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6ー41 お人好し

 剣を振り抜いた状態でいる朱雀を中心に、その場は静けさに支配されていた。


「……どう、して?」


 その声は、マリアのものだった。


 彼女の目からは、たくさんの涙が溢れていた。


 その声に宿るのは、悲しみ。


「……どうして」


 全く同じ言葉。


 だけど、マリアではない、違う誰かのこぼした言葉には、マリアの言葉とは真逆と言ってもいい感情が宿っていた。


 その感情とはつまり、怒りだった。


 その声の発信源である麒麟は、その場に現れたとある少年に視線を向けていた。


「……どうして、邪魔したの」


 麒麟はそのままそこに残っている自分の右腕を横目で見ると、すぐに視線を元に戻した。


「……私の覚悟をどうして受け入れてくれないの?……結?」


 麒麟の視線の先にいるのは、結だった。


「覚悟だと?ふざけるのも大概にしろよ?」


 結は困惑する麒麟にあの時、【H•G(ハッピー・ガーデン)】で戦った時以上に冷たく、鋭い視線をぶつけていた。


「……えっ?どうして?今、振り下ろしたよね?」


 マリアは一番近くで朱雀が剣を振り下ろす姿を見ていた。


 だから、麒麟の腕が付いたままでいることに、両目を大きく見開き、驚きを隠せていなかった。


 結は朱雀が麒麟の命令に躊躇った一瞬で合掌をすると、双剣を操る女神、ルナをジャンクシャンし、朱雀の斬撃を弾いていた。


 しかし、周りの者が気付かないように、手に持っている氷で出来た二刀を振るうことで、弾き軌道をズラした朱雀の剣を、もう一度弾くことによって、あたかもそのまま剣を振り下ろしたかのように見せたのだ、


「ほう。ここまで成長してのか。嬉しいものだね。弟子の成長というものは」


「なるほど。あれが噂の彼ですか。さすがは『ホームズ』です。あそこまで育て上げるとは」


「そんなことはないよ『ワトソン』君。私は彼にいい環境を提供しただけだよ。今の彼の力は、彼とそして、彼女たちの努力とアイデアの賜物だよ」


「彼女?【F•G(ファースト・ガーデン)】の生十会はそこまで彼に良い影響を?」


「フフ。生十会だけではないのだよ『ワトソン』君」


 そう言う賢一はとても楽しそうに彼らのやり取りを眺めていた。


 『ワトソン』君こと重次は、そんな賢一に疑問を思いながらも、賢一同様、彼らのやり取りを眺めていた。


「腕を斬るから許して下さいだと?

本当にそれが正しいと思っているのか?」


「わ、私には謝罪の意を表す方法がこれしか思いつかないのっ!」


「それが新たな罪になるのにか?」


「えっ?」


「周りを見てみろ」


「それが一体……っ」


 既にジャンクションを解除している結に言われ、麒麟は周りを見回し、そして、絶句した。


 先ほどまで、麒麟に強い敵対心を見せていた【R•G(ロイヤル・ガーデン)】の生徒たち、その全員が、力無くその場に蹲っていた。


 彼女たちの瞳からは一人違えずに涙を溢れさせていた。


「えっ?ど、どうして?なんで?」


「みんな悲しんでいるんだよ。お前が腕を失ったと思って」


 結の言葉に、麒麟ははじめてそれに気付いた。


(これは、結界?でも、誰が)


