6ー49 仲間だから言えない秘密もあるんだよ
このカフェテリアはカフェでもあるため、食事を終えた結と楓は、まだ時間があるため、移動せずに時間を潰すことにしていた。
「なー。結?なんでさっきから黙ってるんだ?」
食事中は静かにするものと言ったのは楓なのだが、食事を終えた後も口を閉ざし、喋ろうとしない結に、不満げに口を尖らせていた。
食事を終えた頃から、俯き気味になっている結の表情が気になった楓が、椅子の上から滑り落ちるようにして目線を低くすると、見えた結の表情にハッとした。
「楓、この大会。お前はどう思う」
真剣な表情を浮かべる結に、楓は理解出来ない感情によって、一瞬硬直してしまっていた。
「楓?」
「えっ?あっあぁ」
結がもう一度問い掛けることで、我に返った楓は、結の疑問の意味について考えていた。
手を顎に当てて、考え込むかのような、固い表情になった楓は、数秒そうした後、小さく頷くと、やや下に向けていた視線を戻した。
「どっかに狙われてるな。ほぼ確実に」
「……だろうな」
楓の答えを聞いた結は、真剣な表情の上に、さらに緊張を走らせていた。
バスでの一件、どう解釈しようが、アレは敵意を剥き出しにした攻撃だ。
本来ならば、あんな大々的な攻撃をせずに、対象者がバスなどに乗っているのであれば、それを利用し、交通事故などに見せかけるなどの工作をするべきだ。
しかし、相手の行動は自分たちの存在がばれてもいいという思いの上での行動だと思われる。
いや、それは違うな。
おそらく自分たちの正体がバレることは、向こうも良しとしていないだろう。
幻操師は襲撃された場合、相手が攻撃的で捕獲が危険な場合、殲滅が基本になっている。
あの襲撃は、もしかしたら幻操師のそんなルールを利用しているのかもしれない。
あの時、周りには他の車両が一両も無かった。
つまり、なにかしらの手段を用いて、周りの人々から結たちの乗っていたバスを隔離したのだ。
つまり、結たちが全滅した場合、目撃者は存在しなくなる。
結たちが勝った場合、幻操師のルールによって相手は殲滅。その場合は死人に口無し、襲撃した者から、襲撃させた者の情報が漏れることはない。
逆なら相手にとってより都合が良いのだろう。
(くそっ。失敗したな。あの時は余裕がなくて敵を生け捕りにすることなんて考えてなかったからな。一人でも生きて捕獲出来ていれば情報がーー)
「いるぞ?」
「え?」
結の思考を読んでいるかのように、正確なタイミングで、結が求めている答えを言う楓に、結は思わず声を漏らしていた。
「楓、いるとは?」
「あの時にあたしが仕留めた四人は生け捕りにしている」
結たちが乗っているバスを包囲した八台の内、最後の一台は楓が中にいる襲撃者を氷の彫刻の如く、凍結したことで処理している。
「俺も見たが。四人とも確実に凍ってたぞ?」
「冷凍仮死状態ってわかるか?」
冷凍仮死状態。
細胞を傷付けることなく、一瞬で冷凍させることによって、仮死状態にする技術のことだ。
確かに、その可能性はある。
というよりも、高い。
氷属性の幻操師は、基本的に対象者を凍させた後に、とどめとしてその氷を砕く事が多い。
しかし、あの時楓はそんなことをしていなかった。
それだけじゃない。
操縦者がいなくなって、コントロールが無くなり、事故を起こすことになるであろうその車に、楓はわざわざ操作弾を使った遠距離操作を可能にしていたのだ。
あの時はパフォーマンスのようにも見えたが、楓がバスの中に来た時、その後、楓が操作弾を解除したりしたのを見たわけじゃない。
少しずつ減速していく襲撃者の車が、爆発したりするのも見ていない。
「流石は楓だな。今の状況を予測して生け捕りにしてたのか?」
「まあな」
そう言う楓は、控えめに笑みを浮かべていた。
しかし、その笑みはどこか固い。
まるで、悪さをした子供が、それを大人に知られてしまった時のような。
「心配しなくてもいいぞ?
