6ー51 封じられた力
男が完全に凍ったことを確認した結は、抜け目無く周囲の気配を探り、周囲に人がいないことを確認すると、さらに楓にここを結界で覆うように言った。
ここまで隠そうとする結の話の内容に興味が注がれる中、楓は結に言われた通り、防音性能の強い氷で今結たちが入っている氷の牢獄ごと覆っていた。
「ありがとな。
わかると思うが、この話はアフレコで頼むぞ?」
一旦『結花』を解除した結は、指を口元に当てて、俗に言うシーをした。
楓が頷くのを満足気に確認した結は、ゆっくりと話出した。
「これは昔の話になるが。俺は昔、使っていた術の使用を禁止されている」
「……術の禁止?」
術の禁止。
それはつまり、その術が禁術の類であることを示している。
禁術とはつまり、言葉のままに禁じられた術であり、禁じられる理由として命を対価に発動したり、非人道的な術であったり、いろいろあるのだが、その全てに共通することは、あまりにも危険だということだ。
結の言葉に、楓は全身が固くなるのを感じた。
「その術の名前は強制花輪『強制花輪』」
「『強制花輪』?」
『強制花輪』。
初めて聞く術名に、楓は疑問符を浮かべていた。
禁術とは、間違ってそれを使ってしまわないようにと、ガーデンで習うものだ。
式など、発動に必要なものと、その術の効果まではわからないが、名前の一覧だけは教えられる。
楓も【F•G】に来た時に、その一覧を貰っており、その高過ぎる記憶力から、その一覧に書かれている禁術の全ての名前を覚えているのだが、たった今、結が言った術の名前は、その一覧にはなかった。
それはつまり、二つの可能性を生む。
それは、結の言った術が、ただの禁術ではなく、歴史そのものから抹消されたもの、又は記録が残らずに、失われた術、【失われた幻操】
あるいは、新しく作られた新術、このどちらかだ。
前者であろうが、後者であろうが、それは信じられないようなものだ。
だからこそ、楓は己の心が荒ぶるのを感じていた。
楓の勘が言っているのだ。
これは、【失われた幻操】ではなく、新たな禁術であると。
禁術なんてものは、この数十年作られていない。
どちらも、幻操術が研究され始めた当初に作られたものだ。
しかし、ここ最近で、唯一新たな禁術だと思われるものを、作り出した可能性があるとされている一団があった。
その一団こそ、楓が今探している一団であり、過去、結や六花衆が所属していたガーデン。
そう、【A•G】だ。
「『強制花輪』ねぇー。その効果は?」
楓は出来るだけ平静を装って、そう聞いた。
結は楓の演技を見破っていたが、そこから悪意などは全く感じなかったため、それに触れることはなかった。
「効果は単純だ。全能力の大幅な強化」
「……『身体強化』みたいなものってこと?」
「いいや。体内に秘める幻力によって、無意識に行われている身体強化を意図的に増幅させるのが『身体強化』だが、それはあくまで身体能力だけだ。
でも、俺の『強制花輪』は身体能力だけでなく、他の全ての能力までも強化する」
「……あんまピンとこないんだけど?」
「そうだな。例で出せば、Fランクの幻操師でも。発動すればSランク上位相当の力を得るって感じだな」
「……えっ?」
結の言葉を聞いて、楓は言葉を失っていた。
一ランク分の実力アップでさえ、数ヶ月に及ぶ訓練が必要とされ、Sランク以上は努力だけでなく、そこに至るためと資格、つまり才能がなければ届かないとされている。
そして、FランクとSランクの実力差とは、素手で戦艦に喧嘩を売るようなものと言っても過言ではない。
それだけの差があるのだ。
幻操師の実力差とは、身体能力だけでなく、潜在幻力量、使用可能幻力量、顕在幻力量、式の読み取りスピード、幻操陣の構築スピード、幻操陣へと幻力供給スピードなど、パッと考えるだけでもこれだけ出るのだ。
結のいう『強制花輪』とは、その全ての能力を、素手の人間と、武装されている戦艦の間にある戦闘能力の差を埋める程に、それどころか追い抜かす程に上昇させる術だと言っているのだ。
そんな夢のようなことを言われても、本来信じることなど到底出来ないが、楓はその言葉が結の言葉だということもあり、容易に、簡単に信じていた。
だからこそ、言葉を失った。
Fランクが使えばSランクの上位クラス。
それならば、既にSランクの者がそれを使えば、一体どれだけの、
それを自分が使えば、どれほど高みに近付けるのか。
それこそ、伝説の幻操師とされ、マスターランクとも呼ばれる、Rランクの幻操師の更に上、定義だけされているだけで、現地点だれ一人辿り着いていないランク。
神の領域、Gランクへと。
しかし、楓はすぐに平静に戻っていた。
確かに、その効力だけを聞けば、夢のような幻操術だ。
しかし、結はこの術は禁止られていたと言う。
つまり、その効力に見合う、それ相応の対価、デメリットがあるということだ。
この強大過ぎる効力から予測するに、おそらく一回の発動につき、複数人の人間を犠牲にしなくてはならないほどの対価が必要になるだろう。
結が過去に使っていたという言葉もあり、楓の心に緊張が走っていた。
「……対価はなんだ?
