6ー58 楓は仲間を手に入れたっ!
六芒戦五日目。
今日は第四競技から第六競技までの予選がある。
第四競技の【トライチャージ】と第五競技の【ショットバット】は一対一の勝負ではなく、各ブロックの六チームによる勝負となる。
【トライチャージ】も【ショットバット】も対戦形式の競技ではなく、それぞれのスコアを競うゲームだ。
【トライチャージ】は飛距離、【ショットバット】は得点で優劣を付けるわけだ。
各ブロックで次に勝ち進むことができるのは各ブロックの一位と二位だけと狭き門だ。
「今日の競技は【トライチャージ】も【ショットバット】もどちらも難しい競技よ」
朝から会長の表情は優れない、そりゃそうだ、今回の二競技は今までの競技とは違うのだ。
今まで相手一チームに勝てばよかったのたが、【トライチャージ】と【ショットバット】は六チーム同時勝負。つまり五チームに勝たなければならない。
決勝リーグに行けるか行けないかで、大きく獲得ポイントも変動するため、大切なのだ。
「各競技に出場する人なら当然心得ているとは思うけど、各競技の重要なポイントについて説明するわ。
まず【トライチャージ】だけど、これは如何に素早く大量の幻力を専用の法具に注げるかが重要になるわ」
「それだけでなく、他の選手及び、他のエリアへの術の使用は禁止されていますが、車本体を押し出すような術以外なら、自分のエリアへの使用は禁止されていません」
「【トライチャージ】でつかう車にタイヤはついてないから、如何に摩擦を減らすかも重要になるわ。
うまい具合に各チームに氷が使える子がいるから、エリアを凍らせちゃいなさいっ」
エリアを凍させることで摩擦を減らし、飛距離を伸ばそうという作戦は、練習の時から考えていたものだ。
そのため、一チームを除いて各チームに一人氷属性の使い手がいるのだが、一チームにはそれがいないのだ。
「ちなみにですが、Aチームのメンバーに鏡と剛木がいるのですが、誰か代わりにやりますか?」
「はーい。あたしやるー」
予想通りと言うべきか、最初に手を挙げたのは【個人闘技】以外のことをよく知らず、面倒だからと予選にも参加しなかった少女、望月楓だった。
「それはよかった。参加希望者がいなかった場合、楓に頼もうとしていましたから」
元々楓に頼むつもりだったから全チームに氷属性の使い手がいると言ったのかっと結が一人納得していると、もう一人が手を挙げた。
「あら、意外ね」
「……楓とのチーム楽しそうだから」
会長に意外と言わせる程の生徒とは、生十会のクールガールこと、宝院陽菜だった。
「他に希望者はいないかしら?」
会長が皆に確認するものの、それ以上に参加希望の声はあがらなかった。
「なあ、会長」
「なにかしら?」
「出られるのは嬉しいけど、陽菜ともう一人、チームメイトがいるはずだろ?誰だ?」
「……あんた。それ全部資料に書いてるわよ?」
「あー資料ならあれだ。無くした」
六芒戦の資料だなんていう、大切ものを堂々と無くしたという楓に会長は呆れるを通り過ぎて、もはや何も言わずに、ため息すらつくことは無かった。
(会長め、いろいろと諦めたな?)
