表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
184/358

6ー40 これが私の気持ち

「嘘……」


「なんで……」


 ふわふわとした、ボリューミーな金髪を靡かせて、微笑む彼女に、会場の一画、【R•G(ロイヤル・ガーデン)】の生徒たちがいる付近から、ぼそり、ぼそりと、驚きの声があがっている。


(マズイな。このまま会場が混乱すれば、下手すれば【R•G(ロイヤル・ガーデン)】の生徒たちが暴走するかもしれない)


 【R•G(ロイヤル・ガーデン)】のマスターである双花を攫い、今ここにいる学年のエースであり、憧れでもあるアリスをぶちのめした麒麟は、彼女たちにとって、復讐の標的と言える。


 このまま【R•G(ロイヤル・ガーデン)】の生徒たちが混乱を始めれば、それはすぐに暴走へと直結する可能性が高い。


 それはなんとしても止めなくてはならない。


 結がそう思い、何か行動を起こそうとした時、それは起こった。


「【R•G(ロイヤル・ガーデン)】の生徒諸君。どうか静まりたまえ」


 賢一は特に強く言ったわけではない。


 しかし、その声に、彼女たちは本能的に従っていた。


(これが賢一の実力。相手の本能に直接訴えるような、真の強者)


 戦わずに勝つ。


 それは戦闘において、最上の勝利と言っても過言ではない。


 結や生十会の皆は一般的に見れば十二分に強者だ。


 しかし、それはまだ人間の領域。


 マスタークラス。


 Rのランクを持つ者たちの本当の実力は、階級としてはたった一つしか違わないSランクとでは、あまりにも、そう、あまりにも大きな壁が、違いが、隔たりがある。


 Sランクの力は、それを見る者に恐怖を抱かせると同時に、その技量に憧れを抱かせることが多い。


 しかし、Rランクの力を見た者に抱かせる感情は、絶望や、本能的な恐怖。


 意味なんて無い、理由なんてない、根本的な恐怖。


 無慈悲の超越者。


 憧れなんて、希望なんてない。


 あり得ないその力を理解できない。


 あり得ない術を操る幻操師が、あり得ないと思ってしまう。


 それがRランク。


 『ロイヤル』の力なのだ。


「さて、各校の生徒諸君。

今宵のパーティーは楽しんで頂けただろうか?

明日からの各競技では、諸君らの活躍を楽しみにしている。

中には今の状況について来られていない子らもいるだろう」


 賢一はそう言うと、隣にいる双花にアイコンタクトを送った。


 賢一のアイコンタクトに、双花は小さく頷くと、一歩出ている賢一の隣に進んだ。


 同時に賢一は入れ替わりになるように、スッと一歩引いていた。


 そのため、皆の視線は双花へと集中していた。


 事情を把握していないものたちの中には、双花の美貌にやられ、顔を赤くしている男子生徒と、何故か女子生徒もいるが、場の雰囲気を感じ取り、その表情に緩みはない。


「皆様。はじめまして。【R•G(ロイヤル・ガーデン)】がマスター。夜月双花と申します。

皆様には今日まで第六の参加校についての情報を伏せてきました。

第六の参加校である、【H•G(ハッピー・ガーデン)】は、この前、私たちの【R•G(ロイヤル・ガーデン)】へ襲撃を行いました」


 襲撃を行った。


 その時の詳細を知らない【S•G(セカンド・ガーデン)】や【S•G(サード・ガーデン)】、【F•G(フォース・ガーデン)】の生徒らは、双花のその言葉にギョッとしていた。


「正直に言いましょう。

私たち【R•G(ロイヤル・ガーデン)】と、ここにおられる麒麟様の治める【H•G(ハッピー・ガーデン)】は、本当の殺し合いをしました」


 ここにいる者たちは、全員が戦闘に携わる者たちであるが、同時に、まだ幼い中学生なのだ。


 殺し合いという言葉に、動揺を隠せていなかった。


 そして、その時の記憶を思い出し、【R•G(ロイヤル・ガーデン)】の生徒たちは、悔しそうに強く歯を噛み締めていた。


「私の可愛い【R•G(ロイヤル・ガーデン)】の皆さん。

その時の戦争では、多くの死傷者を出したものの、運良く死者を出すことはありませんでしたが、その行いは当然、あなた方にとって、到底許せるようなことではないと思います。

