6ー53 襲撃者
「あのバカっ!遅いわよっ!」
観客席から聞こえる会長の声を聞きながら、結は現状の把握に勤しんでいた。
「あれぇ?鏡さんと剛木さんはどうしたですぅ?」
結はコート内に現れたものの、他の二人がまだ姿を見せないため、真冬は不安そうな表情を浮かべていた。
「時間がないから取り敢えず結が一人で先に来たって感じだな」
「えぇっ!既に三点先取されてるんですよぉー。一対三なんて無理ですぅ」
結たちの相手チームは、【F•G】のチームだ。
【F•G】といえば、格闘戦術を主軸に、戦闘能力に特化しているガーデンだ。
格闘戦術を主にしているということは、身体の扱い方が上手いということ、それイコールで運動神経が高いということにはならないが、それでも【F•G】にはその特色柄、運動神経が高い生徒が多い。
つまり、スポーツを基本にしている競技は、得意なのだ。
それに引き換え、結は現在一人で、他の二人が到着するまでまだそれなりの時間が掛かる。
既に三点というハンデを背負っている以上、二人がいないからと言って、なにもしないわけにはいかない。
結はそう判断を下すと同時に、ボールをキープしたまま走り出した。
「一人で攻めるなんて無謀ですぅっ!」
「既に五分経ってるのよ。三セットゲームとは言え、もう六分の一が終わってるのよ。
相手チームは既に三点先取してるけど、それは結たちが一人もいなかったから、本来このゲームは得点を取るだけでも大変なのよ?
いかなきゃ負けが決まるのよ」
「で、でも、一人なんですよぉー!?カウンターされたらすぐに終わっちゃうですぅー」
真冬ちゃんの言うことは正しい。
この状況、どう乗り越えるつもりかしらっと会長は焦るどころか、結の勝利を信じて疑っていなかった。
会長が信頼している中、肝心の結といえば、焦っていた。
一人であることが結にとって、大きな障害を起こしていたのだ。
【キックファントム】で使うボールは、蹴るたびに蹴った威力に応じて幻力を吸い取るのだが、そのため、【キックファントム】での基本戦術はパスを主軸にしたものになる。
何故パスを主軸にする必要があるかというと、このボールは蹴るだけで多量の幻力を消費してしまう、つまり、ドリブルなんてしていると、すぐに幻力が無くなってしまうからだ。
だからこそ、出来るだけキック回数を減らす必要があるのだが、他の二人がいないため、パスが出来ない。
つまり、ドリブルをする他ないのだ。
練習の時には、長距離のドリブルを視野に入れていなかったため、結は消費されていく幻力を感じ、その表情を苦痛に歪めていた。
足取りが重い。
一蹴り一蹴りで倒れそうになる。
パスを繋げるだけなら然程問題にならない消費幻力だが、長時間のドリブルは無理だな。
限度は一ゲームだな。
結は消費されている幻力から計算して、一人で戦える最長時間を予測すると、小さく微笑んでいた。
一ゲーム、つまり一○分。
それだけありゃ二人は間に合うな。
結と二人の到着時間がこれだけ違うのは、結が『ジャンクション』を発動して、最短距離で走ったからだ。
鏡や剛木も、『身体強化』を使えばその身体能力は最高で結の『ジャンクション=サキ』と同等だろうが、結の場合はそれに加えて身軽さがある。
最短距離、つまり途中にある建物の上を飛び越えるという荒技をしている結に比べて、二人は道なりに進んでいるため、時間が掛かっているのだ。
『ジャンクション=四人の女神』の力によって、合掌無しで四人の女神の力を行き来出来るようになった結は、サキの力で飛び上がると、カナの力で火速。
それを続けることで本来ならば三○分近く掛かるであろう道のりをこれ程の短時間で辿り着いていのだ。
三○は普通の人間の場合。
飛ぶことは出来なくても、二人の身体能力ならば、後五分前後で到着するだろう。
結はドリブルを続けながら、相手チームの選手をサキの身体能力によってあっさりと抜くと、二人目もあっさりと抜いていた。
「凄いわね」
「あれは身体能力が上がる『ジャンクション=サキ』ですね。
サキモードの結の運動神経が凄まじいことは知っていましたが、これ程とは予想外ですね」
「相手は【F•G】よ?
