6ー55 不器用な三人
「落ち着きましたか?」
「……え、ええ」
子供のように、六花の腕の中で泣きじゃくっていた会長は、落ち着くとさっきまでの自分の失態を思い出し、顔を綺麗な紅に染めていた。
会長の返事を聞くと、六花は撫でる手を止め、スルリと抱き締めていた手を退けた。
「……あっ……」
切なそうにつぶやく会長を、六花は若干焦った表情で、スルーしようと心に決めていた。
「さて、まだ言っていませんでしたね」
元座っていた席に腰を下ろした六花は、さっきまでのやりとりがまるで夢か幻ではなかったのかと思ってしまう程に、機械的な感情を感じ取らせない無表情になると、淡々と話を再開した。
「……なんのこ……あっ、ええ。そうね」
元々何を聞いていたのか忘れていたらしく、会長は二重の意味で顔を赤くして、そっぽを向いていた。
「……確認のために行っておきますが、生十会メンバーの二人を奇襲した人物についてのことですよ?」
「わかってるわよっ!」
「……そうですか。
もう一度言っておきますが、これはまだ確証のある情報ではありません。……わかりますね?」
「……ええ。わかるわ。ちゃんと、両方ね」
「そうですか。それは良かったです。
さて、それでは本題と行きましょうか。
結論から言いまして、今回の襲撃犯だと思われる人物が所属する団体は、失われた光」
【失われた光】とは、隠蔽された一年前の戦いによって、殲滅させられた四家の総称だ。
十六の光のことを公にしていないため、この名前も表には出ていない極秘の呼び名なのだが、どうしてそれを六花が知っているのかは、既に諦めよう。
「失われた光は既に殲滅されたはずよ?
それはあななたちも知っているでしょ?」
「はい。ですが少数ですが生き残りがいたことは、既に調べがついています」
「あの時の生き残りがいたなんて……」
せっかく情報を隠蔽したとしても、失われた光側が真実を語ってしまうと、禁術まで使って情報を隠蔽した意味が無くなってしまう。
そのため、あの時失われた光は殲滅作戦となったのだ。
生き残りがいないように、細かく調べたはずだったのだが、六花が言うには生き残りがいるらしい。
六花の情報源を考えれば、その情報の信憑性は高い。
それに、六花は最初に名言している。
今回の一件について、自分たちは関わっていないと。
これは彼女たちの計画外、つまり、彼女たちにとってもマイナスなのだ。
彼女たちには狂気とも言える目的があるため、完全に味方とは言えないかもしれないが、敵の敵はなんとやら、今回の件ではとりあえず味方と思っていいだろう。
そのことも踏まえると、この情報は正しいものとなる。
確証が無いとは言っているが、実際にはほぼそれで確定なのだろう。
会長はそう思ったが、言葉にはしなかった。
「もっと細かくはわからないのかしら。
例えば四家の内、どこの生き残りとかは」
「一応は確立が最も高い一族はわかりますが、まだ確証が無い以上、無駄な先入観は良く無いと思いますが?」
「確かに先入観は良く無いわ。
でも、それでも今は少しでも情報が欲しいの。教えてくれるかしら?」
「……そこまで言うのであればわかりました」
六花は深々とため息をつくと、途中から勢いのあまり、身を乗り出している会長にその一族について話し出した。
「四家の内、最も可能性が高いのは、【不知火】ですね」
「……【不知火】っね」
失われた光の一家、【不知火】。
【不知火】は火を操る一族だが、十二の光内に【神崎】や【天宮】なども火をーー厳密には【神崎】炎であり、火の上位幻操、【天宮】は剣術の中に火を扱うものが多いだけだがーー使うため、特に【神崎】の名の前に、その名は霞んでしまっていのだが、【神崎】が爆炎を使った剛の幻操師だとすると、【不知火】は小さな火をうまく操り、徐々に場を制し、その戦いをも制すとされ、柔の幻操師だ。
二人が発見された地点に大きな争いの痕跡は見られなかった。
鏡の術によるものだと思われる穴はあったものの、鏡のスタイルだと、もっとたくさんの穴が作られるはずだ。
つまり、戦闘時間が短かったということだ。
襲撃者が【不知火】であれば、音も無く後ろから奇襲をすることで、実力者である二人をすぐに倒すことも容易だろう。
「六花。情報提供感謝するわ」
「いいえ。こちらでも襲撃者については調べるつもりですが、会長も気を付けて下さいね?」
「あら、心外ね。誰に言っているのかしら?」