ですので、この場を設けさせて頂きました」


 双花はそこで言葉を切ると、横目でチラリと、麒麟へとアイコンタクトを送った。


 さっきまでもしていた、いつもの小馬鹿にするような笑顔から真剣な表情になった麒麟は、双花のアイコンタクトに頷くと、麒麟の両足が閃光に包まれた。


(あれは。リニアモーターの原理を応用した高速移動術の予兆だな)


 結がそう解析したのも束の間に、麒麟はそれを発動してその場から消えた。


 麒麟が姿を現したのは、この一件の関係者、【R•G(ロイヤル・ガーデン)】の生徒たちがいる周辺の中心だった。


「くっ!」


 突然自分たちの近くに現れた麒麟に、【R•G(ロイヤル・ガーデン)】の生徒たちは警戒し、各自全身から幻力を迸らせていた。


「……」


 いつもお喋りな麒麟は、珍しくその表情を固くし、そこからはありありと緊張が伺える。


 一瞬、周りから殺気の籠った瞳で睨みつけられているからだと思ったのだが、すぐにそれは違うと悟った。


 ごくり。


 誰の音かわからない。


 どこからともなくそれは聞こえた。


 麒麟が動き出したことで、対峙する彼女たちの緊張は頂点へと達していた。


 各校のマスターたちは、それに何も言わず、静かに事を見守っていた。


 ただ一人、そう双花だけは、複雑そうな表情を浮かべていた。


「あ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁあっ!!」


 緊張に耐えられず、生徒の一人が法具はパーティーへの持ち込みが禁止されていたため持っていないが、全身から迸る幻力による身体強化頼りに、発狂しつつ、一直線に麒麟へと向かった。


 その女子生徒は、麒麟の正面まで行くと、拳を固く握り締め、目尻に多量の涙を蓄えながら拳を振り上げた。


「おやめなさい」


「あ、りす様?」


 後ろから振り上げられた拳を優しく掴んだアリスに、その女子生徒は困惑を隠せていなかった。


「ど、どうして止めるのですかっ!こいつはっこいつはみんなを傷付けたのですよっ!

どうしてアリス様はこのような奴をお庇いになるのですかっ!」


 悲しげな表情でただ、やめろと、言うアリスに、その女子生徒は困惑を混乱へと変え、アリスへと言い寄っていた。


「確かに、彼女のしたことは許し難いことですわ」


「それならばっ」


「ですが。

(せい)の気持ちを持つ者の、その確固たる覚悟を無為にするのは、よろしくなくてよ?」


 そうですよね?