【F•G】って言ったら、運動神経でいえば、【F•G】よりもエリートなのに、それをあんな簡単に抜かしちゃうのね」
会長たちが話している間、結は最後の一人をも抜かすと、ガラ空きになったゴールへとボールをシュートしていた。
しかし、ボールはゴールのポストに弾かれたっ……などはなく、結の蹴ったボール吸い込まれるようにゴールの中心に深々と突き刺さった。
「あれ?もしかしてこれ二人いらないんじゃないか?」
結が一人で完全に相手チームの力よりも上回っているのを見て、楓は呆れるようにつぶやいていた。
「いえ、そう簡単にはいかないでしょうね」
「私もそう思いますね」
「なんでだ?」
「結たちはパスを主軸に練習していましたが、それは蹴るたびに幻力を消費してしまうあのボールの特性があったからです。
ですが、今の結はドリブルをする他ありません」
「つまり、予定よりも幻力の消費が早いわ。
ほら、結の表情を見て見なさい」
「……辛そうだな」
ドリブルによる幻力の消費が想定以上に体に負担を掛けたことで、結の表情は酷く歪んでいた。
それに、結が即座に一点を取り返したことで、相手チームは気を引き締めることになってしまい、その後二点目を取ることがなかなか出来なくなってしまっていた。
そして、結が現れてから五分が経ち、第一ゲームが終わった。
予選は正会場ではなく、副会場で行っているため、やっている場所は本番で使うコロシアムのようなステージではなく、体育館に似た場所だ。
ゲームとゲームの間には一分間のインターバルがあるのだが、ちょうど選手がインターバルの間に休むベンチの近くで生十会メンバーはそれを見学していたため、生十会メンバーに近寄る形で戻ってきた結は、少しでも体力を回復させようと、生十会メンバーに声を掛けることも無く、目を瞑り、深呼吸をしていた。
「幻力の急激な消費は体力の消費にもなるからね。結の疲労は相当よ」
「大丈夫なんですかぁー?」
「さあね。結の気合い次第ね。
……それにしても、二人とも遅いわね」
会長は未だ姿を見せない結のチームメイトのことを考えていた。
「くそっ!結のやろう、先に行きやがってっ!」
「ガハハ。しかしそれが正解だぞっ!」
「そうかもしれねぇけどよっ!」
結に置いていかれた鏡と剛木の二人は、予選会場へと向かって、『身体強化』を最大出力で発動しつつ、走り続けていた。
「つうかっ!あいつ空飛ぶとか反則だろっ!」
「ガハハ。カナと言っていたか?あれは凄まじかったなっ!
鏡と剛木は、結が先に向かった時に見せた、『ジャンクション=カナ』を見て、ほぼ呆れていた。
「あいつは本当に無茶苦茶だよな」
「ほほー。喋りながら走る余裕があるんですかーぁ?っと、私は疑問の表情を浮かべたのである」
結の常識外れな在り方に、鏡がため息をつくと、突然彼らに向かってだと思われる問い掛けが降ってきた。
「誰だっ!」
その声を聞いた瞬間、鏡と剛木の両名は、その声かれ何かを感じ取り、思わず急ブレーキを掛けていた。
早く会場に行かなくてはならない。
そんなことを確かに思いつつも、二人は共通して同じことを考えていた。
この声の持ち主をどうにかしなくてはならない。っと、思ったのだ。
理由を聞かれれば、二人は相手を納得させられるような、明確な理由があるわけではない。
しかし、AランクとBランク。
幻操師として、上位の力を持つ強者だからこそ持つ、独特の勘というものがある。
その勘が二人に告げているのだ。
こいつは、危険だと。
「どこにいるのだっ!姿をあらわさんかっ!」
いつもの口癖である、『ガハハ』という笑い声もなく、剛木は真剣な眼差しで注意に意識を張り巡らせていた。
「ここだよーぉ。っと、私は満面の笑みを浮かべたのである」
その声が聞こえた瞬間、二人の体に電流のようなもよのが流れた。
何故なら、その声は二人にの間から聞こえたからだ。
スローモーションになったかのように、二人が本来お互いの顔を見るように視線を横に向けると、そこには、切れ長でつり上がった、線のような目、狐目と呼ばれる目が特徴的な、一人の少女がいた。