「これで良かったのか?結?」


「あぁ。ありがとな楓」


「全く。お前はお人好しだな」


「いいだろ別に」


 楓は結にジト目を向けると共に、深いため息をついた。


「こ、これはなんだ?」


「ん?これはただの認識をズラす結界だな。結界外にいる奴らからはあたかもあんたの右腕がなくなってるように見えるだろうな。

……まぁ、正しい結果が見える奴は見ると思うけど」


 楓はチラリとその正しい結果が見えていると思われる、マスターたちや、生徒の中で唯一結界の中にいるマリア、生十会の六花や会長を見た。


「認識をズラす結界?そんな難しい結界……」


「まあー。あたしでも普通は出来ないな。でも、今回は簡単だったぞ?」


 楓は麒麟の問い掛けに振り返ると、指で結を指した。


「結のおかげで、結の太刀筋が見えない奴からすればそっちの赤い奴が剣をあんたの腕に振り下ろしたようにしか見えないからな。

だからあたしはもし本当にそうなっていた場合を思わずイメージした奴らのイメージが目に映るようにして、イメージが足りない部分の補強をしただけだからな」


 楓は簡単そうに言っているが、それの難しさは並ではない。


 少なくともそういう術の使い方をしたことがない麒麟にそんな芸当は不可能だ。


 それをなんでもないことかのように言う楓に、口をパクパクとさせていた。


「……せ、世界は広いなー」


 楓という存在を知り、結に敗れた時にも思ったことを改めで感じた麒麟はため息をつくと共に軽く俯くと、ふとあることに気付いた。


「……あれ?楓ちゃんだっけ?法具は?」


「ん?生徒は法具の持ち込み禁止だろ?」


「……え……」


「なんで驚いてんだ?あたしだけじゃなくて、結もそうだろ?」


「……あ……」


 楓に言われ、麒麟が結に慌てて視線を合わせると、確かにいつも両手首につけている腕輪型の法具が無かった。


(この短い期間になにがあったの?)


 法具無しであれだけの剣捌きを見せた結に、心を震わせる麒麟だった。


「さて、説教を再開するぞ?」


「え?あ、うん……うん?」


 結と楓、二人の登場で完全にペースを崩された麒麟は、結の言葉に素直に首を縦に振るが、すぐに何かがおかしいと疑問符を浮かべた。


「言っておくが、お前は馬鹿だ。このバカバナナ」


「バカバナナっ!?」


「そうだバカバナナ。確かにお前はやっちゃいけないことをした。

四守者のおかげで誰一人大きな傷を残すこともなかったが、それはお前にとって予想外、四守者は結果的にファインプレーだが、それはお前が言う通り、お前の罪とは関係ない。

そもそも、麒麟の共に【R•G(ロイヤル・ガーデン)】を襲った時点で四守者も同罪だしな。

軽傷で済ませたのは確かにファインプレーだったかもしれないが、女の子に傷をつけた時点で有罪だ。

それで麒麟。お前はそれを命令した実行犯。それ以上の有罪だ」


 結はさっきまでのふざけた空気はどこにいったのか、真剣な表情と冷たい視線を向けていた。


 途中、何度も言葉を挟もうとした麒麟だったが、その凍るような目に、恐怖を覚え、麒麟はなにも言うことが出来なかった。


「だ、だから私はみんなに与えてしまった以上の傷を自分に付けることで覚悟を示そうとしたのにっそれを邪魔したのは結だよ!」


 結の言葉を一旦切ったことで、ここぞとばかりに麒麟は結に自分の思いを叫んでいた。


「だからお前はバカバナナなんだ」


 結はその言葉を躊躇いもなく斬って捨てた。


「ならこの状況はなんだ?

なんでお前は謝るべき相手である【R•G(ロイヤル・ガーデン)】の生徒たちを泣かせている?」


「そ、それは……わからない」


 麒麟には本当に涙の理由がわからなかった。


 もともと、許してくれるなんて思っていなかった。


 ずっと他人を心のどこかで見下し、自分の守護者である四守者をまさに道具のように酷使していた麒麟にとって、他人に許してもらうなんて考えたこともないことなのだ。


 だから麒麟はその手段として、相手に与えてしまった以上の不幸を痛みを傷を己に刻もうとした。


 そして、思い至ったのは利き腕の切断だった。


 許してくれるなんて思ってない。


 それでも、少しでも、自分の思いが伝わればいいと、そう思った。


 なのに結果はどうだろうか?


 謝るべき相手である彼女たちは、一人残らず力無くへたり込み、滝のように涙を流している。


「……楓」


「わかった」


 楓が指を鳴らすと、今まで一切の音が遮断されていた結界内部に、外の音が漏れた来た。


「ど、どうして」


「そんなの、ないよ」


「やり過ぎだよ」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「あたしの……バカ……」


「こんなことになるなんて」


「麒麟様、ごめんなさい」


「……ど、どうして」


 外から聞こえるのは、自分を責める言葉ばかりだった。


「外にいる奴らからすれば、あんたの腕は無くなっているって言ったよな?