 そんな言葉を込めたアイコンタクトに麒麟は固くなっていた表情を少し和らげていた。


「……」


 その女子生徒は二人のアイコンタクトに、複雑な表情をしていた。


「名前。聞いてもいい?」


 麒麟は少しの間目を瞑った後、自分に挑もうとした目の前の女子生徒にそう聞いた。


「な、なんで」


「教えておあげなさい」


「アリス様……」


 麒麟の問い掛けに拒否の意思を見せるその女子生徒にアリスが優しく語り掛けると、その女子生徒はおとなしくなり、小さい声でそっぽを向きながら名乗りはじめた。


「……マリア。双菊(そうぎく)マリア」


「そっかぁ。マリアちゃんか」


 麒麟は小さくだけどはっきりとそうつぶやいていた。まるで自分の心にその名前を刻むかのように。


 少し俯いて数回つぶやいた麒麟は、顔を上げるとマリアの目をまっすぐに見つめた。


「ごめんなさい」


 麒麟の口から出たのは、謝罪の言葉だった。


 麒麟は皆の前で、頭を下げた。


 一ガーデンのマスターが、ただの生徒に頭を下げる。


 それは並の覚悟では無い。


「……えっ?」


 謝られるだなんて思っていなかったマリアは、疑問の言葉を口にした。


「……なんで、えっ?どうして?」


 マリアは麒麟の言葉が理解出来なかったのか、軽い錯乱状態に陥っていた。


 違う。


 理解出来ないのではない。認めたくないのだ。


 自分たちを蹂躙した存在である麒麟が、こんな、こんなにも真剣な目で謝罪をしているという状況を。


 その目を見れば簡単に分かる。


 麒麟の謝罪は、心からくるものなのだと。


「そんな……ありえ……」


「ごめんなさい」


 戸惑うマリアに、麒麟は再び頭を下げた。


 いつものふざけた様子なんて全く見られない。


 真剣な表情を浮かべ、ほのかに体を震わせながら頭を下げていた。


「マリアだけじゃないよね。みんなに酷いことした。

……おいで」


 麒麟がそうつぶやくと、麒麟の囲うようにして、四方に光の柱が現れた。


 光が消えていき、中から出てきたのは、【R•G(ロイヤル・ガーデン)】の生徒たちを実際に蹂躙した実行犯。


 麒麟の守護者こと、四守者だった。


 突然現れた彼女たちに、一瞬警戒するマリアだったが、すぐに警戒を解いていた。


 なぜなら、彼女たちは麒麟同様。その表情に反省の色とそして何より深く、濃く、後悔の色が見えたからだ。


「ごめんなさいっ」


 麒麟と四守者。


 合計五人の声が会場にこだました。


「もう。いいではありませんか」


 彼女たちの謝罪を聞いて、やり場をなくした怒りをどこに向けようかわからなくなり、全身を震わせるマリアの肩に、ポンッと優しく手が置かれた。


「……双花、様」


「彼女たちはこの通り反省をしました」


 双花はステージから飛び降りると、【R•G(ロイヤル・ガーデン)】の皆がいる場所へ向かって静かに歩いている。


「私の可愛い生徒たちに告げます。

R•G(ロイヤル・ガーデン)】は【H•G(ハッピー・ガーデン)】と和平を結びました」


「そんなっ!」


 【H•G(ハッピー・ガーデン)】と和平を結ぶということは、つまり【H•G(ハッピー・ガーデン)】が【R•G(ロイヤル・ガーデン)】にしたことを許すことと同意と言ってもいい。


 双花の言葉に、マリアは叫んでいた。


「どうしてですかっ!姫様は憎くないのですかっ!」


「マリア。わかって下さい。それに、死傷者は沢山いたとは言え、その全員が軽症でした。

これはつまり、そういうことですよね?」


 双花は四守者たちにそれぞれ視線を向けた。


 四守者たちはどこか気まずそうにしていた。


(全員が軽症なのはわざとってことか。でも、それは麒麟の意思じゃないようだな)