会長の心理状態をほぼ正確に読み取った結は、今の会長の心理を思い、心の中で合掌した。
「ごほん。まあいいわ。これで予定通り各チームに氷属性の使い手を配属出来たわ」
会長は予定通りと言うが、確かに地面を凍させることで摩擦を減らすのは【トライチャージ】と特性上有効な手段だ。
しかし、楓たちが入ったチームには元々氷属性の使い手なんていない。
楓という氷属性の使い手が入ったのは、鏡と剛木の二人が参加不可能になるという、アクシデントがあったせいだ。
「どうして元々鏡たちのチームには氷属性の使い手がいなかったのか不思議?」
隣に座っている桜は、結の今の考えを見事に言い当てると、楽しそうにニカッと笑った。
「地面を凍させるのは確かに有効だと思うけど、鏡はともかく、剛木は短時間で大量の幻力を生み出すの得意だったからね」
そういえばっと、結は初めて生十会に行き、剛木と模擬戦をした時、剛木は『身体強化』を使っていたが、あの時の強化力、つまり消費幻力は並ではなかったことを思い出していた。
テクニックうんぬんの前に、剛木の発幻力なら力押し出来ると思っていたのだろう。
「それに、凍させる以外にも土属性の使い手なら土の表面を滑らかにして、摩擦を減らすこととか出来そうだし、まっそれが鏡が出来たのかは怪しいけど」
桜はニシシっとイタズラっぽい笑みを浮かべていた。
「予選前に練習っ!……って言いたいところだけど、大量の幻力を消費する【トライチャージ】の試合前に幻力を消費するのは良くないから、選手は体を休めること」
「休めるとは言っても、今日はまだ何もしていませんが?」
「六花はそういうのつっこまなくていいからっ!あーもう、とりあえず解散っ!」
会長と六花のグダグダ漫才に締め括られた五日目の朝礼会議は、まあ、一応無事に終わった。
【トライチャージ】予選会場、選手控え室。
「あー楽しみだなー」
急遽【トライチャージ】に出場出来るようになった楓は、控え室で待ち切れないっといた顔で、足をブラブラさせていた。
「そう思うだろ?篠田」
「あ、あぁ」
楓は楽しそうな笑みを浮かべ、隣に座っている男子生徒と声を掛けていた。
この男子生徒の名前は篠田勝。
前に六芒戦出場選手選抜試験の時に、楓に喧嘩を売った阿呆だ。
どうやら勝は鏡の知り合いだったらしく、この競技チームを組んでいたようだ。
そのため、鏡と剛木の代わりに参加することになった楓と同じチームになったというわけだ。
あの時の恐怖が消えないのか、楓は殺意も何もなくに、純粋な笑顔を向けているのだが、その天使や女神ではないかと思ってしまう程に綺麗で、美しく、それでいて少女らしい可愛らしさも溢れている、欲張りスマイルに、冷や汗を流し、怯えているようだった。
そんな勝の状態に気付いているものの、それは自業自得だと思い、何も言わない陽菜、そして楓本人であった。
「はぁー」
【トライチャージ】の予選が無事に終わった後、勝は深い深いため息をついていた。
その理由はもちろん、鏡と剛木が出場不可能になったため、二人と交代でチームを組むことになった二人、その中の一人である、楓についてだ。
勝は噂で転校して来て早々に、二人の男女が生十会に入ったと聞いた。
勝は去年、惜しくも生十会の座を逃しており、欠員が出たと聞いて、今年こそはと思っていたところ、二年になって早々に、転校生である音無結とやらが生十会に入会した。
これまた噂で、その転校生はAランク幻操師である、剛木にサシの勝負で勝ったらしい。
自分では勝てないであろう剛木に勝ったのであれば、結が生十会に入ることに、なんの不満もなかった。
しかし、最近になった、なんの実績もなしに、生十会の誰かに勝ったわけでもなく、生十会に入会した転校生がいると聞いて、勝は腸が煮え滾る思いだった。
本来ならば、結の段階で、自分のところにも一声あってもよかった筈なのだ。
それなのに、何の実績も無しの奴に遅れを取ったと聞いて、冷静でいられるほど、勝は大人ではなかった。
しかし、エリート軍団である生十会のトップ、神崎美花の決定なのだから、怒りを爆発させることはしなかった。だから、最初はどんな奴なのか、軽く見るだけのつもりだった。
「大規模幻操連発して、その後に息切れ一つしなければそれも問題ないだろ?」
それなのに、その時、その転校生が言った言葉を聞いて、勝の怒りは完全に爆発した。
こんなホラ吹きよりも自分は劣ると思われていることに怒り狂ったのだ。
所詮はホラ吹きの戯言、その後そのホラ吹きと試合をすることになったと聞いて、その時は心から喜んだ。
こんなホラ吹きよりも俺は強いんだっ!っとみんなの前で証明できる。
そう思うと、自然と勝の口元は緩んでいた。
しかし、試合の結果はどうだ?