それ程の効力があるんだ。一体なにを消費……いや、犠牲にするんだ?」
「やっぱり気になるか?」
楓の当然の疑問に、結は気まずそうに苦笑いを浮かべ、頬をかいていた。
結に楓が頷いて答えると、結はため息をつくと、これまて気まずそうに視線を上の方に逸らしながら話し出した。
「結論から言うと、不明。
わからないんだ」
「どういうことだ?」
「楓だから話すけど、この『強制花輪』は俺が作った。というか、俺の【固有術】だ」
「……そうか。【固有術】か……」
【固有術】。
つまり、その幻操師にしか使えない、オンリーワンの幻操術ということだ。
それはつまり、自分はそれを習得出来ないことを示すのだが、それ以上に楓の興味は別の部分に向けられていた。
「それで?わからないとはどういうことだ?」
「この術は俺の【固有術】。つまり俺にしか使えない、新しい術だってことはわかるな?」
「ああ」
「【固有術】は大抵なにかのきっかけで発現するらしいが、俺はこの術は初めて発現させた時、能力の情報が一切俺の中に流れてこなかったんだ」
「なんだと?」
【固有術】とは、その幻操師がその幻操術に目覚めた際に、その幻操師の知る言語で、その【固有術】に関する情報の全て、例えば扱い方や、能力など、メリットとデメリットなどなどと、細かい情報が頭の中に流れ込むのだ。
しかし、結はそれがなかったと言う。
結がデメリットがわからないと言った後に、これが【固有術】と言われた際、楓がかすかに苛立ちを見せていたのは、【固有術】を発現させた者はその【固有術】の全てを知るという、常識があるためだ。
だから、結は何かを誤魔化そうとしているのではないかと思い、自分のことが信じられないのかと、怒ると同時に悲しかった。
しかし、それが勘違いだとわかると、安心すると同時に、困惑した。
楓はこの世の全てを知っているわけではないが、旅の中でいろいろな情報を得ている。
楓が旅の中で得た情報の中に、【固有術】というものは存在するのだが、今まで楓があって来た【固有術】を持つ者たちは、その全員が自分の能力について詳しく知っているようだった。
現に、楓自身もそうだからだ。
つまり、【固有術】を発現させてなお、その情報を知らない結という存在は、初めてのケース、イレギュラーなのだ。
「だから、何度も使って解析しようと思ってたんだが、この効力の高さから、どれほどの対価を知らないうちに払っているかわらないため、解析がほとんど終わる前に封印されたんだ。
そして、俺の意思だけでは発動出来ないように、幾つかの鍵を作ったんだ」
「……鍵?」
「鍵というより、条件だな。
三つの条件のうち、どれか一つをクリアしない限り発動出来なくしたんだ。
その三つの条件ってのが、一つ、能力そのものを封印した人物から、発動の許可を貰うこと。
二つ、封印した人物の指名した六人全員から発動の許可を貰うこと。
そんで、三つ目が俺自身の身に死の危険が降り注いだ時だ」
結の説明をうんうんと頷きながら聞いていた楓は、結がそこまで言い終えると、首を傾げていた。
「それが人を殺せないことと、どう繋がるんだ?」
最初に楓が結に聞いたのは、人を殺せないというその理由であって、結の【固有術】についてではない。
結の【固有術】、『強制花輪』は確かに気になるのだが、しかし、今重要なのは殺せないということの理由だ。
興味深いものの、関係ない話をされた楓は、不機嫌そうに口を尖らせていた。
「それが繋がるんだよ。
『強制花輪』についてほとんど解析は出来なかったか、何度か使う中に気付いたことが幾つかあったんだ。
それが、『強制花輪』の発動中、俺の攻撃は相手の命を削らないってことだ」
「命を削らない?」
突然、突拍子もないことを言い始めた結に、楓は眉を顰めていた。
「本来、人を斬れば肉体が断ち切られ、命を落とすだろ?