 その証拠に麒麟は驚いているようだった。


「とんでもないことしちゃったよ」


「マスターっご安心をっ!謝ればきっと許してもらえますっ!」


「朱雀……」


「ニシシッ。そうそうっ大丈夫大丈夫っ」


「白虎……」


「そぉそぉー大丈夫ですぅー」


「きっと大丈夫だよ!」


「玄武、青龍……」


 麒麟は結に敗北した後、自分がノースタルに踊らされていただけだと知り、自分のしたことを後悔した。


 【H•G(ハッピー・ガーデン)】での決戦ではまさかの自分たちが全敗という結果になってしまったのだが、そのこともあり相手側に重傷者はいなかった。


 だけだ、【R•G(ロイヤル・ガーデン)】から双花を攫う際に、麒麟はなんとなくで四守者に【R•G(ロイヤル・ガーデン)】への攻撃を命令している。


 四守者は強い。


 あの時の戦いでは全敗という結果だったとしても、普通の生徒が相手なら、負ける可能性なんて皆無だ。


 何人ものの重傷者を出してしまったに違いない。


 そう思っていた。


「みんな……」


「申し訳ありませんでしたっ!命令無視、これは重罪、どうかこの私人の命で許して頂きたいと思いますっ!」


 麒麟の意思ではないことをした。


 それはつまり、命令違反だ。


 【H•G(ハッピー・ガーデン)】はみんなが幸せになれるようにと、セブン&ナイツの中で最も自由なガーデンだ。


 しかし、完全に自由というわけではなく、幾つかのルールは存在する。


 しかし、そのルールは緩く、他のガーデンと比べるとあまりにも開放的だ。


 しかし、その対価としてそのルールを破れば厳罰。


 場合によっては死刑だってありうる。


 マスターへの命令違反。


 それもマスターを守るために存在している守護者ともなれば、命令違反はあまりにも重すぎる重罪なのだ。


 だからこそ、朱雀は開口一番に麒麟にそう申し出た。


「……ありがと」


「……姫?」


 麒麟の口から出たのは、感謝の思いだった。


「みんなのおかげで、最大の失敗だけは犯さずに済んだね」


「姫……」


 麒麟はそう言うと、朱雀たち四守者に微笑み掛けた。


「でも、たとえ軽症だったとしても、痛いものは痛いよね。辛いものは辛いよね。よね?」


 麒麟は真剣な表情に戻ると、再び視線をマリアに向けた。


「マリアちゃん?君も傷付いたよね?」


「……えぇ。そうよ」


 あの奇襲で、マリアは左手に多くの擦り傷を作っていた。


 今は完全に治っており、傷跡もないのだが、あの時の痛みはそれなりに強かった。


 当時は自転車から転けたような傷があったのだ。あれは結構痛い。


 しかし、その怪我が地味なのも事実だ。


 戦いを生業にする幻操師にとって、それくらいの傷でぶつぶつ言ってたら生十会なら会長にぶっ飛ばされる。


 だからマリアの口調は弱々しいものになっていた。


「みんな。傷付いたよね」


 麒麟は【R•G(ロイヤル・ガーデン)】の生徒たちにそう言って視線を回した。


 麒麟の問い掛けに、生徒たちはマリア同様、弱々しく頷いた。


「でも、本当は僕、殺しちゃってもいいって思ってた。だから、君たちが軽症だったらって、僕の罪が軽くなるわけじゃない」


「……き、りん……さま?」


 麒麟の言葉は重々しく、麒麟に敵対心を隠せていなかったマリアでさえも、その敵対心を忘れ、本来立場が上の者にするように、敬語を使っていた。


 それだけ、今の麒麟からは覚悟とそして、嫌な予感がした。


「……僕が死んだら【H•G(ハッピー・ガーデン)】のみんなが路頭に迷っちゃうからできないけど、その代わり、これで許して」


 麒麟はそういうと、腕を、それも利き腕である右腕を前に突き出した。


「……命令だよ。朱雀」


「……姫?」


「やれ」


「しかし……いえ……」


 麒麟の言葉に戸惑う朱雀だったが、一瞬で麒麟の覚悟と思いを感じ取った。


 世界がスローモーションのようになり、本来ならば一秒という時間の中、意識が圧縮され、朱雀の頭はあり得ない速度で回り、そして朱雀の心は定まった


「う、うわぁぁぁぁぁぁあっ!!」


 このパーティーへは法具の持ち込みが許されない。


 しかし、それは参加する生徒たちだけであって、そのルールはマスターとその守護者には適応されない。


 そのため、朱雀は腰に差している剣を抜刀すると、目尻にこれでもかというぐらいの涙を浮かべ、天を指した剣を、両の手で握り、それを前に突き出した状態の麒麟の右腕へと、振り下ろした。


「これが、()の気持ち」


 朱雀の剣が振り下ろされる中。


 麒麟は満面の笑みを浮かべていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