「「っ!?」」
二人は視界にその少女を捉えた瞬間、互いから離れるように、サイドに飛んでいた。
少女を向くようにして着地した二人の表情に浮かぶのは、焦りと覚悟、そして微かな恐怖がブレンドになっている、複雑なものだった。
一度目の声は、まるで遠くから聞こえているようで、その発信源がわからなかった。それなのに、次の瞬間、その声が真横から聞こえた。
気付けなかった。わからなかった。
いつからそこにいたのか、わからなかった。
二人の心は、激しく乱れていた。
「……お前誰だ」
鏡は唇を強く噛むことで、意識をはっきりとさせると、その少女の動作を一つも見逃さないといった、覚悟を感じさせる真剣な眼差しで、少女を見つめていた。
「そんなに熱い眼差しで見ないでのしいよーぉ?っと、私は羞恥心剥き出しの表情を浮かべたのである」
なんなんだ、この独特な口癖は。なんだかむかつくぜっと鏡は思いながらも、隙無く少女を観察し続けていた。
少女は黒髪をボブカットで揃え、身長は鏡たちよりもだいぶ低く、一四五くらいだろう。
何より特徴的なのは、線のように見えて、開いているのか、閉じているのかわからない狐目と、口癖で私は何とかの表情を浮かべたのであるっと言っている割りに、さっきからまったく動かさない、感情が抜け落ちたかのような表情だ。
「小娘っ!一体誰だと聞いているっ!」
「うるさいなーぁ。っと私は不機嫌そうな表情を浮かべたのである」
「ふざけやがってっ!」
ふざけているようにしか思えないその独特な喋り方に、頭に来た鏡は、試合のために着けていたグローブ型法具を起動させると、それを着けた拳を思いっきり地面に叩きつけていた。
『地大針撃』
鏡の叩いた地面が大きく抉れたと思ったら、次の瞬間、抉れたことで行き場を失った土が、圧縮され、硬い針のようなものとなって、抉れた地点のすぐそばから、少女に向かって勢いよく伸びて行った。
鏡は幻操師だ。
それも、Bランク幻操師だ。
戦争という規模ではないにしろ、鏡は過去に実戦を経験している。
そもそも、Bランクよりも上は、実戦経験が無ければなれないのだが、鏡は実戦経験があるため、戦いの厳しさを知っている。
命までは取らない。
本気の戦闘時において、そんなことは鏡の頭にはない。
だから、鏡の術によって出来た土の針は、少女の心臓に向かって真っ直ぐに伸びて行った。
そして、土の針が少女の心臓を貫こうと、先端が少女に触れた瞬間。
「なんだよ……それ……」
鏡の作り出した土の針は、少女に触れた箇所から崩れ落ちるようにボロボロと崩れていっていた。
鏡の土針の強度は鋼鉄レベルだ。
それがあんな容易く崩れ落ちたことで、鏡は驚愕し、思わず体が硬直してしまっていた。
「隙有りだよーぉ。っと私は嫌な表情を浮かべたのである」
鏡が硬直した一瞬の隙を使い、少女は突然消えてしまったのではないかと発覚してしまうようなスピードで鏡の懐に入り込むと、掌に幻力を集中させ、鏡の腹筋へと掌打を突き出した。
「ふんっ!」
少女の注意が鏡にそれた瞬間に、少女の背後に回っていた剛木は、十八番である『身体強化』を最大出力にすると、その拳に幻力を込め、子供と大人程に身長差がある少女に向かって、その大きな拳を振り下ろした。
剛木の拳は深々と地面に突き刺さると、周囲に多量の粉塵を撒き散らしていた。
その土埃の規模から、剛木の拳の威力がうかがえる。
「やったか?」
「……むっ!?」
敵と戦う時に、言ってはいけない言葉の一つである、絶好のフラグを鏡が口にした途端、まるでそのフラグに答えるかのようにして、粉塵の中から一閃が走った。
「剛木っ!!」
直後に鏡が目にしたものは、粉塵の中から走る一閃によって、宙を舞う、剛木の右腕と、多量の血を流しながら倒れる、剛木本人の姿だった。
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