結果を見れば自分の負け。
それも、なにも出来なかった。
本当に殺させるかと思った。
あの時のあの女の目を見て、勝は本能的に悟っていた。
こいつは狂っている。
目的のためならなんでもする非情な存在。
それも、それを上手く隠していることを悟り、勝は恐怖を覚えた。
あの女の本性を知っているとあの女にバレたら自分はどうなる?
そう思うと、それから二度とその女と関わろうと思わなくなった。
友人である鏡と剛木の二人と組んで出場していた【トライチャージ】の予選突破を知り、勝は喜んだ。
しかし、同時に不安でもあった。
選抜メンバーは他の生徒たちよりも、早く会場に行く。
移動はバスになるのだが、その時は 、そのバスには誰がいる?
あの女ならば、確実に予選を突破しているはずだ。
そう思うと、勝の体は震えていた。
だけど、待ち合わせ時間が過ぎてもあの女は現れない。
どうやらあの女は別ルートで会場に向かうらしいと聞いて、心から安堵したのを覚えている。
そして、バスの襲撃が起こり、転校生の一人、音無結が敵に撃たれそうになった瞬間、あの女は現れた。
隙間から見えたが、襲撃犯たちは完全に凍らされていた。
他の生十会メンバーは去年にあったらしい事件で、実戦を経験しているらしい。
つまり、人を殺めたことがある。
だから躊躇なく犯人たちを一撃で仕留めていたのだが、あの女はどうだ?
躊躇なく犯人を氷漬けにしたあの女は、過去に人を殺めたことがあるのか?
そう思うと、勝の中にあった楓への恐怖心はより一層強まっていた。
もしかしたら、あの時、自分は本当に殺させれいたかもしれない。
その考えが何度も頭を過っていた。
もう関わらない。絶対にあの女には関わらない。
そう決意したのも束の間、鏡と剛木が何者かに襲撃される。
そして、二人の代わりに自分とチームを組むことになったのは、あの女だった。
【トライチャージ】は勝った。
だけど、隣で専用の法具に幻力を注ぐあの女、望月を見て、勝の中で、何かが変わった。
楽しそうに、無邪気な笑みを浮かべてありえない量の幻力をいとも簡単に法具へと注ぎ込む望月を見て、勝の中にあった望月への認識が、危険な奴からは別のものへと変わった。
女神様だ。
あの幻力量は明らかに人間のそれではないと、勝は思ってしまったのだ。
楓が人ではない何かだと思った瞬間、勝の中にあった恐怖はその姿を消し、普通の目で望月を見た勝は、その女神様のように美しい横顔に見惚れてしまった。
人が誤って蟻を踏み付けてしまったとしても何も思わないように、神が人を殺したとしても、なにも思わないのは当然なのだ。
勝の中で望月という存在は、最強の幻操師、いや、幻操術を司る女神様ということになっていた。
「篠田だったか?さっきはお疲れっ」
控え室で座っている勝に、会場から遅れて戻って来た楓と陽菜はそう一声掛けていた。
「あたしたちはみんなのとこ戻るが、お前はどうする?」
「お、俺も戻りますっ」
「ん?なんで敬語なんだ?」
突然敬語になった勝に、楓が疑問符を浮かべていると、すぐに何かに納得したのか、両の手をポンっと叩いた。
「あぁ、そうか。あたしが怖いのか?
別にあの時のことは怒ってないから普通にしなって」
六芒戦出場選手選抜試験の時のことを思い出し、自分がまだ怒っていると思い、怖がっているのだと勝手に結論付けた楓は、勝の肩をポンっと叩くと、満面の笑みを浮かべた。
「あっ……」
「ん?」
「い、いえっ!なんでもありまそんっ!」
「だから、敬語じゃなくていいぞ?」
「そういうわけには行きませんっ!」
ビシッと敬礼をする勝に、楓は首を傾げるものの、特に気にする必要はないと思い、勝の好きにさせることにしていた。
「んー。わかった。それじゃ戻るぞ」
「はいっ!」
テテテテッテテー。
楓は篠田勝を仲間にした。
……なんてね。