「会長だから心配なんですよ?」
「……それ、どういうことかしら?」
「さぁ?会長では永遠にわからないかもしれませんね」
六花は席を立って、手を口元に当てて、クスクスと小さく笑うと、会話が始まる時から二人を覆うようにしていた防音の結界を解除し、不機嫌そうに口を尖らせる会長を背に、立ち去った。
本当に不思議な人です。何故私は会長に惹かれたのでしょうか。っと六花は考えながら微笑んでいると、鏡と剛木、二人が入院している部屋の前に立っている人物を視界に捉えた。
「六花。どこに行ってたんだ?」
「……結」
思いもしていなかった人物からの、これまた思いもしなかった質問。
六花は予想外のことに一瞬硬直を許してしまうが、既にそこにいるのは機械的な無感情の六花ではなく、無表情の六花だ。
すぐに感情を偽り、平静を保つのは十八番だ。
「会長と今後について相談をしていました」
「今後の相談?」
「鏡と剛木、例え二人が目覚めたとしても、到底試合に出すことは叶いません。
六芒戦のルールとして、各競技の出場選手を途中で交代することは禁止していますが、まだ予選が行われたのは第一競技【キックファントム】だけですし、それも残念ながら結果は敗北。
これから六芒戦実行委員会のところへ行き、そこで奇襲の話を踏まえつつ、特例を許可して貰おうと思いまして」
「そんなこと可能なのか?」
「奇襲というアクシデントがあったことですし、それを考慮してくれないマスターではないでしょう?
それに、ルールでも先に行う選手登録は仮であり、本登録は予選出場となっています。まだ第二競技まで時間もありますし、変更は十分可能かと」
「……わかった。その件は任せる」
六花は何気ないように会話をしているが、実際、六花は酷く驚愕していた。
現在結がこうして一人で立ち、普通に会話をしている時点でそれは異常だ。
結はさっきの試合で、ほぼ完全に幻力を使い切ったのだ。幻力を全て使い果たすと、まるでフルマラソンを走った後のように、全身に酷い疲労感が現れる。
その疲労感は訓練などでどうにかなるものではなく、常人なら、いや相当の実力者であったとしても、数時間はまともに動けない。
しかし、見る限り今の結は幻力で満たされているように見える。
試合後、二人が気絶して発見されたと聞いて、結はすぐに動いていたが、その時点が不可解な点は多くある。
その回復スピードは、完全に人間とそれを逸脱している。
少しずつのようですが、近付きつつあるようですね。っと六花は内心、ほくそ笑んでいた。
「二人の現状はどうなっていますか?」
「今は安定してるらしい。とりあえず峠は越したと思っていいらしいが、まだ油断は出来ないそうだ」
「……そうですか。その、剛木の腕は?」
六花が表情に影を作りながら聞くと、結の口を閉じてしまっていた。
結の不穏な仕草で、六花はそれを理解した。
もう、腕は戻らないということですね。
これで剛木の幻操師生命は事実上終わったようなものだ。
剛木が目覚めた後、どう声を掛ければいいのかわからず、結は俯いていた。
「あなたが気にすることはありません」
「俺が先に会場に向かわなければ……」
「いいえ。あなたの判断は正しかったですよ?
それに、おそらく二人は奇襲をされています、結がいたとしても、その能力の特性上、奇襲は弱点、違いますか?」
「……そうだ」
結の能力は、対象を一度目視した上で合掌をしなくてはならない。
つまり、戦闘では基本的に最初の一歩が後手に回ってしまうことになるのだ。
ジャンクションが無ければ結の実力は幻操師として並以下だ。
予めノマルジャンクションをしていたとしても、奇襲には敵わないだろうし、ノマルで発動すると、一度ジャンクションを解かなければフルは発動出来ない。
そういう原理があるため、結は奇襲を弱点としているのだ。
「過去のことをごちゃごちゃ悩むよりも、次にどうすべきかを悩んで下さい」
六花は結の隣を通り過ぎながらそう残すと、二人の眠る病室へと入って行った。
「……サンキュー。吹っ切れた」
顔を上げた結の表情は、さっきまでのくよくよしているものではなく、つきものが取れたかのように、スッキリとした表情になっていた。
「全く。不器用ね」
二人のやり取りを遠くから隠れるようにして見ていた会場は、結の不器用さに呆れ、深いため息をついていた。
しかし、その表情はとても嬉しそうに微笑んでいた。