お前がなんで他の奴ら、生十会メンバーにもバレないようにあいつらを生け捕りにした理由はわかるからな」
あの状況で襲撃を生け捕りにした。
本来であれば、敵の情報が得られる可能性が上がるため、喜び、むしろ賞賛するべきことなのだが、
しかし、幻操師にとって、それは御法度なのだ。
どうして【物理世界】では敵を生け捕りにしてもいいのか。
それは、相手の体の動きを封じたり、牢屋にでも入れておけば、危険性が無いからだ。
もちろん、脱走された時のことを考えれば、危険性が全くないわけではないが、見張りなどをしっかりとしていれば、有る程度は防ぐことのできる危険性だ。
しかし、相手が幻操師となるとそうはいかない。
この【幻理領域】において、幻操術とはまさに魔法なのだ。
魔法とはつまり奇跡のことだ。
【物理世界】では考えられないようなことが、ごく当たり前のようにして起こる。
例え牢屋に入れておいても、体の自由を奪ったとしても、幻操術一つで、容易に逃げ出せてしまうのだ。
幻操師が幻操術を発動させるには、法具が必要になる。
ーーまあ、楓みたいなのは例外中の例外だーー
法具にはいろいろ種類があるが、刻まれている式が多い場合、それを選択するためにタイピングをしたりと、操作が必要になり、ほとんどの法具がタイピングタイプだが、中には音声識別入力タイプや、タイピングタイプだとしても、幻力の扱いに長けている者であれば、幻力でタイピングすることも出来る。
まあ、幻力でタイピングするなんて、相当の技量を必要とする技術だし、タイピングタイプなら体を縛ればいいし、音声識別入力タイプなら、口を塞げばいい。
だから、あまり問題ないように思われることが多く、未熟な幻操師ほど、口と体の自由を奪えば問題ないと錯覚し、頻繁に脱走されたり、奇襲されることが多い。
さっきのは、あくまで内臓されている式が複数あるもの、つまり契約法具の場合だ。
たった一つの式しか刻まれておらず、その式を最高速度で発動出来るようになっている特化型の法具の場合、その多くが適切な量の幻力を注ぐだけで発動するようになっている。
そして、幻操師は基本的に、本人専用の契約法具をメインウェポンとし、一つ、または複数の特化型法具をサブウェポンに持っているものだ。
市販されている法具はそのほぼ全てが特化型法具であり、契約法具は3rdのクラスを与えられた時に貸し与えられ、2ndのクラスを得た時に、正式に授与される。
なんとなく、契約法具の方が強いイメージがあるが、実際に使われることが多いのは特化型法具だ。
そのため、幻操師と戦う場合には、相手が特化型法具を持っていること前提で動くことが多い。
結果、犯人は生け捕りにするという、日本での常識が通用しない。
ーー【幻理領域】での死は【物理世界】の死ではないため、殺すことにはならないのだがーー
そのため、楓がやった行動は、現在で考えればグッジョブなのだが、ルール的にはアウト。
しかし、楓は会長たちが信じられないから内緒にしているわけでない。
むしろ、話せは理解してくれると思っている。
会長ならむしろグッジョブとグーサインで返してくれるだろう。
しかし、仲間だからこそ、巻き込めない。
仲間だからこそ、共犯には出来ないのだ。
結に話した時、最初は生十会のみんなを信じていないのかっ!とか、怒られると思っていた。
場合によっては、結に嫌われるかもしれない。
そう思ったら、楓は自然と口調が震えていた。
結に嫌われる恐怖を思い、強張ってしまったのだ。
しかし、結の理解ある言葉によって、楓は笑顔を取り戻していた。
「……ありがとう」




