで、近くに誰かがいることに全く気付けなかった二つは、同時に声の発信源を向いた。


 そこにいたのは黒髪のボブカット。狐目が特徴的な小柄な少女だった。


 さっき通った時は誰もいなかったはずなのに、声が聞こえ、後ろを振り向いたらそこに当然のように立っている少女。


 周りに隠れる場所なんてない、あり得う可能性は二つ。


 ただ純粋に結たち二人が認識できるスピードよりも遥かに速いか、もしくは姿を消せる能力。


 前者は考え難い、ジャンクションしていない結はともかくとして、楓も気付いていなかったようだし、楓の認識スピード超えるなんてことは、まずありえないだろう。


「お前、一体どこから現れた?」


「どこもなにも、ずーっとここにいたよーぉ。っと私は不思議そうな表情を浮かべたのである」


「結。なんかあの口癖ムカつくんだが?」


「同感だな。いつもなら気にしないが、こんな状況でのあの口癖は、腹立つ」


 少女の独特な口癖に、結と楓は揃って怒筋を浮かべていた。


「お前は何者だっ」


「ん?私?私はアヤメ。朽木アヤメだよーぉ。っと私は営業スマイルを浮かべたのである」


 自分から営業スマイルとか言っちゃっているのはちょっとあれだが、しかし確かに営業で使えば売り上げが上がるかもしれないーー客が男だった場合だがーーほどに、その笑顔は眩しく、可愛らしかった。


 普通ならその笑みを見て、男なら一瞬体が動かなくなるものだが、結は伊達に【A•G(エンジェル・ガーデン)】にいない。


 羨ましいことに、美女なんて見慣れてるいるのだ。


「お?」


 てっきり自分のスマイルで硬直すると思いきや、全く動じていない結を見たアヤメは、口癖も忘れ、感心するようにつぶやいた。


「なんだ?意外そうにしてるな」


「ん?いやねーぇ。今まで私が笑顔になればみんな固まったからさーぁ。っと私はドヤ顔を浮かべたのである」


 ドヤ顔を浮かべたといいつつも、さっきの営業スマイルをやめてから、なんの感情も感じさせない無表情へと変わっていた。


 そんなアヤメを、結と楓は不機嫌そうに、しかし頭は冷静に彼女のことを分析していた。


「結。ここはあたしがやる。結は体を休めなよ」


「問題ない。もう、発動したからな」


 結のジャンクションは解除後の反動が激しい、それを知っている楓は明日から行われる本戦のことも考えて、結に立ち去るように言うが、アヤメが硬直しない結を見て、不思議そうにしている内に合掌を済ませ、『ジャンクション=四人の女神』を発動していた結は、楓の提案を断ると、刹那、その場から消えた。


(消えた瞬間に聞こえた爆発音。カナの二丁拳銃による『火速』だな)


 結の姿が消えた瞬間に、小さいが火薬の破裂音を拾っていた楓は、結の消失が結自身の行動だと即座に理解すると、結の考えを予測し、恐らくアヤメの後ろから奇襲を仕掛けるであろう結に合わせるようにして、アヤメとの距離を一瞬で縮めた。


「おおっ!?」


 アヤメからすれば、目の前にいた人物がほぼ同時に消えたようなものだ。


 自分も消えていたのが急に現れたかのように登場したアヤメだったが、例え幻操術を使ったとしても、同じ領域内で瞬間移動をすることは出来ない。


 瞬間移動したと思ってしまう程に素早く移動した二人に、思わず驚きの声をあげるアヤメだったが、その驚きも束の間に、次の驚きを体験することになる。


(っいつの間にこんな近くにっ!?)


 っと思っているだろう表情を浮かべるアヤメの懐には、既に楓の姿があった。


 それからほんの少し遅れて、アヤメの背後に結が現れた。


 結の手にはいつの間にか二丁拳銃が握られており、結は一方を上空に向け、もう一方はアヤメの背中へと押し付けていた。


「はい。おしまい。諦めて投降しな?」


「楓の言う通りだ。微かにでも動いたら引き金を引く」


 楓は結の銃が押し付けられたことで、一瞬注意が逸れたアヤメの首元に氷で作った小刀を添えていた。


「わー。びっくりーぃ。思ってたよりも断然速いねーぇ。っと私はお目目をぱっちりとしたのである」


「楓」


「わかってる」


 結と楓は短く言葉を交わすと、結が短縮した部分を正確に読み取った楓は、バス襲撃犯、夜中の怪しい三人組、と同じように、全身を凍らせて、冷凍仮死状態へと追いやろうとしていた。


「甘いね」


「何を……っ!」


 アヤメがぼそりとつぶやいた瞬間、結がアヤメの言葉を不審に思っていると、突如として二人の目の前からアヤメが消失した。

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