これはつまり、相手の命を削るってことだ。
『強制花輪』発動中の俺の攻撃は、その全てが肉体には傷を一切与えることができない」
つまり、幾ら斬っても相手に傷ができないということだ。
それならば、あれだけ斬っているにもかかわらず、一滴も血を出していないあの男の状況も理解出来る。
しかし、楓は結の言い回しに、違和感を感じ、顰めっ面になっていた。
「今、肉体にはって言ったか?」
「……そうだ。
『強制花輪』っていう術名は、封印した人物が付けた名前なんだが、俺はこれを別の名前で呼んでいる。
その名が『戦闘遊戯』」
「『戦闘遊戯』?」
「噛み砕いて説明すると、俺の攻撃は肉体にではなく、対象者のHPにダメージを与えるんだ」
「……は?」
突然、HPだなんて言い出した結に、楓は困惑しているようだった。
「HPってなんだかわかるよな?
よくゲームとかにある、それが無くなった戦闘不能になるアレだ。
相手のHPはその相手の肉体的強さ、持っている幻力、などなどその他諸々の情報から設定されているらしくてな、俺の攻撃によるダメージを全て数字化して、俺の与えたダメージが相手のHPをゼロにすることによって、例え相手が肉体的、精神的に大丈夫だとしても、強制的に意識を閉ざさせる」
「……だから『戦闘遊戯』か」
「そういうことだ。
言っておくがHPとか、わかりやすいように言ってるだけだからな?
つまり仮称だからな?」
「あー。まあでも、真顔でHPとか言われるとアレだが、確かに原理としてはわかりやすかったな」
「あっ、それと、俺自身への攻撃も、俺のHPがなくならない限り自動で完全回復するようになるな」
「……それってつまり」
「完全にRPGだな」
能力の発動と同時に、HPという概念を作り出し、自分のHPがなくならない限り、どんな重傷だろうか、一瞬で回復し、逆に相手のHPを無くせば強制的に意識を奪う。
まるで能力発動状態の時は、結と、戦いっている相手の二人だけ、RPGの中に迷い込んだかのようになる。
それがまんまゲームのようだから、結はこの能力に『戦闘遊戯』という名前を付けたのだ。
「ん?だか、その状態は封印してきるんだろ?
なんで今もそのルールが適応されてるんだ?」
あくまでゲームのようになり、相手を殺せなくなるのは、『戦闘遊戯』の発動中だ。
しかし、現在結は、その『戦闘遊戯』を封印しているのだ。
だから、疑問に思う楓に、結は更に説明を加えた。
「俺が今使ってる能力、『ジャンクション』は、今までなにを対価に使っているかわからない『強制花輪』を元に、激情という対価で発動出来るように、新しく作り直した術だからな。
セミやノマルじゃそんな感覚ないから。『ジャンクション』の力を最大限に発揮する状態のフルに限って、『強制花輪』のその効果が適応されるんだろうな。
もちろん、フルも俺の意思で作った能力だからな、対価はちゃんと把握してるし、使って問題ないんだよ」
つまり、結は『フルジャンクション』をすれば、どれだけ相手を攻撃しようが、相手を殺すことがない。
それをわかっていたからこそ、基本的に女子と戦うことを嫌う結だが、【R•G】や【H•G】に行った時に、女子である双花や麒麟相手に、本気で戦えたのだ。
アンケートの回答、まだまだ応募しています。
どうか、ご協力よろしくお願いします。