つまり、これかお前の謝罪の結果だ」


「ど、どうして?なんでみんな……」


 嗚咽交じりに聞こえる声に、麒麟は困惑を隠せなかった。


 声が聞こえなくても、泣いているみんなを見ればわかる。


 そして、その聞こえる言葉からそれを確信した。


 彼女たちは、麒麟の腕が無くなったことを悲しんでいるのだ。


 あれ程に殺気を向けていたのに、あんなに自分のことを恨んでいたのに、私は、あんなに酷いことをしたのに。


「確かに、あいつらはお前のことを殺したいくらいに恨んでいただろうな」


 困惑する麒麟に、結は優しげな声で語り掛ける。


 この不器用な少女の心を救うために。


 自分と同じだから。


 麒麟も大切な者をあいつに奪われているから。


 だから、少しでも救ってやりたい。


 助けてやりたい。


 その心に突き刺さる十字架を、壊してあげたい。


 だから結は言葉に連ねる。


「こいつらはな、どんなに酷いことをされても、相手がそれを悔いた時、自分のしたことがどれだけ自分に跳ね返ってくるのかを知っている。

だから、お前の苦しみもわかったんだ。

でも、だからと言って素直に相手を許すのは癪だから、ありったけの文句をぶつけようとしたんだ。

そして、言いたいことを全部伝えたら、許してあげようと思ったんだろうな」


 【R•G(ロイヤル・ガーデン)】は昔、自分たちこそ最強だと、傲慢になっていた。


 それで、他校の者たちを見下していた。


 結が桜と鏡、三人で行った時もそうだった。


 そして、双花の提案した闘技大会によってその認識を改めさせられ、自分たちがどれだけ傲慢だったのか気付いた。


 他校を見下す思いが無くなった証明に、こうして六芒戦に参加してくれる意思を持っている。


 結の言葉に、麒麟は震えていた。


「……マリア」


 アリスに支えられ、立ち上がったマリアは、泣いた後で真っ赤になっている目をしたまま、麒麟の前に立った。


「アリス様。ありがとうございます。もう大丈夫です」


 アリスはマリアの言葉に微笑みで返すと、なにも言わず、静かにその場から引いた。


「麒麟様。ごめんなさい」


 突然の謝罪に、麒麟は面食らっていた。


「え?え?な、なんでどうしてマリアちゃんが謝るの?」


 オロオロとしている麒麟の言葉に、マリアは下げていた頭を上げた。


「麒麟様のお気持ちが本当なのはすぐにわかりました。

ですが、私はあなたを許す事がどうしても出来なかった。

だから私は酷いことを沢山言ってしまいました。本当にごめんなさい」


「ま、マリアちゃんは悪くないよっ!悪いことしたのは私たち……ううん、私だよ」


「麒麟様も苦しんだんですよね?

あたしは麒麟様のお気持ちを理解した上で、その苦しみをもわかった上で、ただの意地で麒麟様の謝罪を拒否してしてしまいました」


「マリアちゃん……」


「麒麟様がそこまで思い詰めていると言うのに、私はくだらない意地で麒麟様を責め続けてしまいました」


 そういうマリアは、再び涙をこぼしていた。


「く、くだらない意地なんかじゃない!私は許されなくて当然のことをしたんだよ!なんで?どうして?」


「私たちは双花様がお戻りになった後、全員双花に集められました。

そこで、ことの顛末を教えて貰いました」


「っ!?……それって……」


「……はい。あたしたちは、既に麒麟様が悪い人に騙されてあのようなことをしてしまったことを知っています。

麒麟様も被害者であることを知っているにも関わらず、あたしはそんな麒麟様を責め続けてしまったんです。

そして、麒麟様が朱雀様に自分の腕を斬り落とさせようとした時、後悔したんです。

もう。ご自分の腕を斬り落とそうだなんて考えないで下さい」


「……マリアちゃん」


 麒麟様はマリアの思いを聞いて、涙をこぼしていた。


「麒麟様ぁぁぁぁあっ!」


「え?え?」


 次の瞬間、言うの間にか立ち上がっていた【R•G(ロイヤル・ガーデン)】の生徒たちが麒麟へと押し掛けた。


 そんな泣き顔の生徒たちに抱き着かれた麒麟は、困惑しているようだった。


「……ゆ、結?結界は?」


「あぁ。それならとっくに解除してたぞ?」


 結界があると思っていた麒麟は、楓の言葉に目を大きく見開いていた。


「それにしても、ナイスプレーだな楓」


「そうか?よくわからないな」


「……誰がお人好しだって?お前も大概だろ?」


「さぁ?なんのことやら」


「ゆ、結っ!楓っ!」


 そのままその場から立ち去ろうとする二人に、麒麟は何人にも抱き着かれた状態で声を掛けた。


 麒麟の言葉に歩みを止めた二人は、麒麟へと振り返り、結は麒麟を指を指し、笑いながら言った。


「麒麟。お前に最後のお説教だ。子供は親に似るもんだ。そいつらの親は双花だぞ?

そいつらの優しさを舐めるなよ?」


「っ!?……あ、ありがとうっ!」


 麒麟の言葉を背に受けながら、結と楓はその場から立ち去った。




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